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死にかけのダンジョンコアに拾われたので、清い水から生活インフラ迷宮を始めます  作者: 乾燥しいたけ


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第87話 王女は清水の音を聞く



「テラリア姉様!」


 清水の間の入口に、明るい声が響いた。


 馬車から降りた小柄な少女は、淡い色の旅装に身を包んでいた。


 柔らかな金の髪。


 王女らしい整った所作。


 けれど、その目だけは落ち着きなく動いている。


 水音。


 水汲みの列。


 冒険者の装備。


 講習席。


 報酬確認台。


 奥へ続く通路。


 見たいものが多すぎて、視線が先に走っていた。


 それでも、テラリアを見つけた瞬間だけは、完全に年相応の顔になる。


 リーナ王女。


 王都正式視察団の中心人物。


 そして、今回の護衛対象。


 俺は黒い水膜の前で、その第一声を聞いていた。


「思ったより、勢いのある王女様だな」


『好奇心が身体から先に出ているわね』


 ヴェルティアが静かに言う。


『けれど、足は止めたわ』


 その通りだった。


 リーナ王女は、テラリアへ駆け寄りかけた。


 だが、テラリアが背筋を伸ばしたのを見て、途中で止まった。


 公式の場だと、理解したのだろう。


 テラリアは柔らかく、しかしはっきりと言った。


「リーナ。まずは王女として挨拶なさい」


 リーナ王女は一瞬だけ唇を引き結ぶ。


 それから、旅装の裾を整え、静かに姿勢を正した。


 さっきまでの明るさが消えたわけではない。


 ただ、奥へしまわれた。


「失礼いたしました」


 声も、表情も、きちんと王女のものになる。


「リーナ・エル・グランディアです。本日は、清水の迷宮の視察を受け入れていただき、感謝いたします」


 オルド村長が深く礼をした。


 背筋は硬い。


 けれど、声は乱れていない。


「ルスカ村を代表し、お迎えいたします。王女殿下」


 続いて、イリオが一歩前へ出る。


「王太子府文官イリオです。視察行程については、こちらで調整いたします」


 ロザックは短く名乗った。


「プロンテラ冒険者ギルド、ロザックです。冒険者側の導線を管理します」


 グラントは控えめに礼をする。


「プロンテラ商人ギルド、グラントです。流通と取引管理についてご説明いたします」


 最後に、ライラがリーナ王女の前へ立った。


 深くは頭を下げない。


 礼はする。


 だが、媚びない。


「王都所属Aランク冒険者、ライラ。今回の護衛責任者です」


 リーナ王女の目が、そこでぴたりと止まった。


「あなたが、ライラ様ですね」


「様はいらないわ。護衛責任者として来ているだけよ」


「では、ライラ」


 返答が早かった。


 ライラの眉が、ほんの少しだけ動く。


 様はいらない。


 そう言ったのはライラだ。


 だが、王女の口から即座に距離を詰められると、少しだけ話が違う。


 リーナ王女は悪びれずに微笑んだ。


「不要と言われましたので」


「……切り替えが早いわね」


「指示には従います」


「そういう返しをするのね」


 ライラは苦笑しかけて、すぐにやめた。


 面倒な相手だと、顔に出すほどではない。


 ただ、頭の中で警戒の札を一枚増やしたような目になった。


 テラリアが横で小さく笑いそうになり、慌てて表情を戻す。


 リーナ王女は、改めて清水の間へ視線を向けた。


「ここが、第1層なのですね」


 その声には、もう好奇心が戻っている。


 ただし、さっきより少し抑えられていた。


 王女として見る。


 でも、見たい気持ちは隠しきれていない。


 その目が最初に止まったのは、白い小箱ではなかった。


 奥の通路でも、報酬確認台でもない。


 水汲みの列だった。


 村人が水を汲む。


 桶を満たす。


 肩に担ぐ。


 年配の者が小さな子に手順を教える。


 冒険者が邪魔にならないように少し道を空ける。


 商人の使いが、決められた量だけを確認して運び出す。


 リーナ王女は、しばらく黙ってその列を見ていた。


「冒険者より、水を汲みに来る人の方が多いのですね」


 その場にいた者達が、少しだけ目を見開いた。


 王女が最初に見るなら、珍しい報酬や迷宮の奥だと思っていた者もいただろう。


 オルド村長が答える。


「はい。清水は、村と周辺の暮らしを支えております」


「毎日ですか」


「毎日です」


「量は決めているのですか」


「村内、周辺集落、商人による搬出で、それぞれ目安を設けています。ただし、病人や緊急時は別枠で対応します」


 リーナ王女は頷く。


 ただ聞いているだけではない。


 頭の中で、使われ方を組み立てている顔だった。


「飲み水、調理、洗浄、治療補助。清水は報酬であり、物資でもあるのですね」


 そこまでは、よかった。


 だが、次の言葉で、ライラの視線が少し鋭くなった。


「王都へ定期的に運ぶ場合、どれほどの量が確保できますか」


 清水の間の空気が、わずかに止まる。


 悪意はない。


 むしろ、王女としては自然な質問かもしれない。


 価値ある水を見た。


 ならば王都へ運ぶ量を考える。


 ただ、それはこの場所では少し早すぎる。


 オルド村長はすぐに答えなかった。


 言葉を選ぶように、手を組む。


 先に口を開いたのは、グラントだった。


「王女殿下。量の確認は可能です。ただ、王都への定期搬出を先に考えますと、周辺集落の生活分と競合いたします」


 リーナ王女の目が動く。


「競合」


「はい。清水は高価な品である前に、ここでは暮らしの水です。王都が量を望めば、価格も人の流れも変わります」


 リーナ王女は、もう一度水汲みの列を見た。


 そこにいるのは、王都の商人ではない。


 桶を抱えた村人。


 子ども。


 年寄り。


 日々の水を運ぶ者達だ。


 リーナ王女は、少しだけ眉を寄せた。


「……先に聞くべきは、運べる量ではなく、今どれだけ使われているか、でしたね」


 グラントは静かに礼をした。


「その順であれば、より正確にご説明できます」


「お願いします」


 リーナ王女は素直に引いた。


 ただし、恥じて黙り込むのではない。


 間違えた順番を直しただけ、という顔だった。


 俺は黒い水膜の前で、少し息を吐く。


「完璧ってわけじゃないんだな」


『だから良いのよ』


 ヴェルティアは清水の列を見ている。


『白い箱より先に水の列を見た。けれど、王都へ運ぶ量もすぐ考えた。王女としての目と、足りない経験が同時にあるわ』


「止めがいのある王女様だな」


『ええ。困るほど優秀、というのはそういうことでしょうね』




 視察は、水汲み導線から始まった。


 イリオが説明し、オルド村長が村側の運用を補足する。


 ロザックは冒険者の動線を示した。


 冒険者が水汲みの邪魔をしないよう、通る場所を分けていること。


 依頼帰りの者が負傷している場合は、先に救護席へ回すこと。


 混雑する時間帯には、村側の者が列を整理すること。


 リーナ王女は、いちいち頷きながら見ていた。


 ときどき質問する。


 そして、ときどき踏み込みすぎる。


「水を運ぶ者が怪我をした場合は、どこで休ませるのですか」


「こちらの救護席です」


 マイラが答える。


 リーナ王女は救護席へ向かった。


 簡素な椅子と寝台。


 清水を使うための器。


 応急処置用の布。


 派手さはない。


 だが、使われている場所だ。


「治療院ではないのですね」


 マイラが頷く。


「はい。ここは応急対応と休息の場です。重傷者は外部の治療師や教会へ回します」


「清水で何でも治るわけではない」


「はい」


 リーナ王女は清水の器を見た。


「清いものは、万能に見えやすい」


 小さな呟きだった。


 マイラの筆が動く。


 リーナ王女はその音に気づいたのか、少しだけ視線を向ける。


 それから、今度は湯溜まりの記録へ目を移した。


「第5層の湯溜まりも、治療ではないのですね」


「はい」


「手肌、髪、爪を整える。傷は治らない。疲労は消えない。身体能力も上がらない」


 リーナ王女は資料を読んできている。


 だから、単純な確認では終わらない。


「なぜ、そのような効果なのでしょうか」


 マイラはすぐには答えなかった。


 記録板を抱え直し、慎重に言う。


「理由は不明です。確認されているのは、効果の範囲だけです」


「迷宮が、あえて治療ではなく整える効果にしている可能性は?」


「可能性はあります。ですが、記録としては断定できません」


 イリオが横から補足する。


「王都報告にも、迷宮の意図については推測と明記しています」


 リーナ王女は少し考えた。


「なるほど。見える効果と、意図を分けるのですね」


「はい」


 マイラが頷く。


「分けないと、危険です」


 リーナ王女はそこで、少しだけ笑った。


「今日、何度も分ける話を聞いています」


 ライラが横から言った。


「分けない人が多いからよ」


「わたしも含めて?」


「今のところ、少し」


 リーナ王女は目を丸くした。


 王女相手に、少し、と言い切る護衛責任者。


 それが新鮮だったのか、怒るより先に興味が勝った顔になる。


「正直なのですね」


「護衛中だから」


「普段は?」


「もっと正直よ」


 テラリアが小さく笑った。


 リーナ王女も少し笑い、すぐに表情を戻した。


 笑っている場合ではない、と思い直したらしい。


 その切り替えは早い。


 けれど、完璧ではない。


 表情に好奇心が残っている。




 次に、講習席へ移る。


 冒険者達が使う席。


 第2層、第3層、第5層の講習。


 報酬の扱い。


 死亡危険。


 帰還判断。


 そして、第6層についての注意。


 ただし、新しい壁文字はない。


 人間側の講習として、記録と体験談が置かれている。


 リーナ王女は席の前で立ち止まった。


「ここで、冒険者が学ぶのですね」


 ロザックが答える。


「学ぶ気がある者はな」


「学ばない者もいますか」


「いる」


 ロザックは隠さなかった。


「そういう者ほど、報酬の名前だけ覚える」


 リーナ王女はその言葉を受けて、少しだけ視線を落とした。


「報酬の名前だけ」


 ライラが横から言う。


「白い小箱、とかね」


 リーナ王女の目が、わずかに動いた。


 しかし、すぐには聞かなかった。


 テラリアがそれに気づき、口元を少しだけ緩める。


 我慢した。


 それが分かる顔だった。


 リーナ王女は講習席へ視線を戻す。


「第5層までの視察を希望します。ですが、まず第1層を見ます」


 イリオが確認する。


「本日は第1層中心でよろしいですか」


「はい」


 リーナ王女は少しだけ笑った。


「入口を見ずに奥を見るのは、順序が悪いでしょう?」


 その言葉に、オルド村長が深く頷いた。


 グラントも静かに微笑む。


 ただ、ライラだけは警戒を解いていない。


 たぶん正しい。


 この王女は、順序を守れる。


 でも、見たいものを忘れるわけではない。


 今はまだ、順番を待っているだけだ。




 酒場と調理場も視察対象に入った。


 王女が酒場を見る。


 その字面だけだと妙だが、ここでは重要な場所だ。


 冒険者の休息。


 食事。


 清水の利用。


 報酬の情報交換。


 そして、弾ける水の湧き口。


 リーナ王女は弾ける水を見て、分かりやすく目を輝かせた。


「泡が出ているのですね」


 テラリアが少し楽しそうに言う。


「面白いでしょう?」


「ええ。とても」


 リーナ王女は一歩近づきかけた。


 ライラがすぐに声をかける。


「近づきすぎない」


 リーナ王女は足を止める。


「湧き口も危険なのですか」


「危険じゃなくても、視察中は勝手に触らない」


「……分かりました」


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、リーナ王女の声に焦れが混じった。


 それは王女としては小さな乱れだった。


 けれど、テラリアは気づいた。


 ライラも気づいた。


 グラントが小さな杯に、弾ける水を少量だけ注ぐ。


「少量であれば、こちらを」


 リーナ王女は杯を受け取る。


 まず香りを確かめた。


 それから一口。


 目が少し丸くなる。


「舌の上で弾けます」


 テラリアが笑う。


「美味しいでしょう?」


「はい。ですが……」


 リーナ王女は杯を見つめる。


「保存が難しいのですね」


 グラントが頷く。


「持ち出しや保存には制限があります。ここで飲む価値が大きい品です」


「王都に運ぶには向かない」


「少なくとも、現状では」


 リーナ王女は少しだけ残念そうな顔をした。


 今度は、それを隠しきれなかった。


「王都にもあれば、喜ぶ者は多いでしょうね」


「ええ」


 グラントは柔らかく答える。


「だからこそ、ここへ来る理由にもなります」


 リーナ王女は杯を返す。


「迷宮の中でしか完結しない価値」


 そこで、彼女は少し首を傾げた。


「……いえ、完結、という言い方は違いますね。ここへ来る人の流れを作る価値、でしょうか」


 グラントが微笑む。


「そちらの方が近いかと」


 リーナ王女は少し照れたように頷いた。


 最初から正解を言ったわけではない。


 言い直した。


 その方が、ずっと人らしかった。


『悪くないわね』


 ヴェルティアが黒い水膜の前で呟いた。


「どっちが?」


『間違えて、言い直したところよ』


「そこ見るんだ」


『完成された器より、割れる前に手を添えられる器の方が扱いやすいもの』


「例えが高貴なのか物騒なのか分からん」


『両方よ』


 その時、リーナ王女の視線が動いた。


 ライラの腰元。


 白い布に包まれた、小さな箱。


 正確には、箱そのものはほとんど見えない。


 だが、形と位置で分かったのだろう。


 リーナ王女の目が変わった。


 強い興味。


 今度は、水汲みの列を見た時よりも熱がある。


 けれど、すぐには手を伸ばさない。


 リーナ王女は、ライラを見る。


「それが、第6層の報酬ですか」


 清水の間の空気が、わずかに張った。


 ライラは逃げない。


「ええ。白い小箱よ」


「第6層から持ち帰ったもの」


「そう」


「中の時が遅くなると聞きました」


「資料を読んだのね」


「はい。ですが、資料だけでは分からないことがあります」


「その言い方、嫌な予感がするわ」


 リーナ王女は一歩だけ近づいた。


 ライラは動かない。


 ただ、目だけで止めている。


 リーナ王女はその視線を受けて、足を止めた。


「触れて確認することはできますか」


 ライラの声が落ちた。


「触る前に聞きなさい」


 リーナ王女は瞬きをした。


 それから、ほんの少しだけ笑う。


「今、聞いています」


 ライラの口元が、わずかに動いた。


 面倒な相手だと、完全に理解した顔だった。


「なら答えるわ。まだ駄目」


「理由を聞いてもよろしいですか」


「これはあたしの報酬で、護衛用の道具だから」


「王都の管理物ではない」


「そう」


「視察資料にも、取得者の報酬とあります」


「なら話が早いわ」


「ですが、王都として確認する必要がある物でもあります」


 その場の空気が、また少し張る。


 今度は、さっきよりも長く張った。


 リーナ王女は退かない。


 声を荒げない。


 けれど、言葉を重ねる。


「第6層へ行きたいと言っているのではありません。この場で、既に持ち帰られた報酬の性質を確認したいのです」


 ライラは一歩も引かない。


「確認はできる。今は触らせない」


「危険だからですか」


「危険かどうかも、まだ全部分かっていないからよ」


 リーナ王女は少し黙った。


「所有者以外の反応が未確認」


 イリオが口を開く。


「はい。現時点では、使用者の発声指定への反応、内部保存、取り出しは確認済みです。ただし、所有権、他者使用、長期影響については未確定です」


「未確定だから触れない」


 リーナ王女は確認する。


 ライラが頷く。


「未確定だから、あたしが止める」


「護衛として?」


「護衛としても、持ち主としても」


 リーナ王女は、そこでライラを見た。


「あなたは、わたしを王女として扱っていないのですか」


 空気が固まりかけた。


 だが、ライラは即答した。


「王女として扱ってるわ。だから死なせない」


 リーナ王女の目がわずかに揺れる。


 ライラは続ける。


「願いを叶える係じゃないもの」


 テラリアは黙って二人を見ている。


 口を挟まない。


 リーナ王女は少しだけ視線を落とした。


 それから、もう一度顔を上げた。


「では、王女としてではなく、視察者として求めます。触れずに構いません。開閉と取り出しを、目の前で確認できますか」


 ライラの目が細くなる。


 譲った。


 だが、諦めてはいない。


 触る要求を引っ込めて、確認方法を変えた。


 イリオがわずかに息を止める。


 グラントの目も、少し鋭くなった。


 この王女は、引く時も前へ進む。


 ライラはしばらくリーナ王女を見た。


「今はしない」


「それも駄目ですか」


「小箱を使う場面じゃないから」


「護衛用の道具だから?」


「そう。見せるための道具じゃない」


 リーナ王女は、今度こそ少しだけ不満そうな顔をした。


 すぐに戻したが、完全には隠せていない。


「……分かりました。今は求めません」


 ライラは頷いた。


「いい判断よ」


「納得したわけではありません」


「それでいいわ」


 リーナ王女の目が少し丸くなる。


 ライラは続けた。


「納得してなくても、止まれるなら今は十分」


 その言葉は、リーナ王女の中に少し深く入ったらしい。


 彼女はすぐには返さなかった。


 テラリアが、そこでようやく口を開く。


「リーナ。ライラの言葉は覚えておきなさい。ここでは、納得する前に止まることも必要になるわ」


 リーナ王女はテラリアを見た。


「姉様も、そう言うのですね」


「言うわ」


「昔の姉様なら、見に行きたいと言ったと思います」


「今のわたしは、戻ってくることも考えるの」


 リーナ王女は、その言葉をしばらく受け止めていた。


 やがて、小さく頷く。


「分かりました。今日は、第1層を見ます」


 ライラが小さく息を吐く。


 勝った、というより、一度止めたという顔だった。


 俺も黒い水膜の前で息を吐いた。


「止まったけど、諦めてないな」


『ええ。触る要求を、確認要求に変えたわ』


「手強いな」


『けれど、止まった』


「そこは偉い」


『ええ。だから厄介なのよ』


 リーナ王女は、ただのわがままではない。


 見ている。


 聞いている。


 考えている。


 間違えたら言い直す。


 止められたら理由を求める。


 そして、通らなければ条件を変える。


 だからこそ、止める側は気を抜けない。


 清水の音が、いつもよりはっきり聞こえた。


 王女は第1層を見た。


 水を見た。


 人の流れを見た。


 報酬と危険の分け方を聞いた。


 そして、白い小箱の前で一度止まった。


 それだけで、今日の視察には意味があった。


 けれど、これはまだ入口だ。


 奥へ行けば、リーナ王女の好奇心はもっと強くなる。


 ライラの手も、もっと強く止めることになる。


 テラリアも、姉様ではなく冒険者として立たなければならない。


 視察の終わりに、リーナ王女はもう一度水汲みの列を見た。


 そして、オルド村長へ向き直る。


「この水を預かる側の苦労を、今日は少しだけ見ました」


 少しだけ。


 その言葉を、自分で選んだのだろう。


 分かったと言い切らなかった。


「明日は、もう少し奥を見せてください」


 ライラが即座に言う。


「予定範囲内でね」


 リーナ王女は小さく笑った。


「はい。予定範囲内で」


 その返事は素直だった。


 けれど、目はまだ奥を見ていた。



後書き

ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回は、リーナ王女の第1層視察でした。


リーナは白い小箱より先に水汲みの列を見ました。

ただし、完璧な視察者ではありません。

王都へ運ぶ量を先に考えてしまったり、小箱への確認方法を変えて食い下がったりしています。


ライラは護衛責任者として、そして小箱の持ち主として止めました。

リーナは納得しきってはいませんが、止まりました。


視察はまだ入口です。


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