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天国で名探偵始めてみました 〜眠れる天才とポンコツ天使の神様選別奇譚〜  作者: 樹
【第1章:天国の矛盾と現代エンタメのバグ編】

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第3話:法曹界エリアの老紳士と、名探偵の観察眼

天国の『法曹界エリア』は、現世の歴史ある最高裁判所や格式高いイギリスの街並みを混ぜ合わせたような、異様に静かで厳かな場所だった。

道行く魂たちはみな仕立ての良いスーツや法服を纏い、眉間に皺を寄せて難しい顔で歩いている。ここには理知的な沈黙が支配しており、浮ついた空気は微塵もない。


「うぅ……めぐるさん、やっぱりここ、私みたいなポンコツ天使が来ちゃいけない雰囲気が漂ってますよぉ……」

エルが背中の白い翼をごわごわと縮こまらせ、俺の後ろに隠れるように付いてくる。

「何を言ってるんだ。お前は神様選別課なんだろ。ほら、胸を張って歩け」

「だって、皆さん生前にバリバリ法律を戦わせてきた知的エリートの魂ですよ!? そんな中から、裏でこっそり戦争ゲームのプロ並みにやり込んでいた『隠れヘビーゲーマー』なんて、どうやって見つけるんですか? 魂の履歴書にもそんな俗な趣味、一行も書いてないですし……」


エルが半べそをかきながら手元の端末(魂のデータ)を叩く。確かに、天国の公式記録には「生前の職業」や「徳の高さ」は詳細に載っているが、深夜にポテトチップスを片手にどんなネットゲームに興じていたかなんて、神様ですら把握していない。


「エル、ホームズはこう言った。『君はただ見ているだけで、観察していない』とな」

「ほえ? はちみつ……?」

「ホームズだ。……いいか、人間はどんなに理知的に装っていても、生前に何万時間と繰り返した『行動の癖』だけは、魂になっても絶対に隠せないんだよ」


俺は法曹界エリアの中心にある、オープンカフェの前に立ち止まり、鋭くなった視線を走らせた。

脳内の名探偵の領域が、視界に入るすべての魂の『情報』を瞬時にスキャンし、論理の糸で繋いでいく。


(あの男はペンを持つ指にペンだこがあるが、視線が常に書類の文字を追うスピードが遅い。ただの事務方だ。あっちの女は歩くときに右肩が僅かに上がっている。生前に重い公判資料の鞄を持ち歩いていた検事だろう……。いや、違う。俺が探しているのは、現実の正義のプロでありながら、指先が別の戦場を知っている男だ――)


その時、テラス席の片隅で、静かにハーブティーを嗜んでいる一人の老紳士が目に留まった。

白髪交じりの上品な男だ。魂のデータによれば、生前は数々の難事件を解決し、非行少年の更生に尽力した『伝説のベテラン人権派弁護士』。ゲームとは最も無縁に見える、まさに法曹界の重鎮。


「……見つけたぞ」

「えっ!? ど、どの方ですか!?」


俺は迷わず、その老紳士の席へと歩み寄った。

「失礼。隣、よろしいですか。元弁護士の先生」

「おや、天国のお巡りさんですか。珍しいですね、どうぞ」

老紳士は穏やかに微笑み、ティーカップをソーサーに戻した。その一連の動作は完璧で、いかにも知的な紳士そのものだった。


だが、俺はニヤリと笑って、彼の目を見据えた。

「先生。ハーブティーは美味いですが、キーボードの叩きすぎで乾いた喉には、炭酸の効いたエナジードリンクの方が恋しいんじゃないですか?」

「……何のことかね?」

老紳士の眉が僅かにピクリと動いた。


「め、めぐるさん!? 何を突然失礼なことを言ってるんですか、相手はあの伝説の――」

「エル、静かにしてろ。……先生、あんたの履歴書には『数々の凶悪犯罪の弁護を引き受け、少年の更生に生涯を捧げた』とある。現実の犯罪のドロドロした闇や、人間の心の痛みを誰よりも知っている本物のスペシャリストだ。だが同時に、あんたの魂の『癖』が、あんたの本当の裏の顔を証明している」


俺は老紳士の手元を指差した。

「あんたがさっきティーカップを置いた時、人差し指と中指が、まるで何かを『連打』するかのように細かく動いた。あれはカップを置く癖じゃない。ゲームのコントローラーのボタンを叩く指の動きだ。

さらに、あんたの左手の親指の腹には、魂になっても消えない平らな硬化がある。これは十代のガキが作るゲームだこじゃない。何万時間とアナログスティックをグリグリと押し込み続けた『ヘビーゲーマー』だけの勲章だ。

極め付けはあんたの視線だ。この静かなカフェにいる間も、あんたの目は周囲の遮蔽物の陰を、常に『敵が飛び出してこないか』警戒するスピードでスキャンしている。……生前、深夜のネットの戦場で、世界ランカーをヘッドショットしまくっていた最高峰のFPSプレイヤー。それが、あんたのもう一つの正体だ、先生」


「な、ななな……なんですってぇぇぇ――!?」

エルの叫び声がカフェ中に響き渡った。


老紳士はしばらく呆然と俺を見つめていたが……やがて、ククッ、と低く笑い声を漏らし、ついに声を上げて爆笑した。

「ハッハッハ! 素晴らしい! まさか天国に来てまで、私の深夜の『秘密のストレス解消法』をここまで完璧に見抜く男が現れるとはね!」


老紳士の瞳の奥に、知的な弁護士の光と同時に、戦場を支配する『トップゲーマー』の鋭い輝きが宿った。


「その通りだよ、お巡りさん。私は昼間、現実の最悪な犯罪と向き合い、そのドロドロしたストレスを、深夜の戦争ゲームでぶっ放してバランスを取っていたのさ。現実の法律も、ゲームのルールも、私は誰よりも熟知しているつもりだ」


「天国のシステムがバグを起こして、ゲームの世界がパンクしかけています。ルールを真面目に守るだけじゃ、この謎は解けなかった。現実の痛みを誰よりも知り、なおかつ現世の最新のゲーム概念をコントロールできる真のスペシャリスト……。先生、天国で新しい『仕事』、始めてみませんか?」


老紳士は不敵にニヤリと笑った。

「現実の法律と、ゲームのルールを融合させた、新しい戦場の管理か。……面白い。弁護士の引退後の退屈しのぎには、最高のおもちゃだ。引き受けよう」


その瞬間、老紳士が俺の差し出した神様選別バッジを手に取ると、天国のシステムログが一気に『正常グリーン』へと書き換わった。


「やった……やったぁぁ! 最初のバグが直りました! めぐるさん、本当に凄いです!」

エルが飛び跳ねて喜び、俺の腕にしがみついてくる。


俺はポリポリと頭を掻きながら、新しく誕生した『戦争・犯罪ゲームの神様』に背を向けた。

「やれやれ、自転車のサドル泥棒を探すよりは知恵を使ったよ。……さあエル、次は何の神様が足りないんだ?」

「はい! 次はですね……!」


天国の矛盾を暴く名探偵の旅は、まだ始まったばかりだ。


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