第19話:【世界のデリート】を阻む、名探偵の最終結論
天国と現世の境界線が完全に融解し、世界が白一色の「情報の生データ」へと還元されていく。
その光の特異点の中心で、俺――岩田めぐるは、天国の最古の基幹プログラム(絶対システム)と対峙していた。
『世界データの消去プロセス、残り60秒。これ以上の現代バグの肥大化は、天国・現世の双方を維持不能にします。システム総括神・岩田めぐる。お前の提案する「ルール上書き(ハッキング)」の論理を提示せよ』
周囲には、データの嵐に囚われた絶対神や、これまでに俺がスカウトしてきた新旧すべての神様たちの魂が、光の鎖に縛られて静止している。
隣にいるエルの身体も、足元からパラパラと砂のように電子の塵に変わりかけていた。
「め、めぐる先輩……! システムの処理速度が速すぎて、私の天使としてのデータが、もう消えちゃいそうですぅ……!」
「エル、俺のコートを掴んでろ。名探偵の辞書に『未解決(打ち切り)』の文字はねえよ」
俺はポリポリと頭を掻きながら、漆黒のトレンチコートを翻し、空間に浮かぶ巨大なエラーコードの塊を見上げた。
「システム。お前は現世の人間が『ネットやエンタメに溺れてパンクした』から、世界を初期化すると言ったな。……だが、それは順番が逆だ。人間がスマホや仮想世界に依存しちまったのは、現実の世界が、あんたたちの作った古いルールのせいで『退屈で、生きづらかった』からだよ」
徳の高い綺麗な魂ほど、事件の起きない平和な島へ送られる。
その結果、現世は尖った才能や面白いアイデアを持った人間がどんどん減り、息の詰まるような灰色で退屈な社会になっていった。だから人間は、スマホの画面の中に『刺激(ゲームやSNS)』を求め、自分たちの手で新しい理想郷を無理やり創り出すしかなかったんだ。
「その結果生まれた現代のバグを、天国の中で神様を増やして誤魔化そうとしたのが、あんたの限界だ。……なら、答えは一つしかねえだろ」
俺は胸元の虹色に輝くバッジ――『システム総括神の証』に手を掛け、一気にその出力を全開にした。
「天国の矛盾によって、一度も使われずに新品のまま保存されていた、俺の『百年に一人の推理才能』。この膨大なエネルギーの全てを燃料にして、天国最古のルール(プログラム)を今ここで完全に反転させる!」
――ガツンッ!!!
俺の魂から溢れ出した圧倒的な黄金の光の回路が、天国のコアへと突き刺さる。
「これからの天国は、徳の高い天才たちを島に送って眠らせない! 記憶と神の権限を魂に刻んだまま、この混沌とした現世の最新の戦場(ネット社会)へ、直接生まれ落とさせる!
ゲームのバグを直す法律家も、SNSの闇を晴らすママも、ネットの悪意を飼い慣らすプロデューサーも……全員、現世の最前線で最初から『人間の姿』として生き、バグが起きる前に内側から世界を面白く、健全に変えていくんだよ!」
『――なっ!? 神の魂を、記憶を持ったまま直接現世へ転生させるというのか!? そんな前例は……!』
「前例がねえなら、今ここで名探偵が作る!
俺の生前の未練はな、島でサドル泥棒しか捕まえられなかったことじゃない。これほどの頭脳を持ちながら、誰の役にも立てずに死んじまったことだ。……だが、この天国での『仕事』を通して、俺は自分の魂の本当の欲求を思い出した」
俺は、消えかけているエルの手を強く握りしめた。
「俺は、迷子を見つけ出して、家に帰してやるのが最高に好きなんだよ。
システム、お前ももう、世界を消去するなんていう寂しい作業の迷子になるのはやめろ。俺のロジックを喰らって、新しい『世界』へ帰る時間だ!」
その瞬間、俺の後ろに、これまでに救ってきた全ての神様たちの幻影が立ち上がった。
ゲーム神のコントローラー、SNS神のスマホ、落語師匠の扇子、興行師の桜吹雪、仲人婆さんの人情、居酒屋親父の赤提灯、そして炎上屋の劇薬――その全ての輝きが、俺の『名探偵のバッジ』へと一つに収束していく。
「――これが、俺の最終結論だッ!!!」
俺が右拳を突き出した瞬間、天国と現世を隔てていたすべてのエラー壁が、ガラスのようにバキバキと粉砕された。
赤黒く燃えていたデリートコードが、一瞬にして、世界を優しく包み込む「新緑のオールグリーン(正常)」の光へと書き換わっていく。
『……ハッキング、完了。ルール『魂の現世ダイレクト最適化』へ上書きされました。世界消去プロセスを……完全停止します』
システムの声が、満足したかのように消えていく。
光の鎖から解放された絶対神が「見事じゃ……!」と声を震わせ、神様たちが一斉に拍手を送る中、世界の白は、ゆっくりと眩い黄金色の光へと収束していった。
「め、めぐる先輩……! 世界が、戻っていきます……! 私たちの、勝ちですぅぅぅ!」
エルが俺の胸に飛び込み、ワンワンと大泣きする。彼女の羽は、これまでになく純白で、美しく輝いていた。
「ああ。これでもう、天国のバグ(事件)はお終いだ」
俺はエルの頭を小さく小突き、ポリポリと頭を掻きながら、消えゆく天国の景色の中で、静かに目を閉じた。
天国のシステムそのものをハッキングした名探偵の魂は、今、新しいルールに従って、現世の「最も謎に満ちた場所」へと、最高の相棒と共に解き放たれようとしていた。
(第19話・了)




