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ライス☆ハント  作者: 藤原ひろ
29/30

その29☆利用する者、される者

「仇は討てたのかい? 兄ちゃん」


疲弊しきった身体を引きずるようにして何とか公園に戻って来た俺をおっちゃんの陽気な声が包んだ。俺は力無く首を振る。おっちゃんは、へへっと笑い、


「そーか、そいつは残念だったなァ……」


と呟くと、胸ポケットから煙草を一本取り出して吸い始めた。

ささくれ、黒ずんだ太い指とピースライトの白が現代彫刻のソレのように空間に現れて、朝の公園を彩る。


煙草の三分の一が灰に変わった頃、おっちゃんが言い出した。


「ブラックは、やってねーよ兄ちゃん」


俺は、えっ? と言っておっちゃんの顔を見た。おっちゃんは寒そうに目を細め、小刻みに震える唇で煙草を一口吸った。続けた。


「なあ兄ちゃん。兄ちゃんは推理小説なんかは読む方かい? ああ言うのはよ、大体一番犯人じゃなさそうな身近な奴が実は犯人だったりするんだよな。そんなもんなんだよ、何でもな。……言ってる意味分かるかい? 兄ちゃん」


疲れた頭で考えた。一番身近な奴が犯人? おっちゃんは短くなった煙草を地面に落として踏み潰した。


「それって……」

「俺はな兄ちゃん、ガキの頃から勉強は出来ねーしよ、花形スポーツもまるで駄目でよ、所謂(いわゆる)典型的な落ちこぼれでな、唯一人より秀でたのは喧嘩くらいでよ。それがそのうちボクシングに変わって、あと少しで世界だって時に肝心の拳がイカれちまった。ジムも冷てーもんでよ、俺がもう戦えないって分かるとすぐに手のひら返しやがって……。辞めて五年くれーは普通に会社勤めしてたけどよ、駄目だな、血が騒ぐんだよ、ザワザワとよ。兄ちゃんと似たようなモンだよ、刺激が欲しくなっちまってな。気が付くと危険な方へ流れてる俺がいてよ、年取って身体が思うように動かなくなってもそれは変わんなかったよ」


おっちゃんは、フゥーと大きく息を吐いてまた新しい煙草に火を点けた。新鮮な煙草の匂いが辺りに充満して俺は軽く咳き込んだ。


「人間って奴はな兄ちゃん、そいつが自分に対して利用出来るのか、そうじゃないのかで結局判断してんだよ。俺にとったら兄ちゃんは利用出来る、いや、利用するだけの価値があったってとこか……ただそれだけなんだよ」


おっちゃんが俺を見た。その眼にはいつもの柔和な感じはなく、ただ冷たい印象だけが俺を刺している。


「福田聡が重体だってなァ……。チッ、アイツラ(・・・・)手加減しろって言っといたのによ……」


おっちゃんは独り言のようにボソボソ呟いた。

俺は自分の耳を疑った。何だって? 何て言ったんだ? 今。


「ちょっ……どう言う事っすか!?」


一歩詰め寄る俺をおっちゃんは何処か馬鹿にした笑いを浮かべて、素知らぬ顔で煙草を吹かしている。


「答えろよ!! コラァッ!!」


怒りで言葉が尖る。嘲笑を浮かべているおっちゃんの胸倉を掴んだ。

怒りに任せて地面に押し倒した。左腕や色々なところがギリギリ痛んだがもう関係無かった。


地面に倒されたおっちゃんが、「ヘヘッ」と力無く笑って、

「前にも言っただろう兄ちゃん、あんまり他人の言う事を鵜呑みにしたり、信用するのは良くねえってよ……。コレがその答えなんだよ」と冷たく吐き捨てた。


「何で……。何でだよ……」


その場に座り込み、愕然としている俺の手をおっちゃんは乱暴に振り払って立ち上がった。


こちらを見下ろすその顔は黒く塗りつぶされた穴のようで、俺はおっちゃんに初めて会った日の事を思い出していた。あの時、一瞬だけ見せたあの表情(かお)、アレがおっちゃんの本性だったのだ。

ヘタリ込んでいる俺におっちゃんの本当の声が静かに降って来た。


「今回は俺も色々楽しめたゼ。ヘヘッ、兄ちゃんの周りに刺激が落ちてると睨んだ俺の眼に狂いはねえって事だ。とにかく今回は楽しかったゼ。俺は暫くこの街を出るからよ、俺の子飼いがちぃーとばかしやりすぎちまったからなぁ……」


俺はおっちゃんを力の限り、睨んだ。出来る事なら睨み殺してやりたかった。おっちゃんはまたヘヘッと笑った。


「イイねぇ兄ちゃん、その眼、その眼だ。俺が欲してるのはその熱なんだよ。……納得行かねぇかい? 兄ちゃん。まあ世の中そんなモンだけどなぁ。納得行かねえ! ふざけんなって思いがいつまでも兄ちゃんの身体の真ん中で燻ってる時はよ……」


おっちゃんは銜え煙草をプッと地面に吐き飛ばした。深い黒の両眼が見開かれてギュルリと光る。


「その時は迷わず俺を殺しに来い。……イイか兄ちゃん、約束だぞ?」


言い終わるとおっちゃんはいつもの柔和な笑顔に戻った。ヘタリ込んでいる俺に近付いて無理矢理ロシア式の熱い抱擁をすると後ろを振り返る事無く、公園を出て行った。


冷たい静寂と冬の風が頬や身体に当たり、浸透して俺は震えた。


公園に独りぼっちになり、不意にフクちゃんやリコやみんなの顔が浮かんできて俺は堪え切れず、静かに泣いた。

 


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