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天国で名探偵始めてみました 〜眠れる天才とポンコツ天使の神様選別奇譚〜  作者: 樹
【第2章:新時代の闇と、失われた居場所編】

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第16話:【理想郷(メタバース)の限界】と、空間を熱狂させる夢の建築士

 ショート動画、配信投げ銭、マッチングアプリのタイパ主義。現代の歪んだ流行を次々と解き明かしてきた俺は、ラーメン屋『名探偵』のカウンターに座り、新しく茹で上がった極太麺をじっと見つめていた。

「ふぅ……。スペックだけで人を切り捨てる高速スワイプを、下町の仲人婆さんの人情で受け止めるなんて、島で揉め事を起こした隣組のオヤジたちの仲裁をしていた頃並みに、泥臭い『腹の内』を読む作業だったよ」

「めぐる先輩! 息をつく暇はありません、第2部の最終エラーが、天国の『創造・世界構築エリア』を丸ごと飲み込もうとしていますぅぅ!」

 案の定、エルが羽をボロボロに散らしながら、今にも爆発しそうな端末を抱えて暖簾をくぐり抜けてきた。

 画面には、現世の人間たちがゴーグルを被り、アバターとなって自由に飛び回る広大な3D空間――『メタバース(仮想現実)』のデータが映し出されていた。だが、そのきらびやかな未来都市の映像とは裏腹に、空間には誰も人がおらず、まるで不気味なゴーストタウンのように静まり返っていた。

「これです! 現世では『現実を捨てて、誰もが理想の姿で自由に暮らせる第2の世界』として、メタバースの概念が急激に発達しました。天国の古いシステムは、この広大な新世界に対応するために『仮想空間・メタバースの絶対神』のポストを作ったんです。……ですが、その選別が致命的なバグを起こして、天国の中に作られた仮想世界がすべて『過疎化』して、崩壊しかけてるんです!」

 エルが涙目で、画面に表示された「アクティブユーザー数:ゼロ」という無惨な統計データを指差す。

「システムは『その道の最高峰』のルールに従って、現世で最も巨大なメタバースの空間デザインを手掛けた『天才3Dグラフィックデザイナー』の魂を神様に据えたんです。……そしたらその神様、見た目だけが超美麗で、物理法則を無視した超巨大な未来都市を天国の中に作ったんです。でも、綺麗すぎてどこに行けばいいか分からず、現世のユーザーたちは数日でみんな飽きて来なくなっちゃいました! 今や誰もいない虚無の空間だけが無限に肥大化して、天国の全メモリーを食い荒らしています!」

「あはは。見た目だけが最先端の『張り子の虎』を作ったって、中に血の通った人間が集まるわけがないだろ」

 俺はポリポリと頭を掻きながら、漆黒のトレンチコートの襟を立てた。脳内の名探偵の領域が、すでにこの「誰もいない未来都市」という現代エンタメ最大のバグの本質をハッキングしている。

「エル、またしても人選の間違いだ。メタバースの神に必要なのは、最先端のポリゴンを操るデジタルデザイナーじゃない」

「えっ……? 世界を作るデザイナーじゃなかったら、誰がこのガランとした仮想世界に人を呼び戻せるんですか!?」

「メタバースという文化の本質は何か? それは、綺麗なグラフィックじゃない。人間が『そこにいて心地いい』『そこに集まって誰かと馬鹿騒ぎをしたい』と思える、空間のグルーヴ感とコミュニティの熱量だ。

 必要なのは、見た目を飾る技術じゃない。狭くて泥臭い空間であっても、なぜか毎晩人が集まり、一生語り合いたくなるような最高の『居場所の導線』を設計できる、**【人間の集まる心理を支配する、空間と祭りの超一流のプロ】**だ」

 誰も歩かないSF都市を作るデザイナーじゃない。他人の「ここに集まりたい感情」を完璧に計算し、最高の熱狂を生み出してきた本物の裏方。

 そんな奇跡的な適任者の魂のあり処を、俺の探偵脳はすでに捉えていた。

「最先端のテックセンターじゃない。エル、天国の『昭和レトロ・情熱街エリア』の……一番奥にある、古びた大衆酒場街の跡地へ行くぞ」

「へ? 居酒屋街……?」

 辿り着いたのは、天国の片隅にある、昭和の新宿ゴールデン街や赤提灯の並ぶ横丁を美しく再現したような、どこか煙たくも愛おしいエリアだった。

 路地裏の小さなカウンターだけの居酒屋に入ると、そこには木製の椅子を丁寧に拭きながら、店内の狭い座席の配置や、客同士の「絶妙な距離感」をミリ単位で調整している、ねじり鉢巻を巻いた頑固そうなオヤジの魂がいた。

彼の魂の履歴書には、生前、都会の片隅でわずか五坪の狭い居酒屋を営み、狭いからこそ客同士の肩が触れ合い、初対面の人間たちが一晩で親友になれるような伝説の「横丁」をいくつもプロデュースし、生涯で何百万人もの孤独な人々を笑顔にさせてきた『伝説の空間プロデューサー(横丁の仕掛け人)』と書かれていた。

「失礼。横丁のマスター、お仕事中すいませんね」

「おや、天国の最高顧問さんと、お若い羽の生えたお嬢ちゃんかい。うちの赤提灯は、まだ仕込み中だよ?」

マスターは人懐っこくも鋭い笑顔を浮かべ、人間の本質を見抜くような深い目で俺たちを見た。

「いえ、仕込みじゃなく、あんたのその『人を狭い場所に惹きつけて熱狂させるプロの技』をスカウトしに来たんですよ」

俺は彼のデスクにある、誰もいない美麗なメタバースの3Dデータを指差した。

「マスター、あんたは天国に来てからも、現世のこの冷え切った未来都市の画面を見て、呆れていただろ。

世間は『世界を変える最先端のメタバースだ』とチヤホヤしているが、あんたの目から見れば、あれはただの間取りの広すぎる、冷たいガレージだ。

移動が自由で、どこまでも広くて、見た目が綺麗なだけだから、人は迷子になって孤独を感じる。

どうすれば、狭い空間で『他人の気配』を感じてワクワクできるか。どうすれば、アバター同士の言葉が弾んで、毎晩ログインしたくなるか……。

デジタルに形を変えただけの『新しい居場所』を、私欲なく、完璧にコントロールできる本物のスペシャリストは、3Dの技術者じゃない。生前、狭いカウンターの向こうから、人間の温かい繋がりを設計し続けてきた、あんただけだ、マスター」

「な、なんですってぇぇ!?」

エルがいつものように居酒屋のビールケースにつまずき、空のジョッキをガシャガシャと鳴らしながら絶句した。

マスターは一瞬、目を丸くしたが、やがて「ガハハ!」と太い腕を組んで豪快に笑った。

「いやはや、名探偵。参ったねぇ! あのスマホのゴーグルの奥に広がってる冷たい世界が、あっしの作った五坪の赤提灯と同じだって見抜く奴が、本当に天国にいやがったか!」

マスターの瞳の奥に、数万人もの孤独な酔っ払いたちを癒してきた、伝説の仕掛け人としての鋭い輝きが宿った。

「その通りだよ、お巡りさん。世界ってのはね、広けりゃいいってもんじゃない。客が『ここに自分の席がある』と思える、狭くて温かい余白コミュニティが必要なんだよ。今の現世のシステムは、ただ広い地面を作って放置するだけだから、誰もいなくなっちまうのさ」

俺は懐から、第2部最後のバッジ――『仮想空間・メタバースの絶対神』のバッジをカウンターに置いた。

「天国のシステムが、あんたのその『居場所を作る力』を求めています。誰もいなくなった冷たい理想郷メタバースのルールを、あんたのプロデュースで、毎晩人が帰りたくなるような温かい場所に変えてやってくれませんか」

マスターは不敵にニヤリと笑い、バッジを力強く握りしめた。

「おもしろいねぇ。現世の何億人もの寂しがり屋のアバターどもを相手に、天国一番のデカい横丁(神様の座)の親父、やらせてもらうよ」

その瞬間、バッジからどこか懐かしい、温かみのある琥珀色の光が放たれ、メタバースエリアの冷え切ったゴーストタウンを一瞬にして『正常オールグリーン』へと書き換えていった。

ただ広いだけだった3D空間に、アバター同士が自然に集まり、肩を寄せ合って語り合える『最高の居場所の導線』が組み込まれたことで、第2部すべての現代バグが、ついに完璧に大解決したのだ。

「めぐる先輩! ユーザー数が一気にカンスト(限界突破)しました! 誰もいなかった仮想世界が、現世の人間たちの笑顔で満ち溢れていきます!」

エルがビールケースから飛び起きて、涙目で大喜びする。

「やれやれ、最先端のデジタルだろうが、結局人間が求めているのは、島のお祭りみたいな温かい繋がりだからな。……さあエル、これで第2部のバグも全て片付いた。今度こそ、店に戻ってつけ麺の続きだ」

「はいっ! 私、今度こそチャーシューをいっぱい食べます!」

3桁を突破し、ますます熱い視線を浴び続ける名探偵とめぐるの戦いは、すべての現代の闇を解き明かし、天国に真の平穏をもたらすのだった。


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