第2話:ゲームの絶対神と、消えたスペシャリスト
眩い光が収まると、俺――岩田めぐると、ポンコツ天使のエルは、とんでもない場所に立っていた。
そこは、超近代的なガラス張りの高層ビルの最上階……のような場所だった。だが、窓の外に広がるのは都会の夜景ではなく、どこまでも続く黄金の雲海だ。壁一面には数千枚もの巨大モニターが埋め込まれ、現世のあらゆるゲーム画面がリアルタイムで映し出されている。
床には一面に電子回路のような光のラインが走り、絶え間なくデータが流れる音が「サーッ」と静かに響いていた。
「うわわっ、やっぱりここはいつ来ても心臓に悪いです……! めぐるさん、ここがすべてのゲームを統括する『ゲームの絶対神』のオフィスですよ!」
「ほう、随分とハイカラな場所だな。島には信号機が一つしかなかったから、目がチカチカするよ」
エルはさっそく俺を案内しようとして勢いよく駆け出したが、あろうことかオフィスの自動ドアが閉まるタイミングを完全に見誤り、背中の白い翼を派手に挟まれていた。
「ふぎゃうっ!? は、外れない、翼が抜けないですぅぅ!」
「……。お前、よく今日までその翼をもぎ取られずに済んだな」
情けない悲鳴を上げるエルを放置して前を向くと、モニター群に囲まれたデスクに、一人の男が座っていた。
仕立てのいい高級スーツを完璧に着こなしているが、その瞳の奥には、現世の何億人ものゲーマーたちが放つ熱気と欲望をすべて受け止めているかのような、圧倒的な威光が宿っている。彼こそが、このエリアの責任者『ゲームの絶対神』だった。
「待っていたぞ、岩田めぐるくん。絶対神から話は聞いている。天国の矛盾によって眠ったまま戻ってきた、天才的な名推理の才能を持つ男だな」
「はぁ。まあ、島では自転車で巡回るくらいしかしてませんでしたけど、さっきの問答で頭のネジは完全に切り替わったみたいです。それで、こちらのエリアではどんなバグが起きてるんで?」
俺が尋ねると、ゲームの絶対神は表情を険しくし、エラーの警告灯が真っ赤に点滅し続けているメインモニターを指し示した。
「人間の『興味』の進化スピードが早すぎるのだ。天国には『新しく神様を選別し、配置することによって、その事象や言葉が現世に反映されて世界が進む』という絶対のルールがある。
たとえば、昔からあるパズルゲームや、上からブロックが落ちてくる『落ち物ゲーム』なんかは、元々天国にそれらを司るゲームの神様がいたおかげで、その神の威光が現世に反映されて無事に誕生し、発展することができたのだ」
「なるほど、天国が言葉と概念を先に作って、現世に落としているわけか」
「その通りだ。少し前には、現世でスマホを作った『ジョブズ』と呼ばれた男の魂が天国に来ていた。私たちは彼をそのまま『スマホの林檎神』に据えることで、現世にスマホ文化を正常に反映させることにも成功したのだ。……だが、文化が一つ進むと、連鎖的に新しい神が必要になる。それが天国のシステムの宿命だ」
ゲームの絶対神はハァ、と深い不満のため息をつき、モニターの数値を叩いた。
「林檎神がスマホゲームという概念を生み出したせいで、現世では今、凄まじい勢いでゲーム内課金が流行し始めた。システムからは大急ぎで『スマホの課金系ゲームの神』を選別しろと命令が下っている。だが、それだけではない。ここへ来てさらに『戦争ゲーム』や『犯罪系ゲーム』という、過去の天国の歴史に一切存在しなかった異質な概念までが急激に進化し、完全にキャパシティを超えて処理落ちしているのだ!」
「神様選別が追いつかなくて、天国のゲームシステム自体がフリーズしかけてるってわけか。だったら、ルール通りにスペシャリストをさっさと選べばいいじゃないですか」
俺の言葉に、ゲームの絶対神はデスクを激しく叩いて立ち上がった。
「それができれば苦労はせん! 天国側は急いで『プロゲーマーの神』という新たなポストを作り、現世に『プロゲーマー』という言葉と概念を反映させた。……だが、それによって致命的な矛盾が生まれたのだ!」
「……なるほど。ようやく謎が繋がった」
俺の脳の奥底で、冷徹なロジックがカチリと形を成していく。
「えっ? エル、全然わかりません! パズルゲームの時は大丈夫だったのに、どういうことですかめぐるさん!?」
ようやく翼を引き抜いて駆け寄ってきたエルが、目を回しながら俺の袖を引く。俺は、溜まりに溜まった天国のバグの全貌を、哀れな神様に代わって言語化した。
「エル、天国が『プロゲーマー』という言葉と世界を作ったのは最近なんだ。現世の歴史で言えば、ここ十数年の話だろう。天国のルールは『その道の最高峰のスペシャリストを神にする』ことだが、現世でそのゲームを専門にやってきた本物のプロゲーマーたちは、**まだ若すぎて一人も寿命を迎えていない。つまり、天国に『プロゲーマーのスペシャリストの魂』が、まだ物理的に存在していないんだよ**」
「ええっ!? そ、そんなバカな……!」
「バカなことではない、冷徹な事実だ。スマホの林檎神の時は、本人が死んで天国に来るのを待てた。だが、今のゲームの進化スピードは人間の寿命を遥かに追い越してしまったんだ。天国が作った最新の職業に就いている人間は、まだみんな現世で元気にゲームをしている。一方で、天国にいる本物の戦争や犯罪の経験者は、慈悲のルールですぐ転生するか地獄へ落ちている。……つまり、今の天国には『ルールに適合する魂』が最初から一人も残っていないんだ」
俺の指摘に、ゲームの絶対神は力なく椅子に座り込んだ。
「その通りだ……。ルール通りに選ぼうとしても、該当する魂がこの広大な天国のどこにもおらん。だからシステムが『適任者不在』のエラーを吐き出し続け、処理落ちが止まらんのだ。このままでは天国のゲーム概念は崩壊し、現世のゲームもすべて消えてしまうだろう……」
「神様、あんたたちは『何のスペシャリストが必要か』を根本から勘違いしているんだ。天国にまだ本物のプロゲーマーが来ていないなら、別の角度からスペシャリストを探せばいい」
「別の角度……?」
「ああ。ゲームのプロじゃない。『現実の法律、あるいは正義のスペシャリスト』だ」
「現実の、正義のプロ……?」
エルの目が点になる。
「生前、凶悪犯罪や非行少年たちのドロドロした現実と毎日向き合い、犯罪の怖さや痛みに誰よりも詳しかったスペシャリスト……たとえば、ベテラン弁護士や警察官の魂だ。彼らは悪党じゃないから地獄には落ちないし、戦争の被害者でもないから通常ルートでまだ天国に残っているはずだ」
俺はポリポリと耳の裏を掻きながら、脳内に広がる膨大な魂のデータベース――『名探偵のレーダー』を一点に集中させた。
「一見、ゲームとは無縁に見える彼らの中に、裏でストレス解消に戦争・犯罪ゲームをめちゃくちゃやり込んでいた『隠れヘビーゲーマー』が必ずいる。現実の法律の重さを知り、同時にゲームのルールも理解している人間。彼なら、システムが拒絶しない『正義』と、ゲームを管理できる『知識』を両方持っている。……エル、案内しろ。天国の『法曹界エリア』へ行くぞ」
「は、はいぃぃっ! 凄いですめぐるさん、本当に名探偵です! その発想は天国のシステムにもありませんでした!」
エルのポンコツな称賛を背中で受け流しながら、俺は不敵に笑う。
八十年間、錆びついていた俺の頭脳が、天国の巨大な矛盾を解き明かす快感に震えていた。
「さあ、天国のバグを暴く、最初の『人探し』の始まりだ」
(第2話・了)




