作戦開始③
3
須藤は回転式の椅子にどっかりと背を預け足を組み、右手の資料に目を通しながら開いている左手で机に置かれているコーヒーを口に運び一口すすった。
ここ四日ほど徹夜が続いていたせいかどれだけ強烈なカフェインを摂取しても睡魔は吹き飛びそうにはない。
それでもようやく計画の最終段階に到達したのだ。寝てなんていられない。目頭を押さえてこれまでの苦労を思い返す。
ここにくるまでに実に五年以上の歳月を費やしたのだ。最後に詰めを誤るなんてことがあっていいはずがない。
ふと、自動扉の開閉音が聞こえ、弾かれたようにそちらに視線を移す。
入ってきたのは二人。須藤の相棒であり戦友である國枝。そしてもう一人はWIZARDの衛生管理を担当している女中、WIZARDの間では給仕長と呼ばれている五〇半ばの女だ。
「二人そろってどうした?」
「こいつとは部屋の前で会っただけだ」
國枝はさもつまらんと言った表情を浮かべて顎で女を指す。
「で? 何の用だ?」
須藤は女に鋭い眼光を浴びせて怯ませる。須藤が威圧的な態度を取る理由はこれからこの女が言おうとしていることが分かっているからだ。
その圧迫された状態でなお、女は絞り出すように言葉を出した。
「……明日の計画には……変更はないんですね……?」
「当たり前だ」
予想していた通りの問答にうんざりしながらも須藤は即答する。
「……分かりました……」
目を伏せた状態で女は干からびるような声でそう言った。
女は一礼し、部屋を退出しようと二人に背を向ける。
――あいつは気づいていないのか?
おそらく無意識なのだろう、女はズボンの端を固く握りしめている。それが精一杯の反抗であるかのように。
このまま行かせても支障はないだろう。あの女は絶対にこちらには逆らえない。
だが、だ。
万が一、億が一の可能性を考慮するならどれだけ些細で脆弱なバグであろうと修正しなくてはならない。
「これが終われば君は愛娘とまた一緒に暮らせるんだ。頑張ってくれ」
それは明確なる脅迫。
背筋をゾクリと震わせた女は背中越しに『はい……』とつぶやいて重い足取りで部屋を出て行った。
女が消えたのを確認すると國枝はやれやれと言ったように手を振り、ため息をついた。
「確かあいつの子供はWIZARDと同じくらいだったな、同世代の子供に情でも移したか?」
嘲け笑うようにして吐き捨てた國枝は須藤に向き合う。
「寝ていないようだが大丈夫か?」
「ふん、たったの四徹だ。心配されるほどじゃない。それにだ――」
須藤はコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がる。
「ようやくだ。安い言い方になるがようやくこの時が来たんだ。寝るなんてもったいないことができるか」
須藤はそう言って國枝に近づき彼の肩に手を乗せる。
「明日、いや既に今日か……。遂に日本は変わるぞ。革命の時だ」
「遂にか……」
二人の脳裏には出会った時に語り合った一つの夢の実現が見えていた。
4
零がいつものように朝食に向かうと、そこでは五人が思い思いの朝食を食していた。零はいつもよりも何倍も覚醒している頭で遠目から彼らの朝食を眺めるが、ふと首を傾げた。
今日は給仕長はいないのだろうか、そう思って少し視界を動かすと給仕長はいつものように奥から動向を見守るようにして立っている。それにしても今日は妙だ。シェフや係の人間がそこいらに立っているのはいつものことだがいつもより少し数が多い気がする。それに何より、華蓮達が食べている朝食は個人の好きな物を搔き集めた、それこそバイキング形式の皿になっている。
いつもと違う対応に疑問を感じるが、口を出さないならそれはそれで、という形で零はここで食べる最後の朝食を吟味する。
(それにしても今日のメニューはやたら味が濃そうな物ばかりだな)
零は適当にご飯と生姜焼き、オレンジジュースをトレーに置いて席を探す。
いつもならここで野菜が足りないと言われるのだが今日はそれもない。
零は丸テーブルに座っている五人の下へ行き、丁度開いている最後の席に腰を落とす。
(それにしても……)
なんというか今日はここの人間だけでなく華蓮達すらもローテンションのように感じた。
いつもなら食堂に入ってきた時点で修哉辺りが『おっはよー』と煩く騒ぐのだが修哉は眠そうに目をこすりながら――零が席に着いたときにようやく零の存在に気付いたようで――いつもより小さく『おはよー』と言ってきた。
見れば他の面々も眠そうにしているし佳奈に至っては食事中に寝ている。
緊張のあまり寝れなかったのか、確かに今日は決行日なのだからいつもよりナーバスになるのは分かるが睡眠不足じゃ本末転倒だ。
それに佳奈だけでなく、朱音やアラタは瞼が半分落ちた状態で何かパクパクと口を動かしているが、睡魔に脳の半分以上を持っていかれているのか、呂律が回っておらず言葉になっていない。
(みんな眠すぎ……、ってよりこれはさすがにおかしくないか?)
修哉や佳奈なら興奮して寝れない、ということはあるだろうがアラタと朱音はこういうことに関してはキチンと調節できるタイプの人間のはずだ。
「なぁ、華蓮」
ずっと黙ったまま、うつらうつらとしている華蓮に目を向ける。
「ちょっと起きて――」
華蓮を少し揺すって起こそうとした時、零が華蓮の肩を掴むより早く華蓮に腕を掴まれた。
「――‼ 華蓮⁉」
さすがに何かがおかしい、そう気づいた零だが一歩遅かった。
「ッ⁉ がぁぁぁぁァァァ⁉」
背中に激しい痛みを覚えて振り向くが、体に力が入らずバランスを崩して床に倒れてしまう。倒れる際に一瞬目に入ってきたのは、テーザーガン、それも相当に強力なやつだ。
「ッッッ……」
撃ったのが誰かは分からない。おそらくここの係の誰かだろう。常日頃から身近で監視されるのが日課だったせいで背後への警戒心が薄くなっていた。
ジリジリと焼けるような痛みが背中を襲う。
――や、ばい……。
零の精神は起き上がろうと必死に足掻くが体はその通りには動かない。そして、これ以上意識を持たせておくと危険だと判断した脳によって零の意識は闇に落ちて行った。




