表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死にかけのダンジョンコアに拾われたので、清い水から生活インフラ迷宮を始めます  作者: 乾燥しいたけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/88

第85話 箱を見る前に、足を止める



 フィン達が第5層から戻った翌朝。


 清水の間には、いつも通り水音が響いていた。


 村人が水を汲み、冒険者が依頼札を見て、商人が報酬確認台の前で順番を待っている。


 けれど、いつもと同じではない。


 白い小箱。


 第6層の報酬。


 開けるまで数字が始まらないかもしれない箱。


 中の時が遅くなる箱。


 使えば、薬も食料も、紅肌の雫も、琥珀の雫も長く保てる。


 便利すぎるものは、人の目を奥へ向けさせる。


 それは分かっていた。


 分かっていたけど、実際に見ると胃にくる。


「第6層って言葉、増えたな」


 俺は黒い水膜の前で呟いた。


『当然でしょうね』


 ヴェルティアは落ち着いている。


『小箱の価値が見えたのだもの。人間は、欲しいものが見えた時ほど距離を短く見積もるわ』


「第5層を越えたら、次は第6層って思っちゃうわけか」


『思う者もいるでしょう。だから、昨日の実地確認に意味があるのよ』


 昨日、フィン達は第5層へ行った。


 といっても、第5層は未知の階層じゃない。


 湯煙の大洞窟。


 ホットスプリングスガーディアン。


 湯溜まり。


 第1層への帰還路。


 それらはもう、クレス達の踏破記録で知られている。


 マイラも最初の踏破組として、第5層の記録を残している。


 だから昨日の目的は、新発見ではなかった。


 知っている危険を、自分の足で越えること。


 そして今日、その経験が講習へ回される。


 第1層の端では、ロザックさんが小さな講習席の前に立っていた。


 隣にクレスとカティア。


 記録板を持つマイラ。


 そして、昨日第5層へ行ったフィン、リオ、サナ、ニーナが並んでいる。


 マイラは同行者ではない。


 踏破者として、記録を渡す側だ。


 その横に、昨日初めて第5層を越えたニーナがいる。


 その位置だけで、役割が分かる。


 記録を残した者。


 記録を読んで、それでも失敗しかけた者。


 両方が並んでいた。


 ロザックさんが低く言う。


「第5層は、知らない場所じゃない」


 若手冒険者達が頷く。


「湯煙の大洞窟。門番はホットスプリングスガーディアン。奥に湯溜まり。そこから第1層へ帰れる。講習でも記録でも出している」


 そこで、ロザックさんはニーナを見た。


「だが、記録を読んだ魔術師が、実地で何を間違えたか。今日はそれを聞け」


 ニーナの肩が小さく揺れた。


 けれど、逃げなかった。


 杖を胸元に抱え、前に出る。


「私は、記録を読んでいました」


 静かな声だった。


「ホットスプリングスガーディアンには、関節、胸部コア、噴気孔への対応が有効。湯気で視界を遮られる。氷を使うと、湯気が増える場合がある。そこまで、知っていました」


 若手達が黙って聞く。


「でも、実際に守護者の前に立った時、私は足を止めたいと思って、氷を使いました」


 ニーナは一度、指先を見る。


「止まりました。少しだけ。でも、湯気が一気に増えて、全員の視界を消しました」


 講習席が静かになる。


 失敗談だ。


 けれど、戻ってきた者の失敗談だ。


 それは、かなり価値がある。


「記録を読んでいても、怖いと、分かっている失敗をします」


 ニーナは顔を上げた。


「魔法は便利です。でも、便利なまま危ないです」


 カティアが腕を組んだまま、少しだけ口元を曲げた。


「今のを覚えとけ」


 若手冒険者達が頷く。


 フィンが横から軽く手を上げた。


「俺からも一つ」


 ロザックさんが顎で促す。


「記録は本当だった。湯気も、熱い湯も、守護者も、だいたい聞いた通りだった」


 フィンは少し苦笑した。


「でも、記録は熱くない」


 何人かが顔を上げる。


「熱い湯が散るって読んでも、腕にかかったら普通に熱い。視界が悪いって読んでも、白くなったら普通に焦る。だから、記録があるから平気じゃない。記録があるから、止まる理由を思い出せる」


 それだけ言って、フィンは下がった。


 サナは短い。


「見てても滑る」


 そして、すぐ黙った。


 それでも、若手達には妙に効いたらしい。


 サナが言うと、余計な飾りがない分、足元の濡れた石が見えるようだった。


 リオは少し迷ってから口を開いた。


「俺は、第5層を越えたら、第6層が近くなると思っていました」


 前にも言った言葉だ。


 でも、今回は自分に言い聞かせるためではない。


 これから足を速くしそうな者へ向けている。


「違いました。第5層を越えて、湯に入って、戻ってきたら、第6層は遠くなりました」


 若手の一人が眉を寄せる。


「遠く?」


 リオは頷いた。


「はい。記録がある第5層でも怖かった。第6層は、その先です。白い小箱が見えると近く感じます。でも、足で考えたら遠いです」


 クレスは何も足さなかった。


 カティアも黙っていた。


 重ねれば薄くなる言葉がある。


 今は、それだった。


 ロザックさんが講習席を見回す。


「第5層の湯は、報酬だ。入りたいと思っていい。実際、いい湯らしい」


 フィンが小さく頷いた。


 サナもわずかに頷く。


 ニーナも、少しだけ頬を緩めた。


「だが、第5層の報酬を受け取ったことと、第6層の報酬を取りに行くことは別だ」


 ロザックさんの声が低くなる。


「第6層に行きたいなら、箱の話をする前に、誰が止めるかを決めろ。誰が戻ると言うかを決めろ。帰った後に何を持っているかじゃない。どう戻るかを先に言え」


 若手の一人が、少し緊張した顔で言った。


「白い小箱を取りに行く場合は……」


 カティアが即座に睨んだ。


「箱って言った奴は帰れ」


 場が固まった。


 フィンが口元を押さえる。


 笑いかけて、やめた。


 カティアは若手を見たまま続ける。


「今、聞かれてんのは報酬の名前じゃねえ。戻り方だ」


 若手は顔を赤くした。


「戻る方法を、先に決めます」


「それなら聞く」


 カティアはそれ以上言わなかった。


 短い。


 でも、効く。


 俺は黒い水膜の前で、少し感心した。


「壁文字より怖いな」


『人間の目で睨まれる方が効く時もあるわ』


「カティア看板」


『怒られるわよ』


「言わない」


 ヴェルティアは静かに言った。


『毎回迷宮が新しい言葉を置いていては、人間が考えなくなる。既に講習があり、記録があり、踏破者がいるなら、人間側で言葉を持つべきよ』


「迷宮は、親切な看板屋じゃないってことか」


『ええ』


 ヴェルティアは、ほんの少しだけ胸を張った。


『迷宮は、場所を用意する。危険を置く。報酬を置く。人間がそれをどう語るかまでは、毎回面倒を見るものではないわ』


「ごもっとも」


 清水の間では、講習が続いている。


 新しい壁文字はない。


 けれど、言葉は増えていた。


 ニーナの失敗。


 フィンの熱さ。


 サナの足元。


 リオの遠さ。


 それぞれが、自分の口から出ている。


 記録は、人間の中で少しずつ厚くなる。




 講習席から少し離れた石机では、ライラが白い小箱を置いていた。


 今日は見せ物ではない。


 使うための確認だ。


 昨日の話で、未開封の小箱には価値があると分かった。


 数字が始まらないなら、開けずに置く価値がある。


 商人なら、そこに値をつける。


 王都なら、管理対象にしたがる。


 だが、ライラの小箱はもう開いている。


 九九の数字も浮かんでいる。


 ライラは迷わず使う方を選んだ。


 しかも今日は、小箱の使い方が少し変わっていた。


 単なる冒険者道具ではない。


 王都正式視察団が来る前の、護衛用の携行品として組み直している。


 薬包。


 予備の治療薬。


 魔術触媒。


 乾燥に弱い粉末。


 小さく包んだ保存食。


 薄い布に包んだ予備の魔石。


 替えの手袋。


 防寒布。


 そして、琥珀の雫が一本。


 イリオさんが、そこで眉を動かした。


「琥珀の雫も入れるのですか」


 ライラは小瓶を指先でつまむ。


「入れるわよ」


「護衛用携行品に、酒を?」


「飲むためだけじゃないわ。交渉、礼、緊張を解く道具。王都の人間が来るなら、価値ある現物を一本持っていて損はないでしょ」


 イリオさんは少し考え、筆を動かした。


「用途、交渉用貴重品」


「そう書くなら許すわ」


「飲用可能な貴重品」


「一言増やしたわね」


「事実ですので」


 ライラは呆れた顔をしたが、怒りはしなかった。


 その横で、テラリアが小箱を興味津々で見ている。


「お菓子は?」


「護衛用に組んでるって言ってるでしょ」


「元気が出るわ」


「それは否定しないけど、今は入れない」


「残念」


 カイルも少し近づきかけた。


 ライラが見ずに言う。


「荷物は入らない」


「まだ何も言ってない」


「顔が言ってる」


「顔で断られた」


 カティアが講習席側から声を飛ばす。


「人の報酬を便利袋扱いすんな」


 カイルは両手を上げた。


「分かってるって」


「分かってるなら近づくな」


「はい」


 ライラは小箱の蓋を開けた。


 白い内側に、薬包を入れる。


 沈むように消える。


 触媒。


 保存食。


 魔石。


 手袋。


 防寒布。


 琥珀の雫。


 次々に白へ沈む。


 イリオさんの筆が走る。


 マイラも、講習の合間にちらりと視線を向けて記録している。


 グラントさんは、商人らしい笑みを消していない。


 だが、その目はかなり真剣だ。


「開封済みでも、これほど実用価値があるとなると……未開封品と使用品で、価値の系統が分かれますね」


「売値の話は今しないで」


 ライラが即座に言う。


「これはあたしの道具よ」


「失礼しました」


 グラントさんは素直に引いた。


 ライラは小箱の蓋を閉じ、手を添える。


「薬」


 小箱の前に、薬包が一つ現れた。


 すっと、白から押し出されるように。


 ライラはそれを拾い、確認して、また戻す。


「取り出し問題なし」


 イリオさんが記録する。


「指定物の取り出し可能。発声指定に反応」


「発声しなくても、慣れればいけそうだけどね」


「推測ですか」


「感覚よ」


「では、未確定として記録します」


「本当に細かいわね」


「仕事です」


 ライラは小箱を布で包み、腰の後ろ寄りに固定した。


 戦闘の邪魔にならない。


 でも、必要ならすぐ触れられる位置。


 小箱は王都の備品ではない。


 商人の商品でもない。


 ライラが第6層から持ち帰った、彼女の報酬だ。


 それを、彼女は護衛の道具に変えている。


「使わない道具は価値じゃないわ」


 ライラは帯を締めながら言った。


「持って帰れる形にして初めて、冒険者の道具よ」


 その言葉に、イリオさんの筆が止まった。


 記録するか迷ったらしい。


 少し考えてから、結局書いた。


 ライラはそれを見て、苦笑する。


「そこも書くの?」


「重要な判断基準です」


「好きにしなさい」


 テラリアはライラの腰に収まった小箱を見て、嬉しそうに言った。


「似合ってるわ。冒険者っぽい」


「元から冒険者よ」


「もっと、という意味よ」


「ならいいわ」


 ライラはそう返したが、顔は少しだけ満足そうだった。


 俺は黒い水膜越しにそれを見ていた。


「ライラ、ちゃんと自分の道具にしたな」


『ええ』


 ヴェルティアが頷く。


『報酬は、得た後にどう扱うかで持ち主が見えるわ』


「未開封で売る人もいる。開けて使う人もいる」


『どちらも人間の欲よ。けれど、彼女は使う側を選んだ』


「冒険者だなあ」


『ええ。良くも悪くもね』


 白い小箱の価値は、これからもっと広がる。


 未開封小箱。


 開封済み小箱。


 冒険用。


 商業用。


 王都管理用。


 言葉が増えれば、また人は欲しがる。


 だから、使い方を見せる必要がある。


 ただの宝ではない。


 ただの売り物でもない。


 危険を越えた者が、自分の判断で使う報酬。


 ライラの小箱は、今日そういう顔になった。




 昼を過ぎた頃。


 イリオさんは、王都から届いていたこれまでの書類をもう一度確認していた。


 正式視察団。


 護衛対象。


 到着予定。


 ずっと言葉だけは出ていた。


 けれど、視察者本人の名はまだ伏せられていた。


 王都側が調整しているのだろう、という話だった。


 ライラはその点を何度か気にしていた。


「護衛対象の名前が後から来るの、嫌なのよね」


 彼女は小箱の位置を確かめながら言った。


「名前で護衛の仕方が変わるの?」


 テラリアが聞く。


「変わるわよ。癖、立場、狙われ方、勝手に動くかどうか。全部違うもの」


「勝手に動く人は大変ね」


 ライラは無言でテラリアを見た。


 テラリアは首を傾げる。


「何?」


「自覚がないのが一番面倒なのよ」


「ひどいわ」


「事実よ」


 イリオさんは紙を整えながら、少しだけ息を吐いた。


「王太子府からの正式名簿が来るまでは、仮想定でしか準備できません」


 ライラが腕を組む。


「上位貴族、王族周辺、王都文官、教会関係者。どれが来ても面倒ね」


「否定はしません」


 グラントさんが柔らかく笑う。


「商人としては、早めに分かるとありがたいのですが」


「商売の準備ですか」


「礼節の準備です」


 イリオさんはじっとグラントさんを見る。


 グラントさんは笑みを崩さない。


「商売を含む礼節です」


「正直でよろしい」


 そんな会話をしていた時だった。


 第1層の外側から、馬の足音が近づいてきた。


 清水の間にいた者達が、自然と顔を上げる。


 急ぎすぎてはいない。


 だが、ただの通行ではない。


 仮受付の職員が外へ出て、すぐに戻ってきた。


「王都調査団宛ての先触れです」


 イリオさんの表情が変わった。


 紙筒を受け取る。


 封を確認する。


 王都の印。


 さらに、その上に王太子府の細い封蝋。


 イリオさんの指が、ほんの少し止まった。


 ライラがそれに気づく。


「重い話?」


「……その可能性があります」


 さっきまでの空気が消えた。


 イリオさんは封を切り、紙面に目を走らせる。


 一行目。


 二行目。


 そこで、完全に手が止まった。


 グラントさんの笑みが消える。


 ロザックさんが黙って腕を組む。


 オルド村長は、まだ内容を聞いていないのに胃のあたりを押さえた。


 イリオさんは一度、息を整えた。


「王都正式視察団の到着予定が確定しました」


 ライラの声が低くなる。


「護衛対象は」


 イリオさんは紙を下ろした。


「視察者は、リーナ王女殿下です」


 清水の間の空気が、はっきり止まった。


 王女。


 その言葉は、小箱より重かった。


 水音だけが変わらず響く。


 テラリアの表情が、ほんの少しだけ変わった。


 驚きではない。


 知らない名前を聞いた顔ではない。


 懐かしさと、少しの困り顔。


 そんな表情だった。


「……リーナが来るのね」


 ライラがすぐに反応する。


「今、呼び捨てにした?」


 テラリアは、しまった、という顔をした。


 イリオさんもテラリアを見る。


 ロザックさんの眉が動く。


 テラリアは少し困ったように笑った。


「隠していたわけじゃないのよ」


 ライラが目を細める。


「その言い方、だいたい隠してた時の言い方よ」


「わたしは王弟家の娘なの」


 清水の間が、もう一段静かになった。


 テラリアは続ける。


「王位からは遠いし、今は冒険者として動いているわ。だから普段はあまり言わないの。でも、リーナは本家の王女。小さい頃から顔は知っているのよ」


「親戚ってこと?」


「そうね。近すぎるわけじゃないけど、王族の集まりでは会うくらい。あの子は、わたしをテラリア姉様って呼ぶわ」


 ライラは額に手を当てた。


「先に言いなさいよ、そういうのは」


「聞かれなかったもの」


「王族って本当に面倒ね」


 テラリアは悪びれずに微笑んだ。


「よく言われるわ」


「褒めてない」


「知ってるわ」


 ライラはそこで表情を切り替えた。


 小箱を持つ冒険者の顔ではない。


 王都所属Aランクの顔だ。


「到着は?」


 イリオさんが答える。


「数日内です。行程上、先触れより遅れて本隊が到着します。正式な護衛対象として、清水の迷宮を視察されます」


「視察範囲は」


「王太子府案では、第1層から第5層まで」


 ロザックさんが低く言う。


「第6層はなしだ」


 ライラが即座に頷いた。


「当然。リーナ王女を第6層には入れない」


 迷いはなかった。


 テラリアも、その言葉には反論しない。


 むしろ、少しだけ真面目な顔で頷いた。


「リーナは好奇心が強いわ」


 ライラの目が細くなる。


「どのくらい」


「見たいと思ったものを見るために、理由を作るくらい」


「面倒ね」


「ええ。だから、ちゃんと止めないと駄目」


 その言葉に、ライラは少しだけテラリアを見る目を変えた。


「分かってるならいいわ」


 イリオさんが紙を畳む。


「これより、正式視察受け入れ準備に移ります。村長、冒険者ギルド、商人ギルド、清水側の現行運用を整理します」


 オルド村長が胃を押さえたまま頷いた。


「……王女殿下ですか」


 声が少し遠い。


 グラントさんはすでに商人の顔に戻りつつある。


「礼節と導線の確認が必要ですね」


 ロザックさんは短く言った。


「冒険者側は、余計な見物人を抑える」


 カティアが鼻を鳴らす。


「第6層を見せろとか言う馬鹿が出たら?」


「帰す」


 ロザックさんが即答した。


 カティアは少し満足そうに頷いた。


 俺は黒い水膜の前で、ゆっくり息を吐いた。


「王女、来るのか」


『来るわね』


「しかもテラリアの親戚」


『王弟家の娘。王女の親族。冒険者。ずいぶん面倒な札が揃っていたわね』


「もっと早く知りたかった」


『聞かなかったのでしょう?』


「うっ」


 テラリアと同じ返しをされた。


 地味に刺さる。


 ヴェルティアは黒い水膜の向こうを見つめている。


『けれど、良い機会でもあるわ』


「王女視察が?」


『ええ。清水の迷宮を、王都がどう見るか。第5層までを、正式にどう扱うか。第6層を、どこで止めるか』


 彼女の赤い瞳が、静かに細められる。


『湯も、箱も、王女も、人間の欲と立場を連れてくる。迷宮はそれを見極めるだけよ』


 清水の間では、まだ水音が響いている。


 昨日までと同じ音。


 でも、集まるものは変わっていく。


 第5層の湯。


 第6層の小箱。


 王都の王女。


 人間が持ち込む欲と責任が、また一つ重くなった。


 そしてその中心で、ライラは白い小箱に触れた。


 冒険者の道具として。


 護衛責任者の備えとして。


 それから、短く言った。


「第6層には行かせない。まず、それを決めるわ」


 誰も反論しなかった。



後書き

ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回は、第5層の実地報告を講習へ落とし込む話と、ライラの小箱運用、そして王都正式視察団の先触れでした。


第5層は既知の階層です。

ですが、記録を読むことと、自分の足で越えることは別です。


白い小箱は、ライラの冒険者道具として使われ始めました。


そして、視察者はリーナ王女殿下。

テラリアとの関係も少し見えてきました。


続きを追っていただける方は、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ