第8話:連鎖するエラーと、割れる青空
天国の経済崩壊をギリギリのところで食い止め、俺たちの『人探し』は現代の5大バグをすべて解決した。
ゲームの絶対神のオフィスに戻ると、真っ赤に点滅していた警告灯はすべて消え去り、メインモニターには美しい新緑のような『正常』の文字が並んでいる。
「終わった、終わった。さあエル、約束通り俺を今すぐ転生させてくれ。味の濃い都会の家系ラーメンが俺を待ってるんだ」
俺――岩田めぐるは、これまでの激務で凝り固まった肩を回しながら、隣を歩く相方に声をかけた。
だが、エルからの返事はなかった。
いつものポンコツな明るさは消え、背中の白い翼は力なく垂れ下がっている。手元の端末を見つめるエルの顔は青ざめ、その瞳には大粒の涙がたまっていた。
「おい、エル? どうした。ノルマは達成したんだから、お前のクビも繋がったんだろ?」
「め、めぐるさん……。ごめんなさい。私たちの旅は、まだ終われないみたいです……」
「は? どういうことだ。神様たちは全員見つけて配置したはずだろ」
「そうなんです。個別エリアのバグは、めぐるさんの名推理で全部直りました。……でも、現世の人間たちの進化のスピードが、天国の想定を遥かに超えて早すぎたせいで、もっと恐ろしいことが起きてしまったんです!」
エルの言葉と同時に、天国に突如として異変が起きた。
――バリィィィン!!
耳を劈くような、ガラスが粉々に砕け散るような大音が天国中に響き渡った。
見上げれば、さっきまで穏やかだった天国の青い空が、まるで巨大なハンマーで叩かれたかのようにヒビだらけになり、その隙間から真っ赤なエラーコードの濁流が、滝のようにボタボタと世界へ溢れ出してきている。
地響きが鳴り渡り、足元の雲の床が激しく揺れる。
遠くに見える、天国のすべての基幹システムを司る『絶対神の神殿』が、まるで回路がショートしたかのように激しく明滅し始めていた。
「な、なんだこれは……!?」
「天国のメインシステム全体の、熱暴走です! 現世の人間たちの興味が、ゲームやSNSだけに留まらず、あまりにも多様化して複雑に絡み合いすぎたせいで、天国そのもののキャパシティが限界を迎えてしまったんです!」
エルが涙を流しながら、火花を散らす端末の画面を必死に俺に見せてくる。
そこに表示されていたのは、個別のバグの比ではない、世界そのものの消滅を警告する巨大なエラーログだった。
「システムは今、この崩壊を止めるために、これまでに生まれたすべての新しい概念、そしてこれから生まれる未知の流行のすべてを、一手に統括してコントロールできる【究極の神様】を今すぐ選べと、天国そのものを人質にして暴走を始めたんです! もしその『最後の適任者』を今すぐに見つけられなければ、天国のルールが完全崩壊して、天国も、現世も、すべてデータエラーで消滅しちゃいます……!」
「最後の、究極の神様……?」
俺は眉をひそめた。
「そんな都合のいいスペシャリストのオーディションはしたのか?」
「しました! システムが提示した神様の条件は、一人の人間としては絶対に不可能なものでした。それは……【現世の最新のあらゆるトレンド、複雑化した人間の欲望、そして技術のバグの全てを、短期間で完璧に理解し、解き明かした実績を持つスペシャリスト】なんです! そんな人間、現世のどこを探したっていません! スマホも、AIも、ネットの闇も、すべての問題を一人で解決した経験がある魂なんて、この広大な天国にだって、一人も残っているわけが……」
エルの言葉が、途中でピタリと止まった。
彼女は涙に濡れた顔をゆっくりと上げ、茫然とした表情で、隣に立つ俺の顔を見つめた。
「……あ」
エルの目が、これまでにないほど大きく見開かれる。
その瞬間、俺の脳内でも、八十年間眠り続け、この天国に来てからフル回転を続けてきた『名探偵の領域』が、最後のピースをパチリと嵌め込んだ。
天国の空を切り裂く赤いエラーコード。絶望する天使。システムが求めている、すべての現代バグを解き明かした究極のスペシャリストの条件。
そして、第1話で絶対神が嘆いていた、あの言葉。
『徳の高い綺麗な魂ほど、平和な島に送られるルールのせいで、尖った才能が発揮されずに死んで戻ってくる。まさに天国の矛盾じゃ!』
(……なるほどな。最初から、すべてはここに繋がっていたわけだ)
自分でも呆れるほど、冷徹で、そして最高にクリアなロジックが、一つの真実を導き出す。
なぜ俺が、百年に一人の名探偵の才能を持ちながら、事件の起きない島に送られたのか。なぜ俺が、このタイミングで天国に呼び戻されたのか。
「め、めぐるさん……。システムが求めている、最後の神様の適任者って……」
「ああ。他のお利口な神様たちじゃ、現世の早すぎる進化のバグには対応できなかった。だが、天国のシステムのバグそのものによって、平和すぎる島で才能を限界まで圧縮され、一度も消費されずに新品のまま戻ってきたイレギュラーが、この天国に一人だけいる」
俺はポリポリと頭を掻くのをやめ、腰の警察手帳――いや、今や天国すべての謎を解き明かしてきた『名探偵の証』を強く握りしめた。
短期間でゲーム、SNS、AI、バーチャル配信、電子マネーのすべての構造を見抜き、それぞれの本質的なスペシャリストを完璧に選別してきた男。
天国と現世の破滅を止められる、世界で唯一の『究極の適任者』の正体は、他でもない。
俺は、ひび割れる空の向こうにある、赤く染まった絶対神の神殿を見つめ、不敵にニヤリと笑った。
「――待たせたな。最後の迷子は、俺自身だ。エル、神殿へ突入するぞ。天国で最後の謎解き(ハッキング)の始まりだ」
その瞬間、俺の身体から、これまでに配置してきた5人の神様たちの輝きとシンクロするように、圧倒的な黄金の光が溢れ出し、天国の割れた空へと真っ直ぐに立ち上っていった。




