悪意なき悪意⑤
零と修哉が遊技場に向かうとそこにいたのはアラタだった。というよりも他には誰もいない。
「お前ひとりか?」
「ええ、ですがもうすぐ三人とも来ると思いますよ」
アラタは苦い顔を浮かべてそう言った。そして、アラタの言う通り、一分もしないで扉が開かれた。
「おっまたせー」
先ほどと同じく勢いよく飛び込んできたのは佳奈。しかし先ほどと違う点が一点、佳奈の服装だ。修哉の部屋に来たときはいつも着ているピンクのストライプ柄のパジャマだが今着ているのはピンク色のウサギの着ぐるみパジャマだ。
「「えっと……」」
零と修哉は目が点になり、アラタは苦笑いを浮かべている。
決して似合っていないというわけではない。むしろ可愛さ三割増しだ。だが、それ故に言葉が出ない。
「ほら! 二人も!」
佳奈はそう言って扉の向こうにいる女子二人を引っ張ってくる。
「あ、ちょっ……」
華蓮と朱音はどもりながら、おずおずと男子陣の前に姿を現した。
「「……」」
零と修哉はまたも言葉を失ってしまう。二人が着ている服は佳奈と同じウサギパジャマの色違い。華蓮が白うさぎで朱音が赤うさぎだ。
「あ、えっと……」
華蓮は落ち着かない様子で服を抑えながらもじもじとしているし、朱音はずっと俯いている。
「どうよ? 三人お揃いパジャマ!」
「え? ああいいんじゃないか?」
感想を求められた修哉は曖昧な返事をして零に意見を求めようと、視線を送る。
「あ、うん。いいと思う……」
零は咄嗟に視線を宙に移して、ごにょごにょとした声でそう言った。
似合わないわけがない。ただ、油断をすると視線がそこに固定されてしまうので零は最大限何もないかのように振舞おうとするが、それも上手くいっていない。
「……ていうか今日買ったのってそれかよ……」
ここで一斉お披露目を考えていたのなら――間違いなく佳奈の強硬だろうが――零に持って帰らせて見られてしまうというのを避けるのも納得だ。
(てっきり下着でも買ったのかと思ってたけど……)
思った通りの反応が得られなかったことが不満なのか、佳奈は眉を寄せて思案顔を浮かべる。
「んんー、じゃあ――」
「じゃあ今日は解散しましょう! ハイお休み‼」
一早く敏感に反応した朱音は佳奈の言葉を遮ってこのパジャマお披露目会を解散させる。
「え、まだ――」
「ほら! もう寝るわよ」
一切ひかない朱音に根負けした佳奈はぶー、と頬を膨らませた後、しょぼしょぼとした足取りで部屋を出た。
「じゃあ僕も寝ますんで」
アラタはそう言ってソファーから立ち上がるとみんなの前を通ってドアに向かう。
「(まさか朱音がこういった世俗的なことをするとは、意外でした)」
「(……あんたの物差しで私を測らないで、あんたほど排他的に生きてるわけじゃないわ)」
アラタが朱音の前を通り過ぎた時、他の者には聞こえないボリュームで呟いた声に朱音は目敏く反応した。
朱音の言葉にアラタは何の反応も示さず、そのまま部屋を出て行った。
「……じゃあ私も寝るから」
朱音もそう言って部屋を出ていき、残ったのは零と修哉と華蓮。そして修哉が邪魔者たいさーんと言って出て行ってしまったので零と華蓮は二人、残されてしまった。
「…………零は寝ないの?」
「あ、いや、寝るよ……」
このままお休みと言って部屋を出るだけ、部屋を出るだけ、と零は自分に言い聞かせるようにして動こうとするが中々動けない。
「えっと、じゃあおやすみ」
(あっ……)
華蓮はそのままゆっくりと歩みを進め、着実にドアの外へ向かおうとする。
――動け! 動け!
零は全く動かない体と対比するかのように激しく動く鼓動を感じながら、必死に自分の口を開こうとする。
一歩、また一歩と華蓮は歩みを進め、もう一秒もせぬうちに華蓮はこの部屋から出ていってしまう。
別にこれは誰かに強制されたわけじゃない。ただ単に零個人の意見として言いたいのだ。
そしてその先にあるものを――。
零は固く手を握り自分を奮い立たせる。顔はのぼせたように真っ赤になっていることだろう。すごく間抜けな様かもしれない。それでも……。
「そ、そのパジャマ‼ 凄く似合ってると思う‼ 可愛い‼」
言えた‼ 零の思考にあったのはそれだけだった。キャパオーバーした脳はそれ以上の思考をすることはない。
(えっと……次、えっと……そうだ部屋を出るんだ‼)
辛うじて残っていた残留思念に従い、零はドアを見やるが、
(華蓮がそこにいるじゃん‼)
本来はもっと早く言って逃げ去るつもりだったのだが、ドアを塞ぐように華蓮が立っているのでそれは叶わない。
零はただただ本能的に、この真っ赤に染まった顔を見られまいと、瞬間で首を曲げ、床を凝視する。
可能なら、華蓮が今どんな顔をしているのか見たい。とても見たい。
笑みを浮かべているのだろうか、それとも好まないパジャマを褒められて膨れているだろうか、それとも……、自分と同じく照れているだろうか。そうだったら嬉しいと感じながらも強すぎる羞恥のせいで零は顔を上げられない。
「……えっと、その……ありがと!」
零がその言葉を聞いて、本能的に顔を上げた時、華蓮は背を向けて部屋を走り去ってしまっていた。
なんとも言えない安心感のような、高揚感のような、名前の付けられない感情が渦巻く胸を押さえ、零は体をソファーに預ける。緊張が解けた体でこれ以上立っているのは無理だった。
自分の両目を右腕でふさぎ、光をシャットアウトする。『……えっと、その……ありがと』耳に残っている残響が頭に響く。
そして、零が顔を上げたその瞬間、華蓮が背を向けるその瞬間、華蓮の頬が零と同じように真っ赤に染まっていたような、そんな幻のような光景が零の顔をひたすらに熱く燃やした。




