最終話☆いつか見た紅い空
おっちゃんとの別れから一週間が経過しようとしていた。
事件の張本人である俺が平然とみんなと同じ場所にいる事は出来ないと思い、俺は学校に退学届を提出した。このままではみんなに迷惑がかかるとか、大切な人を傷つけたくないとか色々な事が頭の中を支配し、ぐるぐると回っていたが本音を吐露するとただ教室に居られなかったのだ。
みんなの視線が怖くて、辛くて、俺は逃げた。
退学届を出しに行った日、まだ事情を分かっていないタケシやトシヤが笑顔で話しかけてきたが、俺はその笑顔に応えてやる事が出来なかった。
全部自分のせいだ。
弱い俺、強いと勘違いした俺、正しいと思い込んでいた俺、頭が悪かった俺。
そんな自分が嫌で堪らなかった。どうすればイイのか誰かに教えてもらいたかった。
刺激を求めたその代償はあまりにも大きく、答えの出ない日々に気が狂いそうになっていた。
毎夜おっちゃんの幻影を求め、街を彷徨い歩いた。
闇の中におっちゃんの姿が重なり、発狂し、近づくとそれは消える。
一週間、そんな事を繰り返していた。
フクちゃんの意識はまだ戻っていない。
疲れ果て、家に戻り、ソファーに倒れ込んだ。
身体が重い。ここ最近ろくに飯も食っていないのに身体が鉛のように重く感じる。
ブラックの連中から受けた傷は回復の兆しを見せていたが、仲間を失い、目標を失った今の俺は生きる意味を見出せないでいた。
次の日の昼過ぎ夕方近く、久し振りに携帯を開くとリコからメールが入っていた。
『銀亜ちゃん元気? 久し振りに会わない?』そんな内容だった。
日付は今日の朝になっている。暫く考えた末、俺は『今日の夕方、一七時に駅前広場で』と記し、返信ボタンを押した。すぐに承諾のメールが届いて俺は携帯を閉じた。
ソファーから起き上がって約一週間振りにシャワーを浴びた。汚れた髪や身体を何度も洗った。
弱い自分や迷いをシャワーの力で洗い流すように何度も洗った。
伸びた無精髭を丹念に剃って、歯も磨いた。浴室を出て、自室へ歩く。
クローゼットの前で数分悩んだ挙句、結局俺は制服を着て行く事にした。
慣れ親しんだ制服をハンガーから外して手に取り、ぼんやり見つめた。この制服を着るのはこれでもう最後なんだと思った時、柄にも無く胸が熱くなった。
着替えを終え、携帯をケツのポケットに押し込んで家を出た。
駅前の広場には十分程で到着した。ロータリー型の広場には学校帰りの学生や、仕事帰りのサラリーマンが談笑しながら屯していてその中に知っている顔が無い事に俺は少しほっとする。
安堵している俺の前をこれから買い物にでも行くのか自転車に跨った主婦と思われるおばちゃんが二回、ベルを鳴らしながら通り過ぎた。ロータリーの中央には大きな樫の木が植えられ、その樫の木を囲むようにして木製のベンチが六つあり、その一つに俺は腰を下ろした。リコはまだ来ていなかった。西の空に絶命間近の洛陽が浮かび、街や樫の木やそこに集う人達、俺を染めている。同じ空間、時間を過ごしているのに周囲の騒がしさはこちらには届いて来ない。
俺はコレが本当の孤独なんだと思った。
痛かった。淋しかった。だけど今の俺はその輪の中に入って行けるほど強くなくて、そんな自分がもどかしく、大きな溜息を吐き出した。
「銀亜ちゃん」
そう声がして、俯いた顔を上げた。
オレンジ色の陽がリコの華奢な輪郭を綺麗に浮かび上がらせている。
俺と目が合い、リコは笑んだ。いつもと変わらないあの時と同じ、リコの笑顔だった。
「ヨッ、久し振り。元気だったか? リコ」
俺は調子良く言い、無理に笑みを作った。自然な形に顔の筋肉が動いてくれたかどうかは分からないけれど精一杯笑った。そしてベンチの空いているスペースを右手でササッと払う動作をすると「ここ、座れよ」と呟いた。リコはウンと小さく頷き、俺の横に座った。
俺からは話しづらいのだろうと思ったのか、リコはいつも以上に饒舌に喋った。
今月から始まった月九のドラマは面白いんだけど主役が少し悪ぶってるとか、良く行く百均の店員さんが水嶋ヒロにそっくりなんだよとか、間を置かずにリコは喋った。俺の事には一切触れなかった。きっとそれがリコの優しさなんだろうと俺は思った。
「あっ、そうだ銀亜ちゃん。私ね、東応大の教育学部目指す事にしたんだ」
「へぇー、東応大かぁ。スゲーな! さすがリコ」
少し大袈裟に褒めるとリコは照れ臭そうに「そんな事ないよぉ」と笑った。
「でもちょっとだけ不安なんだよね……。私大丈夫かなぁ」
リコは俯いて地面のアスファルトの隙間から生えていた草をつま先で軽く蹴った。
「大丈夫だよリコ、お前なら。俺が保証する」
俺がそう言うとリコはウンと頷いた。
「ありがとう、銀亜ちゃん」
純粋で真っすぐな眼差しに照れ臭くなって俺はベンチを立ち上がった。背中にリコの視線を感じる。俺は咳払いをした。リコの方に身体を向ける。リコが俺を見つめる。
「リコ、お前はイイ奴だよ。うん、そう、イイ奴だ。って言うかさ………スゲー、イイ女だよお前は……」
リコは驚いた顔で俺の目を見つめる。その澄んだ瞳から今度は逃げなかった。
「俺、やっと気付いたワ。……俺、ずっとお前のコトが――」
その続きを、ドンッ! と言う衝撃が遮った。
一瞬何が起きたのか分からなかった。混乱する頭で視線を周りに這わした。
俺の右半身に頭が禿げたおっさんが密着している。薄い頭頂部から汗が滴っておっさんのこめかみを伝い、下に流れた。生温かいおっさんの体温と息遣いが冷えた俺の首筋に微かに当たっていて気持ちが悪い。
……おい、おっさん? 何してんだよ?
おっさんは小刻みに震えていた。肉が纏わり付いた顎の上、血色の悪い唇が見えてそいつが動いた。
「イ、イザベル………お、お前のせいだ、ぼ、僕のイザベル……僕のぉイィザァベェル!」
右脇腹に熱を伴った強烈な痛みが走り、俺はおっさんの両肩を乱暴に思い切り押し飛ばした。
脇腹に冗談のように深々とナイフが突き刺さっている。
確認と同時に血が噴き出して来た。痛みが全身を駆ける。
「現実……かよ?……」
脚の力が抜けて立っていられなくなり、アスファルトの上に倒れた。
周囲の人達がそれに気付いたのか、悲鳴が重なった。
「銀亜っ!」
リコが叫んで俺に駆け寄るのが見えた。おっさんは「ヒィ」と言う空気が漏れたみたいな声を出して慌てふためくように何処かへと走り去る。誰かがうつ伏せに倒れている俺を抱き起した。自分の方に引き寄せる。
「銀亜っ! 死んじゃ嫌ぁ………誰か……誰か助けて」
俺を抱き起したのはリコだった。酷く泣いている。
リコのその大粒の涙が俺の頬を何回か叩いた。
また悲しい思いをさせちまったな……。俺は少しだけその事を悔やんだ。
「リ、リコ」
痛みに耐えて呟いた。リコがその華奢な腕に力を込めて俺を強く抱き締める。
馬鹿な俺の最期の我儘だった。
「そんな……悲しい瞳をす、んな……笑、えよリ、コ……」
ねぇ、母さん、俺は……俺は間違って……間違っていたの………かなぁ……
「母さ……」
霞んだ先の向こうに、いつか見た紅い夕暮れの空が映ったがそれは音もなく、
すぐに消えた。
藤原ひろです。(´・ω・`)ノ
最後まで読んで下さり、誠にありがとうございます。
『ライス☆ハント』は、これにて終了でございます。
主人公、米倉銀亜はどうなってしまったのか?
助かったと思うのもヨシ、
死んでしまったと思うのもヨシ(変な言い方ですが)、
全ては読者様の心の中だけにあります。
では、次回作でお会いできる事を。。。。<(_ _)>




