第6話:「バーチャル配信の神様」と、魂の調律師
「ゲーム、SNS、AI……。現世の人間どもは、本当に次から次へと新しい遊びというか、バグの種を思いつくもんだな」
俺――岩田めぐるは、天国の美しい並木道を歩きながら、深くため息をついた。
「めぐるさん、感心している場合じゃありません! 今回のバグは、これまで解決してきたものとは次元が違います! 天国の『芸能・エンタメエリア』のサーバーが、熱暴走で本当に爆発しかけているんです!」
相方のポンコツ天使エルが、翼の羽を数枚散らしながら慌てふためいて俺の前に回り込む。彼女が差し出してきた端末の画面には、煌びやかなアニメ調の3Dモデルや2Dイラストの美少女たちが、何千、何万と映し出されていた。
「これです! 現世で今や一大産業となった『Vtuber』や『バーチャル配信』の概念です! 天国のシステムは、この巨大な興味に対応するために『バーチャル配信・二次元アバターの神』という新たなポストを作りました。……ですが、選別が完全に不可能となって、システムがフリーズしてしまったんです!」
「フリーズ? スペシャリストなら、現世でチャンネル登録者数数百万人を誇った『伝説のトップ配信者』の魂でも連れてくれば一発だろ」
「それがダメなんです! オーディションに生前のトップ配信者たちの魂を呼んだのですが、システムが『外見のデータと、中身の魂のデータが一致しない! この魂は美少女ではない! 適合率ゼロ%!』って大エラーを起こして、誰一人神様に任命できないんです!」
「あー……。なるほどな」
俺はポリポリと頭を掻きながら、思わず苦笑した。
天国のシステムは、現世の文化をそのまま反映しようとする。Vtuberという文化は、綺麗なアバターの中に、別の人間(魂)が入って活動するものだ。
だが、天国のクソ真面目な古いルールは『その概念の見た目と魂が一致するスペシャリスト』を探そうとする。つまり、システムは「画面に映っている通りの美少女の魂」を探しているのに、天国に来る本人の魂は普通の人間(あるいはおじさんや別人の女性)なわけだ。これではどれだけトップ配信者を集めても、システムが「パクリだ! 別人だ!」とエラーを吐き出すのは当然だった。
「エル、またしても勘違いだ。配信の神に必要なのは、画面の前でチヤホヤされていた配信者でもなければ、アバターを描いた絵師でもない」
俺の頭の中で、眠れる名探偵のロジックが最高速度で噛み合っていく。
「Vtuberという文化の本質は、デザインされた『偽りの器』に、人間の『本物の魂』を完璧に適合させ、現世の何百万人もの視聴者を熱狂させるプロデュース能力だ。
必要なのは、配信の技術じゃない。全く異なる二つの個性――『デザイン』と『人間の才能』を狂いなく組み合わせ、完璧な一つのキャラクターとして世に送り出してきた、魂のミキシング・適材適所のスペシャリストだ」
外見と中身の不一致というバグを解除し、システムに「これが本物のバーチャルの神だ」と認めさせられる人物。そんな奇跡的な組み合わせができる魂のあり処を、俺の名探偵レーダーはすでに捉えていた。
「配信者のオーディション会場じゃない。エル、天国の『芸能プロデュースエリア』の……一番奥にある、古びた劇団の事務所跡へ行くぞ」
「は、はいぃぃっ!」
辿り着いたのは、華やかな天国の芸能エリアの片隅にある、昭和の香りが残る小さな事務所だった。
デスクの奥には、パイプ椅子に深く腰掛け、現世のアイドルのオーディション映像を厳しい目で見つめている、鋭い眼光を持った中年男性の魂がいた。
彼の魂の履歴書には、生前、数々の売れない役者や、容姿に恵まれなかった若者たちに『仮面』を被らせ、あるいは特殊メイクや声優としての才能を見出し、数々の国民的大ヒットキャラクターへと仕立て上げた『伝説の着ぐるみ劇団の演出家(兼 声優マネージャー)』と書かれていた。
「失礼。元演出家の監督さん、お仕事中失礼します」
「……お巡りさんと、天使か。天国に配役の相談でもあるのかね?」
監督はタバコ(天国特製の煙の出ない吸い殻)を灰皿に揉み消しながら、低く渋い声で言った。
「いえ、あんたにしか解けない配役の相談ですよ」
俺は彼のデスクに置かれた資料を指差した。そこには、現世の最新のVtuberたちのデザイン画が並んでいたが、監督はその横に、全く異なる『生前の舞台役者たちのデータ』を細かく書き添えていた。
「あんたは天国に来てからも、現世のバーチャル配信をずっと研究していた。
世間の奴らは『可愛いキャラクターが喋っている』としか見ていないが、あんたの目は違う。あの二次元のアバターの中にいる人間の『声の震え』『視線の配り方』『アドリブの呼吸』だけで、その中身がどんな人間で、どんな仮面を被せれば一番輝くかを、一瞬で見抜いている。
生前、容姿に関係なく『魂の魅力』だけでキャラクターに命を吹き込んできたあんたは、この最新のVtuberという文化の本質を、天国の誰よりも理解しているスペシャリストだ」
「な、なんですってぇぇ!?」
エルがいつものように背後の本棚に激突しながら叫ぶ。
監督は一瞬、鋭い目で俺を睨みつけたが……やがて、フッ、と満足そうに口元を緩めた。
「……恐れ入ったな、名探偵。今の現世のVtuberとやらは、私たちが昔やってきた『キャラクターに魂を宿す技術』の、最も進化した形だからね。アバターが何だろうと、中にいる人間の魂を引き出す演出の本質は変わらんさ。天国のシステムとやらは、見た目のデータだけで人を判断するから、本質が見えんのだよ」
俺は四つ目の選別バッジ――『バーチャル配信・アバターの神』のバッジをデスクに置いた。
「天国のシステムが、あんたのその『魂の調律眼』を求めています。見た目と中身の不一致というバグを、あんたの演出ルールで上書きしてやってください。……監督、現世の何億人もが熱狂する超巨大バーチャル劇団、演出してみませんか?」
監督はバッジを拾い上げ、愛用の万年筆と一緒に胸ポケットに挿した。
「ふん、最新の二次元アバターを、私の演出力で本物の『神キャラクター』に仕上げてやるとするか。極上のステージにしてやろう」
その瞬間、バッジから目も眩むようなサイバーな光が走り、天国のエンタメエリアのサーバーに表示されていた「適合率エラー」の文字が、次々と「適合率百%」へと書き換わっていった。
アバターと魂の矛盾を解決する『プロデュースの神』が配置されたことで、天国の巨大な処理落ちバグが、完全に消滅したのだ。
「めぐるさん! 画面のエラーが全部消えました! サーバーの温度も正常です! 四つ目の大解決ですよ!」
エルが涙目でガッツポーズを決め、俺の周りを嬉しそうに飛び回る。
「やれやれ、見た目じゃなくて中身を見抜くのは、探偵の基本だからな。天国のシステムも、もう少しホームズを読んだ方がいい」
俺がポリポリと頭を掻きながら歩き出すと、天国の空には、まるでバーチャルライブのような美しい光の粒子が、キラキラと降り注ぐのだった。




