悪意なき悪意②
「おっそいわねー、このエレベーター」
朱音は若干苛立った様子を見せながら踵でコンクリートをカンカンと鳴らす。
「まあいいんじゃない? 二階に着いたら全部片付いて楽できそうだし」
華蓮にのんびりとそう言われた朱音は微笑を浮かべて足を止める。
「それにしても三階建てなのにエレベーターで行けるのが二階までというのは面倒ですね」
「二階から階段ってコースかしらね」
「用心深いというかなんというか」
華蓮は関心と呆れの混在した表情を浮かべてやれやれといった感じで両手を広げる。
数秒もするとエレベーターは一階に降り立ち、音も立てずにその扉を開かせた。
大人四人用の仕様で作られているはずのエレベーターは子供三人が乗っただけで不気味な音を立て、不安な揺れ方をして上昇していく。
エレベーターは一際大きく揺れた後、その重そうな扉を軋ませて三人を二階に送り届けた。
「はぁ……、足の踏み場がないじゃない」
赤く染まった部屋を目に捉えた朱音はわざとらしいため息をつく。
その薄汚い部屋の中央付近で揉めている二人、佳奈と修哉は論争に夢中で、遅ればせながら二階に到着した三人に気が付いていない。
そんな二人を仲裁しようともせず、窓際に寄りかかりながらあくびをしている零は三人にヒラヒラと手を振る。
赤い斑点を避けながら進むのは無理だと思った三人は諦めてそれを踏みつけて零の下へ歩く。障害物となっていた物体は壊れているが、その代わりに散らばっている血肉の塊のせいで歩みはスローだ。
「で? なんで揉めてんの?」
華蓮は一早く零の下に着いたので彼に問うた。
「どっちが負けたのかで争ってんだよ」
「は?」
その目に映るのは明確なる呆れ、そんなくだらないことで揉めているのかという糾弾。
「その目はあっちに向けろ」
華蓮は軽くため息をついて二人の仲裁に入ろうとするが、それよりも早く朱音が二人の脳天に手刀を食らわせ、仲裁した。
「痛いよ……」
佳奈は頭を押さえて自分よりやや背の高い朱音を仰ぎ見る。
「馬鹿なことやってないでさっさと上に行きましょ」
朱音は部屋の奥にある階段を指さす。二人は未だに振動が響く頭を揺らさないようによちよちと歩いて階段を目指す。
「次の階で決着な」
「望むところだよ」
互いの間で試合続行を宣言した二人はにやりと笑い合う。
「二人仲良く俺に提供するって選択肢もあるよ」
零は二人を颯爽と追い抜いて敢えて挑発するようにそう言った。
「「‼」」
その言動に機敏に反応した二人は少し前を歩く零を追い越して階段を駆け上がっていく。
「いってらっしゃーい」
「あんたねぇ……」
階上に登っていった二人の背中を悠然と見送る零に朱音は呆れたように息を漏らす。華蓮はその後ろで何とも言えない顔で苦笑いを浮かべている。
「じゃあ俺達もいこっか」
そう言って零は階段に足を向ける。だが朱音とアラタが止まっていることに気が付いた。華蓮もその二人の様子に首をかしげている。
「どうかした?」
「どうかしたのは私じゃなくてそっちよ」
腕を組んで思考の海に潜っているアラタを顎で指す。アラタは自分に注目が集まっていることを理解したうえで、焦らすように唸ってから、目を見開いて叫んだ。
「このまま闇雲に上に向かうのは危険です‼」
アラタの言わんとすることを把握した零は掠れた声を喉奥から引き出した。
「華蓮‼ 三階を落とせ‼」
「え⁉」
「早く‼」
「わ、わかった」
なんの指示なのか、なんのためにするのか分からないが、華蓮は脊髄反射的にそう答え、固く右手を握る。
(間に合うか⁉)
零の顔を焦りが浮かび、冷汗が流れる。零とアラタの言葉の意味をとらえた朱音も固唾をのんで見守っている。
コンクリートが砕ける破壊音、華蓮の具体化は零達と違い自分から切り離した場所で具体化できる。そして手や足などに集中させる必要がないため、同時に複数のオーラを放出できる。
華蓮の放出したオーラは天井の四隅を破壊した。
小さいオフィスビルのようなこの建物には大黒柱のような物はない。四方を囲っている壁の強度を高くして、適切な構造計算をしているのだろう。だがどんな建物でも一番強度が必要なのは四隅だ。小さい部屋なら四隅さえ固めればそれで安定する。
だからこそ華蓮は天井の四隅を破壊した。重さに耐えられなくなった三階はメキメキと小気味いい音を立てる。そしてそれと同時に、
上階からババババババ‼ と散弾銃が火を噴く音が響いた。
「くっ‼」
零は天井を一睨みして歯噛みする。
(間に合わなかったか⁉)
二階の惨状、これだけのことをして三階にいる人間が気が付かないというわけがない。もし気が付かないのだとしたら、三階にいる人間は寝ていたか、相当の間抜けだ。
だが気が付いていてアクションを起こさないのだとしたら、相手の目的は三階に登ってきた瞬間の一斉掃討にあるはずだ。
オーラで防御すればそんなものはわけないが、今の修哉と佳奈は興奮状態で階段を駆け上っている。そんな状態では冷静に対処できる可能性は低い。
だが零も人の心配ばかりしていられない。
「構えて‼」
朱音が叫ぶのと同時に天井が二階に落ちてきた。
2
「ビルは全損、中にいた人間は殆ど全員が死亡した」
國枝は対面に座っている須藤にレポートを渡しつつ、今日の任務の顛末を報告した。
「ほとんどね……」
須藤はレポートを一瞥した後、不敵な笑みを浮かべた。
「それでほとんどってのは具体的には?」
「ふっ、六人だ」
面白いおもちゃをもらった子供のように楽し気な表情を浮かべた國枝は簡潔に答える。
「本当に未知の力だな。解明できればいいんだが。手を噛まれないように慎重に使えよ。暴走でもしたらそれこそ日本の終わりだ」
「分かっている。――今日のように何度か試運転をした後、正式に投下するつもりだ」
「戦略兵器、いや、戦略という概念を覆す制圧兵器……、もう一度日本が世界に台頭するために」




