第88話 王女は雫の値段を聞く
リーナ王女の第1層視察が終わった翌朝。
清水の間には、前日よりも少し落ち着いた空気が流れていた。
王女が来た。
王女が清水を見た。
王女が白い小箱の前で止められた。
それだけで、冒険者達の間には十分すぎる話題ができている。
けれど、視察はそこで終わらない。
今日は、第3層と第4層の報酬管理を見る日だった。
紅肌の雫。
琥珀の雫。
そして、まれに得られる紅琥珀の雫。
清水の迷宮が出す、値段のつく報酬。
俺は黒い水膜の前で、視察の準備を見ていた。
「昨日は水。今日は雫か」
『水は生活を動かす。雫は欲を動かすわ』
ヴェルティアは静かに言った。
『あの王女が、値段のつく報酬をどう見るかね』
「リーナ王女、昨日はよく見てたけど、王都へ運ぶ量を先に聞いたからな」
『悪意ではないわ』
「だから危ない?」
『ええ。善意や公務の顔をした欲は、本人にも欲だと見えにくいもの』
リーナ王女は悪い子ではない。
むしろ賢い。
見る。
聞く。
考える。
そして、価値を見つけるのが早い。
価値を見つけるのが早いから、それを王都の形に当てはめようとする。
水でそれをした。
今日は雫だ。
たぶん、もっと難しい。
清水の間の一角に、報酬説明用の机が置かれていた。
並んでいるのは、実物と記録。
紅肌の雫。
琥珀の雫。
紅琥珀の雫についての記録。
リーナ王女は、最初から少し慎重だった。
昨日の白い小箱の前で止められたことを、まだ覚えているのだろう。
けれど、目はしっかり動いている。
興味が消えたわけではない。
グラントが管理用の箱を開け、買い取り済みの紅肌の雫を一本取り出した。
淡い赤みを帯びた小瓶。
瓶の側面には、残り日数を示す数字が浮かんでいる。
リーナ王女は、まずその数字を見た。
「残日数が見えるのですね」
マイラが頷く。
「はい。紅肌の雫は効果を保つ期限があります。取得後、残日数が表示されます」
「期限を過ぎると?」
「効果が失われます。飲用しても、確認されている効果は出ません」
「飲用」
リーナ王女は小瓶を見つめる。
「肌や血色を整える報酬でありながら、外から塗るものではないのですね」
「はい。飲用です」
マイラの返事は短い。
ここは間違えてはいけないところだ。
リーナ王女も、それを理解したように頷いた。
「取得者は、これを自分で使うことも、売ることもできる」
グラントが答える。
「はい。戻ってきた冒険者の報酬です。使用するか、清水側へ売却するか、商人へ持ち込むかは、基本的に取得者の判断です」
「標準の買い取り額は?」
「状態と残日数で調整しますが、基準は大銀貨二枚です」
リーナ王女の視線がわずかに動いた。
値段を聞いた顔だ。
高いと思ったのか。
安いと思ったのか。
その両方かもしれない。
「肌や血色を整える。期限がある。持ち帰れる。価格がつく」
リーナ王女はゆっくり言葉を並べた。
「王都の貴族層であれば、かなり需要が出るでしょうね」
グラントは笑みを崩さない。
「出ます」
「女性だけではありません。儀礼や外交の場でも価値があります。疲れた顔を整えるだけでも、印象は変わります」
「おそらく、その通りです」
「では、一定数を王都で優先確保する制度は作れませんか」
清水の間の空気が、少し止まった。
リーナ王女の声は穏やかだった。
欲しい、と言ったわけではない。
王女個人の美容のためでもない。
外交。
儀礼。
王都の備え。
言葉はきちんとしている。
だからこそ、危ない。
ライラの視線が鋭くなる。
グラントはすぐには答えなかった。
商人らしい笑みを薄く保ったまま、指を組む。
「王女殿下。優先確保は、価格を安定させる場合があります」
リーナ王女は頷く。
「はい。買い手が乱立するより、王都が基準を示した方が、冒険者の取り分も守れるのではありませんか」
すぐには引かない。
昨日より、少し踏み込んでいる。
グラントはゆっくり答えた。
「その考え方は、通常の商品であれば有効です」
「通常の商品であれば」
「はい。ですが、迷宮報酬は生産数を人間側で決められません。取得するには、冒険者が迷宮へ入り、戻る必要があります」
「それは理解しています」
リーナ王女の声が少し硬くなる。
理解している。
だからこそ、制度で守りたい。
そう言いたい顔だった。
ロザックが口を開いた。
「理解してることと、足が変わることは別だ」
リーナ王女はロザックを見る。
「足が変わる?」
「王女殿下が欲しいと言えば、下は勝手に走る」
ロザックの声は低い。
「商人は道を作る。冒険者は値を見て奥へ行く。誰も命令されていない顔で、同じ場所へ向かう」
リーナ王女は黙る。
だが、まだ退かない。
「では、王都は一切関わらない方が良いと?」
「そうは言っていない」
ロザックは淡々と言った。
「王都が買うのは構わん。商人が扱うのも構わん。だが、王都の棚を埋めるために潜れ、に変わった瞬間に死人が増える」
「わたしは、そう命じるつもりはありません」
「つもりじゃなくても、そう聞く奴が出る」
言葉が重く落ちた。
リーナ王女は唇を閉じた。
王女として反論はできる。
公務としての理由もある。
でも、ロザックの言葉は、現場の足音を知っている者の言葉だった。
ライラが続けた。
「綺麗な理由をつけても、欲しいってことよ」
リーナ王女の眉が動く。
「国のために必要だと考えました」
「それが綺麗な理由って言ってるの」
「……ライラは、わたしの言葉を少し乱暴に扱いますね」
「危ない言葉は、丁寧に包むと見えにくくなるのよ」
リーナ王女は、今度こそ少し悔しそうな顔をした。
怒鳴らない。
けれど、すぐに納得もしない。
「国が需要を見ないふりをすれば、裏で値が上がるだけではありませんか」
グラントが頷く。
「その危険もございます」
「ならば、管理は必要です」
「必要です」
「では、なぜ優先確保はいけないのですか」
食い下がる。
かなり食い下がる。
俺は黒い水膜の前で、思わず背筋を伸ばした。
「リーナ王女、引かないな」
『良いわね』
「良いの?」
『ここで簡単に納得する方が薄いでしょう。彼女は国の目で見ている。なら、国の理由で食い下がるべきよ』
ヴェルティアは落ち着いている。
『その上で、止められるかを見るのよ』
グラントは机の上の紅肌の雫を指先で示した。
「王女殿下。管理と優先確保は別です」
リーナ王女は黙って聞く。
「価格基準を公開する。残日数の見方を統一する。買い叩きを禁じる。偽物を取り締まる。取得者の売却先を選ばせる。これらは管理です」
「では、優先確保は?」
「売却先の自由を、王都の都合で狭めることです」
リーナ王女の表情が、わずかに変わった。
その言い方は、効いたらしい。
グラントは続ける。
「もちろん、王都が適正価格で買い取ることはできます。ですが、一定数を先に押さえる制度にすれば、冒険者は報酬を見た瞬間、王都の影を見るようになります」
ロザックが低く言う。
「戻ってきた奴の手にあるものだ。棚の数から逆算するな」
テラリアが、そこで柔らかく口を開いた。
「リーナは、国のために考えたのよね」
リーナ王女は小さく頷く。
「はい」
「でもここでは、国より先に戻ってきた人を見るの」
テラリアは机の上の紅肌の雫を見た。
「雫は、棚から生えるんじゃないわ」
リーナ王女の視線が、雫から少しずれた。
机の横。
報酬を持って戻ってきた冒険者が確認を受ける場所。
瓶だけを見ると、商品に見える。
けれど、その瓶を持ってくる人間がいる。
第3層を越え、報酬部屋まで行き、戻ってきた者だ。
リーナ王女は、静かに息を吸った。
「……分かりました」
そこまで言ってから、すぐに首を振る。
「いえ。分かった、と言い切るのは早いですね」
ライラが少しだけ目を細める。
リーナ王女は続けた。
「王都が管理に関わる必要は、まだあると思います。ですが、優先確保という言い方は、今ここでは不適切でした。撤回ではなく、保留にします。まず、取得者の自由と危険の増減を見ます」
ライラが短く言った。
「今はそれでいいわ」
納得ではない。
保留。
その方が、この王女らしかった。
完全に折れたわけではない。
けれど、立ち止まりはした。
グラントは静かに頷いた。
「その形であれば、話は続けられます」
「続けてください」
リーナ王女は紅肌の雫をもう一度見た。
その目は、さっきより少し慎重になっていた。
けれど、価値を見なくなったわけではない。
欲を忘れたわけでもない。
ただ、瓶の後ろにある足を、見ようとし始めている。
次に、琥珀の雫が机に置かれた。
淡い琥珀色の液体が、光を受けて揺れる。
第4層の報酬。
量は多くない。
けれど、香りだけでも価値が分かる。
グラントが説明する。
「こちらは琥珀の雫。第4層報酬です。飲用の嗜好品として扱われます。治療効果、強化効果、若返り効果は確認されていません」
リーナ王女は小瓶を見た。
「酒、なのですね」
「はい。非常に質の高い酒と見ていただければ」
ライラが横で言う。
「視察中に飲むものじゃないわよ」
「分かっています」
リーナ王女は少しだけむっとした。
けれど、すぐに表情を戻す。
グラントは香り確認用の細い器に、ほんの少量だけ移した。
「香りのみでしたら」
リーナ王女は器を受け取り、香りを確かめた。
すぐに目が変わる。
「……これは、強いですね」
「はい」
「酔わせるためだけのものではない。場を作るものですね」
グラントが目を細めた。
「そう見る方もいます」
「王都の晩餐や、貴族間の贈答で価値が出ます」
そこまで言って、リーナ王女は一度言葉を止めた。
たぶん、さっきの紅肌の雫を思い出したのだろう。
同じ流れに乗りかけた自分に気づいた顔だった。
でも、ここで急に正解を言わせる必要はない。
リーナ王女は、別の角度から聞いた。
「第3層で紅肌の雫。第4層で琥珀の雫」
彼女は机の上の二つの小瓶を見比べる。
「どちらも、人が欲しがります。生活必需品ではないのに、強い価値を持つ。迷宮は、なぜこのような報酬を置くのでしょうか」
場が静かになった。
マイラは記録板を抱え直す。
イリオも筆を止める。
答えにくい問いだった。
なぜ。
迷宮の意図。
人間側の記録で断定してはいけないところだ。
リーナ王女は続ける。
「清水のように生活を支えるものだけではない。肌を整える雫、酒として価値を持つ雫。欲を呼ぶものが、階層ごとに置かれているように見えます」
ロザックが低く言う。
「欲しがらせるためだろう」
リーナ王女はロザックを見る。
「迷宮が、ですか」
「知らん。だが、冒険者は欲がなきゃ奥へ行かん」
ロザックの言葉は短い。
「欲があるから危ない。欲があるから進む」
グラントが補足する。
「商人として言えば、価値があるから流れができます。ですが、価値が高すぎれば流れは荒れます」
マイラが慎重に言う。
「記録上、迷宮の意図は不明です。ただ、報酬と危険が階層ごとに分かれていることは確認できます」
リーナ王女は頷いた。
「意図ではなく、結果として見るべきなのですね」
マイラが頷く。
「はい」
リーナ王女は少しだけ不満そうだった。
もっと奥を聞きたい。
迷宮がなぜそうしたのかを知りたい。
その顔だ。
けれど、ここで無理に答えを作らなかった。
俺は黒い水膜の前で、ヴェルティアを見た。
「言われてるぞ。なんで肌と酒なのかって」
『人間が欲しがるからよ』
「身も蓋もない」
『報酬とは、欲しがられなければ意味がないわ。清水だけでなく、美しさ、嗜好、希少性。欲の形を分けて置けば、人間の動きも分かれる』
「でも、危なくもなる」
『当然よ。だから迷宮なのよ』
ヴェルティアは静かに黒い水膜を見ていた。
『欲があるから進む。欲があるから戻れなくなる。その境を見る場所でもあるわ』
第4層の琥珀の雫については、それ以上深掘りしなかった。
リーナ王女も、優先確保の話へ戻さなかった。
ただ、香りを返す時に、少し名残惜しそうに見た。
飲みたい、という顔ではない。
価値をもっと確かめたい顔だ。
ライラはそれを見逃さなかった。
「今日は香りだけ」
「分かっています」
「分かっていても言っておくわ」
「……はい」
リーナ王女の返事に、ほんの少しだけ焦れが混じった。
そのくらいでいい。
この王女は、全部をすぐ納得できる子ではない。
紅琥珀の雫の説明は、記録だけに留められた。
実物はない。
まれな報酬。
紅琥珀スライム。
通常の琥珀の雫とは別に扱われる、非常に高い価値を持つ嗜好品。
マイラが記録を読み上げる。
「確認されている範囲では、治療、強化、若返りではありません。嗜好品として非常に高い評価を受けています」
ライラが横から言う。
「美味すぎるのよ」
リーナ王女がライラを見る。
「飲んだのですか」
「飲んだわ」
「どうでしたか」
「美味すぎるのよ」
「同じ言葉ですね」
「それで足りるもの」
リーナ王女は少しだけ笑った。
緊張が少し和らぐ。
ライラは続ける。
「ただ、追うものじゃないわ」
リーナ王女は表情を戻した。
「出現がまれだからですか」
「そう。出なかったから負けなんて言い出したら、レア相手に財布も心も持たないわ」
ロザックが頷く。
「まれなものは、狙うほど危ない」
グラントも続ける。
「噂だけで値が上がるものでもあります」
リーナ王女は記録を見た。
「噂だけで、人が走る」
昨日の白い小箱。
今日の紅肌の雫。
琥珀の雫。
紅琥珀の雫。
王都の名。
高い値段。
珍しい報酬。
どれも、人の足を速くする。
リーナ王女は、それを完全に理解したわけではない。
けれど、軽く扱うべきではないとは思い始めているようだった。
「王女殿下」
そこで、ロザックが声をかけた。
「実物の取引を一つ見ますか」
リーナ王女が顔を上げる。
「よろしいのですか」
「本人には確認してある。見られたくない部分は話さなくていいとも伝えている」
ロザックが受付へ合図する。
少し離れた場所で待っていた若い冒険者が、一歩前へ出た。
偶然ではない。
ロザックが朝のうちに、通常の報酬確認者へ協力を頼んでいたらしい。
若い男だった。
泥の跡が残る装備。
袖口は濡れている。
肩で息をしているほどではないが、まだ呼吸は完全には整っていない。
手には、小さな瓶。
紅肌の雫だ。
リーナ王女の視線が、自然と瓶へ向かう。
すぐに、ライラの声が落ちた。
「瓶だけ見ない」
リーナ王女ははっとした。
そして、瓶ではなく冒険者の手を見る。
指に擦り傷がある。
爪の間に泥が残っている。
袖は濡れている。
右の靴紐が、応急の革紐で結ばれている。
報酬を持って戻った手。
棚から出てきた商品ではない。
迷宮から戻ってきた冒険者の手だ。
マイラが確認する。
「残日数、二十一。瓶に破損なし。本人の状態、軽度疲労。擦過傷あり。歩行は可能」
グラントが買い取り希望を確認する。
「売却ですか。使用ですか」
冒険者は少し迷った。
王女の前だからか、声が硬い。
「売ります」
グラントが頷く。
「理由を聞いても?」
冒険者は一瞬、リーナ王女を見た。
ロザックが低く言う。
「答えられる範囲でいい」
冒険者は少し息を整えてから言った。
「弓の弦と、仲間の盾を直したいんで。あと、宿代も少し」
リーナ王女の目がわずかに動く。
紅肌の雫。
王都の儀礼。
美容。
外交。
さっきまでの言葉が、少し遠くなる。
目の前の冒険者は、弓の弦と盾と宿代のために売ると言っている。
ロザックが確認する。
「無理に奥へ行ったか」
「行ってません。第3層だけです」
「次は?」
「今日は戻ります」
「ならいい」
グラントが基準に沿って額を提示する。
冒険者は頷き、紅肌の雫を渡した。
小さな取引。
でも、リーナ王女は静かに見ていた。
取引が終わり、冒険者が離れる。
その背を見送ってから、リーナ王女は言った。
「雫を見る時は、戻ってきた人も見るのですね」
ライラが答える。
「そう」
「さっき、わたしは瓶を先に見ました」
「見たわね」
「次は、手も見ます」
ライラは頷いた。
「それでいいわ」
短い評価だった。
半分とは言わなかった。
ただ、それでいい。
リーナ王女は、その言葉を少し大事そうに受け取った。
視察の終わりに、リーナ王女はもう一度、報酬確認台を見た。
紅肌の雫が置かれていた場所。
冒険者が立っていた場所。
買い取りの額が告げられた場所。
その全部を、順番に見る。
「王都が価値を見つけること自体は、間違いではないと思います」
リーナ王女は静かに言った。
誰もすぐには止めなかった。
「ですが、価値を見つけた瞬間に、王都の棚を想像するのは早すぎました」
ライラは黙っている。
テラリアも黙っている。
リーナ王女は続けた。
「まず、戻ってきた人を見る。次に、取引を見る。その後で、制度を考える。順番を間違えると、たぶん人の足を速くします」
ロザックが低く言う。
「たぶんじゃない。速くなる」
リーナ王女は少しだけ口元を引き締めた。
「はい。速くなります」
訂正した。
それでも、全部分かった顔ではない。
分かろうとしている顔だった。
その方が、ずっと良かった。
リーナ王女はライラへ向き直る。
「明日は、第5層を見せてください」
ライラは即答しない。
少しだけ間を置いた。
「湯を見に行くんじゃないわよ」
「分かっています」
「本当に?」
リーナ王女は少しだけ悔しそうにした。
けれど、すぐに答える。
「第5層の危険と、報酬の距離を見ます」
「いい返事ね」
ライラはそこで止めた。
続きは言わない。
リーナ王女が少しだけ首を傾げる。
「今日は、半分ではないのですか」
「今日は言わない」
「なぜですか」
「擦り減るから」
リーナ王女は一瞬きょとんとした。
テラリアが小さく笑う。
ライラは真顔のまま続けた。
「残りは、明日見れば分かるわ」
リーナ王女は、少しだけ納得していない顔で頷いた。
「分かりました。明日、見ます」
テラリアが横から言う。
「リーナ、明日は姉様じゃなくて、冒険者として止めるわよ」
リーナ王女はテラリアを見た。
「分かっています。……たぶん」
「たぶん?」
「分かっていても、見たくなると思います」
ライラが即座に言った。
「そこは正直でいいわ」
ロザックも低く言う。
「なら、止める側を多めに置く」
リーナ王女は一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑った。
「わたしは、そこまで信用がありませんか」
ライラが答える。
「信用してるわよ。見たがるってことを」
リーナ王女は言い返せなかった。
清水の間に、小さな笑いが生まれる。
けれど、次に向かう場所は笑いだけでは済まない。
俺は黒い水膜の前で、第5層の方を思った。
湯煙。
熱い石。
攻撃型の魔物。
ホットスプリングスガーディアン。
そして、その先の湯溜まり。
「明日は第5層か」
『ええ』
ヴェルティアは静かに言った。
『王女が、危険と報酬の距離を見る日ね』
「止まれるかな」
『止める者がいるわ』
黒い水膜の向こうで、ライラが白い小箱の位置を確かめている。
テラリアがリーナ王女の横に立っている。
ロザックが第5層同行者の数を考えている。
クレスとカティアも、少し離れて話を聞いていた。
リーナ王女は、雫の瓶ではなく、戻ってきた冒険者の手をもう一度見ていた。
明日、それが第5層で試される。
後書き
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、第3層と第4層の報酬管理を見る話でした。
紅肌の雫、琥珀の雫、紅琥珀の雫。
価値があるからこそ、人の足を速くしてしまう報酬です。
リーナ王女は、王都での優先確保を考えました。
悪意ではなく、国のための発想です。
ですが、その言葉が冒険者の足を変えてしまう危険を、ライラ、グラント、ロザック、テラリアがそれぞれの立場から止めました。
雫は、棚から生えるものではありません。
戻ってきた冒険者の手にあるものです。
次回は、第5層視察です。
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