芽生える感情①
1
軍事トレーニングが始まって早二週間、人間の順応性というものは想像以上にすばらしく、最初は悲鳴を上げていた華蓮も今では多少の息切れをするくらいで済むようになっていた。
そしてなにより、この二週間の功績は大きかった。
「だーっ、疲れた」
カリキュラムが終わり、時間は午後八時過ぎ、修哉はどさっとその場に腰を落として呻いた。
「飲みますか?」
「サンキュ」
修哉はアラタから手渡されたスポーツドリンクを一気に飲み干すと、くしゃっと潰してゴミ箱に放り投げた。
「ちょ、普通全部飲みますか⁉」
「まあまあ、落ち着きなさいな。後で同じのあげるから」
口を尖らすアラタを片目に修哉はゴロンと寝転がる。
「あんまり綺麗じゃないわよここ」
遠回しに寝るなと言う朱音を無視して修哉は寝返りを打つ。その様子を見た朱音は大きくため息をついてわざとらしく大手を振る。
「みんな元気だね……」
六人の中で一番疲弊している佳奈はお手本のような体育座りをしながら羨望の眼差しを向ける。
そしてそんなやり取りを遠目で見守る零と華蓮の二人。
感情の発現。
二人が目標としていた難題は案外と簡単に叶ってしまった。
雪だるまと一緒で、最初は小さくてもだんだんと大きくなっていき、どんどん規模が増していく。
最初は苦労したものの、会話が続くようになってからは彼ら同士でも会話をするようになり、二人が干渉せずとも勝手に成長した。
今の彼らが記憶を失う前の彼らと同じとは言えないかもしれないがそんなものは些細なこと、この結果は十分すぎるものだった。
そしてもう一つ、この二週間の功績として彼ら四人はオーラを見事発現させてみせた。
そのタイミングが感情の芽生えと同時期だったこともあり、零と華蓮は感情とオーラの間に何らかの関係があることも見出していた。
「風呂行った後夕食なー」
修哉の言葉を合図に、解散し、彼らは風呂へと向かう。
2
「どう思う? 順調に進んでいるとみるべきか?」
「……そうだな。感情の付与によってオーラの発現も確認できているしカリキュラムも予定通り行えている。今のところさしたる問題はないな」
須藤は紅茶を啜って報告レポートを入念に精査する。
「俺としてはこういった細かいのは性に合わん」
國枝は活字がびっしりと並べられたそのレポートを机の上に放り投げ、足を組む。
「お前は昔から単細胞だからな。管理職に向くタイプじゃない」
國枝に対してこんなことを言えば確実に社会的、物理的な死が待っているのだがこの須藤に至ってだけはその例外だ。
「むっ、ちょっと頭がいいからと……」
「お前と比べればちょっとじゃないがな」
須藤は軽くあしらい書類に目を戻す。
「気になる点はあるが……、まあこのまま進めてもおそらく問題はないだろう」
「気になる点?」
「……桐谷と城風、特に城風だが――、まあ今は結論を出せないしな」
「じゃあ予定通り明日からオーラの具体化だな」
「ああそれでいい。それと」
須藤はそこで言葉を区切り口を閉じ、目を瞑る。
「なんだよ?」
あんまり言いたくはないんだがな、と前置きして須藤は続きの言葉を紡ぐ。
「お前、WIZARDに影を重ねていないか? お前のあいつらに対する待遇は若干行き過ぎているように感じるぞ。もう少しグレードを落として予算を一億ほど削っても十分なVIP待遇になるだろ」
「冗談だろ。俺はどうせ勝ち取った予算なんだから残すのは勿体ないと思っただけだ。特別思い入れているわけじゃあない」
「――そうか、それならいいんだが」
須藤はそう言うとティーカップを机に置いて局長室から出て行った。
3
午前中はビリーズブートキャンプのような基礎運動を一時間、そしてその後は体術の訓練としてスパーリングを二時間、スパーリングと言ってもボクシングのようにグローブをはめることはなく、また手だけしか使ってはいけないというわけでもない。その時相手取る敵をノックアウトすればそれでよし、そんなルール無用の死闘だ。ただ基本的に零達の相手は大人、顔に刀傷が入ったようないかにもな人種なので遠慮せずに暴れている。
そしてその先頭が終わると昼休憩だ。
やっている内容はハードだが三時間という短時間なので多少発汗するくらいで息をきらすことはなくなった。
昼食のために六人が出て行った部屋に残るのは軍服を着た教官とボコボコにされて床に倒れている人達だ。
「子供を殺せば出所させてやるという条件付きなのに随分と情けない様だな」
「……勘弁してくれ。あんなガキこっちの世界にだっていやしねえよ」
大の字に寝そべっている大男の歯は何本か抜け落ちている。
「一度チャンピオンベルトを手にした奴の台詞とは思えないな」
「あんなのとやらされるくらいなら大人しく刑期を待った方がましだ」
「そう言うのはお前で五人目だよ」
教官は満身創痍で床に付している連中を見やってあきれ顔を作る。
(最新式AIが入っているとはいえWIZARDの進化は凄まじいな。無意識のうちにオーラを使って攻防している面も散見できた……)
WIZARD六人の戦闘を頭の中でプレイバックしている間も囚人達は立つ様子がない。
(もう少し骨のある奴を用意しないと駄目だな)
教官は手持ちの携帯で國枝に一通のメールを送る。
『本日の六人も処分の方向でお願いします』
たったそれだけの簡素なメール。しかしそれ以上は必要ない。無駄に装飾したところで國枝はいい顔をするわけではない。
教官は倒れている六人から視界を外し、すたすたと部屋から出て行ってしまう。
「ご愁傷様」
小さく呟かれたその声が彼らに届くことはない。
WIZARD計画。
彼ら囚人はこのプロジェクトについて知っているわけではない。それでも、やたらと強い子供がいる。それを知ってしまっただけで彼らは処分対象なのだ。
『子供を殺すだけで出所できるぞ』そんな甘言に引っかかった彼らに未来はない。
垂らされた糸に群がった虫にあるのは破滅のみ。
もしもWIZARDが殺されそうになった場合は教官が止めに入るつもりだった。
WIZARDを屠れるレベルの囚人がいたらそいつにはWIZARDの戦闘能力向上のためのサンドバッグになってもらい、使い物にならなくなったら処分。
どこにも出口はない。
「次は現役の自衛官でも呼ぶかな」
そう呟く教官服の胸には統合幕僚長章が光っていた。
4
「これからお前たち六人にはオーラの具体化をしてもらう」
午後のカリキュラムで零達の前に立った國枝によって放たれた言葉、それを聞いた一同は意味が分からずに絶句してしまう。もはや、は? というような疑問詞すら出てこない。
「具体化?」
零からすれば具体化とは何ぞやという感じなので國枝に詳細を求める。
「そうだ、お前たちはオーラを纏わせるところまでは出来ている。だからこそ次の段階として具現化したオーラを放出するための具体化に取り組んでもらう」
「つまりオーラは空気砲みたいに飛ばせるってこと?」
華蓮の問いに國枝は首肯する。
「これからその手順を説明する」
六人は説明された部屋から別のだだっ広い部屋に移動した。体育館よりも一回り大きいその部屋には六体のマネキンが直立している。
オーラを放出し、マネキンを破壊する。それが零達に与えられた内容だ。
「自分のオーラに名前を付けてそれをファーストネーム、ラストネームをブラストとし、オーラを一点に集中させた状態で発声する、か……」
國枝の説明を自分の言葉で要約する零の顔にはげんなりとした表情が隠すことなく表出していた。
「胡散臭いどころの話じゃないんだが」
「あたしもそう思うけど……、否定することもできないし」
「はぁ……やってみるか……」
零は利き腕である右腕にオーラを集中させる。
風が靡き、零の服が揺れる。
(名前、名前……、名前?)
渦巻いていたオーラは勢いを緩め、徐々に消失していく。
「どったの?」
「――いや、名前決めてなかった」
華蓮は呆れた様子で零を見やるが、決めていないものはどうしようもない。取り敢えず適当に思案するが急に名前は浮かんでこない。
華蓮も腕を組んで考えているようだがひらめきは降りてこないらしい。
他の四人はどうしてるのか、零は周りを見回すとアラタと朱音は胡散臭いこの内容を信じ切れていないのか、膝を抱えて座っている。
佳奈は自分の手を開いたり、閉じたり、といったことを無心で繰り返している。
そして、修哉はというと、
「名前……、カッコいい名前……」
ぶつぶつと何かを呟いた後、右腕にオーラを纏わせ、手のひらを一体のマネキンに向ける。
「ブラッディ・カイザー・デルタ・ナイトメア・クライシス・・ブラスター‼」
修哉の右腕に無色透明の光が螺旋状に渦巻き、グニャグニャと揺れながら、半径三センチ程の円柱形をしてゆっくりと打ち出される。
それは修哉の腕を離れ、時速一〇キロも出てないような速度で進路前方にあるマネキンに向かって進んでいく。
どうしてその速度で落下しないのか、重力はどこへ行ったのか、そういった疑問が浮かばないほど、零の思考はその未知の光景に囚われていた。
半径三センチ、高さ二〇センチ程の物体。つまり体積は一八〇π立方センチメートル。
どうみても固そうに見えない液状物質のそれは、子供が投げるボールよりも遥かに遅い速度でマネキンにぶつかったにも関わらず、
バァァアアン‼ という激しい轟音を出し、マネキンを一瞬で木っ端微塵に吹き飛ばした。
声が出ない。
呆然自失という言葉が相応しいだろう。
それほどまでに、その光景は異常だった。
物理法則もへったくれもない超常現象。
零だけじゃない、華蓮も、佳奈も、朱音もアラタもそして当の本人である修哉でさえ状況の把握ができていない。
「――ふ、ふっ、これが俺の力、そう、ブラッディ・ナイトメア・カイザー・デストロイ・ブラスター‼」
取り付けたようにカッコをつけている修哉を無視して零は華蓮に向き合う。
ちょうどそのタイミングで華蓮も零の方に視線を向けたので互いの視線が交差した。
二人は言葉を発さず重く頷く。
――あれが大人たちの求めていたオーラの力……
二人の考えは言葉を交わさずシンクロする。
何のために子供に莫大な投資をしていたのか。
何のために戦闘訓練を行わせていたのか。
何のためにオーラの研究をしていたのか。
それらのQに対するAをようやく手に入れた。
――戦争‼




