第4話:SNS・推し活の神様と、夜の街のスペシャリスト
最初のバグである『戦争・犯罪ゲームの神様』を鮮やかに選別した俺とエルは、再びゲームの絶対神のオフィスへと戻っていた。
壁一面を埋め尽くす巨大モニター群のうち、真っ赤に点滅していた警告灯が一つ消えたものの、まだその隣のエリアが激しくアラートを鳴らし続けている。
「見事だ、岩田めぐるくん! 正義のプロでありながらゲームのトッププロでもある魂を見つけ出すとは、さすが天国の矛盾から生まれた名探偵だ!」
ゲームの絶対神が熱い握手を求めてくる。俺はその手を適当にいなしながら、まだ激しく点滅しているモニターを指差した。
「神様、褒めるのは後にしてくれ。さっき言っていた連鎖バグ……『スマホの課金系ゲームの神』の件はどうなってるんだ?」
「ああ、それなのだが……状況はさらに複雑化している」
ゲームの絶対神が顔をしかめ、画面を切り替えた。そこに映し出されたのは、きらびやかな二次元のキャラクターたちが画面狭しと踊る、現世の最新ソーシャルゲームの画面。そして、それを取り巻くように無数のタイムライン――いわゆる『SNS』の画面が、恐ろしい速度で流れていた。
「スマホの林檎神が現世にスマホを普及させたせいで、ゲームの中に特定のキャラクターを猛烈に『推す』という文化が爆発した。そして、その推しを自慢したり、時にはファンの間で嫉妬や悪口を叩き合ったりする『SNS・推し活』の概念が急速に肥大化したのだ。
天国のシステムはこれに対応するため、大急ぎで『スマホ課金・推し活の神』という新たなポストを作った。だが、ここでもまた致命的なバグが起きている!」
横からエルが、今度は書類を落とさないように脇にしっかりと抱えながら、フンスと胸を張った。
「これは私にも分かります! 天国の絶対ルール『その道の最高峰を神にする』ですね! だから私たちは、現世で何千万円もゲームに課金した『伝説のトップ廃課金勢』や、フォロワー数百万人を誇る『超有名インフルエンサー』の魂を集めてオーディションしたんです!」
「で、やっぱり全滅したんだろ?」
「ええっ!? なんで分かっちゃうんですか!?」
エルがまた鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして驚く。俺はハァ、と大きなため息をついた。
「簡単な理屈だ。インフルエンサーや廃課金勢は、自分の欲望や自己顕示欲を満たすプロであって、他人の肥大化した感情や、嫉妬のドロドロをコントロールするプロじゃない。
課金ゲームやSNSの神に必要なのは、きらびやかなゲームの知識じゃないんだ。他人が誰かに盲目的に貢ぐ心理を完璧に理解し、なおかつ、ファンの間で生まれる嫉妬やコミュニティの『炎上』を手のひらで転がして綺麗に鎮めることができる、冷徹で包容力のあるスペシャリストだ」
「……そんな都合のいい魂が、天国にいるのかね?」
ゲームの絶対神が、信じられないというように呟く。
「いるさ。地獄に落ちるような悪党ではなく、天国に来る程度の善性があり、生前に毎晩のように数千万単位の金と人間の強欲・嫉妬のドロドロを目の当たりにしながら、それを笑顔と話術だけで完璧にコントロールしていた正真正銘のプロがね。
エル、次の目的地が決まったぞ。天国の『歓楽街エリア』だ」
「えええっ!? 天国にそんな夜の街があるんですか!?」
天国の『歓楽街エリア』は、現世の銀座や昭和のノスタルジックなスナック街を美しく浄化したような、不思議と落ち着く夜の街だった。
ネオンの光が優しく灯る中、俺とエルが辿り着いたのは、一軒の格式高そうな『スナック』の扉の前だった。
「うぅ……めぐるさん、お酒の匂いがします……。本当にこんな場所に、SNSや課金ゲームを管理できる神様候補がいるんですか?」
「まあ見てろ。現世の言葉に騙されちゃいけない。いつだって真実は、概念の裏側に隠れているもんだ」
カランカラン、とドアベルを鳴らして中に入ると、カウンターの奥から「いらっしゃい」とハスキーで艶のある声が響いた。
そこにいたのは、和服を完璧に着こなした、大人の色気が漂う美しい女性――生前、夜の世界で何十年もトップを張り続け、多くの客に愛された『伝説のスナックのママ』の魂だった。
彼女は俺たちの警察制服と天使の羽を見るなり、ふふっと妖艶に微笑んだ。
「あら、天国のお巡りさんと可愛い天使ちゃん。うちにお酒は置いてないわよ? ここは生前の思い出の味を楽しむ場所だから」
俺はカウンターの席に腰掛け、ママの前に置かれた最新の天国製スマホに目をやった。
彼女の指先は、慣れた手つきで画面をフリックし、現世のソシャゲの「ガチャ画面」を開いていた。
「ママさん。生前、あんたの店には毎晩、お目当ての女の子に何百万、何千万と貢ぐ男たちが溢れていたそうだな。時には客同士の嫉妬で修羅場になりかけたり、ネットで店の悪口を書かれたりすることもあっただろう」
「ええ、まあね。夜の世界なんてそんなものよ。でも、男たちの寂しさや見栄を上手に転がして、お店の女の子たちを守るのが私の仕事だったから」
「やっぱりな。あんたのスマホの画面、さっきから現世のソシャゲの『クラン』の管理画面が開っぱなしだ。しかも、所属しているメンバーの性質を細かくメモしたノートまである」
俺が指摘すると、ママは「あら、見られちゃった?」と悪びれずにお茶目にウィンクした。
「あんたは生前、毎晩のように人間のドロドロした欲望をコントロールしてきたスペシャリストだ。そして天国に来てからは、そのスキルをそのままソシャゲのクラン管理に流用し、ネット上の炎上やユーザー同士の喧嘩を、持ち前の話術だけで裏から完璧に鎮火させている。
トップ廃課金勢やインフルエンサーの魂じゃ、このバグは直せなかった。他人に健全に『貢がせ』、コミュニティの平穏を守る本当のスペシャリストは――あんただけだ、ママさん」
「な、なんですってぇぇ!?」
エルがいつものように背後の椅子につまずきながら叫ぶ。
ママはスマホを置くと、深く感心したようにため息をついた。
「参ったわね。天国のお巡りさんは、夜の蝶の隠し事まで暴いちゃうの? ……でも、その通りよ。今の現世のSNSや課金ゲームを見てると、みんな心の余裕がなくて、炎上ばかりして見ていられないのよね。私の店があれば、もっとみんな楽しく『推し活』ができるのにって思ってたわ」
俺は懐から、二つ目の選別バッジ――『スマホ課金・推し活の神』のバッジをカウンターに滑らせた。
「天国のシステムが、あんたのその『夜の街の包容力』を欲しがっています。天国で一番大きくて最高に面倒なスナック、経営してみませんか?」
ママはバッジを手に取ると、嬉しそうに目を細めた。
「いいわね。現世の迷える子羊たちを、私がまとめて接客してあげるわ」
その瞬間、バッジが黄金の光を放ち、天国のメインシステムが再びアップデートされ、スマホエリアのエラーが完全に消失していった。
「すごいです、めぐるさん! 二つ目のバグも大解決です!」
エルがカウンターの横でピョンピョンと飛び跳ねる。
「やれやれ、夜の街の聞き込みは、島じゃ絶対に経験できなかったな」
俺がポリポリと頭を掻きながら立ち上がると、エルが次の資料を慌てて開きながら言った。
「めぐるさん! 休む暇はありません! 次のエリアで、またとんでもない大バグが発生しました!」




