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失われた世界の中で-WIZARD-  作者: 遥崎歩
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瓦解④

    7


「なんだよこれ……」


 零は目の前の景色に思わず絶句してしまう。一〇隻あると伝えられていた船は既に三隻ほど、真っ赤な業炎を上げて沈んでいくところだ。


「おい! 船沈めたら中の物押収できないじゃん‼」


 零は急いで連絡を取るが、応答はない。全員がこの付近にいるはずなのだが、夜の暗さと燃え上がっている炎のせいで視界が悪く確認できない。


「くっ……」


 残っている船のどれかに飛び乗ってみるか、そう考えた時、遅ればせながら返答があった。


『気を付けろ‼ これ密輸船じゃないぞ‼』


 叫ぶような修哉の声が耳を通過した後、弾けるような発砲音が響いた。連続掃射されるその音は日本の警察が持つような拳銃の音とは似ても似つかない。


 マシンガン!

 零が使用されている武器を当てるのに一秒もいらなかった。詳しい種類までは分からないが、連続射出できる種類のものであることは確かだ。


 オーラが使える修哉がわざわざそんなものを使う必要はない。いや、効率性で言ったらマシンガンの方がいいかもしれないが、マシンガンなんてものを使用したら数人確保なんてできるはずがない。


「どうなって――‼」


 マシンガンの発砲音らしき音が聞こえるのはまだ沈んでいない船の一隻、修哉はそこにいるはずだ。


 零は急いで跳躍し、五百メートル以上の距離を跳ぶ。先ほどのビルとは違い、着地に気を配ってやる必要性はないので、デッキを壊す勢いで着地する。


体全体にオーラを纏い、大砲のように船に乗船するが、勢いが強すぎたのか、板を踏み壊し、そのまま船内に落下した。


まさかこれだけで壊れると思っていなかった零はバランスを崩し、両足での着地を諦め、片膝立ちのすぐに動ける体制で着地したが、周りには誰もいない。というより零が落下したそこは細長の小さい部屋で人が押し寄せるような場所ではないのだ。


「武器庫?」


 辺りにはまず日本ではお目にかかることがないような重そうな銃や手榴弾、そしてトンファーやサバイバルナイフやスタンガン、爆弾のようなものまで用意されている。


(密輸物は薬系の物だったはず……。だとするとこれは)


 修哉の言っていた『密輸船じゃない‼』という言葉。おそらくそういうことなのだろう。


 いつまでもこんな場所にいるわけにいかない零は前方の扉を見据える。開けたらいきなり機関銃掃射とかあってもおかしくはないだろう。だったらここで取る手は一つ。


 零は扉の一メートル前まで近づき、そこで足を止めて、右腕を引いた。


「ゼロ・ブラスト‼」


 扉を破壊し、かつ、向こうの部屋にいるかもしれない存在も一緒に薙ぎ払う。思わず目を塞ぎたくなるほどに埃が舞う。零は体制を低くして左腕で顔を守るようにして少しその場で制止する。煙が晴れて先が見通せるようになったその時、扉の向こうで立っていたのは一人だけだった。


「ん? 今の零だったんだ」


 屍の中で唯一立っていた修哉は零を認識すると少しだけ驚いた表情を見せた。


「……どうなってんだ」


「どうもこうもないね」


 修哉はやれやれといった感じで肩をすぼめ、足元に広がる人間たちを軽く蹴とばす。


「なーんか俺たちが来るのが分かってたみたいでさ。船に侵入した瞬間にいきなり乱射ですよ。取り敢えずこの船にいたのは全員片付けたんだけど、そのタイミングでゼロ・ブラストが飛んできたわけ。俺には当たらなかったから別にそれはいいんだけどさ」


 この部屋は客室のようだったらしく、零の攻撃によっていくつかの座席が吹き飛ばされていた。


「他の船もこんな感じか?」


「多分な。どうする?」


 零は一瞬逡巡した後、顔を上げて言った。


「さっき見た時に既に三隻の船が沈んでた。多分佳奈と朱音、華蓮が沈めたものだろうからまだ残ってる船に乗り込めばあいつらと合流できる可能性は高い」


「んじゃでるか」


「壊すのは禁止だ」


 今にもこの船を破壊しようとする修哉を止めて、零は螺旋階段を指さす。


「行くぞ」




 二人が甲板に出た時には新たに一隻の船が炎に包まれているところだった。


「ちっ」


 零は軽く舌打ちをするが、すぐに視線をまだ残っている船の方に向ける。


「襲撃者軍団は船の中に何人くらい潜伏してた?」


「約三〇人だな。それだけの人数が自殺特攻で一斉に乱射してくるんだから数人確保なんて余裕はねえよ」


 状況を想像した零は顔を苦々しく歪めるが、同時に一つの疑問を抱く。


「だったとしてもあんなに燃えるってのはおかしくないか?」


「それは多分――」


「零、修哉‼」


 自分たちを呼ぶ声に反応した二人は咄嗟に真上に視点を移動する。声の主であるアラタはどこからか飛び移ったのか、二人の船に着地すると、半ば焦った様子で尋ねた。


「これはいったい――‼」


「詳しいことを話してる暇はないけど、どうせお前なら予想出来てるんだろ? 多分その通りだ」


 零は早口でそう答えると、アラタは少し顔を強張らせた。


「あっちの船に佳奈と朱音がいました。まずは二人と合流しましょう」


 アラタの指さす方向――三人のいる場所から二〇〇メートル程離れたところにある船――を見据えた二人は頷いて脚を軽く開く。


「いくぞ」


 零の合図で修哉とアラタは一メートル程の助走をして、甲板を蹴って跳躍する。零も続くようにして宙を駆け、やや離れた距離にある船に降り立った。デッキは空でだれもいないが、階下から耳を裂くように弾けるような銃声が轟く。


 三人はデッキの端に設置されている階段から船内に入り、音の方へ急ぐ。物音を立てないように、足元に注意しながら歩くが、暗い船内の中で僅かに光る二つの物体に気が付いた。通路の端に転がっている二つのそれは零達が耳に付けているのと同じイヤホン、つまり、佳奈と朱音のものだ。


「っ‼」


 零とアラタの顔にも動揺の色が走ったが、それよりもいきなり豹変したのは修哉だ。


慎重という言葉を全くもって度外視したような速度で音が響く階下に降りるための階段を駆け下りた。


 零とアラタは一瞬呆然としたがすぐに顔を見合わせて後を追った。


「佳奈‼」


 デッキから二つ下がったその階には豪華なイスや樽に入った酒などが散乱しており、光景もさることながら鼻を突くような臭いに思わず顔を歪める。


 そしてそんな階の中央部に彼女らはいた。支給されている黒服を着た二人は不思議そうな顔で走ってきた三人を眺めている。


「どうしたのさ……? そんなに慌てた様子で」


「どうしたって……だってイヤホン……」


「ああ、さっき走った時にイヤホン落としちゃったのよ」


「へ?」


 朱音のけろっとした態度に修哉は思わず間抜けな声を出してしまう。


「ちょっと予想外の場所に隠れてるやつがいてね。その時に」


「まあ別に何でもないならそれでいいんですが」


 アラタはそう言って拾っていたイヤホンを渡すが、二人は受け取ったイヤホンを凝視したまま付けようとしない。零としてもその気持ちは分からなくもない。


この船は清掃のせの字すら感じさせないような汚れっぷりだ。ましてそれが通路の床に落ちていたもの。とても耳に入れたいとは思わないだろう。


「俺たちが固まってたら混線しちゃうし別に今つけなくてもいいんじゃないか?」


 取り敢えず零は助け船を出し、二人はその提案に難く頷くと、イヤホンをその辺に放り投げた。どうやらポケットに入れるのも嫌らしい。


「とにかくこの船から――」

 出よう。


そう言おうとした零の口はある感触のせいで固く閉ざされた。

 足元に感じるちゃっぷとした液体。その液体の正体に気が付いたとき、思わず体が震えた。


 ――やばい……。


 流れる液体はガソリン、この船に乗っていたマフィアの連中の掃射によってタンクに穴でも開いたのだろうか。


 今は足下をたゆたうだけの液体だが、もし少しでも足を滑らせて摩擦が起きればそれだけで発火する。しかもこの船が先程の船と同じで武器なども貯蔵しているとしたら。しかも負の連鎖はそれだけじゃない。この階には酒の原液までもが置かれているのだ。


「……っ」


 思わず思考がショートしてしまう。間近に迫った死。今までそれを眺めることはあっても自分がそっちの立場になることは決してなかった。


 だが混乱しているのはみんなも同じだ。一様に言葉を失い、迫る危機に肩を震わせている。


「ゆっくり歩いて上の階に上がるんだ。オーラを使ったら絶対に火花が散るから気を付けろ」


 必死に思考を回した零は震える声で指示を飛ばし、来た道を戻るようにゆっくりと歩き出す。どこからか漏れ出る液体はどんどん嵩を増し、くるぶしのあたりまで浸かってしまっている。


(これはきついな……)


 心理的圧迫感を感じながら零はゆっくりと足を進める。

仮に爆炎が巻き起こり大爆発が起こったとしてもオーラを纏えば取り敢えずは助かるだろう。だが危険なことに変わりはない。


炎から身を守ったところで船の中にいたら沈んで溺死してしまう。どちらにしろ船から出なくてはならないし、爆発してしまったら脱出時の危険だって五割増しだ。


 急激に体温が上がり、この熱で発火してしまうのではないかというような考えさえ抱いてしまう。


そんな弱り切った精神と体に鞭を打って、なんとか五人は階段の下へたどり着いた。階段を数歩上がれば液体の浸食下からは外れるのでそこからは急いでダッシュ。デッキまで駆け上がり、そのまま埠頭まで跳躍した。


 五人はぐったりとした様子で尻を地面に落として、脱力させる。


(偉そうに死ぬ覚悟がどうのとか言ってたアホは誰だよ……)


 自分のご高説を嘲笑した零はふと海の方へ目を向ける。黒く染まった海に赤い炎が沈んでいく。そして、先ほどまで零達がいた船も大きな爆発音を立てて大渦を作り出している。


 埠頭に付けられている船は残り一隻。現在進行形で炎に包まれ沈んでいるのが六隻。そして完全に海の中に姿を消した船が二隻。


「え?」


 零の思考は未だ味わったことのない恐怖によって大部分を占められている。そんな状態でも感じた違和感。


「なあ、華蓮。お前今どこにいる?」


 零は残る一隻にいるであろう華蓮に向けて通信を飛ばす。

 この港に着船した船は全部で一〇隻のはずだ。それなのに、数が合わない。


 ――なんだ、この感じ……。


 言い知れぬ不安。心のざわめきとでもいうような感覚。華蓮はWIZARDの中でも全てを万能にこなせる存在。そんな華蓮が自分たちのようなドジを踏むわけがない。そう思えば思うほど、胸がきつく締め付けられ、心臓が破けそうな程に鼓動が早まる。


「おい! 聞こえてないのか! 華蓮‼」


 零の悲鳴のような絶叫は辺りの災害の音で掻き消える。修哉達も状況を察したのか、息を詰めて一言も声を発しない。


「くっ……‼」


 痺れを切らした――といっても五秒も経っていないのだが――零は残っている一隻の船を睨み、立ち上がると、勢いよく船目掛けて跳躍した。


 船の耐久度も何もかも度外視した乱暴な着地、デッキを破壊し、その下の階すらも破壊してさらに下の階に到達した。人の気配は全くなく、零が突入してきた音以外の音は一切ない。


「おい! 華蓮! いるんだろ⁉」


 零の声は反響し、部屋中に響くが返事はない。それにしてもやけに響きすぎる。今までの船とは何かが違う。感覚的にそれを捉えた零は部屋の隅々を食い入るように注視する。何もない空間。ただただ平面のその空間がなんのために存在するのか、零には分からない。


下に進んでみるか、そう考えて辺りを見渡すが下に降りる階段がない。まさかと思い、足で軽く床を叩くと、ゴンゴンとした固い音が響く。下にも空洞があるならばもう少し響くような音がするはずなのだ。


「まさかっ‼」


 零は弾かれたように上を向き、自分が蹴破った穴に目を向ける。次の瞬間、零は端の階段に向かい、上の階に走った。

 一つ上の階、甲板から一つだけ下がった階、そこに広がっていたのはたくさんの木箱。そして中身はもちろん。


「大麻か……」


 木箱の一つを空け、零は呟いた。当初の目的であった密輸入品。だがその階にも華蓮の姿はない。


「おい! 華蓮! 答えてくれ‼」


 個別通信モードで訴えかけるが相変わらずとして反応はない。


「……っっ」


 零は無意識のうちに歯噛みして固く拳を握る。


「どこにいる……どこにいるんだよ……」


 不安が膨れ上がり、ますます拳に力がこもる。


『……ぃ……る……ぃ?』


 ジジジ、と激しいノイズの中に混じった掠れ声、意識を集中させていなければ聞き逃してしまうような小さな声。

 しかし零の耳は確かにそれを聞き留めた。


「華蓮⁉」


 零はすぐさまデッキに上がり、周りを見渡す。


「お前どこにいるんだよ? もう船のほとんどは沈んじまってるぞ?」


 取り敢えずは胸をなでおろして、落ち着いた様子で状況の確認に努める。先ほど九隻しか船が見当たらなかったのはきっと残りの一隻が逃げてしまったのだろう。わざわざ追ってまで追跡しようとは思わない。


 今は華蓮と合流してから当初の目的であるこの船の中身の押収だ。マフィアを捉えることはできなかったがそれはこの際仕方ないだろう。


「合流するぞ、今どこに――」


 ドン!


 突如として鳴り響いたその爆音に零は思わず呼吸を止めた。零が今立っている船が爆発したわけでも、港に着船している船が再爆発したわけでもない。もしそうだとしたら爆音が小さすぎる。


 零は反射的にその爆心地に目を向ける。


 五〇〇メートル程先、海のただなかから微かに煙が立っている。いや違う。あたりが暗いせいで視認しづらいが、煙が立っているのは海のただなかを漂っている一隻の船だ。

「……ま、さか……」


 自分の中に浮かんだ妄想を掻き消すべく、かぶりを振った。


 あの船はきっと逃げた一隻だろう。それできっと急いで逃げたためにエンジンか何かがショートしてあんな風になっているんだ、そうに違いない。零は自分の考えをまとめると再び華蓮に訴えかける。


「お前どこにいるんだ? 早く合流しないと……」


「……ぃ」


 今度の返事は早く、 すぐに返ってきた。しかし相変わらずノイズだらけで上手く聞き取れない。


(混線してるのか⁉)


 零は急いで船を飛び降り、埠頭に降り立つ。そしてちょうど零の姿を見つけた修哉達が駆け寄ってきた。


「なあ零、なにが――」


「おい! イヤホンをしてるやつがいたらすぐに外せ‼」


 突然の剣幕に驚くが、修哉とアラタはイヤホンを外し、電源を落とす。


「聞こえるか⁉ 華蓮‼」


「…………ん」


 相変わらずとしてノイズが激しく音を拾え切れない。もちろん混線は起こっていない。というよりも最初から起こるはずがない。近距離で三つの電波が入り混じったからとしても、そんな程度で混線するようでは、最初から実用的ではない。ならばこの異常なノイズは混線ではなく……。


 しかしその事実を認識できるほど零に余裕がないのか、はたまた認識することを無意識的に拒んでいるのか、零の思考回路はひたすらに掻き混ざるだけだった。

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