悪意なき悪意③
3
「……結局、引き分けだからビリはいなくて一位にプリンを贈呈するのは無しってのはせこくないか?」
「そんなことはないよ」
「勝負が決まらなかったんだからしゃあなしだろ」
零は目の前でプリンを食べる二人を半眼で睨むが二人はお構いなしだ。
プリンと言っても市販されているプッチンプリンのような物ではなく、パティシエによって作られた売価一万円はしそうなゴージャスプリンだ。見ただけで唾液を分泌させるカラメルの色合い、漂ってくる芳醇な甘さ、そして舌にのせた瞬間に蕩けて口の中に広がる感触、どれをとっても一級品である。
だからこそ修哉と佳奈は揉めたのだが……、その後、二人は結託して、敗者はなし、よって勝負不成立という案を持ち出してきた。
零は当然のように反対したがそこは民主主義よろしく多数決によって跳ね返されてしまった。
「それにしてもよく無傷だったな」
諦めた零は自分の分のプリンに手を付けながら、昼間のことを思い返した。
「登りきったところを待ち構えられてたのはビビったけどギリギリ間に合ったってか、あっちも俺たちがどんな奴なのか顔くらいは確認しようとしたみたいよ。だから打ち出す前に一瞬のラグができた」
「佳奈的にはそれよりもその後の建物崩落の方がびっくりしたけどねー」
「そのくらいなら対処できると思ってな」
「いやいや、あれは危険だったよ? よって危険手当として俺にプディングを――」
修哉が言い終わる前に、零は最後の一口を口に放り込んだ。
「あーっ‼」
「俺の分を譲るわけないないだろうが」
零は打ちひしがれる修哉を置いて席を立ち、自分の部屋に戻った。
歯磨きを済ませ、布団にもぐる。
壁に掛けられている時計は一〇時を指しており、眠るにはまだ少し早いが、別段することもない零はそのまま眠りにつく。
――目を覚ませ‼
自分の中から衝動的に沸いた声。その声によって跳ね起こされた零は時計を見るが、時間は深夜三時。起床には程遠い。どこから生じたのか分からないが、零は自分の睡眠を妨害したその声を無視して再び固く目を閉じる。
悪夢を見ていた覚えはない。
(眠りたいのに目を覚ませとかバカかよ)
零はその声を一笑に付した。
4
WIZARDの初任務から二週間が過ぎた。
その間に零達がしたのは同じようなビルの解体一件、それ以外は単調な運動しかしていない。
自由時間の比重が圧倒的に増えて、ゲームなりなんなりと自由に過ごせる。
女子陣、WIZARD・GIRLSは渋谷のショッピングに行っているし、修哉は籠ってゲーム、そして、アラタは自分の部屋の中で盆栽の手入れに勤しんでいた。
「なあ、それ楽しいか?」
「楽しいですよ。充実感や達成感を味わえます」
老後のおじいちゃんのようなことをしているアラタを零は白けた目で見る。
「そういう零は毎日退屈そうにしていますが何かやりたいことはないんですか?」
「やりたいことねぇ……」
この場所は満ち足りている。物欲は一瞬で見たされるし、食欲だって言わずもがな。暇な時間は昼寝をしててもいいのだから睡眠欲だって満たせる。
要望を出す気はさらさらないが、おそらく性欲だって困らない。
だからこそ、満ち足りているからこそ零はやることがなく、常を暇にしてしまっている。
「いっそ、任務がある方がいいんだけどなー」
「まあそういわずに適当な趣味を持てばいいと思いますよ」
「お前の盆栽みたいにか?」
「これは趣味というより気まぐれですね。きっと二日後には飽きてます」
「はええな」
アラタは視線を盆栽の方に戻してしまい、零は完全な手持無沙汰になってしまったので、アラタの部屋を退出し、しばし逡巡する。
修哉の所に行けばまず間違いなく時間つぶしはできるだろう。だが修哉はゲームに至っては容赦がない。零が戦っても全敗するのが目に見えている。
「なんかこう……」
何かないものか、そんな思考を巡らせるが妙案は浮かばない。
「……日光でも浴びるか」
零は食堂に向かい、その奥の調理室に足を踏み入れる。シンクすら銀色の輝きを放つその場所はとても目に良いとは言い難い。
二時過ぎの時間帯だからか全く人のいない調理室、そこの奥に並んでいる五つの冷蔵庫の一番右端の冷蔵庫を足の裏で思い切り蹴とばす。
ガコン、と音を立てて、冷蔵庫は壁の奥に収納される。冷蔵庫があった床の部分だけ、他の茶色のタイルと違い、黒色だ。零はその黒色のタイルの真ん中あたりについている四センチ程の窪みに手をかけ、引き上げる。
一キロ程のその板は簡単に持ち上がり、その下に空洞を出現させる。零はその空洞に掛けられている梯子に手をかけ、慎重に降りる。
降りた先にあるのは一基のエレベーター、零はそこのボタンを押して、籠を待つ。
到着したエレベーターに乗った零はボタンを押さずにそのまま後面に背をかける。
『どこへ行くつもりだ?』
「外をぶらつくだけだよ」
零は天井のスピーカーから聞こえてきた声に返した。スピーカーから聞こえてきた声は國枝、出かけるときはいつもこうだ。
このエレベーターは外へつながる唯一の道。零達が任務やそれ以外の私用で使う際に必ず今の道を通り、このエレベーターを使う。零達が初任務の際に説明されたことだ。
正直構造上の欠陥だと思えるほどにめんどくさいが他に方法がないので仕方がない。
『夕食が七時からだ。それまでには帰れよ』
「分かってるよ」
零が素直に返事をすると、ひとりでにエレベーターが動き出す。
門限は七時、今は二時半頃だから過ぎることはないだろう。
数日前に修哉が秋葉観光に行ったときに色々な店を回り、時間を消費しまくった結果門限を三〇分ほどオーバーした。修哉はそのことをさして問題視していなかったが心配性すぎる國枝は秋葉一帯にテロ警報を流し、修哉一人を見つけるために機動隊五千人を派遣した。
結果、秋葉は大パニック、修哉は事の大きさに苦笑していた。情報統制によってテロ警報は誤報であり、治安の問題は一切ないというのがマスメディアによって流されたことによって何とか鎮静化したが、それ以降、門限を破ってもいいなんていう考えはなくなった。
特に音を立てることもなく、エレベーターが開き、零は外の世界に足を踏み入れた。といっても日光がまぶしいなんということは起こらない。ここはまだ光射す空間ではないのだ。
零は降りてすぐのところにあるドアを開ける。そこに広がっているのは地下駐車場だ。関係者以外立ち入り禁止のドアを閉めて、零は光の方、駐車場の入り口へ向かう。かなり大きいが止まっている車は一台もないので歩いていても危険が伴うことはない。
なんだかよく分からない会社の契約専用駐車場になっているのだが一台も車が止まっていない状態には苦笑いを浮かべるしかない。
(どこの会社か知らんが使わない所はさっさと手放せよ……)
零がそう思いながら歩みを進めると、明かりが一際強くなった。
外だ。
頭上から降り注ぐ日光や、アスファルトに溜まる熱、走り去る車の軽快な音や、周りを歩く人の雑音。人通りが多く、駐車場から出てきた零に目をくれる人など一人もいない。
「さすが大都市新宿」
零はこぼすように呟いて、適当に散歩を始める。といっても特に行く当てもないので本当にぶらり旅だ。
「うーーーーん、暇だ」
一〇分もせず散歩に飽きてしまった零は適当に入ったモールのベンチに腰を置く。
(なんかこう……、おお! あなたは絶対にスターになります! ぜひ我が事務所へ‼ みたいなのってないんかなぁ)
突然始まる煌びやかな芸能生活を夢想するが、むなしくなり、一瞬で現実に帰還した。
現実的でないそんな妄想を振り払った瞬間、
「君たち絶対人気出るって‼ すぐにテレビにだって出れるよ‼ 三人組アイドルでさ‼」
どうにもそんな出来事は割と身近で起こっているようだった。
零はそちらに目を向けると、女の子三人の後を追いながら必死に勧誘を続ける茶髪でサングラスをかけた男がいた。
女の子三人はそんな状況を意に介さず三人で喋っている。
胆力のある奴らだな、と感心していたが、突如その顔は強張ったものになる。
「お前ら……」
自分の前を通りかかったとき、零は思わず声を漏らしてしまった。
「ん? あれ? こんなとこで何してんの?」
零の声に気付いた女子の一人、華蓮はきょとんとした顔で首を傾げている。華蓮が足を止めたことで佳奈と朱音も気づいたようで少し驚いたような表情を浮かべている。
「いや……お前ら渋谷じゃなかったの?」
「行ったよー渋谷、買い物もしたしねー。そしたら変なおまけもついてきたけど」
佳奈はそう言うとじっとした視線で勧誘男を睨んだ。
(こいつ渋谷からついてきたのかよ)
粘り強さもそこまでいくとストーキングの域だろう。そして件のその男は面白くなさそうな顔で零を睨んでいる。おそらくこの男は三人にまともに取り合ってもらえてないのだろう。零を値踏みするように下から上まで眺めた後、ふっ、と鼻で笑った。
零は眉を寄せて威嚇する、ここに人目がなかったら噛みついていたかもしれない。
どちらにしても居心地がよくはない環境だ。さっさと立ち去ってくれないものかと、思っているが、瞬間、脳裏に光が走った。
「あ、じゃあ俺行くから……」
本能的回避能力によってその場を去ろうとする零だが、『待て』という華蓮の言葉に呼び止められた。
「あたしたちの買い物はまだ終わってません。ですがあたしたちの両手は塞がってしまっています。さて問題です。この場合、どうしたらいいでしょう」
言葉の通り、三人の両手は買い物袋でいっぱいで、余力はない。零は満面の笑みを浮かべてくる華蓮からそっと目を逸らした。
「……その辺のコインロッカーにでも預ければいいんじゃないかな?」
「残念、それだと結局後で持って帰らなくちゃなりません。さあ間違えていいのはあと一回です!」
いっそ間違えてやろうか、と考えたが結局どっちにしても行きつく先は同じだろう。だったら先に手を打つまでである。
「――荷物の一部を持って帰ってやるからそれで――」
「「「それはダメ」」」
三人の息の揃った反論に零は思わず目を丸くしてしまう。
「な、なんでだよ」
「だって荷物の中見るかもしれないじゃん」
佳奈は分かってないなぁといった感じでやれやれと首を振る。
「いや、別に見ないし……」
「とにかく、その案は却下。ということで――」
「……俺は帰ります……」
身を翻し、強硬的に帰るという手段を取ろうとした零だが、瞬間、右腕を掴まれた。
両手は塞がっているはず、驚きの零の眼が捉えたのは華蓮が自分を掴んでいるという光景。だが不思議でも何でもなかった。華蓮は両手に持っていたものを一旦全部左腕に掛けて、右手を空にしただけだった。
「に・も・つ・も・ち」
「いや……持ててんじゃん……」
零の反論虚しく、次々と荷物を渡され、零の両手は一瞬でキャパオーバーになった。
「じゃあ次あそこの店だから」
華蓮は遠目に見える雑貨屋を――空いた右手で――指さしてずんずんと進んでいく。それに連なるように佳奈と朱音も後を追った。
「ちょ、ちょっと! 荷物なら俺が持つからさ! 一緒に――」
「あ、もう帰っていいですよ」
「佳奈たちナンパするほど余裕のない男に興味ないんでー」
二人の意見に賛同するように朱音も強く頷いて、一瞥せずにその男の認識を殺した。
「え? あれナンパだったの?」
「気づいてなかったの? ずっとしつこかったんだから」
「だって芸能プロの勧誘みたいに」
「あの人があたしたちに見せた名刺のプロダクションなんて実在してないし、勧誘を装ってたただの変態だよ」
その件の変態さんは肩を震わせてその場で呆然と立ち尽くしている。
(まあどうでもいいか……)
零も打ちひしがれているような男に意識を割くのをやめたその時、男が雄叫びのように喉を鳴らした。
「あぁぁぁあ‼」
子供に馬鹿にされた変態さんは周囲の目を気にする様子なく、暴れ牛のように四人の方に走ってくる。
どうするか、その答えは一瞬で出た。
右手を握ろうとしていた華蓮の手を朱音が抑える。そして零は持っていた荷物を全部佳奈に押し付け、身軽になったその体で、猪突猛進してくる男に裏蹴りを食らわせ、踵をみぞおちにめり込ませた。
「ぅ……」
男は短い悲鳴を上げた後、その場にガクッと倒れ落ちた。
四人にケガはない。だが問題なのは周囲のざわめきだ。突如叫んだ男、そしてそれに蹴りを食らわせた少年。男は腹を抑えて悶えているだけで死んではいない。警察を呼ばれる気配はないがこのままここでのうのうと滞在するわけにもいかないだろう。
四人は互いに顔を合わせて一回頷いた後、消えるように急いでその場を走り去った。
「結局、荷物全部佳奈が持ってるんだけどー‼」
「がんばれ、帰ったら変わってやるから」
「それじゃ意味ないじゃん‼」
大量の荷物を抱えるようにして持ちながら走る佳奈、零は無情にも手伝う素振りすら見せず、走る。
佳奈はヘルプを求めるように女子二人に視線を送るが、
「あっ‼ いま、目逸らしたでしょ‼ 逸らしたよね⁉ このまま最後まで佳奈に持たせる気でしょー‼」
佳奈の叫びを聞きながら、三人は無情にも足を速めた。




