過去の影①
零と華蓮が明確な協力関係になってから三週間、二人は決められたカリキュラムをこなす中でオーラというものを理解し始めていた。
そしてオーラについての知識を増やすのと並行して修哉、佳奈、朱音、アラタとの交友を図った。
ご飯は一緒に取るようにし、風呂にも一緒に入る――もちろん男女別でだが――積極的に話しかけ、会話をする。
ただそれだけだが着実に進歩はあり、それと同時に二人の心労も薄らいでいった。
朝食時、零が食堂に向かうと既に修哉の姿があった。というよりも零が起きたのが八時三〇分と結構な遅い時間だったために食堂に残っていたのが修哉だけだった。
「おはよ」
「おはよう……」
修哉は眠そうにパンを齧りながら答える。
「ここいい?」
「ん」
零は修哉の向かいに座り、近くに待機しているウエイトレスのような人を呼んで『いつもの』と注文する。
「またゲーム?」
「いんや、昨日はアニメ、なんか見てるとデジャヴが起こる」
会話のキャッチボールが成立する。それだけで大進歩だった。
「デジャヴ?」
「見たことないはずなのに昔見た気がするんだよな」
四人と話すようになって分かったこと、それは予想通り四人とも記憶を失っていたことだ。
「最近のアニメ?」
「いや、ちょっと前の」
零は修哉の言葉を受けて少し考え込む。
修哉は人間らしくなってから自分の部屋にゲームとテレビを置くように要請した。当然のようにそれは受諾され、修哉の部屋には最新機器と大型テレビが置かれている。ネット環境を置くことも要請したがそれは却下、その補填として國枝が用意したのが古今東西のアニメ番組が見れる補助機械、それをテレビにつなぐことで修哉は昔のアニメも見ることができる。
ネット環境を却下したのは外と内とを断絶したいため、零と華蓮は共通の見解を持っている。
そして、もう一つ。
四人に感情が芽生え始めると彼らは各々の特徴を見せ始めた。
修哉はアニメやゲームといったサブカルチャーに没頭し、朱音は女性雑誌を読み漁り、アラタは常に周りに気を配って丁寧に接している。佳奈だけはそういった顕著な特性は見せていないがこれらの特徴は過去の記憶の残滓が影響していると二人は考えた。
修哉がちょっと前のアニメにデジャヴを覚えるというのも零にとっては納得がいく。
「失礼します」
零が思考を巡らせていると牛丼屋並みの早さで頼んだ朝食がサーブされた。
フレンチトーストにヨーグルト、オレンジジュースその三つがいつも零が注文するメニューだ。
しかし零の前に置かれたのはそれだけではなく漬物、煮物、果物、鯵の開きに白米。
「え、っと?」
「昨日の夕食メニュー、そして最近の栄養バランスの観点からの見地としてこれらもお食べください」
眼鏡をかけた五〇過ぎのウエイトレスの女性は有無を言わせずそう言うと、一礼して奥の方へ消えていった。零はこの施設の人間関係を把握しているわけではないが、このウエイトレスがかなり上の地位にいることはわかる。
「あと一五分しかないんだけど」
午前最初のカリキュラムは九時スタート、そして今は八時四五分。
「ファイ!」
修哉はそう言うと立ち上がって食堂から出ていってしまう。
随分と頼もしくなってしまった修哉を目で追っていると、音もなく先ほどのウエイトレスがやってきて修哉のお膳を下げる。
なにか、こう、早く食べなさい、というような圧をひしひしと受ける零は急いで朝食を開始するのであった。
2
WIZARD個人に与えられた部屋の内装はすべて同じだ。
だが修哉の部屋にはゲーム機器があるように、朱音の部屋にはファッション雑誌が積まれている。
「これ全部読んだの?」
「読んだのはまだ半分、といっても流し読みなんだけどね」
部屋の主である朱音は感嘆の声を上げる華蓮に微笑を浮かべて答える。無表情だった頃が嘘みたい、と内心で思うが華蓮はそれを口に出さない。
朱音はリビングにあったテーブルを片し、水色の絨毯を引くという模様替えを数日前に行っている。
そのため部屋にはイスなどはなく、華蓮と朱音は絨毯にそのまま座り込んで話している。
「ファッションコーデとか好きなの?」
華蓮はそう聞くが、自分の中で既に回答は得ていた。
「そうじゃないと思う……」
自身無さげに言う朱音の解答は華蓮が予期した解答そのままだった。
各々の部屋には洋服ダンスがあり、ある程度の服はそこに用意されている。華蓮のようにファッションに執着心が薄い人種には十分なバリエーションだが、拘る人は物足りないと感じるだろう。
だが朱音にはその様子が見られない。
むしろ適当に目についた服をそのまま引きずり出して着ているように感じられる。
朱音が来ているのは黒のジーパンにピンクのシャツ、似合わないというわけではないが原宿、渋谷に繰り出すには足りない。
といっても対する華蓮は青のショートパンツに白色のシャツ、特段朱音に偉そうに言える服装でもない。
「何となく……ファッション雑誌を読んでる」
昔の記憶、それが影響しているのは明確だがファッション雑誌を読み漁っているのにファッションに興味がないというのはどうにも変な感じだ。
(お金が無かったかから読むだけで満足していた? モデルに自己投影していた?)
華蓮は考えるがどうにも腑に落ちない。
そして華蓮にはもう一つ気になることがあった。
「ねえ、あたしの気のせいかもしれないけど……男子のこと避けてない?」
「分からない。けど……」
「桐谷のこと嫌い?」
「そんなことないの。話しかけてくれるのは嬉しいんだけど……、体が震えちゃうというか」
(男子にイジメでもされてた? それで逃避のために雑誌を読み漁るようになった?)
華蓮は二つの事柄をこじつけてみる。
(イジメられるとしたらその原因は――)
華蓮にとってそれを予測するのは難しいことではない。
子供が何日も行方をくらませて黙っている大人はそうはいないだろう。となれば自分たちは孤児である可能性が高い。
それは零が数日前に華蓮に言ったことだ。
聞いた当初は華蓮も動揺したがそう考えればこの状況にも納得できた。
(孤児であることを男子にいじられた?)
精神年齢の幼い男子ならそんなことをする可能性は十分にある。
華蓮はそう結論付けた。だが大事なのは昔どうしてイジメられていたのかではない。これから朱音がどうしていくか、ということだ。
男子とも隔てなく接しなくてはいけない。なんてことを言うつもりは毛頭ない。
華蓮が与えられるもの、零が与えられるもの、それらは別物だろう、だがそれが必須なわけではないしそれがどうしたという言葉で一蹴できるものだ。
「無理でも頑張って接しろとか、接した方が朱音のためになるよとか、やる前から諦めないで、なんて偉そうなことを言うつもりはないけど……」
華蓮に押し付ける意思は全くない。それでも、桐谷のことを誤解してほしくない。そう思って華蓮は言葉を重ねる。
「桐谷は悪い奴じゃないよ。以外に頼りになるし、視野も広い。確かに素直すぎて思ったことそのまま口に出すとこはあるけど、ちゃんと謝れるし。それに――」
華蓮はそこではっと息を呑んだ。
(何もそこまで持ち上げてやる必要はないだろ。十分、十分)
華蓮は自分の中で勝手に自己完結し再び朱音に向き合う。
「ま、ナンパするために近づいてるわけじゃない、ってことだけ知っといて」
「ええ、まあそれは……」
そんな風に話していると時間は九時にならんとしていた。
「そろそろ行こっか」
華蓮はそう言って立ち上がる。
九時からのカリキュラム、今日の場所はジムだ。二人は足早にそこに向かう。
既にジムには修哉、アラタ、佳奈が揃っており、零を待つのみだった。その後すぐに國枝と体感トレーナーが到着、そして最後に口を押さえながらゆっくりと入ってきたのが零だ。




