作戦開始②
2
「はぁぅぅぅ……」
「今日はお開きにしませんか?」
遊技場にあくびが浸みると同時にアラタはそう提案した。
「佳奈は大丈夫だよー?」
あくびをした張本人は目をこすりながらそう答えるが朱音がつられたようにしてあくびをして、『私も眠いわ』と言ったので結局お開きになり、アラタと朱音は自室に戻った。
修哉と佳奈もゲームの電源を落とし、部屋を出る。
「結局あの二人こなかったねー」
「どうせ二人仲良くやってんだろ」
修哉はさも意味ありげな返しをするが腹の中では零と華蓮が来ない理由について見当はついていた。
「二人……仲良くねぇー」
佳奈はいかにも面白そうなスクープを見つけた記者のようにいやらしいく口元を緩める。
あ、まずい。修哉は次に佳奈の口から出てくる言葉を先読みできた。
「じゃあせっかくだしあの二人の部屋に突入を」
「それは絶対にめんどくさいことになるからいやだ」
そもそも修哉の読みでは二人は部屋にはいないはずだ。仮にいたとしてもどうせオーラ絡みに決まっているのだから踏み込んだところで面白くもなんともない。
「ぶっー、修哉は佳奈のこと否定しないって言ったくせに」
頬を膨らませて不平を言う佳奈。
(これが数日前まで大人しくっておどおどしていました、なんて詐欺だろ)
人間変わるときは一瞬なのか、と呆れと関心が入り混じった感想を抱く。
「そんなことは言ってない。俺はイエスマンになるつもりはないぞ」
「まーまー、いいからいいから」
修哉の言葉を右耳から左耳へと通り抜けさせた佳奈は手を引っ張って足早に歩きだす。
「お、おい」
「さー、行ってみましょう。第一回、実はあの二人はできちゃってるのか大観察! ちなみに佳奈はできてる方に明日の朝ご飯の煮干しをかけます」
「いらねえよ!」
「修哉は出来てない方にプリンね!」
「釣り合いおかしいだろ!」
ずるずると引きずられる修哉は反抗を諦め、大人しく付いていくことにした。
(どうせいないだろうし。いたとしても俺の朝ご飯に煮干しが足されるだけだしな)
先導する少女の後ろ姿に笑みを浮かべながら修哉はそんなことを思うのであった。
華蓮の部屋の前でスパイのように張り付いて中の様子を窺う佳奈。
修哉はそんな佳奈を見ながら仮に中に二人がいたとして、この少女は突入するのだろうか、という疑念を抱く。
「んー、分かんないなー」
「きっといないんだよ。もう眠いし――」
修哉がそう言って佳奈を壁から引き剥がしたとき、
「あんた達何してんのよ」
「えっ、――きゃあ!」
突然後方から飛来した声に驚いた佳奈は体を跳ねさせる。バランスを崩した佳奈は前のめりに倒れそうになるが、咄嗟に視界に入ったドアのノブを掴むことでそれを回避……したはずだったのだが、佳奈の体重が乗ったことでドアノブは回り、それによって扉が開かれる。ノブに全体重が乗っていた佳奈は必然的に開いていく扉に促されるようにして部屋に転がり込んだ。
部屋の中にいたのは二人。
佳奈が探していた零と華蓮であり、正座状態で手を握り合っている二人は突然開いたドア、そして急な来客に目を丸くしていた。
「……あ、ははは」
部屋のドア付近でもつれて倒れた佳奈は二人を目にして空笑いを浮かべることしかできない。そして修哉はやっちまったと言わんばかりの様子で頭を抱えている。
そしてこうなる原因を作った声の主である朱音は呆れたようにしてため息をついた。
「えっと……?」
手を離した二人は面食らった様子で声が出ない。
「あー、悪いな……」
申し訳なさそうな表情で華蓮の部屋に足を踏み入れた修哉は顔の前で両の手を合わせて頭を下げる。
「あ、いや……まあいいんだけど……」
曖昧な返事をする華蓮は床に倒れている佳奈に手を差し伸べる。
「と・こ・ろ・で」
反省も一瞬、いつもの調子に戻った修哉はにんまりとした卑しい笑みを張り付けて零と華蓮を交互に見やる。
「二人はこんな遅くに何をしていたのかなぁー? 仲良くお手手繋いでナニをしてたのかなぁー?」
「お前……」
零は苦々し気な顔で目を細めるがそんな視線を跳ね返すように修哉は気味の悪い笑みを浮かべる。
「そうそう何してたの⁉」
差し出された華蓮の手を掴んだ佳奈は目をキラキラと輝かせて華蓮の目を見つめる。
思考を除かれるような気がした華蓮は咄嗟に目を逸らしてしまうが、その瞬間にそれが悪手だということに気が付いて顔を強張らせた。
問い詰められて目を逸らす、その行為が意味するところはつまり……、肯定だ。
「や、やっぱり――」
「違うから‼」
目の輝きを増す佳奈、そして狼狽しながら否定の意を示す華蓮。
いよいよ収拾がつけられなった状態に零も思わず頭を抱える。
「佳奈! いったん落ち着け!」
そんな場を収めたのはさっきまで場を引っ掻きまわしていた修哉だ。流石にデッドヒートしすぎたと感じたのかもしれないが、それなら最初から煽るなよと、零は冷めた視線を向ける。
目を爛々と煌めかせた佳奈に状況の説明をするのに約一〇分を要した。もちろんそのために必要な土台として華蓮のオーラについての話も交えてだ。
「なるほど……、特殊な具体化ですか……」
急に存在感を出したアラタにお前いつ来たんだよと零は驚くが、それは周りの全員がそう感じていたようだった。
「う、うん。右手を握るのがキーだから色々試してたってこと」
そこで会話は途切れ、部屋に静音が保たれる。
誰もが言葉の選択に悩んでいる。オーラというイレギュラーな中での、さらにイレギュラーな事象。
具体化のプロセスが自分たちとは全く違う。
もちろん零も華蓮の方法を試してはみたがそれこそうんともすんとも言わない結果だった。
「――理由は分かりませんが……、取り敢えずこれでここからの逃亡計画は実行できそうですね」
「ああ」
アラタの言葉に零は力強く頷く。
周りを見れば、他の面々も顔に緊張がはしっていた。
「計画は前に立てた通り、実行は明日の夕食を食べてから一時間後。いいですか?」
アラタの言葉に反対する者はいない。
時間が夜なのはここを派手に壊しても騒ぎの度合いが減るだろうという見立ての下だ。夕食を食べてから一時間の間を空けるのは単に食休みだ。
一同は入ってきた時とは比較にならないほど静かに、粛々とした空気の中解散し、彼らは心の中に様々な思惑を抱えながら眠りについた。




