芽生える感情②
「……っ、こんの‼」
オーラの具体化、それの手順を目の当たりにした零達はマネキン相手に練習を繰り返していた。
残存するマネキンは既に一体。
しかしそれは一人が一つずつ壊したわけではない。アラタが一体、修哉が四体、そして残りのメンバーはゼロだ。
朱音は具体化できたもののコントロールできずに壁にぶつかり、壁が損壊。
佳奈は名前を決められずに具体化ができない。
そして零はオーラを纏わせる際にどうしてもストップがかかってしまう。
オーラを具体化して放出するのは普通にオーラを纏わせるよりも多くのオーラを必要とする。零が出せるのは体をコーティングできるくらいの量しかない。
そして、華蓮もまた同じようにオーラの具体化に難を見せていた。
しばらくすると國枝の到来により、今日のカリキュラムは終了を告げた。
明日のカリキュラムは今日と同じ――午前中は戦闘訓練、午後はオーラの具体化――だという説明をして本日は解散。
六人はそれぞれ自室に戻る。
零と華蓮は國枝達の目的が分かったものの、オーラについての扱いはまだ不十分なので、逆らうことはせずに今まで通り従順を決めることにした。
零は風呂で汗を流し、食事に向かう。
幸いというべきか、大浴場には誰もいなかったので自分の中で疑問に没頭することができた。
これからの方針。
オーラの具体化。
考えるべきこともやるべきことも山積みだ。
最近は華蓮と一緒に食事に向かうこともなかったが、話をしておきたかったので華蓮を誘おうとしたのだが部屋は留守。既に食堂に向かったのか、と考え、零は一人、食堂に向かった。
しかし、食堂にいたのは修哉と佳奈の二人だけだった。
「おー、来たか零‼ こっち座れよ!」
(……零? え?)
あまりのハイテンション、思わず誰だ、と言いたくなる気持ちを抑えて零は修哉が指した席――修哉の右隣――に腰かける。
左隣には佳奈が座っており、少し俯いた状態で高級フレンチを食べ進めている。
「いやー、あれだな。佳奈も零もまだオーラについて分かってないみたいだからな! 俺が教えてやろう。なんせ俺は最初にオーラを飛ばすのに成功した特別だからな!」
興奮覚めやらぬ様子の修哉は目を爛々と輝かせ、さぁ、かもん、なんでも聞けよ! とばかりに身を乗り出す。
(こいつ、何か枷が外れたのか? オーラを具体化させたことで変わった? いや……、戻ったのか?)
食い気味にくる修哉に一歩引きながら零はあまりにもぶれている修哉のキャラを訝る。
「むぅ、じゃあ佳奈はどうよ? ねぇ?」
零が良い反応を示さないのでターゲットを佳奈に変えた修哉は隣で大人しく食事をしている佳奈の方に勢いよく身を向ける。
それじゃまるでナンパ師のようだぞ、という言葉は封じて、取り敢えず様子を見守る。
急にタゲを移された佳奈はビクンと身を震わせた後、恐る恐ると言った感じで修哉の方を向き、言葉を紡ぐ。
「えっと……、その……、か、あたしは大丈夫です……、迷惑は掛けません」
「いいから、 いいから。なんでもどんとこいだ」
遠回しなお断りの意を汲めない修哉は引き下がることなく自信満々に胸を張る。
そんな様子を片目で見ながら、零は用意された和食御膳に手を付ける。
食堂はバイキング形式の時とメニュ―の中から選ぶ形式の二つがある。
今日は選択形式だったので零は席に促される前に最初に目についた和食御膳を注文しておいた。
零は隣で行われている問答を無視して食べ進めていると食堂に神崎朱音が姿を見せた。
零の時同様、修哉は朱音を手招きするが、一礼して拒否、玉砕した。
「振られたな」
「……っ」
「えっと、じゃあこれで……」
遠慮がちに、それでいて素早い行動で佳奈は去っていった。
「振られたな」
「……っっ」
零の追い打ちによってガクンと肩を落とした修哉は『振られてないもん!』と言って食堂から失踪してしまった。
「まだ残ってるのに……」
口を喋ることに使っていた修哉の食事は対して減っておらず、大部分が残っている。
修哉のご飯は零の和食御膳と違い、海鮮丼だ。手を付けられていないマグロ、サーモン、トロなどが食べてくれよと言わんばかりに輝いている。
「……残すのは勿体ないな」
零は自分の方に丼を寄せてキラキラと光を反射するマグロを箸でつかみ口に運ぼうとするが、
「まてぇぇぇぇ‼」
ダッシュで戻ってきた修哉によってその手は抑えられ、その止まった一瞬で修哉は箸に齧り付き、マグロを胃に納めた。
「お、俺のマグロが……」
「俺のだからな⁉ 勝手に横取りしようとしやがって」
嵐のように去っていった修哉は嵐のように舞い戻ってきて元の座席に座った。
「これは俺の、アンダスタン?」
「ちっ」
零は舌打ちをするが言っていることは一応正論なので自分の食事に戻ることにした。
どうも修哉は走って出て行ったときに、腹が鳴り、食事のことを思い出したらしい。
テンションの振れ幅が大きい修哉は戻ってきてからというもの、機嫌を取り戻し、零に永遠とオーラについての自分の考察だのを話していたが零からすれば見当違いもいいところと言った感じだった。
既に零は華蓮との間でオーラについての当たりを付けている。
修哉は暗黒世界の究極兵器だか、選ばれたものにのみ与えられる天啓だのいった解釈をしていた。
オーラの構成物質は零も知るところではないが、重要なのはそこではない。
大人たちが求めているのはメリットだ。オーラを分析した結果、何が起こるのか、その検討はついているはずなのだ。そうでなければこんな人権無視の状態で子供の記憶を消して教育という名の調教を施すことはあり得ない。
オーラの使用目的は軍備。
そう考えれば日頃の滅茶苦茶な訓練も納得がいく。
だからこそ、零は心に誓っている。
――この大人たちが本格的に動き出すまで、自分たちを兵器利用するまでに、オーラを使いこなし、この場所を脱獄する。
――みんなと一緒に。
5
翌日のカリキュラムは全く同じもので午前中は対人訓練。午後はオーラの具体化についての特訓だ。
違う点は午前中の対人訓練の相手が昨日よりも若干強くなっていたことだった。それでも素手の戦闘とは単純なもので、相手の攻撃を避けてこちらの攻撃を当てる。それを繰り返せば勝手に勝利はやってくるのだ。
教官が特殊作戦軍でもダメかとぼやいていたのは零達には聞こえなかった。
午後のカリキュラムは無人の体育館に移動してマネキンを相手取る。マネキンの数は五〇程に増えており、監視カメラの数も激増していた。
「さあさあ、ぶちかましていくよー」
腕をぶんぶんと振りながらテンションを上げていく修哉、それと反比例するように他の面子の様子は沈んでいる。
「ブラッディ・カオス・ライジング・メテオ・ブラスター‼」
何気に名前が変わっている修哉のオーラ、そして変わっているのは名前だけでなくオーラを纏わせている部分もだ。
昨日まで右腕に渦巻いていたオーラは右足に移動している。
修哉は勢いよく右足を振りぬく、右足に渦巻いていたオーラは鋭角に尖り、辺り一帯に凄風を巻き起こす。
足を離れ、放たれたオーラはマネキンにぶつかり、原型が見えぬほどに消し飛ばした。
「どんどん行くぞー」
修哉はバシュン、バシュン、と次々にオーラを放ち、マネキンを一掃していく。
このまま呆然と立ち尽くしているだけでも勝手にマネキンは乱伐されていくだろう。
「随分と勢いのいい奴だな」
零は近くにいる華蓮に何の気なしに話しかける。
いつもなら、『感情が芽生えた証拠だね。順調、順調』くらい言うはずなのだが、華蓮は疲れた顔でただ一言、そうだね、と言っただけだった。
今日の華蓮は元気がない。零は何となくだがそれを感じ取っていた。
機嫌が悪いとはまた違う、とは言っても年頃の女子は、ホルモンバランスの乱れで体調を崩すことは往々にしてあるために、零としては触れていいのか悩ましい部分だった。
こうしている間にも、アラタと朱音の二人もマネキン討伐を開始している。
昨日の段階では難があった朱音のコントロールも次第に向上の兆しを見せ始め、壁に二発ほど大穴を空けたがそれ以降はコツをつかんだようだった。
アラタは正確に慎重に一体ずつマネキンを破壊、調子に乗ってきた修哉はオーラの量を上げることで一気に数体を破壊していた。
それでも構わないのだが流石にずっと見ているのも暇なので零自身も行動に移る。
昨日の零はオーラの量が放出するには足らず、撃ちだすことはできなかった。
だが今の修哉の行動を見ていて少しだけ思い当たることがあった。
右腕にオーラを纏わせる。
そして、体をコーティングする時とは逆の感覚、内に広げるというより特定の部位に集中させてそこに全ての意識を傾ける。
ゆっくりと、しかしてはっきりとオーラが揺れ始め、右腕を這うように絡まりだす。
渦を巻く速度は次第に上昇し、それによって生じていた微風が軽風になり髪が靡くようになる。
名前は決めた。
修哉のように長く小難しい必要はない。
もっとも実用的にこれを使うのならば――
「ゼロ・ブラスト‼」
右腕を思い切り振り切ると、渦巻いていたオーラは螺旋状の形をして放出された。
回転速度は速くない。目視でも螺旋状が分かるほどだ。それでも、確かに具体化されたそのオーラはマネキンを軽く屠るには十分な威力だった。
ドバァン‼
零は耳に響く爽快音に満足気な顔を浮かべる。
「グッジョブ!」
それに気づいた修哉は弟子の成長を見守る師匠のように親指をグッと突き立てた。微笑ましいような、なんとも言えないそれに零は苦笑しながら同じようにサムズアップする。
「――どうして……」
「……? 城風?」
微かに聞こえた声の方を向くと、そこには驚愕の表情を浮かべた華蓮が唇をプルプルと震わせながら何かを言おうとしていた。だがそれは形にならず消えていく。
零に読唇術の技術でもあれば何を言おうとしていたのか把握できたのかもしれないが生憎とそんな技は持ち合わせていない。
「どうかした?」
「……いや、なんでもない」
下を向いて肩をわなわなと震わせている様子は、暗に話しかけるな、と言われているようで、零はそれ以上口を開けない。
バァァアン‼
そんな硬直を打ち破ったのは一際大きい爆音。修哉によって引き起こされたそれは、残っていたマネキンを一掃し、壁を瓦解させた。
「お、おおー、最高威力……」
どうやら撃ちだした本人も予想外の威力に驚いているらしく、目をパチクリさせていた。
マネキンはものの二〇分もせずに全損、残りの数時間をどうするべきか、としていた時に見計らったように――実際に監視カメラで見ていたのだから見計らっているのだろうが――國枝が現れた。
「……まあいいか」
何か含みのあるようにして考え込んでから國枝は目線を上げ、こう告げた。
「今日はこれで解散して構わない。適当に自由時間にしてくれ」
國枝はそう言うと早々に部屋を出て行ってしまった。
(どうするかな……)
いつもなら時間があれば華蓮と今後の方針について固めるのだが、今日の華蓮は様子がおかしい。
それに――
(今のあいつらとなら状況を共有できる。城風だけじゃなく、みんなで協力すれば……)
零は周りにいる修哉達を集めるために声をかけようとするが、
「あ、あれ? 双葉と桜は?」
「双葉君が桜さんを引っ張って部屋を出ていきましたよ」
既にその場に二人の姿はなく、朱音もスタスタと出て行ってしまった。
「じゃあ、上水流だけでも……」
「悪いけど、あたし今日体調悪いから部屋で寝るね」
「え……」
華蓮はそう言うと立ち上がって自分の部屋に向かってしまった。
「それで、僕に何か?」
「――まあちょっとな、丁度いいし風呂行こうぜ」




