悪意なき悪意④
夕食後、零は修哉の部屋に呼ばれた。そこで見せられたのは三つのモニターが付けられている横長のモニターと、全く動作音を出さない三五〇ミリリットル大の缶。零は当初ただの空き缶という認識をもっていたが、修哉が自作したパソコンらしい。メモリーがどうの、OSがどうの、と言われ、定価で買えば百万以上するらしいが零にはその価値が分からないので曖昧に相槌を打つしかない。
ゲーム機は全て遊戯場にあるため、今の修哉の部屋にはゲームもテレビもない。その代わりにあるのが座り心地よさそうなふかふか椅子と大きな机とその上に置かれているマウス機能付きキーボード、そしてPCだ。
「それで見てほしいのはこれ」
修哉はモニターの真ん中を指さす。そこに映し出されているのはどこかの新聞社のページだ。
「これ……」
零はタイトルを見ただけで何の記事か理解した。
「……随分曲解してるな……」
そこに書かれているのは今日の新宿で起こったちょっとした騒動。零が一方的に変態を蹴っ飛ばしたという事件のはずだが、記事には『女の子を不審者から守った若き勇気‼』などと書かれている。
幸いにも写真は撮られていなかったようで、文字だけの記事だが、この記事によると『女の子を助けた男はすぐに女の子を避難させ、自身も盾になるかのように付き添った』と書かれている。
「なるほど、つまり超イケメンな若者が大活躍したって話か」
「超イケメンってのはどこにも書いてないけどな」
「……まあ大して騒がれてないみたいだな」
あの事から帰宅した後、零は修哉にあのトラブルがどこまで広まってしまったかを調べてもらうように依頼した。報酬は今度秋葉原である何かの店舗特典に並ぶというもので手を打ってもらった。
「この被害者っていうか、狂人? は結構問題起こしてたみたいよ。何度かストーキングで訴えられてる」
修哉はそう言うと、右の画面にその男の事件の過去の事件の記事を写した。
「ストーカー五件に痴漢の疑いが三件、それに空き巣の容疑が一件か……」
すべての事件に軽く目を通しながら零は呆れたようにため息をついた。
「これだけやっててどうして今まで起訴されてないんだよ」
「それが面白いことにですねぇ、実は」
修哉は手元のキーボードを少し操作する。それによって左側のモニターが明かりを灯し、あるサイトを開いた。
零は開かれたサイトの方に目を向けるが、眉を八の字に歪め、困惑の表情を浮かべる。
「なんでこのタイミングで総務省の幹部名簿になるのさ」
「ここ、ここ」
修哉は画面をトントンと叩いてある一つの名に注意を促す。
「島田淳也?」
「秘匿されてるけどこいつあの狂人の父親な」
「は? つまりお偉いさんの息子だから全部揉み消してるってこと? だけどそんなことすれば自分の名に傷がつくだろ。それに秘匿しきれるもんでも――」
「秘匿するだろうな、妾の子供の存在なんだから」
「え?」
零はその言葉に目を丸くする。だが修哉は思った通りの反応ありがとう、と言わんばかりの笑みを浮かべ、その画面にもう一つ、一〇数年前の記事を表示した。今度は何の記事だよ、と零はいい加減うんざりしながらそれに視線を向ける。
「っ……、おい……、まさか……」
「そのまさかだ」
そこに表示されている事件の全容を要約すれば、ある女性が男に暴行され、数か月後、妊娠が発覚したというものだった。女性は暴行直後は泣き寝入りをした女性だが、妊娠が発覚してしまった以上隠すことはできず、この事件が表に出てしまったらしい。
しかし、零が驚いたのはこの後だ。
この事件は誰も逮捕されていない。数か月後に発覚した事件なら確かにそうなるのかもしれないが、問題はこの女性がそれ以降何不自由なく暮らしているということだ。
予期せぬ妊娠で人生設計が崩されてもおかしくないのにそれがない。しかも女性の生活はそれまでギリギリの水準だったのだ。
「――じゃあ、まさか……」
「犯人が見つからなかったんじゃない。犯人を表に出さず示談したんだ。大量の金を払ってな」
もはや言葉が出てこない。
怒りを通り越したら呆れになるというがその呆れすら通り越している。
「はぁ……、なんていうか……随分厄介なやつだったんだな」
思った以上にざっくざっく出てきた情報にうんざりした零は修哉に『あんがとな』と言って部屋を出ようとしたが、ドアノブに手をかけたところで呼び止められた。
「なあ……零」
「ん?」
「このままじゃ……あいつは同じことを繰り返すよな?」
あいつ、というのがあの変態のことを指しているのはすぐに分かった。そして、その言葉の裏に隠された言葉も分かってしまったからこそ、零は敢えて冷静に答えた。
「まあそうだろうな」
「だったら――」
修哉が次の言葉を発しようとしたその瞬間、バン、と勢いよくドアが開き、佳奈が飛び込んできた。
ドアの前にいた零はギリギリのタイミングでバックステップを取ったので、扉によって殴られるという事態は回避できたものの、突然の来訪者にあっけに取られていた。
「あ、零もここにいたんだね。よし! 遊技場においで!」
佳奈それだけ言うと、来た時のように勢いよく去ってしまった。
「なんだ今の台風か……?」
あっけに取れらているのは修哉も同じなようで、佳奈によって勢いよく閉められたドアをパチクリと見ている。
「……とにかく行ってみよ」
零は台風女の言っていた遊技場に修哉と共に向かった。




