進む先に①
1
深夜一時。
國枝の帰りを待っていた、というわけではないが、単に経過報告書を呼んでいた須藤の下に、内通電話が鳴り響いた。こんな時間に報告をする馬鹿はいないし、國枝だとしたら携帯にかけるはず、怪訝に思いながら電話を取った須藤の下に響いたのは、警備員の男だった。
施設の地下はダミーの駐車場になっており、警備員はいらないのだが、出入りする者達、WIZARDの監視のために用意してある。
「た、大変です‼」
開口一番、焦った様子でそう伝える警備員に若干のイラつきを持ちながら応える。
「緊急事態しか連絡するなと言ってあるんだから大変なのは百も承知だ。それで何の用だ?」
「そ、それが――ぁああ‼」
話の途中で断末魔のような声を響かせ、電話は切れてしまった。これはおふざけではない。須藤がそう至るまでに一秒もいらなかった。もしも須藤にこんなふざけたことをすればどうなるか分からないほど馬鹿ではないだろう。
「だとすると……」
須藤は舌打ちをして眉間を押さえた後、机の上に置いてあるスマホで國枝に電話をかけようと、手を伸ばしたその瞬間。
須藤の部屋のドアが吹き飛ばされ、一人の少年が入ってきた。
須藤が彼を直接見たのは数回しかない。ほとんどはレポート越しだ。
「君は双葉修哉君だったかな」
突然の訪問者に臆することなく、須藤は問うが、対する修哉は口を開く気配がない。
「どうやら解けたようだな……よほどの高負荷でも負ったか」
今までゆっくりと歩いていた修哉はその言葉を聞いた瞬間、床を蹴って須藤との距離を一気に詰めた。そのまま机の上に立ち、須藤を見下ろして右手を向ける。
「くそったれ」
不敵な笑みを浮かべた須藤がそれ以上言葉を発することはなかった。
ざわめきと動揺、WIZARDの襲撃によって施設は混乱に陥っていた。
ーー破壊の嵐。
怒りをそのままぶつけたような暴走は一〇分以上続き、施設は完膚なきまでに崩落し、この施設に関わっていた人間も大多数が死に、生きていたとしてもこれから先の人生、永遠にWIZARDに怯えていかなければならない。
深夜だからか、昼間だったら大きな騒ぎになっていたであろうそれは静かに、ひっそりと幕を閉じた。
瓦礫の山になった施設を前に、五人の少年はたたずんでいた。表情と呼べるものはなく、ただ作業を終えたAIのように静かに直立している。
この場所になんの思い入れもないわけではない。二年間、この小さな檻の中が六人の世界だった。
思い返すことは山のようにある。しかし今過去を振り返る暇はない。
五人は立ち去ろうとしたその時、ガサッ、と瓦礫の中で何かが揺れる音がした。五人がその方に目を向けると、誰かが山の中から這い出てきたところだった。
見逃しても問題はない。
どうするか、一瞬思考を巡らせるが、瓦礫を押しのけて上半身を露出させたその人物を見た五人は少し、顔を強張らせた。
「給仕長……」
額から血が流れ、左目は切れてしまっている。そして、見なくても分かる。瓦礫の中に埋まっている下半身には既に神経が通っていないだろう。
給仕長は五人に気が付くと顔を曇らせた後、安らかな表情を見せた。
「ごめんなさい」
給仕長はこぼすように呟いた。よりにもよって自分をこんな目に合わせた相手に対してだ。
「ごめんなさいね。きっと口うるさいおばさんだったと思うけど。許してね」
「……っ」
零は唇を噛んで右手を固く閉じる。いや、零だけじゃない。修哉も、佳奈も、アラタも、朱音も、一様にうなだれていた。
給仕長は五人に微笑みかけた後、眠るように目を閉じた。
「……さようなら給仕長」
最後まで、名前を知ることもなかった給仕長に別れを告げ、五人はその場を去った。
2
「これからどうする?」
翌日、埠頭で呆然と海を眺めながら佳奈は尋ねた。
激しく暴れていた昨日の海は落ち着きを取り戻し、何事もなかったかのように静かにたゆたっている。ただ少し違う点があるとすれば至る所にキープアウトのテープが張られ、海の向こうには捜索艇が出されている。
埠頭での激しい戦闘。
政府は敵国組織が送ったマフィアの存在だという報道をし、一般市民の被害はないと結論付けた。
捜索艇は沈んだ船のためであり、決して沈んでいった日本人少女のためではない。裏ではどうあれ、表の報道でその少女についての存在が明かされることも、それに付随する零達の存在についての発言も一切ない。そして、新宿での建物の崩落は建築ミスということで流され、急造の建築会社が提訴されることになったが、国民の関心が薄れるころにはすべて流れているだろう。
五人は昨晩から一切眠らず、大して言葉を交わすようなこともせずに経過を見守っていた。
そんな中で、佳奈の問いに応えられる人物はおらず、結局また、沈黙が空間を支配した。
本当なら自分たちが捜索艇に乗って探しに行きたい。しかし今の零達は公にはなっていないがお尋ね者の状態だし、なにより素人だ。プロに任せた方がいい。荒ぶる感情を抑え込み、理性的にそう判断した。
捜索艇の結果が出たのは日が落ちてからだった。
見つかったのはほんの少しの燃えカス、そして、人間の一部であったと思わしき焼け焦げた肉の物体だけだった。
日は落ちて、彼らは決断の時に入った。
彼らの体は永久機関ではない。睡眠も必要だし食事も必要だ。ずっと海を眺めて過ごすことはできない。
「……俺は行くよ」
「どこにですか?」
「どこだっていい。ずっとここにいるわけにもいかないからな」
「だったらみんなで――」
佳奈はそこまで言ってはっと息を詰めてしまう。みんなとは誰を指すのか。
零はそんな佳奈を気遣ったのか、痛々しい笑みを浮かべると、誰が止める間もなく、空に消えてしまった。
佳奈は空に手を伸ばすがそこにはもう零の姿はない。
「華蓮の一番近くにいたのは零なんです。僕らといたらきっと華蓮のことを思い出さずにはいられないでしょう」
アラタは目を伏せてそう呟き、辺りを静寂が包んだ。
「……ねえ、三人ともあの時に全てを思い出したの? WIZARDになる前のことも」
沈黙を割いた朱音の発言に三者は同様に肩を震わせた。その行動で十分だった。朱音はそう、とつぶやいて、果てのない海に視界を移した。
「……俺も行くから」
修哉はそう呟くのと同時に高く跳躍した。
なんで‼ 修哉も‼ 佳奈がそれを言葉にする頃には既に修哉の姿はとても小さくなっていた。




