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妖精の尻尾  作者: 黒崎メグ
番外編
34/34

ハロウィン

 それはエドワードが妖精の尻尾に出入りし始めて一年が経とうとする、秋の終りのことだった。

 その日エドワードが店に着くと、店の札は昼間だというのに裏に向けられたままであった。

 今日はお休みだと言付かっていたから、店長は店にいないだろうか。エドワードは手にしたバスケットに視線を落とす。そこからは先程から甘い香りが漂っている。甘い物好きの店長達ならきっと喜ぶ代物であろうが、そもそもエドワードが休みに店を訪れた原因はこれだった。

 今朝のことを思い出してエドワードは深く溜め息をつく。


 朝目を覚ますと、エドワードはいつものようにベッドの脇に置かれたガラス製の水差しからコップに水を注ぎ、喉を潤し起き上がった。ちょうどそれを見計らったようにドアをノックする音が響いて、どうぞ、と入室を促せば、

「おはようございます、エドワード様」

 と家令の声と共にドアが開く。いつものようにきっちりと黒い服に身を包んだ家令が、洗面器とタオルを手に部屋の中に入って来た。そこまではいつも通りと言えたのだ。だがその拍子に空いたドアの隙間から漂ってきたのは甘い香りである。その香りの正体を計りかねていると、彼はベッド横のテーブルの上にお湯の入った洗面器を置きながら苦笑を浮かべた。

「奥様が朝から張り切っておいでなのですよ」

「母さんが?」

「ええ、午後からはフェリシア様もいらっしゃいますし、アフタヌーンティー用のお菓子を、今日は自ら腕を振るうのだと台所にお立ちです」

 この時、張り切り過ぎて体調を崩さなければよいが、とエドワードは母のことを思い溜め息をついたのは仕方がないことだ。

 そして、家令の言葉を目の当たりにしたのは身支度を整えて食堂で朝食をとっている時だった。甘い香りを漂わせて母が姿を現したのだ。その香りの正体は母の手にしているバスケットだと、エドワードはすぐに察しがついた。

 そして母は言った。

 これをいつもお世話になっている店長さんに渡して欲しい、と。

 フェリシアの分に合わせて店長の分も用意したらしいそれは、母お手製のクッキーだった。それに今はマフィンも焼いているのだという。バスケットの中味に加えてそれも届けて欲しいというのだ。

 結局、母の頼みを断り切れず、店長が店にいる確信もないままにここまでやって来てしまったのである。


「店長、店にいるといいけど」

「誰が店にいるといいって?」

 独り言に返ってくる言葉があるとは思わずに、エドワードは慌てて振り返った。

 ステップに足を掛け、そこに立っていたのは丸顔に口が裂けたような笑みを浮かべた男だった。丸い顔に反して、身体はひどく痩せている。エドワードはまるで案山子のようだと思った。そして彼の着ている服は、労働者が着るようなシャツとパンツでところどころ煤に汚れている。その上デザインもどことなく古い物のようだ。今までこの店で出会った客達の身なりはよかったが、この男に限ってはそれには当てはまらないらしい。

「あのお客様ですか?」

 エドワードが考えあぐねて尋ねると、男はそれを否定した。

「いんや、今夜の打ち合わせをしにアヴィーに会いに来たのさ」

「今夜?」

「そうさ、今夜はおいらにとっては、年に一度の稼ぎ時だからな」

 エドワードには男の言っていることはよくわからなかった。そのエドワードの表情を察したのだろう、男が怪訝そうに眉を寄せる。

「坊主、今日が何の日か知らないのか?」

 しばしの沈黙の後、エドワードが首を横に振ると、男はちぇっと舌打ちをした。

「つまんねぇな。お前もこの店の店員なら精霊やらに関わることは知っておいて損はねぇぞ」

 そう言って男はエドワードの横をすり抜ける。その一瞬のうちに男の手にはエドワードが持ってきたマフィンが握られていた。エドワードが瞬きをするうちに、男はそれにかぶりつき、店の中へと消える。

 店のドアが開いていたことに驚きつつ、エドワードは我に返ると慌ててその後を追った。

 店長はエドワードの不安を余所に、留守ではなかったようだ。ベルの音を聞いてか二階から姿を現すと、入って来た男とエドワードを順に見た。

「ウィルはともかく、エドワードはお休みなのにどうしたんだい?」

「あのすみません。出掛けに母から預かり物をしたので。これよかったら召し上がってください」

 エドワードは手にしたバスケットを店長に手渡した。店長はその中から漂ってくる香りに、鼻を動かした後、その中味を確認して目を輝かせる。

「おいしそうだね。お母様にありがとうと伝えておいてくれるかい。それからウィル」

 店長はバスケットから顔を上げ、マフィンを頬張る男を睨んだ。

「君は手癖が悪すぎる。いい加減行儀よくしたらどうだい?」

「余計なお世話だよ。それにこれでも、少しは丸くなったって言われてるんだぜ」

「顔もね」

 皮肉を込めて店長が言うと、口に物が入っていることも忘れて男が怒鳴る。

「うるせぇよ!」

 確かに店長の言葉通り、行儀はよくない。エドワードと店長は揃って眉をひそめたが、男は気にせず商談用のテーブルの上に腰を下した。

「ウィル、はしたないぞ」

「おいらが何をしようが、おいらの勝手だろ」

「そんなこと言ってると、新しい身体を準備してあげないよ?」

「うぅっ……」

 言葉を失った男は、渋々テーブルから下りた。

 だが雲行きはどうにも怪しい。身体ということは、やはり人間のそれを指しているのだろうか。エドワードは嫌な予感に身震いをした。

「店長、身体っていったい……?」

 恐る恐る尋ねたエドワードに店長は苦笑を浮かべる。

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。彼の身体というのはカブのことだから」

「カブ?」

「おいっ、それは言わない約束だろうが!」

 カブというとあの白くて丸い野菜のことだろうか。いわれてみれば彼の丸顔はカブに見えなくもない。それに彼の慌てようから全くのでまかせでもないようだ。

 しかしそこで疑問になってくるのは、なぜ男の身体がカブであるかということである。

 エドワードが考えを巡らせる横で、店長と男の口論は続く。

「そんな約束した覚えはないし、それに君の話は結構有名だろ?」

「不名誉極まりないんだよ! それにそいつは知らないらしいぜ」

「ああ、エドワードはアイルランド生まれでもカトリック教徒でもないみたいだから、君のことも今日のことも知らないんだろうね」

「だからそらない奴にわざわざ言う必要はないだろ」

「でも彼はこの店の店員だよ。だから知っておいて損はない」

 奇しくも先程自らが口にした言葉を店長に返されて、男は押し黙った。そんな男を放置して店長はエドワードに向き直る。

「昔、生前の行いから死後の世界への立ち入りを拒否された男がいたんだ。彼は悪魔にもらった石炭をカブをくりぬいた提灯の中に入れ、それを手に今も安住の地を求めて彷徨い続けているんだよ」

「それがこの人だと?」

「そう、彼の名はウィリアム。身体のない彼にとってカブの提灯は、こうして仕事をする時の身体代わりでもあるのさ」

「でもどうしてそんな人がこの店に?」

 エドワードは男の姿を捉え、目を瞬かせた。店長の話が事実だとするとこの男は幽霊ということになる。それに話を聞く限り彼が善人でないことは確かだ。そんな男を店に入れてよいのだろうか。

「今日は諸聖人の日の前夜祭だからね」

「諸聖人の日?」

「ふんっ、まったくもって何も知らないんだな」

 呆れたように男は鼻で笑った。

 それをたしなめて、店長は苦笑を浮かべる。

「ケルトの言い伝えではね、10月31日は精霊や死者の魂が出歩く日なんだ。事実毎年精霊達はお祭り騒ぎさ。だから今晩は大規模なパーティーをするんだ。彼の明かりはその客達の案内役に最適なんだよ」

 店長がそう言うのなら仕方がない。エドワードは男についてそれ以上何も言わないことにした。代わりにエドワードが思ったのは自分の大切な友人達のことである。

「その集まりには皆さんも来るのでしょうか?」

 ルーとアリーの夫婦やニーヤにはよく会うが、ロージーやアルフレッドにはここのところ会えていない。

 その問いの真意を察して店長は微笑んだ。

「なんならエドワードも来るかい?」

 その提案は酷く魅力的なものであったが、エドワードはフェリシアのことを思い、首を横に振った。

「すみません、今晩は大事な人が来るんです」

「それなら仕方がないね。お母様のお菓子は今晩皆で頂くことにするよ。エドワードにとって今晩が楽しい一時になるといいね」

「ええ、店長も楽しい一時を」





――Happy Halloween!――


 



もうすぐハロウィンということで番外編をお送りしました。

19世紀にアイルランド人達がアメリカに移住して、現在のハロウィンの文化が形作られていきました。

そして今の形のハロウィンが定着したのは20世紀に入った頃のようです。

なので時代設定的には現在のハロウィンには触れていないですが、ウィルはジャック・オ・ランタンのモデルになっている伝承から引っ張ってきました。興味があったら調べてみてください。


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