第5話:「AI・創作の神様」と、模倣を見抜く鑑識眼
「ふぅ……。戦争ゲームの次は、スマホの課金コミュニティの炎上管理か。島でヤギの脱走を追いかけていた頃が、本気で懐かしくなってきたよ」
俺――岩田めぐるは、天国を巡る激務にいい加減骨が折れ、ポリポリと頭を掻きながら文句を言った。
「め、めぐるさん! そんな弱音を吐いている暇はありません! 今度は『創作・芸術の神様』のエリアから、天国がひっくり返るほどの大悲鳴が上がっているんです!」
相方のポンコツ天使エルが、翼の羽を数枚散らしながら慌てふためいて俺の前に回り込む。彼女が差し出してきた端末の画面には、緻密なイラストや美しい小説のデータ群が、目にも留まらぬ速さで流れ落ちていた。
「これです! 人間界のテクノロジーが進化しすぎて、人間たちが『AIに絵を描かせる、小説を書かせる』という全く新しい創作の興味を持ち始めたんです! 天国の古いルールは、これに対応するために急いで『AI自動生成・創作の神』という最新のポストを作りました。……ですが、ここからが過去最大のバグなんです!」
エルは涙目で、髪の毛をかきむしりながら叫んだ。
「天国の絶対ルール『その道の最高峰のスペシャリストを神にする』に従って、私たちは生前に世界最高峰の『AIプログラマー』や、AIを駆使していた『最先端のデジタルクリエイター』の魂をたくさん集めてオーディションしました! でも、天国のシステムは彼らを全員『適任ではない』とエラーで弾いちゃったんです!」
「そりゃそうだ。何度も言わせるな、何のスペシャリストが必要か、天国のシステムもあんたたちも根本から勘違いしてるんだよ」
俺は歩みを止め、冷徹な思考のスイッチを完全に引き入れた。
「プログラマーはコードを書くプロだ。デジタルクリエイターはツールを使いこなすプロだ。だが、今の現世のAI創作の現場で一番問題になっているバグは何だ? ――著作権と、オリジナルの境界線だろうが」
「あ……!」
エルがハッと息を呑む。
「AIは、人間が過去に作った何億もの素晴らしい作品を学習して、それを切り貼りして新しい風に魅せる。それは時に、原作者へのリスペクトを欠いた巧妙な模倣になる。
今、天国のシステムが悲鳴を上げているのは、AIの技術が足りないからじゃない。AIが作った大量の作品の中から、これが誰の作品の模倣かを瞬時に見抜き、現世のオリジナルの創作者たちの権利とプライドを守れる、冷徹で圧倒的な『パクリ見抜きのプロ』がいないからだ」
だから、ただの技術者やプログラマーを神にしようとしても、システムが「これじゃクリエイターの権利が守れなくて現世の芸術文化が崩壊する!」とエラーを吐き出すわけだ。
「技術のプロじゃない。必要なのは、模倣を見抜く本物の鑑識の目を持ったスペシャリストだ。……エル、天国の『美術・鑑定エリア』じゃない。もっと泥臭い場所――『元警察・技術鑑識エリア』へ行くぞ」
「は、はいぃぃっ!」
天国の『警察・技術鑑識エリア』は、現世の警察庁の科学捜査研究所を、無菌室のように綺麗にしたような場所だった。
俺たちがそこへ入ると、奥のデスクで、顕微鏡を使って現世の絵画のデジタルデータをじっと睨みつけている、白衣を着た初老の男性の魂がいた。
彼の魂の履歴書には、生前、数々の未解決事件で偽札や絵画の贋作、果ては書類の筆跡鑑定を完璧に行い、数多くの巨悪の嘘を暴いてきた『伝説の警察技術鑑識官』と書かれていた。
「失礼。元鑑識官の先生、ちょっといいですか」
「おや、天国のお巡りさん……いや、ただのお巡りさんの目じゃないな。何の御用かね?」
老鑑識官は顕微鏡から目を離し、眼鏡の奥の鋭い瞳で俺を見た。
「先生、あんたは天国に来てからも、現世から送られてくる芸術データの鑑定を趣味でやっているそうですね。それも、ただの絵画の傷チェックじゃない」
俺は彼のデスクの上に散らばっている、AIが生成したイラストのプリントアウトを指差した。
「あんたは、このAIが描いた絵の線のブレ、色彩の配置の癖を細かく分析している。AIがどれだけ精巧に人間の絵を真似て自動生成しても、その絵の根底にある筆使いの学習元……つまり、どの現世の画家のタッチを盗んだかを、あんたの目は全て見抜いている。ほら、このイラストの背景のグラデーションの癖。これは現世で今も生きている、ある若手画家の独自の筆運びだ。あんたのノートには、その画家の名前と、AIがそれを模倣した確率が完璧なパーセンテージで並んでいる」
「な、なんですってぇぇ!?」
エルがいつものように背後の椅子につまずきながら叫ぶ。
老鑑識官は、一瞬だけ驚愕に目を見開いたが、すぐに降参したように両手を挙げ、ニヤリと不敵に笑った。
「……恐れ入ったよ、名探偵。死んでからも私の職業病は見抜かれてしまうか。その通りだ。AIのプログラマーどもは新しい絵ができたと喜んでいるが、私の目から見れば、あれは高度に隠蔽された過去の魂たちの盗作だ。誰かがその境界線を厳しく引いてやらなければ、現世の真面目な芸術家たちが報われない。それが不愉快で、勝手に鑑定していたのさ」
俺は三つ目の選別バッジ――『AI・創作の神』のバッジをデスクにコトッと置いた。
「天国のルールが、あんたのその嘘を見抜く冷徹な目を必要としています。技術の進化が進むのはいいが、そこに創作者への正義がなきゃバグが起きる。……先生、天国で新しい神様、始めてみませんか?」
老鑑識官はバッジを愛おしそうに眺め、白衣のポケットに仕舞い込んだ。
「最新の人工知能が仕掛けた完璧な模倣を、私のロジックで暴く仕事か。……面白い。天国の科学捜査、喜んで引き受けよう」
その瞬間、エリア一帯に流れていた警告のエラーログが、一斉に正常へと書き換わった。現世のAI創作の概念に、ついに著作権とオリジナルの平穏を守る神が配置され、三つ目の大バグが完全に修正されたのだ。
「めぐるさん! やりました、完璧です! これでゲームの絶対神様も、芸術のエリアも大助かりです!」
エルが涙を流して俺の服の裾を引っ張る。
「やれやれ、現世の技術が進むたびに、人間のドロドロした問題の形が変わるだけだな。探偵の仕事は本当に終わりがないよ」
俺がポリポリと頭を掻きながら歩き出すと、天国の空が、また少しだけ新しい光で満たされていくのだった。




