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天国で名探偵始めてみました 〜眠れる天才とポンコツ天使の神様選別奇譚〜  作者: 樹
【第2章:新時代の闇と、失われた居場所編】

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第18話:【全システム暴走】と、天国の矛盾を解き明かす最後の鍵

 ネット最悪の闇である誹謗中傷の暴走を、隔離エリアの「炎上プロデューサー」という劇薬で手懐け、俺たちは今度こそラーメン屋『名探偵』へと帰還した。

 黒い泥に汚れていた床は元の綺麗な大理石に戻り、店内に漂うスープの香りが、凍りついていたエルの心を優しく溶かしていく。

「ふぅ……。正義の法律でダメなら悪意の裏をかく。島で泥棒一味の心理を読んで先回りしていた頃並みに、頭のスタミナを使う大立ち回りだったよ」

「めぐる先輩、本当にお疲れ様でした……! 先輩のスープ、職人さんが新しく作り直してくれましたよ! さあ、今度こそ食べてください!」

 エルが涙を拭い、満面の笑みで最高の一杯を俺の前に差し出した、まさにその瞬間だった。

 ――ピキィィィン!!!

 器に箸をつけようとした俺の手が、完全に静止する。

 音が消えた。いや、世界からすべての「色」が消え去ったのだ。

 カウンターの木目も、職人の湯切りの湯気も、エルの笑顔も、すべてがセピア色の静止画のように固まり、足元から不気味な「0」と「1」のデジタル数字の羅列が、壁を伝って天井へと駆け上がっていく。

「……おいおい。またこれか。いい加減、麺が伸びるってレベルじゃないぞ」

 俺がポリポリと頭を掻きながら立ち上がると、静止していたはずのエルが、パチパチとバグの火花を散らしながら、ロボットのようなぎこちない動きで振り返った。彼女の瞳は黄金色に明滅し、口からはエルの声ではない、幾千もの機械音声が重なった「天国の基幹システム」の音が響き渡る。

『警告。個別のトレンドバグ(ショート動画、投げ銭、アプリ、メタバース、悪意)の修正は、すべて完了しました。……しかし、それにより致命的な【最終矛盾】が検知されました』

「最終矛盾だ? 悪い芽は全部摘んで、それぞれのプロを神に据えたはずだろ」

 俺はトレンチコートの手をポケットに突っ込み、エル(システム)の目を冷徹に見据えた。

『不適合です。現世の人間たちは、お前が配置した5人の新神によって、現代エンタメをさらに高効率に、さらに安全に消費し始めました。その結果、人間の「興味の総量」が天国の予測を1万倍に超越。リアルとバーチャルの境界線が完全に消失し、現世の人間全員が【常に天国のサーバーにアクセスしている状態】に陥りました。……これ以上の処理は不可能です。ルールに基づき、天国と現世の全データを一斉消去デリートし、世界を初期化します』

「なるほどな。安全で面白い世界を作ってやったせいで、人間がますますネット(天国)に依存しちまったってわけか。便利にしすぎたのが仇になるとは、文明のバグそのものだな」

 世界の崩壊が始まる。店の壁が剥がれ落ち、その向こう側に、天国の心臓部である『絶対神のコア』が、今や黒と虹色の光を放ちながら、破裂寸前の風船のように肥大化しているのが見えた。絶対神すらも、その膨大なデータ処理の嵐に巻き込まれ、光の文字の中に閉じ込められて身動きが取れなくなっている。

「め、めぐる先輩……! 身体が、身体が消えちゃいますぅ……!」

 システムの支配から一瞬だけ意識を取り戻したエルが、自分の手がデジタルノイズになって透けていくのを見て、泣き叫びながら俺にしがみついてきた。

「エル、泣くな。名探偵がここにいる。……天国のシステムよ、お前は最初から大きな勘違いをしているんだ」

 俺は、激しく明滅するバッジ――『システム総括神』の虹色の光を最高出力で解放した。

「お前は、現世の進化を止めるために世界を消去しようとしている。だが、人間の欲望は消去したって、次の世界でまた同じバグを生むだけだ。

 システムが求めている『世界を救う最後のルール』ってのはな、現世を切り捨てることじゃない。天国側が、現世の複雑な情報を受け止めるための【器のルール】そのものを根本から変えることだ」

『……器のルール、とは?』

 システムの声が、俺の圧倒的なロジックの前に、僅かに揺らいだ。

「第1話で、絶対神は言った。『徳の高い魂ほど、平和な環境に送られるルールのせいで、尖った才能が絶対に発揮されずに戻ってくる』。それがこの天国最大の矛盾パラドックスだった。

 なら、そのルールを今ここで、逆転させて書き換える。

 これからの天国は、徳の高い綺麗で天才的な魂を、平和な島に送って眠らせるんじゃない。現世の最新の戦場、最も混沌としたネットの最前線へ【名探偵の記憶と神の権限を持ったまま、直接生まれ落とさせる】んだよ!」

 そう、天国の中で神様をちまちま増やして管理する時代は終わった。

 これからは、俺がこの天国の絶対システムそのものを引き連れて、現世の最新トレンドの真ん中へ、直接『お巡りさん』として、いや『名探偵の神』として、リアルタイムでバグを執行猶予コントロールしに行くんだ。

「天国と現世の境界線が消えたなら、俺がその真ん中に立って、直接ペダルを漕いで巡回めぐってやるさ。……エル! お前の端末の全機能を俺のバッジに同期しろ! 天国最古のルールを、今ここで俺のロジックで強制上書き(アップデート)する!」

「は、はいぃぃっ! 先輩の未来の配役ロジック、世界を繋ぐ最後のハッキング……承認アクセスしますッ!!」

 エルの透けかけた指先が、火花を散らす決定ボタンを叩いた瞬間、俺たちの身体は、天国と現世のすべての境界線が融解した、まばゆい光の特異点へと吸い込まれていく。

 ついに始まる、天国と現世の命運を賭けた、名探偵岩田めぐるの『最後の事件(謎解き)』の幕が上がった。


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