瓦解③
5
WIZARDの任務のために与えられた学校の教室程の大きさの部屋。中央には簡素ながらも質の良いシックのテーブルが置かれており、そのテーブルの左右には安楽椅子が三つずつ並べられている。テーブルの真ん中に置かれている神奈川、主に横浜付近の地図は今回の作戦を練る際に使ったものだ。
アラタが建てる計画は基本的に全員が現場に出て行動することを前提に考えているのだが、零は違った。一人は自陣にて待機、イレギュラーな事象が起こった場合のみ出動するという作戦を立てた。
そして、見事その役目に選ばれ、一人寂しく暇を持て余しているアラタは退屈そうにあくびをして今にも寝そうな雰囲気だった。
イレギュラーな事態。
そういった事態が起こらなければアラタの出番はない。イレギュラーは名前の通り稀なのだからアラタとしてはもうこのままベッドに入ってしまい、明日の早朝にでも、どうだった? と戦果を聞くだけでもいいような気がしてくるがそういうわけにもいかず、アラタは退屈極まりない状況でただぼーっと過ごしていた。
そんな時だった。朱音の通信が入ってきたのは。時間まで一時間ほど早いがそのくらいなら想定内だ。そのはずなのに朱音の声には焦りが含まれている。
アラタはすぐに通信を返さずに、テーブルの端に畳まれている折りたたみのパソコンを開く。幸いにも電源が切られておらず、すぐにトップ画面を映し出したそのPCでアラタは修哉が作ったアプリの一つ、プロビデンスアイ――修哉命名――を起動させる。
日本全国の監視カメラの映像を傍受しているこのアプリで例の埠頭近くの監視カメラに潜る。
「これは……‼」
埠頭を見渡せる場所に設置されていたカメラの映像を見たアラタは思わず目を見開いた。その時、
『おい! 何があった!』
タイミングを見計らったかのように零から通信が入った。
「どうも前情報と違うようですよ」
『違う? 何が?』
レスポンがあるのは零だけ。おそらく他のメンバーは既に自分の目で状況を確認しているのだろう。
「情報では密輸船は一隻のはずでしたが今埠頭に着いた船は全部で一〇隻です」
『十⁉ まさか全部密輸船なのか⁉』
『多分そうだと思うぜ』
アラタが肯定の意を示す前に話に割り込んだ修哉は微かに笑いを含む様子で続けた。
『全部同じタイプの船だしこの時間に一斉にきたってことはそういうことだろ』
『どうするの?』
さらに通信を割って入ってきたのは佳奈だ。どことなくテンションの低い声に違和感を覚えるが待機時間が長かったせいだろうと、流すことにしたアラタは取り敢えず今回の指揮である零の言葉を待つが、それと同時に自分だったらどうするかを思案した。
『近くに國枝はいるか?』
「いませんよ。確か今日は財政会のパーティーだかに出かけてたはずです」
通信越しで零の微かな舌打ちが聞こえた。焦っているというわけではないだろう。どっちかといえばこの場で呑気にパーティーなどに行っていることに純粋に苛立っているようだった。
『……一〇隻の船に何人の乗員がいるか分からない以上全員捕らえることを考えるのはやめよう。一隻につき三人、最低二人、拘束すればそれでいい。残りは適当にしてくれ』
『じゃあ私と華蓮もそっちに向かうわ』
『ああ、頼む』
『じゃあ朱音と合流していくよ』
そう言って朱音と華蓮は全体共有モードを解除し、二人で個別通信モードにシフトした。
「僕もそっちに向かいます。というかこれ以上ここにいても暇なのでそっち行きます」
『わぁーたよ。意外に人手が必要そうだしな』
アラタは強引に許可を取り付け、通信を切ろうとした時、一番船の近くにいながら最後まで動いていない。人物がいることに気が付いた。
「どうかしましたか? 佳奈?」
いつもなら何でもないよーと言った感じで明るく返すのだが、今日はどうにも歯切れが悪い。
『……摑まえるのは三人くらいで他は適当にしてくれって言ったじゃん? それって――殺すってことだよね?』
『何をいまさら』
佳奈の問いに答えたのはアラタではなく零。後ろで強く風の音が聞こえるということは移動しながら話しているのだろう。
『……ううん。なんでもない。じゃあ行ってくるからさっさと来てねー』
最後にいつもの様子に戻った佳奈は通信を切った。
これで全員が一か所に集まることになる。アラタも通信を切って、現地へ向かう。手際よく新宿に降り立ったアラタは闇夜に紛れるための黒服の性能を盛大に活かして裏路地に入り込み、そこからビルの屋上まで跳ね上がった。
「飛ばして一〇分で着きますかね。着いたときに僕の仕事が残っているといいんですが……」
アラタは目標の方向を見定めると、そのまま高速で闇の中を疾駆した。
6
『お前の掴んでた情報、デマだったみたいだぞ?』
「なんだと⁉」
帝国ホテルで開かれるパーティーの帰宅最中、リムジン車に國枝の声が響いた。運転手はそれだけでビクッと肩を震わせ、視線をルームミラーに移し、おそるおそる後部座席を窺う。
スマホを持っている右手は力が籠められ、額には青筋が浮かんでいる。
口の中で軽く悲鳴を上げた運転手の男は絶対に國枝の機嫌を損ねないように車内への振動を限りなくゼロにすべく邁進する。
「じゃあわざと情報をタレこませたっていうのか?」
『そういうことになるな。だが十隻の船の中の一つが密輸艇なのは本当だ。だが残りの九隻は違う。中に潜んでいるのは外国の反社会勢力だ。恐らく密輸の際に襲撃してくるであろうWIZARDへの対策だろう』
國枝は須藤から話される情報の内容に苛立ちを覚えるが、同時に鼻で笑う。
「だとしたら間抜けだとしか言えないな」
『ほう?』
「どこのマフィアだか知らんがWIZARDがそんな連中にやられるわけがないだろう」
『大した信頼だな。こんな大事な日にパーティーなんぞに行けるのはその信頼故か?』
國枝は須藤のパーティー嫌いに苦笑しながら答えた。
「信頼しているとも、WIZARDがこの国最強の兵器だという絶対的な信頼をな」
『まああいつらの統括管理はお前だからその辺はどうでもいいが』
須藤はそこで区切って間を開けた後、続けた。
『信頼と馴れ合いは違うぞ。飼い犬に噛まれるなんてことはないようにしてくれよ。もしも日本最強の兵器のコントロールが効かなくなったら――』
「そこに関してはお前のお墨付きじゃないか。あいつらに行ったブレインウォッシュはお前が考案した理論をもとにしたものなんだからな」
『そういうことを言ってるんじゃ……、まあいい。とにかく今日は俺もこっちにいるんだ。お前も早いとこ戻ってこい』
「分かってる。今回の情報を提供してくれた奴に会ってからそっちに向かうさ」
國枝はそう言って通信を切ると、運転手にこう伝えた。
「行先変更だ。宇都宮に向かえ」
「い、今からですか⁉」
國枝の車は千代田区を走っている。この状況で宇都宮に向かおうとするとかなりの時間を要するだろう。
「俺は少し休む。栃木に入ったら起こせ」
運転手は反論することもかなわず、カーナビを起動させた。




