第12話:【ショート動画の闇】と、新たな現代の歪み
天国の最上層。俺のために特別に作られたラーメン屋『名探偵』のカウンターで、俺――岩田めぐるは、至福の時間を過ごしていた。
今日のスープは、鶏ガラをベースに魚介の出汁をガツンと効かせた、濃厚な極上つけ麺。麺は太めのストレートで、スープによく絡む。
天国の職人の神様たちが腕によりをかけて作った一杯を、ずずっと啜り上げる。口の中に広がる芳醇な香りを堪能している時が、今の俺にとって何よりも贅沢な引退生活のひとときだった。
だが、その静寂は、あまりにも騒がしい音によって破られることになる。
「め、めぐる先輩ぃぃぃーーー!! 助けてください、また大変なことになったんですぅぅ!!」
――バシャァァン!!
勢いよく引き戸が開け放たれ、真っ赤に染まった暖簾をくぐって飛び込んできたのは、俺の相棒(という名の部下)であるポンコツ天使のエルだった。
案の定、エルの足元はもつれており、カウンターの手前で見事な五体投地を披露する。その衝撃で、彼女が小脇に抱えていた大量の天国製端末や書類が、床へと派手にぶちまけられた。
「……おい。せっかくのスープに埃が入るだろ。お前、少しは静かに暖簾をくぐれないのか」
「そんなこと言ってる場合じゃないんですぅ!」
エルは涙目で起き上がると、鼻にしがみついた眼鏡を直しながら、火花を散らしている端末を俺の目の前に突き出してきた。
「見てくださいこれ! 最初のバグ(ゲームやSNS)をめぐる先輩が完璧に直してくださったおかげで、天国は平和になったはずだったんです。……なのに、現世の人間たちが、また新しくて超凶悪な『興味のジャンル』を爆発させて、天国の『新時代エンタメエリア』が、過去最大の規模でメルトダウンを起こしかけてるんです!」
画面を覗き込むと、そこには現世の若者たちが熱狂している、最新の動画プラットフォームの映像が映し出されていた。
それは、わずか十何秒から数十秒という極端な短さで次々と動画をスワイプしていく、現代の超巨大トレンド――『ショート動画(短尺縦型動画)』のデータだった。
「これです! 現世では今、数時間の映画やアニメを見る体力のない人間たちが、この『ショート動画』を一日中、脳を麻痺させながら狂ったようにスクロールして見続けているんです! 天国のメインシステムは、この爆発的な流行に対応するために急いで『短尺動画・倍速視聴の神』のポストを作りました。……ですが、ここからがまた大バグなんです!」
エルは頭を抱えて座り込んだ。
「天国のルール『その道の最高峰を神にする』に従って、私たちは現世でフォロワー数千万人の『超有名ショート動画クリエイター(バズの天才)』の魂を集めて、神様の椅子に座らせたんです。……そしたら、その神様が動画を『バズらせる』ことに特化しすぎたせいで、現世の流行のスピードがさらに千倍に加速しちゃって! 毎日新しいトレンドが生まれては一瞬で廃れるという超高速ハイパーインフレが起きて、天国の流行管理サーバーが処理しきれずに爆発したんです!」
「あはは。そりゃそうだ。自業自得だな」
俺はつけ汁に麺を浸しながら、思わず声を上げて笑った。
天国の古いシステムは、またしても表面的な言葉(動画クリエイター)に騙されて人選を間違えたわけだ。
ショート動画の本質は、ただ面白い動画を作ることじゃない。数秒という極限の時間で人間の脳のドーパミンを極限まで刺激し、無限にスクロールさせる『中毒性』。そして、流行った瞬間に次の流行へと移り変わる『異常な消費スピード』だ。
ここに、ただ「動画をバズらせるだけの若者」を神として配置すれば、現世の流行のサイクルが制御不能なほど高速化し、天国のシステムが追いつかずにパンクするのは目に見えていた。
「エル。ショート動画や倍速視聴の神に必要なのは、動画を作る技術や、バズらせるセンスじゃない」
俺は最後の一太刀を噛み締め、スープ割りをごくっと飲み干した。脳内の名探偵の領域が、すでに新たな謎の核心を捉えている。
「必要なのは、その超高速で移り変わる人間の『飽き(消費)』のサイクルを完璧に見越し、あえて流行に『ブレーキ』をかけて持続させられる、冷徹なコントロール能力だ。
数秒で人を惹きつけ、なおかつその熱狂を何ヶ月も、何年も飽きさせずにコントロールしてきた、人間の『飽き』を支配する、時間とエンタメの超一流のプロだ」
「えっ……!? 動画クリエイターじゃなくて、人間の『飽き』をコントロールするプロ……? そんな魂、どこにいるんですか!?」
エルが目を丸くする。俺は席を立ち、漆黒 of トレンチコートを羽織った。
「動画のプロじゃない。エル、天国の『古典芸能・伝統文化エリア』の……一番奥にある、歴史ある劇場の楽屋へ行くぞ」
「へ? 伝統文化エリア……?」
「そうだ。現世の言葉(ショート動画)の裏側に隠れた、真のスペシャリストをスカウトしに行くんだよ。さあ、第2ラウンドの始まりだ」
俺は『名探偵』の暖簾を跳ね上げ、赤く染まり始めた新たな天国の異変へと向かって、不敵に笑いながら歩き出した。




