芽生える感情④
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「佳奈はさー、もっと自信を持つべきだと思うんだよ」
食堂で少し遅めの夕食を取っている修哉は向かいに座っている佳奈にフォークを向ける。
修哉のトレーは肉七割、野菜一割、魚一割、残りがご飯と汁物で構成されている。最初は肉一〇割だったのだが零と同じように給仕長の圧に負け、肉の割合を減らされてしまった。
対する佳奈は給仕長がにっこりと笑顔を見せるほどバランスがいい和食メインの献立が組まれている。
口に物が残ったまま、フォークで人を指すという行儀の悪さに給仕長は目つきを厳しくする。
それに気づいた修哉は急いで頬張っているものを胃に落とし込み、フォークを下げる。
「と、とにかく、佳奈は自信を持つべきなんだよ。なんか萎縮? というか、遠慮? してない?」
「――‼」
驚いたように目を広げる佳奈は口の中で小さく悲鳴を上げる。
「そんなことは……」
「そうかー? なんていうかアラタの遠慮とは違って佳奈のはこう、なんていうか、無理があるような感じがするんだよな。アラタのあれは本質に染みついてるような感じなんだけど、佳奈の遠慮は表層的なものというかさ」
「そんなこと……、遠慮っていうなら神崎さんも……、そうだと思うし……」
「ああー、朱音ねー。あいつのあれは遠慮じゃないよ。多分男性恐怖症とかそんなところじゃない?」
「え……⁉ 男性恐怖症?」
「んー、勘だけどね。もしくは異性に対して人見知りするタイプとか」
「どうして……」
「さあ? どうしてかは分からんけど。強いて言うなら過去の何かがトリガーになってるんじゃない?」
「過去?」
疑問を浮かべる佳奈に対して、修哉は続きを言おうとするが、ちょうどそのタイミングで二人の近くに給仕長がやってきた。
「食事中に話すな、とは言いませんが食べることが疎かになってはいけませんよ」
我が子を窘めるような給仕長の言い分に二人は頷き、食事に比重を置く。
給仕長が去ったので――とはいっても遠目で見てはいるのだが――修哉は声のボリュームを落とし、佳奈にのみ聞こえる声量で話した。
「……佳奈はここに来るまで何してたとか覚えてる?」
「……」
「多分覚えてないよね。俺もそうだから。というか多分俺達全員がそうだと思う」
「それってどういう……」
「――一週間くらい前から違和感を感じるようになったんだよ。この変な場所にな。意識したらあとはとんとん拍子だった。自分の記憶の穴にも違和感を感じたし、大人の対応にも気持ち悪さを覚えた。佳奈は何も感じない?」
「……変かもしれないけど、でも別に……」
佳奈は俯いて会話を断つように食べるスピードを速める。
さすがに露骨にアピールされては修哉も引き下がるしかなく、その場から食事以外の音は消えた。
(仕方ないか……)
修哉としては佳奈を味方につけて対抗手段を得ることを模索しようと思っていたのだが計画通りにはいかず、第二プランの方に切り替えることにした。
「な、何してんだよ!」
ガラス越しに見た光景。予想だにしないその光景を目にした零は乱暴にドアを引っ張って部屋の中に入る。
そこにいるのはたった一人の少女。カリキュラムの時とは違う紺色のジャージを身に着けている。
肩で息をし、目も虚ろなその少女は、急な零の登場に目を見開くが何かを言おうと口を開いたところでバタリ、と前のめりに倒れてしまう。
「城風‼」
倒れたときに体を揺するべきでない、零も知ってはいたがそんなマニュアルは頭の中から抜け落ちていた。体を仰向けにして手首で脈を測るが素人である零にはうまく取れない。不定期に感じる脈拍が自分の不得手のせいなのか華蓮の異常を示しているものなのかの判断がつかない。
「おい! おい‼」
零の心を暗雲が覆うが、必死にできることを模索する。
顎を持ち上げ気道を確保する。口元に耳を近づけ、呼吸を確認する。
必死の作業だ。それこそ小学生で習うような応急処置のように簡単なものではあるが実践となるとどうしても手つきがたどたどしくなってしまう。それに全く見知らぬ相手ではない。自分がよく知っている相手なのだ。
心がざわざわと揺れ、視界が暗く覆われそうになる。
不安、恐怖、自分が隔離されていると認識した時でさえ感じなかったその感情が零の中を埋め尽くす。
零の鼓動は早くなり、冷汗が滲みだしてくる。不整脈のようになってしまっているのではないかとさえ思えた。
しかし、華蓮の口から洩れた微かな息を零は見逃さなかった。
というよりも、だ。
(これって……、寝てる?)
思わず体中の筋肉が弛緩するのではないかというほど気が抜けた零はそのままぐったりと尻をつく。
だが寝るにしても倒れるようにしてそのまま気を失ったのだ。そうなる過程が正常なはずがない。
寝苦しそうに息を漏らす華蓮の顔はいつもより少しやつれているように感じる。
「なんにしてもここに寝かせとくわけにはいかないよな」
零は華蓮をおぶろうとするが仰向けで寝ている人を持ち上げておんぶするというのは中々の高等技術だ。
もちろん他の移動手段がないわけではないが……。
(これは非常事態だから――仕方なし‼)
自分に念じた零は華蓮をお姫様抱っこの形で持ち上げて歩き出す。
(重……くはないけど、辛いな)
意識を失った人間というのは想像以上に重量があり、足取りがおぼつかない。
このままではいずれ落としてしまうのではないか、そう思った零は予てから考えていたことを実行してみた。
オーラを纏えば壁を殴っても傷一つつかない。それは何故かを考えた零は仮設を二つ立てていた。
一つは壁と接触するオーラ自体に物体が瓦解するほどのエネルギーが存在するというもの。そしてもう一つはオーラは自身を強化する装備のようなものだという推論だ。この場合、壁と接触するのは自分の腕ということになる。
要はオーラは武器なのか装備なのかという話だ。
しかしこの二つの仮説は具体化という現象を知った時に同時に霧消した。
オーラは武器であり防具でもあるのだ。
零の出した結論は『オーラは常識で測ることのできない万能兵器』というものだった。
零はぷるぷると小刻みに震えている自分の両腕に視線を落とし、そこに意識を集中させる。
「おおー、すごい」
我ながらオーラの有用性に感嘆する零。ずっしりと衝撃を受けていた腕は羽を持っているんじゃないかというくらい軽くなった。
足取りも安定し、余裕ができた零は華蓮の部屋に向かう道中、自分の腕の上で寝ている華奢な少女に目を奪われていた。
華蓮のことを間近で見るのが初めてだから、というのもあるがそれ以上に、寝ている女の子というのは普段と印象が違ってくるものだ。
――顔小さいなぁ。
――パーツが整ってるよなぁ。
普段絶対に対面している時には絶対に言わないであろうことがポンポンと浮かんでくる。
(こうしていると……、破壊力が――)
WIZARD・GIRLSの中で一番可愛いのは誰かというアンケートを街中で取ったら一〇人中九人は佳奈と答えるだろう。
それくらい佳奈は圧倒的だ。零もその意見に反対するつもりはない。
ただそれでも――
「やばいな、これは……」
誰に聞かれることもないその呟きは零の足を早めるには十分だった。




