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ライス☆ハント  作者: 藤原ひろ
28/30

その28☆三つの闇

 双龍の二人が現れるまでの間、俺はアジトを離れ、先ほど行ったばかりのコンビニへ再び足を運んだ。


ガーゼと消毒液を手に戻って来ると、ソレをストゥールに靠れかかっていたゴリラに差し出した。

ゴリラは驚いた顔を見せたがこちらが頷くと黙ってソレを受け取った。


俺達は互いに沈黙したまま、双龍が来るのを待った。


ゴリラが袋から消毒液を取り出して乱暴に傷口に降りかける。短い呻き声と鼻にツンとくる刺激臭がして俺は昨日の病室を思い出していた。


ボロボロになった皆の姿、冷たい視線、ジョーの涙。


居た堪れなくなって右拳を床に振り落とした。


……来い。早く来い!

 

俺の心情を理解するかのように双龍は存外早く現れた。

血だらけのゴリラが青い顔をして立ち上がる。野太い声を上げ、入口の方に向かって頭を下げる。


入口から二人が現れた。闇が室内をすぐに満たして、俺は静かに立ち上がった。


あの時と同じ緊迫感が身体を包み始める。闇の一片、辰巳が酷薄な笑みを浮かべ、反射的に俺は睨んだ。拳に力が入る。


「お前から来るとは少し意外だったゼ。……で、何の用だよ? 米倉」


酷薄な笑いはそのままで辰巳が言った。隣の九十九は冷たく俺を見つめている。身体の中心が熱くなり始めた。落ち着けるように鼻から息を吸い、口から静かに吐き出した。


「とぼけんじゃねー。昨日お前等が襲った俺の仲間の復讐に決まってんだろ。

クソッ、ふざけやがって……。フクちゃんを……福田聡を意識不明にしやがって………」


身体の真ん中にあった怒りの熱が徐々に膨張して眼差しと同化し、二人を捉えた。


辰巳はコイツ何言ってんだ? と呟いて、斜め後ろにいた九十九に問いかけるように振り向いた。

九十九は気だるそうに首を横に振る。綺麗に染められた茶髪がサラリと靡いた。


その他人事みたいな態度が怒りを増幅させ、俺は吠えた。


腹の底から響いた怒鳴り声が双龍の二人を戦闘モードへと駆り立てる。辰巳が素早く黒のロングコートを脱ぎ棄てる。身構えた。


黒のランニングシャツから伸びる辰巳の両腕は異様なほど鍛え上げられていた。そして傷だらけだった。いつか言っていた先輩の言葉が頭の隅を掠める。


その言葉を反芻し、全力で突っ込んだ。俺の間合いで戦う。

アフロ男の時と同様、下に倒す事が出来れば俺に勝機がある、そう思った。


あと少しで闇に被弾しそうな時、俺のボディに重い衝撃が加わった。辰巳の右拳が腹にめり込んでいた。勢いが完全に止まり、床に膝をつかされた。遅れて猛烈な吐き気が俺を襲い、そのまま床に吐瀉した。


「俺達のアジトでゲロッてんじゃ………ねーよ!」


そう辰巳の低い声がした刹那、顔面を辰巳の黒い革靴が捉え、俺は横に転がった。


揺れる意識の中、殺意に塗れた辰巳が近づいてくるのが分かった。

俺は大声を吐き出して、無理矢理立ち上がった。


身体中が壊れてしまいそうなほど痛い。

赤髪に刺された左腕はハンカチごと紅く染まっている。

口の中は胃酸と血の味が混ざり合い、酷く不快だ。


……けど、それがどうした?

 

ボロボロの中、俺は笑んでいた。自分でも不思議だった。

痛みで全ての感覚が麻痺してきたのかも知れない。辰巳が少し意外そうな顔をして片方の眉を持ち上げた。


「何だコイツ、何笑ってんだ? そんなんで俺に勝てると思ってんのか? コラッ」


辰巳がジリジリと詰め寄る。俺はさっきの一撃で全てを悟った。

俺ではコイツラには勝てないと。だけど悔しくは無かった。勝つ為の戦闘ではなくて、大切なモノを守る為の戦闘に変わっていた。俺は構えた。辰巳が舌打ちを鳴らして「馬鹿が」と呟いた。


その通りだと思った。


……結局俺はただの刺激中毒者だ。それ以上でも以下でもなくて、

平たく言えば『大馬鹿野郎』と言う事だ。


間合いに侵入した辰巳が右ストレートを放つ。左にヘッドスリップして躱そうとしたが疲弊した身体では躱しきれずに硬い拳は俺の右頬を直撃する。


顔面が痺れたが構わずそのまま突っ込んだ。


最後の力を振り絞って全力の右フックを繰り出した。今までで一番強く、そして速い一撃だった。

そのつもりだった。右拳は辰巳の顎先にクリーンヒットしたが、ただそれだけだった。


力尽き、俺は床に倒れた。心地イイ疲労感が不思議と身体を包んでいる。

辰巳が床に唾を吐き捨てながら近づいてくる。トドメを刺そうとしている、そう感じた。


……フクちゃん、ごめん。俺は目を閉じた。


「これで終わりだな、米倉」


歯を食いしばった。辰巳の気配が俺に重なる。

終わったと覚悟した。辰巳の重い一撃がすぐに飛んでくると思った。

俺の身体が砕ける音が響き渡ると思った。


だが響いたのは辰巳の舌打ちだけで、俺はゆっくりと目を開けた。


辰巳の向こうに門星先輩の姿が俺の眼に映った。ブラックの連中と同じ、黒ずくめの格好で、それは真冬の空に舞い降りた黒揚羽のようで違和感しか感じなかった。辰巳がまた舌打ちをする。


「今、イイトコなんだよ。邪魔すんじゃねーよ門星」


辰巳が何処か嬉しそうに粘性の笑みを浮かべて言う。先輩が黙ったまま、近づいてくる。そのヘアスタイルと同様、硬い表情で。


「米倉、立て」


先輩が俺に向かって右手を差し伸べる。その手を遮って自らの力で何とか起き上がった。先輩の硬い表情が崩れて、苦笑いに似た笑みが広がった。


「……何で来たんだよ? 先輩」


痛む身体と一緒に先輩を睨んだ。

先輩は答えなかった。言いにくそうに俺から顔を背ける。先輩の両拳がギリギリと軋んだような気がした。


「……バカな事は、もう止めようゼ米倉」

「バカな事だと!? ふざけんなっ! アイツラを許せるわけねーだろ! クソッ、関係ねぇ人間を巻き込みやがって………」

「どうしたんだよ? お前らしくねーぞ、落ち着けよ米倉」


俺の中の熱がまた騒ぎ始めた。復讐はまだ終わっていない、そう言っているようだ。


「仲間がやられたんだとよ。いつだ? 昨日か? ワリーな人違いだゼ、ソレ」


辰巳がそう言い、床に落ちていたロングコートを拾い上げ、二回ほど叩いて慣れた様子でソレを着用した。


「嘘つくんじゃ――」

「本当だ、米倉」


先輩が諭すように呟いて俺を見た。いつもと変わらない、底の見えない深い眼差しが俺を捉えた。


「昨日から俺達はずっと一緒に居たんだ。誓ってもイイ。お前の仲間を襲ったのは俺達じゃない」


そう一息に先輩は言い、短く息を吐いた。俺はその言葉の最後に酷く違和感を覚えた。


……俺達じゃない?


「先輩何言ってん――」

「戻ったんだよ、門星は」


辰巳が勝ち誇った顔で言う。その顔を睥睨した俺に、辰巳は今までで一番深い粘り付く笑みを見せる。


「お前を見逃すのと交換条件にな。お前運がイイゼ。俺達は狙った獲物は絶対逃がさねぇ、どんなに時間をかけても必ず仕留めてやる。まぁ門星が戻りゃあ………」


辰巳が九十九の方を一瞥した。九十九は始めから冷たい冴え冴えとした眼で俺を睨んでいる。

その下、薄い唇がゆっくりと動いた。


「お前なんか、どうでもイイ」


九十九が吐き捨てるように呟いた。実際床にペッと唾を吐き出した。俺が九十九に歩み寄ろうとすると、その先を先輩が立ちはだかる。悔しくて顔が歪んだ。腹の底がざわついてどうにかなりそうだった。


「どけよ先輩、……どいてくれよ」


先輩を躱して前に出ようとした俺の左肩を先輩が強く掴んだ。反射的に先輩を睨む。先輩は強い舌打ちを鳴らした。


「イイ加減にしろ米倉! 甘えるんじゃねーよ!

イイか、コレはお前が始めた事なんだぞ!? 周りを巻き込んだ張本人は……米倉、お前なんだよ!」

 

刃のように研ぎ澄まされた視線と言葉が身体に突き刺さる。


俺が口を開きかけた時、先輩の渾身の右が左顎に炸裂した。これは効いた。何とか立っていたボロボロの身体のコントロールを完全に失い、俺はゴミの上に勢い良く倒れた。


「もうこれっきりだ米倉。お前とはもう、これで終わりだ……」


先輩は酷く哀しそうな瞳をしてそう吐き捨てた。

双龍のどちらかが「もう行こーゼ」と言い、三つの闇は静かに消滅した。


ゴミだらけのフロアに倒れていた俺は先輩に殴られ、ジンジン痛む顎と出血が幾らか治まってきた左腕を擦り、ただぼんやりと薄汚れた見知らぬ天井を見上げていた。


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