最初の一歩⑥
部屋の前に付けられているネームプレートのおかげで零は簡単に華蓮の部屋の前に到達した。
しかし、そこからが難しい。
修学旅行のように異性の部屋進入禁止のような規則があるわけではないが心理的な壁が大きく立ち塞がっている。
(ええい‼ ままよ‼)
零は成り行きに任せ、ドアを叩く。
「誰……?」
「き、桐谷です。そ、その……」
上擦りそうな声を必死に抑えているつもりだがそれでも声が震えてしまっている。
「どうかした?」
「へ、部屋に入れてもらえはしないでしょうか⁉」
ガチャリ、と鍵が開き、華蓮が顔を出す。
「どうぞ」
華蓮に招かれ零はリビングに足を踏み入れる。
最初華蓮が零の部屋を訪れたときは監視カメラを警戒して風呂場に場所を移した。
だが今回二人はテーブルを挟んで向かい合って座っている。
零はそのわけをわざわざ聞こうとは思わなかった。というよりも聞く必要がなかったのだ。
華蓮の顔を見ただけでわかる。寝てないからだけじゃない。憔悴した顔は色を失い始めている。
もはや華蓮にとっては風呂場にいようがリビングにいようが変わらないのだ。
どこだろうと、華蓮の精神はガリガリと削られていく。
「ごめん」
「朝のこと?」
華蓮はそれでも無理して顔に笑みを作ろうとする。
それはすごく痛々しく、弱々しい。
「朝のあれは本当にあたしのせいだし――」
「そうじゃない‼」
零は謝罪をしに来たはずだった。それなのになぜ大声をあげているのか自分でも理解できていなかった。
「確かに朝のあれは不味かった。だけどそうなったのはお前のせいじゃない‼ 城風さんは一人で悩んで、一人で背負って……、他の奴らには無理でも俺にならできたはずなんだ‼ 俺なら一緒に背負えたはずなんだ‼ なのに俺は――」
声を震わせて叫ぶ零の様子に華蓮は面食らったようだった。それでも零は止まれない。
「俺は城風さんほどこの状態に危機感を持ててない。俺たちは煌びやかに装飾された牢屋に閉じ込められてるようなもんだ。なのに‼ 俺にはまるでそんな思考が存在しないかのように焦りや不安がないんだ……。だから全部城風さん一人に背負わせて……」
零は言葉に詰まってしまう。何を言えばいいのか、何を言えば許されるのか、グチャグチャに入り乱れた思考では考えがまとまらない。
「違うよ……」
ゆっくりと、だがはっきりと華蓮は言った。
「もしも桐谷君がこの状況を共有してくれなかったらあたしはとっくに潰れてたと思う。桐谷君だって十分背負ってくれてたんだよ?」
城風華蓮、苗字に違わぬ白い顔色を浮かべながら、それでも華蓮はそう言った。
「でも……でも……」
「じゃあこれから一緒に進んでよ。この状況を打破するために」
「……うん!」
零の表情が緩んだのを見て華蓮も安堵の表情を浮かべる。
「それにしても、監視カメラが音声も拾ってたり、盗聴器が仕掛けられてたりするかもしれないのに大声で叫んでくれちゃって」
「あ、っていうか大丈夫かな⁉」
「大丈夫だよ。盗聴器がないのは確認してるし監視カメラが映像しか拾ってないっていうのも把握済みだから」
一日寝てたわけじゃないんだよ? と言って華蓮は素直な笑みを浮かべる。
「トイレ行こっか」
「今日はトイレなのね……」
華蓮に導かれ二人でトイレに向かう。部屋についているトイレは当然だが一人用。だが四畳くらいあるそのスペースは二人が入るのに十分だった。二人は便器を挟んで向かい合う。華蓮はトイレットペーパーを千切り、ポケットから出したペンで何かを書き始めた。
「あたしの考えはあくまで可能性、確実にそうだとは言えない。けど……、現状全てを説明できる」
神妙な表情を浮かべる華蓮に対し、零も気を引き締める。
「まずあたしたちがここに拘束されてる理由はオーラの研究のため、國枝達はあたしたちの観測をすることでオーラというものについて知ろうとしてる。そしてどうしてあたしたちの記憶がないのか、これは多分彼らによって消されたから、そしてその記憶消去の際、あの四人は感情も失ってしまった」
「……記憶と感情の紐付きのせいか?」
「多分ね、どうしてあたしたち二人は感情を失っていないのか、あくまで推測だけど感情が記憶以外の所に紐づけされてたからだと思う。そしてあたしはそれが顕著だった。桐谷君が危機感を覚えることがないのも一部の感情がないからだと思う。プログラムの一部が欠如してるせいで不完全な動作になってる感じ」
「確かに……、生まれたばかりの乳児は世話さえされていれば場所を移さなくても問題はないしな……」
「そう、あの四人はまさにそんな状態にいるんだと思う。ただ何も考えず、生きるために必要な事柄だけをインプットされた状態……、いや違うかな、國枝の言うこと、大人の言うことに逆らわないっていうのもあるかも」
零は思わず言葉を失ってしまう。自分がそんな恐ろしい状態になっているのか、そしてそんな状況にも関わらず、どこか他人事のように捉えてしまっている。
「國枝、いや、大人達の目的はオーラの研究、それが終わればあたしたちは解放されるかもしれないけどその時に五体満足でいられるかという保証はない。だから――」
華蓮は一度口を閉じて零の目を見る。二人の距離はそう離れていない。そんな至近距離で凝視されるので零は視線を逸らしたくなってしまうが、なんとか踏みとどまって見つめ返す。
「あたしたちがオーラを先に理解する。そしてあの四人に感情を取り戻させて――、ここを脱出する‼」
突拍子もない発想。だが馬鹿げているわけではない。オーラを発現させているのは自分達なのだから第三者の大人よりも先に何かを見つけられる可能性は高い。
しかし零には一つの懸念事項がある。
「感情を取り戻すっていうのはつまり記憶を取り戻すってことか?」
記憶を取り戻す。これが一番難しい。どうやれば戻るのか、そもそも忘却ではなく喪失だった場合、戻しようがない。
だが華蓮は大きくかぶりを振る。
「感情は生み出せる。人は成長するんだから‼」
自身満々にそう言われては零も苦笑するしかない。
「じゃあ当面の目標はオーラについての調査とあいつらとの交友だな」
「うん、だけど大人たちに気付かれちゃいけない。大人たちはあたしたち二人のことも感情欠落者として捉えてるはず。あたしたちもそれに乗る必要がある」
「無感情を装ってあの四人と友好的に接するのは無理がないか?」
それになにより二人は既に國枝や他の大人達の前で自己というものを主張している。
「無理のない範囲でってことよ。最低でも、ここから出ようと思ってる、そう思わせないことが大事」
零がそれに頷いて作戦会議は終了。
「よろしくね桐谷君」
「ああ、よろしく」
協力関係となった二人は固く握手を交わす。
ここがトイレでなければそれももっと様になったことだろう。




