第15話:【タイパ至上主義の罠】と、最高の出逢いを導く仲人の目
ショート動画に続き、配信投げ銭のバグも大解決に導いた俺は、三度、ラーメン屋『名探偵』のカウンターへと滑り込んでいた。
「ふぅ……。おひねりの熱狂を大衆演劇の興行力でいなすとは、島で祭りの神輿の担ぎ手のバランスを取っていた頃並みに、人間の熱量を読む作業だったよ」
「めぐる先輩! 一息つく暇もなく、今度は『人脈・縁結びエリア』のサーバーから煙が上がっていますぅぅ!」
期待を裏切らず、エルが今にも溶けそうなほど熱くなった新しい端末を抱え、暖簾をくぐり抜けて滑り込んできた。
画面には、現世の若者たちがスマホを左右に高速でスワイプしている画面――『マッチングアプリ』のユーザーインターフェースと、あらゆる動画や音声を1.5倍速、2倍速で消化していく『タイパ(タイムパフォーマンス)』の異常な統計データが映し出されていた。
「これです! 現世では今、効率よく最短ルートで理想の恋人や友人、果てはビジネスパートナーを見つけようとする『マッチングアプリ』の文化が限界まで肥大化しています! しかも、無駄な時間を一秒も使いたくないという『タイパ主義』が混ざり合った結果、天国のシステムが作った『マッチング・縁結びの神』が完全にパニックを起こしちゃったんです!」
エルが涙目で、画面に表示された悲惨な適合率グラフを指差す。
「天国のルール『その道の最高峰を神にする』に従って、システムは現世でマッチングアプリのアルゴリズムを開発した『天才データサイエンティスト(数理モデルのプロ)』の魂を神様に据えたんです。……そしたらその神様、データを効率化しすぎて『顔写真と年収の数値だけで、一瞬で弾き飛ばす超高速スワイプシステム』を天国に導入しちゃって! 効率は上がったのに、現世では誰一人として心の通った出逢いができなくなり、孤独のデータが逆流してシステムが自爆寸前なんです!」
「あはは。条件の数字だけで人を切り分けるマシーンを神様にすりゃ、そうなるに決まってるだろ」
俺はポリポリと頭を掻きながら、漆黒のトレンチコートの襟を正した。脳内の名探偵の領域が、すでにこの「効率至上主義の出逢い」という現代の病理をハッキングしている。
「エル、天国のシステムも、お前もまた人選を間違えてる。マッチングやタイパの神に必要なのは、数字のアルゴリズムを組む理系のプロじゃない」
「えっ……? データを最適化するプロじゃなかったら、誰がこの超高速スワイプを止められるんですか!?」
「マッチングという文化の本質は何か? それは、条件のパズルじゃない。人間が持つ『言語化できない相性』や『無駄の中に隠れた本当の魅力』の引き合わせだ。
必要なのは、スペックの数字を比べる技術じゃない。写真や年収の裏に隠れた、その人間の『本当の寂しさ』や『相性の本質』を見抜き、あえて遠回りをさせてでも完璧な一組を結びつけてきた、**【人間の心を見抜く、アナログの縁結び・お節介の超一流のプロ】**だ」
条件の引き算しかできないデータサイエンティストじゃない。他人の「数字にならない人間味」を観察し、最高の出逢いを演出してきた本物の仕掛け人。
そんな適任者の魂の居場所を、俺の探偵脳はすでに導き出していた。
「データセンターじゃない。エル、天国の『昭和下町・人情コミュニティエリア』の……一番奥にある、古びた一軒家の居間へ行くぞ」
「へ? 昭和の下町……?」
*
辿り着いたのは、天国の片隅にある、昭和の商店街や温かい路地裏を再現したような、どこかお茶の間の匂いがするエリアだった。
平屋の一軒家の居間に入ると、そこには縁側を背にして、大量の「お見合い写真」や、手書きの「身上書(個人の人柄を記した紙)」を眼鏡の奥の優しい目で見つめている、割烹着を着た小柄なお婆ちゃんの魂がいた。
彼女の魂の履歴書には、生前、下町で半世紀にわたりボランティアで仲人を務め、条件だけなら絶対に破談になるような凸凹な男女を「あんたたちはここがぴったり合う」と手作業で結びつけ、生涯で数百組の、一人も離婚しない幸せな夫婦を誕生させ続けた『伝説の人情お見合い婆さん(仲人)』と書かれていた。
「失礼。お見合いの先生、お仕事中すいませんね」
「おや、天国の立派な名探偵さんと、可愛い羽の生えたお嬢ちゃん。うちには今、若くて良い魂の釣書がたくさんあるよ。お見合いでもしていくかい?」
お婆ちゃんは温かい笑顔を浮かべ、全てを包み込むような深い目でお茶を差し出してきた。
「いえ、お見合いじゃなく、あんたのその『スペックを無視して本質を結びつけるプロの技』をスカウトしに来たんですよ」
俺は彼女の机の端で、激しく明滅している現世のマッチングアプリのデータ画面を指差した。
「先生、あんたは天国に来てからも、現世の若者たちの『高速スワイプ』をずっと心配そうに見ていただろ。
世間は『タイパの良い最新の婚活だ』とスマートに装っているが、あんたの目から見れば、あれはただの数字の叩き売りだ。
年収がいくら、顔がどう、そんな表面上のデータだけで人を弾くから、どれだけマッチしても心が満たされずにすぐ飽きる。
どうすれば、条件は悪くても『一緒にいて一番落ち着く相手』を見抜けるか。どうすれば、無駄な会話の中に隠れたその人の優しさに気づけるか……。
スマホに形を変えただけの『縁結び』を、私欲なく、完璧にコントロールできる本物のスペシャリストは、計算機(AI)じゃない。生前、お茶をすすりながら人間の心そのものを繋いできた、あんただけだ、先生」
「な、なんですってぇぇ!?」
エルがいつものように居間のちゃぶ台につまずき、湯呑みをひっくり返しそうになりながら絶叫した。
お婆ちゃんは一瞬、眼鏡の位置を直して驚いていたが、やがて「ほほほ」と上品に、しかし嬉しそうに笑った。
「いやはや、名探偵さん。恐れ入ったよ。あの四角い機械の中で迷子になっている若者たちが、昔の下町の強がりなガキどもと同じだってこと、よく見抜いてくれたねぇ」
お婆ちゃんの瞳の奥に、何千人もの「人間の本音」を見極めてきた、伝説の仲人としての鋭い光が宿った。
「その通りだよ、お巡りさん。出逢いってのはね、効率を求めるものじゃない。不器用な二人が、お互いの格好悪いところを許し合う凸凹の芸術なんだよ。今の現世のシステムは、ただ条件を並べて競わせるだけだから、みんな心が擦り切れて寂しくなっちまうのさ」
俺は懐から、バッジ――『短時間マッチング・仮想縁結びの神』のバッジを畳の上に置いた。
「天国のシステムが、あんたのその『数字に頼らない縁結びの力』を必要としています。効率という罠にハマって、本当の出逢いを見失った現世のアプリに、あんたの人情ルールを組み込んでやってくれませんか」
お婆ちゃんは嬉しそうにバッジを手に取り、割烹着のポケットにそっと仕舞い込んだ。
「おもしろいねぇ。現世の寂しがり屋の若者たち全員の『仲人(神様の座)』、ばあばがひと肌脱いでやろうじゃないかい」
その瞬間、バッジから温かい桜色の光が放たれ、天国の縁結びエリアのサーバーに表示されていたエラーログを一瞬にして『正常』へと書き換えていった。
ただ効率だけを求めていたマッチングアプリのアルゴリズムに、ユーザーの『隠れた人柄や深い相性』を優遇する人情味溢れるルールが組み込まれたことで、第2部三つ目の巨大なバグが、完璧に大解決したのだ。
「めぐる先輩! サーバーの温度が下がりました! アプリのユーザーたちの幸福度メーターが、一気に跳ね上がってます!」
エルがちゃぶ台にしがみつきながら、涙目で大喜びする。
「やれやれ、効率ばかり求めて、一番大事な『心』を省いちゃ本末転倒だからな。……さあエル、次は何の神様が足りないんだ?」
「はい! 次はですね……!」




