第14話:【配信投げ銭の怪】と、一晩で数千万を動かすおひねりのプロ
天国の最上層。無事にショート動画のバグを解決した俺は、ようやく自分のラーメン屋『名探偵』のカウンターに戻り、冷めかけたつけ麺のスープ割りを一気に飲み干した。
「ふぅ……。最新の動画トレンドの暴走を、江戸落語の『間』でコントロールするなんて、島でヤギの引き綱を調整していた頃並みに繊細な作業だったよ」
「め、めぐる先輩! 息を整えている暇はありません! 伝統文化エリアのバグが直ったせいで、今度はその隣にある『ライブ配信・ギフティングエリア』の電圧が限界突破して、今にも大爆発しそうなんです!」
案の定、エルが新しい端末を抱えて暖簾を引っ剥がさんばかりの勢いで飛び込んできた。
画面を見れば、現世のあらゆるライブ配信画面が映し出されており、そこには見たこともないようなド派手なエフェクトと共に、デジタル上の『ギフト(投げ銭)』が、数万、数十万、数百万という恐ろしい単位で画面を埋め尽くしていた。
「これです! 現世では今、リアルタイムで配信している一般人やライバーたちに、視聴者がボタン一つで大金を貢ぎまくる『投げ銭』の文化が超巨大化しているんです! 天国のシステムはこれに対応して『ライブギフティング・応援の神』を作ったのですが……選別が完全にバグを起こして、天国側の富のデータが逆流しちゃってます!」
エルが涙目で、爆発しかけている端末の温度表示を指差した。
「システムは『その道の最高峰』のルールに従って、現世でライバーに最も高額な投げ銭をした『伝説のトップ大富豪(石油王クラスのリスナー)』の魂を神様に選んだんです。……そしたらその神様、神の権限を使って現世のライバーたちに天国のエネルギーを『投げ銭』感覚でドバドバ送り始めちゃって! 配信エリアの電力が完全にパンク寸前なんです!」
「おいおい、そりゃそうだ。自分の金を推しにブチ込んで気持ちよくなっていただけの『ただのオタク(富豪)』を神にすりゃ、そうなるに決まってるだろ」
俺はポリポリと頭を掻きながら、漆黒のトレンチコートの襟を立てた。脳内の名探偵の領域が、すでにこの「投げ銭」という狂気の文化の本質をハッキングしている。
「エル、天国のシステムも、お前もまた人選を間違えてる。投げ銭の神に必要なのは、金を出す側の富豪でもなければ、金を貰う側のライバーでもない」
「えっ……? 金を出す人も、貰う人も違うなら、一体誰がスペシャリストなんですか!?」
「投げ銭という文化の本質は何か? それは、ただの自己満足じゃない。配信者と視聴者の間に生まれる『応援したい』『自分だけを見てほしい』『このお祭りに参加したい』という、集団の承認欲求と狂熱のコントロールだ。
必要なのは、人間の『誰かを応援して、一緒に夢を見たい』という集団心理を完璧に理解し、時にはサクラや仕掛けを使いながら、嫌味なく人の財布を開かせ、なおかつ全員を笑顔でお祭りに参加させてきた、応援の仕掛け人・興行の超一流のプロだ」
自分の欲望で金を投げる大富豪じゃない。他人の「応援したい感情」を手のひらで転がし、巨大な経済とお祭りを生み出してきた本物の裏方。
そんな奇跡的な適任者の魂のあり処を、俺の探偵脳はすでに捉えていた。
「大富豪のオーディション会場じゃない。エル、天国の『昭和ノスタルジー・大衆娯楽エリア』の……一番奥にある、古びた大衆演劇の楽屋へ行くぞ」
「へ? 大衆演劇……?」
*
辿り着いたのは、天国の片隅にある、昭和の浅草や温泉街の芝居小屋を美しく再現したような、どこか泥臭くも活気のあるエリアだった。
木造の劇場の楽屋に入ると、そこには鏡の前で、役者たちの派手な衣装や、客から贈られた大量の『おひねり(紙幣を包んだもの)』の記録帳を静かに整理している、ハンチング帽を被った小柄な老紳士の魂がいた。
彼の魂の履歴書には、生前、全国のドサ回りの大衆演劇一座を率い、容姿のパッとしない若手役者を「百年に一人の女形」に仕立て上げ、おばちゃんたちの財布から何千万もの『おひねり』を笑顔で引き出させて一座を支え続けた『伝説の大衆演劇の興行師』と書かれていた。
「失礼。元興行師の支配人さん、お仕事中すいません」
「おや……。天国の名探偵さんと、可愛い天使の御一行かい。うちの役者のスカウトなら、今は幕間だよ?」
支配人は人懐っこい笑顔を浮かべ、老獪な、しかし温かみのある目で俺たちを見た。
「いえ、役者じゃなく、あんたのその『おひねりをコントロールするプロの技』をスカウトしに来たんですよ」
俺は彼のデスクにある、現世のライブ配信のデータ画面を指差した。
「支配人、あんたは天国に来てからも、現世のライブ配信の『投げ銭エフェクト』をずっと研究していただろ。
世間は『最新のデジタルギフティングだ』と騒いでいるが、あんたの目から見れば、あれは昔あんたが劇場で仕掛けていた、おばちゃんたちが贔屓の役者の着物に一万円札の束をピンで留める『おひねり』と全く同じ構造だ。
どうすれば客が『負けてたまるか』と競い合って金を出すか。どうすれば役者が引け目を感じずにそれを受け取れるか。そして、劇場全体が一体感となって熱狂できるか……。
デジタルに形を変えただけの『おひねり文化』を、私欲なく、完璧にコントロールできる本物のスペシャリストは、金を出すだけの富豪じゃない。生前、舞台の裏側からその熱狂のシステムを創り上げてきた、あんただけだ、支配人」
「な、なんですってぇぇ!?」
エルがいつものように楽屋の化粧台の椅子を派手にひっくり返しながら絶叫した。
支配人は一瞬、目を丸くしたが、やがて「ハハハ!」と膝を叩いて小気味よく笑った。
「いやはや、名探偵。参ったねぇ。あのスマホの画面の中で起きてるお祭りが、あっしたちの芝居小屋と同じだって見抜く奴が、まさか天国にいるとはね!」
支配人の瞳の奥に、数万人のお客の心理を手のひらで転がしてきた、伝説の裏方としての鋭い輝きが宿った。
「その通りだよ、お巡りさん。投げ銭ってのはね、金を巻き上げるんじゃない。客に『私がこの子を支えてるんだ』っていう最高の夢とプライドを売るエンターテインメントんだよ。今の現世のシステムは、ただエフェクトを派手にして煽るだけだから、客も配信者も疲れちまうのさ」
俺は懐から、バッジ――『ライブギフティング・応援の神』のバッジを机に置いた。
「天国のシステムが、あんたのその『夢を売る興行力』を必要としています。現世のライブ配信という巨大な芝居小屋のルールを、あんたのプロデュースで粋なものに変えてやってくれませんか」
支配人は不敵にニヤリと笑い、バッジを器用に指先で弄んだ。
「おもしろいねぇ。現世の何億人ものリスナーとライバーを相手に、天国一番の大舞台(神様の座)の裏方、やらせてもらうよ」
その瞬間、バッジから満開の桜吹雪のような美しい光が放たれ、配信エリアのエラーログを一瞬にして『正常』へと書き換えていった。
ただ煽るだけだった投げ銭のシステムに、客も配信者も双方が健全に熱狂できる『粋なルール』が組み込まれたことで、第2部二つ目の巨大なバグが、完璧に大解決したのだ。
「めぐる先輩! エリアの電圧が完全に安定しました! サーバーの暴走も止まってます! 凄すぎます!」
エルがひっくり返った椅子から起き上がり、涙目で大喜びする。
「やれやれ、最新のデジタルだろうが、動かしているのは人間の泥臭い感情だからな。……さあエル、次は何の神様が足りないんだ?」
「はい! 次はですね……!」




