最初の一歩④
シャワーのみで入浴を済ませた零はリビングのイスに腰かけ、特に何をするでもなく華蓮を待つ。
監視カメラ--華蓮から言われた平穏を脅かす言葉を思いだす。
(このリビングにもそれがあることを考えるとどうにも落ち着かないな)
監視カメラを探したい衝動に駆られるが、それを抑え込んで、平静を装う。
(大人たちはまだ監視カメラに気付かれたことは知らないはず……)
零は適当に手を開いたり、閉じたりを繰り返す。
そして、ふっ、と零の右手にオーラが浮かぶ。
それを押し広げ、伸ばして右手全体に広げる。伸縮自在なのか、オーラは簡単に広がり痛みも生じない。
零はそのまま引き延ばし、右手から右腕、右肩、と範囲を広げる。
このまま体全体を覆うこともできるんじゃないかと思ったが、それには若干の恐怖が伴う。
やるか、やらないか、零はしばらく迷った後、オーラを消した。
『消そう』そう思っただけでオーラはすぐに雲散霧消した。
コンコン。オーラを消したそのタイミングを見計らったかのようにドアが叩かれる。ベッドメイキングでないことは理解した。どうぞ、とは言わずにドアまで歩き、開ける。やはり、というか当然のようにそこに立っていたのは華蓮だ。
「行こ!」
「ああ」
バイキングの部屋は広いホールのような場所。そこに白いテーブルクロスが掛けられた丸テーブルの席が均等に並んでいる。
あいにくと二人の他に利用者はいないようで、ホールにいたのは何人かのコックだけだった。
壁際には料理が並び、壁の向こうは鏡張りで調理室が見える。食べたいものが個人が注文することができるシステムらしい。
二〇以上の料理場には既にシェフが待機している。
ジャンルは種々様々、和洋中デザートなんでもござれのようだ。
二人はその場違いすぎる空間に若干気圧されながらも、適当な場所に腰かける。
「ねえ、桐谷君はこんな財政会のお偉方が来るような場所で食事したことある?」
「まさか」
互いに冗談めかした会話をして適当に周りを見渡す。
普通の子供にする待遇を優に超えている。
もしも華蓮の忠告がなかったら零はこの空間にさえ疑問を抱かなかっただろう。
「なんでも好きなものを食べてくれて構わない。なんなら端から全部取って一口ずつ食してみるのも面白いかもな」
二つの意味で顔が引きつっていた零と華蓮の所に現れたのは、自分たちの担任を自称する國枝だ。
彼は笑みを称えた表情で会場をグルリと見まわす。
「……そうですね、そうさせてもらいます」
華蓮は言葉を選ぶようにしてゆっくりとそう言った。
「ところで……、他の子たちは一人ずつで来たが君たちは二人で来た。そしてオーラを発現させたのも君たち二人だけのようだが……」
敢えて間を取り、二人の様子を窺うようにする國枝。
どう、答えるべきか、零は悩む。それに対して先に口を開いたのは華蓮だった。
「たまたまです。それよりも、あたしも自分で料理をしてみたいです」
「厨房なら貸そう」
國枝は追求せずに引き下がり華蓮の話題転換に乗った。
「材料も買いに行かないと――」
「こちらで準備しよう」
「……わかりました。じゃあ明日の朝ごはんは自分で作ります」
華蓮はそう言って、國枝に軽く頭を下げ、料理を取りに行った。
「桐谷君。君はどうする?」
「夜食にうまう棒食べたいんですけど、買ってきていいですか?」
「それならいくつか備えがある。いくらでも持って行ってもらって構わない」
零は敢えてこの場に全くふさわしくないジャンク菓子をチョイスしたのだがそれも不発。
「分かりました。あとで部屋にお願します。あと部屋の――」
「部屋の?」
「いえ、部屋にお願いします」
「分かった」
國枝は零に背を向け、扉の方に姿を消した。
「……」
なんとも言えぬざらついた感覚が零の心に残る。
だが今できることは他になく、零は食を求めてバイキングを始めようかとしたが、
「ほい、持ってきてあげたぞ」
重そうなトレーをどさっ、とテーブルに置き、華蓮はイスを引いて腰かける。
華蓮は何も乗っていない空の皿を自分と零のもとに一つずつ用意し、その上に箸をおく。
「食べよ!」
少し微笑み、華蓮は零に座るように促す。
(単純かよ、俺は)
心の中に感じていた異物感は払われ、なんとも言えぬ暖かさがこみ上げる。
零の心境を知ってか知らずかは分からない。だが華蓮のその何気ない気遣いは零の心に沁みわたった。
「食べるか」
零は席に座り、トレーの上の物を眺める。
寿司、ステーキ、チャーハン、サラダ、果物、――、おなかの減った子供が目についたものを片っ端から取ってきたような皿だ。
とても魅力的ではあるのだが、
「これ、色々混ざってねえか?」
華蓮が運んできたトレーの上にのせられている皿は二枚。しかし、取ってきた料理が多すぎるために二枚にはすごく詰められている。そのせいで寿司とサラダが重なっていたり、果物の汁がステーキに浸透している。
「文句言う人は食べなくていいです!」
「おっしゃる通りで」
零はイスを引いて立ち上がる。
「え? ホントに食べないの?」
華蓮が少し慌てた様子で狼狽える。その様子はなんとも可愛らしいがあんまりいじめるのも性格がよろしくないので零は苦笑して答える。
「飲み物、ないだろ」
「あっ」
「何がいい?」
「じゃあ……、コーラで」
「虫歯になるぞ」
「いいの‼」
零はドリンクサーバーが設置されている一角に向かい。コップを二つ取って一つにコーラを注ぎ、悩んだ末、もう一つにもコーラを注いだ。
「結局桐谷君もコーラじゃん!」
飲み物を持っていくとそんなことを言われたがそれは無視。
イスに座り、二人で『いただきます』と言って食事を始める。
記憶のない零には過去の食事と比較することはできないが、今まで食べた中で一番おいしいものなんだろうな、と思うほどには美味だった。
確かに料理は最高だが環境は最悪だ。
シェフが常駐というのもすぐにオーダーに応えるためと言えば聞こえはいいが、ずっと定位置で立っているため、見張られているように感じる。
「おおー、おいしいねーこれ」
図太いのか、零の目の前に座っている女の子はそんなことを気にする様子なく皿にのっているものを次々に胃袋に収めていく。
(鈍感……ってわけじゃないよな)
この施設の異常性に気付いたり、細かい気遣いができるあたり、華蓮が鈍感だとは思えない。
零は心の中で申し訳なさを感じる。
彼女は食事を美味しく食べようと、そうやって振舞っているのだ。だからこそ申し訳ない。そうやって気を使わせてしまうほど零の心が顔に出てしまっているのだろう。
だがどうせなら華蓮にも楽しく食事をしてほしい、零はそう思って箸のスピードを速める。
そんな零の様子に気付いた華蓮は少し肩を竦めた。
3
局長室には二人の男がいた。
一人は國枝。もう一人はこの施設、そしてこのプロジェクトにおいて唯一國枝と対等に会話をすることができる人物。國枝の大学時代からの友人、須藤雅之、國枝の同僚だ。
だらしなくスーツを着ている國枝とは対照的にピッチリと着こなし、黒縁メガネをかける彼はエリートサラリーマンという風貌だ。しかしその実態は三〇代後半にして既に省庁のトップ以上の発言力を持つ闇の重鎮。
「今日の結果、どう見る?」
須藤は五〇〇万円以上するソファーに腰かけ、向かい合っている國枝に意見を求める。
二人はついさっき部下から受け取ったWIZARDプロジェクト被検体六人の情報が記された報告レポートを手にしている。
「取り敢えず明日からのオーラ発言のカリキュラム担当は交代だな」
「まあ、当然だな。オーラが発現したのは二人。GENIUSと比べるとどうにも芳しくないが」
須藤は少し溜め、続きを話す。
「GENIUSの担当があいつだったことを考えれば容易な比較はできないだろう。それに逆に言えば……、担当が無能だったにも関わらず二人はオーラを発現させている」
「桐谷と城風の共通点を洗うか?」
「それならもういくつか見つけた」
須藤はそう言ってレポートを一枚めくり、目を細めた。
「この二人、出所が不明だ」
國枝達はWIZARDプロジェクトのために多くの子供を搔き集めた。家に問題があり家出をした子供、親がいなく、施設に集められていた子供。
不良児は足がつかないように攫い、施設に預けられていた子供はよりよい施設に移るという建前で正式な手順を踏んで。そんなこんなで集めた子供は二〇〇人以上に上るが、彼らはその子供達の情報をすべて網羅している。もちろん死んだ子供の分は既に廃棄されているが。
そんな情報の中で須藤が気に留めたのは二人の確保場所。
双葉修哉は大阪、神崎朱音は沖縄、桜佳奈は北海道、上水流アラタは東京。
WIZARD六人の中、四人は出所がはっきりしているが桐谷零と城風華蓮の二人はその情報が抜けている。
「それに……、あの二人は施設移住者じゃなく拾いで調達したことになってる」
「なるほど、名前も本人の申告以外は情報なしということか」
「それに二人を連れてきた担当者も未記入だ」
「……、いくらなんでも情報が抜け落ちすぎじゃないか?」
國枝はお粗末なレポートに盛大にため息をつく。
須藤はそんな國枝の様子に苦笑しながらレポートを数ページめくり、目を走らせる。
「お前さっき二人に接触したんだろ? どうだった?」
須藤はこれ以上レポートから得られる情報がないと判断したのか、レポートを放り投げて対面する國枝に向き合う。
「他の奴らより意思があるように感じたな。あとここから出ようとしている様子も見られた」
それを聞いた須藤は目をしばたかせる。
「記憶消去は行ったんじゃないのか?」
「行ったよ。その過程で感情も殺しているはずなんだが……」
「新たな意思が生まれるには早すぎる……、いや、だがもしも……」
須藤は難しい顔をして自分の世界に入り込んでしまったので國枝はソファーにどっさりと背を預け、腕を組んで天井を見上げる。
國枝は知っている。
自分の世界に入り込んだ須藤は中々こっちの世界には帰ってこない。
「四人に感情を与えよう」
数分の思考の末、須藤はそんなことを言い出した。
「どうしてそうなった?」
「今までにオーラが発現したGENIUS四人とWIZARD二人に共通するのは感情があったことだ」
「感情=オーラだと?」
「そんな安直な考え方はしないが、俺の推測が正しければおそらくそれで残りの四人もいけるはずだ」
「分かった。明日からのカリキュラムを変更しよう」
國枝は須藤の提案に即答し、その手続きを取るために立ち上がる。
「俺が言うのもなんだがいいのか? そんなに簡単に決めて」
須藤は局長室から出ていこうとする國枝の背に問いかけた。
「お前の推測の精度は俺が一番よく知ってるからな」
國枝は不敵な笑みを浮かべ、そのまま部屋を出て行った。
「さっすが國ちゃん」
國枝に禁止されているその渾名を久しぶりに口に出した須藤は素直な笑みを浮かべた。




