作戦開始①
「はぁ……はぁ……、どうしてできないの……」
華蓮は唇を噛んで自分の無力さを嘆く。
通常のカリキュラムの後に一時間の延長特訓。強制されているわけではなく華蓮が自発的に行っているものだ。
最初は楽勝にこなしていたカリキュラムも日を増すごとに質も量も濃くなり、体力が余るという日はなくなった。
「もう休憩したら? これ以上やったって疲れが蓄積するだけだよ」
その様子を見守っていた零は口を挟むがそんなことで止まる少女でないことはわかっている。
華蓮は負けず嫌いだ。自分が常にトップでなければならないというわけではないだろうが、人が楽々こなしているものを自分だけが出来ないのが悔しくて堪らないのだ。
「でも……」
遊技場でみんなでゲームをしてから一週間。修哉が何をしたのかは知らないが佳奈は徐々に明るくなり、一人称が私から佳奈に変わった。それはつまり零達六人がこのふざけた研究施設を抜け出すための第一前提が揃ったことになる。
しかし第二前提。
華蓮のオーラの具体化が不十分なのだ。
零達の作戦は実に単純。オーラで随所を破壊して外への穴を作るというもの。
食事などが滞りなく行えるということは、ここは宇宙でもなければ北極でもないはずだ。外には文明があるはずなのだ。
外に出てからのことはまた考えればいい。
最優先すべきはこの気味の悪い空間から出ることだ。
だからこそ華蓮は歯噛みする。自分のせいで作戦実行が遅れているのだ。これ以上足を引っ張るまいと躍起になるのも理解はできる。
だが過労で倒れた前科のある華蓮を一人にするわけにはいかず零はこうして付き合っているのだが。
「もう一度見せて」
華蓮に促され零は右腕にオーラを集める。拳を握り締め、正拳突きをするように右手を打ち出す。
「ゼロ・ブラスト‼」
螺旋回転をしたオーラが一〇メートル先に一列に並ぶマネキン三体を一瞬で破壊する。
少し前までは威力調節を間違えてマネキンを破壊した後、後ろの壁に激突し壁も壊してしまっていたが慣れたおかげか、最近は標的だけに的を絞るように威力を調節することができていた。
「零のそれを見た華蓮はひとしきり唸った後、ゴロンと体を床に預けて寝そべった。
「分からない。あたしと何が違うのかが全然分からない。なのにどうして……あたしにはできないの」
思わず零れ落ちたその言葉に返す言葉を零は持ち合わせていない。
「ねぇ、どうしてあたしはできないんだろ」
「……オーラなんてでたらめなもの真面目に解析したってしょうがないんじゃないか? そもそも名前とブラストのセットだって國枝が言ってるだけで他にも具体化の方法はあるかもしれないんだし」
これは慰めでも何でもない。いや、そもそも零は慰めるつもりはない。そんなことをすれば華蓮は余計に傷つくだろう。
だからこれは本心だ。使用者である零自身オーラがどういう原理で動いているのか分からないし考えたところで分かりそうもない。
「他の方法……」
華蓮は天井を眺めながらぼそりと呟く。
ゆっくりと目を閉じて最近のオーラに関する記憶をすべて洗う。
――あたしと何が違うのか、どうしてあたしだけできないのか。零も修哉も佳奈も朱音もアラタも動作も手順も同じだ。そして、それはあたしも同じはずなのに……
ネガティブな思考に取り憑かれた華蓮は無意識のうちに右手を固く握りしめていた。
「――どうしてっ‼」
そのまま感情を爆発させた華蓮は思いっきり右手で床を叩いた。オーラを纏っていたその拳は耳を劈くような音を立てて軽々とフローリングを破壊する。
それ自体が驚くべきことであろう。
だが零は全く別の所に視線を取られていた。
フローリングを叩いたときに発生した轟音。しかし、その時に発生した音はそれだけではなかった。
二人から一〇メートル程離れた位置に置かれ、一列に整列していた一五体のマネキンの胴が一斉に弾けたのだ。
零は粉々になったマネキンに目を見開く。
顔、胴、足を三部位に分けるとするならば、マネキンは胴の部分だけがだるま落としで弾かれた部分のように消え去っている。
接続部を無くした頭は当然のように地面に転がり、バランスを失った足はその場に倒れる。
「な、なにが……」
状況を把握できない零はマネキンの下に駆け寄り、頭を拾い上げて観察する。
思い切りその部分だけ剥ぎ取られたような断絶面。零はこれに覚えがある。数分前に自分が破壊したマネキンの破損部もおそらくこうなっていたはずなのだから。
何が起こったのか分からなかった。
自分が床を叩いたのは分かった。それによって床が壊れるのも理解できる。
だが、右手に感じるこの違和感は何だ。
いつもと何かが違う、確実に何かが違うのだが何が違うのかが分からない。
華蓮はそんな奇妙さに襲われながら上体を起こした。
そして視線は自ずとこの部屋にいるもう一人に向かっていく。その彼は少し離れたところで作り物の首を持っている。
先ほど彼が壊したものだろうか、そう思ったがその思考は一瞬で却下された。彼が破壊したのは三体のはずなのだ。だが彼の周りに散乱しているオブジェクトはどう考えても三体を超えている。
――自分がやったのか?
そんな思考が渦を巻く。
――右手に感じた違和感はこの惨禍の残滓なのか。
華蓮は頭で蠢くその思考の確証を取るためにしゃがみ込んで再び床を叩く。先ほどと同じように床は発泡スチロールのように簡単に砕けるがそれ以上のことは起こらない。
さっき右手に感じた違和感も感じない。
――さっきと何が違う。どこが違った?
華蓮はそこで息を詰め、ゆっくりと深呼吸をする。
残っているマネキンは六体。
「零! ちょっとそこから離れて」
何が起きたのか把握できていない零は怪訝な表情を浮かべるものの、素直に頷いてマネキンから距離を取る。
華蓮はそれを確認すると六人のマネキンを視野に入れ、爪が皮膚に食い込むのではないかというほど固く右手を握る。
そして、それは起こった。
マネキンの前方三メートルの所に空気の歪みが起こり、圧縮された空気のようなものが打ち出される。
二人はこれが何かを知っている。空気砲にも見えるそれは間違いなくオーラが具体化され放出されたものだ。
ただ零のとは違い、渦を巻いているわけではなく、綺麗な楕円の形をしている。そしてバスケットボール程の大きさをしたそれは秒速一〇〇キロを超える速度でマネキンを襲い、破壊音を響かせた。
唖然とする零に呆然とする華蓮。
何が起こったのかが分からないわけではない。むしろ目の前で起こったことは一瞬で把握できたのだが、どうしてそんなことが起こったのかが分からなかった。
華蓮は右手を開いたり閉じたりしながら目をぱちくりとしていたが、次の瞬間、目を輝かせて静寂を打ち破った。
「できた! できたよ‼ 零‼ これがあたしのオーラだよ‼」
目尻から涙をあふれさえ、笑顔を浮かべる華蓮はアドレナリンが溢れまくっているその状態を抑える様子なく零の下に駆け寄り飛びつく。
急にハグをされる形になった零は一瞬頭を沸騰させるが、すぐに落ち着いて、この場合は頭をなでるべきなのか、それとも急に抱き着くなよ、というべきなのかという議題に思考を回した。
しかし、
「やった! できたんだよ‼」
子供のように純粋に歓喜している華蓮を見て思考とか理性とか羞恥だとかはどこかへ行ってしまった。
気づけば零は抱き返すような形で華蓮の背に手を回し、『ああ、見てた。やったな』と声をかけていた。
「できた! あたしできたんだよ‼」
「ああ、見てた。ちゃんと見てた」
意識的か、はたまた無意識か、二人の腕に籠められている力が増していく。
そして、数秒後なのか数分後なのか、当事者たちには定かではないが思考と理性と羞恥を取り戻した二人は磁石の同磁極が反発しあうようにさっと離れた。
二人はお互いに背を向けながらもちらちらと互いの方へ視線を向け、視線が合いそうになると首がねじ切れそうな勢いで目を前に戻す。
――どんな顔すればいいのさ⁉
不整脈に襲われる二人はひたすらに速く走る心臓を押さえつけるように右手を胸に当てる。
しかし鼓動は依然として早まるばかりで体の細部にまで沸騰した血液が行き渡るように感じた。
しかしチリチリと体を焼くようなその熱は不快なものではなく、むしろ二人にある種の幸福感を与えた。




