第77話 王都の火力と、拳の姫がやって来る
九六。
白い小箱の側面に浮かぶ数字は、またひとつ減っていた。
昨日は九七。
その前は九八。
もはや、誰も偶然とは言わない。
清水の第1層では、朝の小箱確認が日課になっている。
マイラが記録帳を開き、表示を確認し、周囲の状態を書き込む。
「側面表示、九六。前日より一減少。中身、空。蓋、閉鎖状態。周辺異常なし」
彼女の声に、ロザックが頷く。
グラントは確認印を押し、オルド村長はいつものように胃のあたりへ手を置いた。
小箱は今日も白い。
小さい。
黙っている。
ただ、数字だけは毎日減る。
カイルが小箱を見て言った。
「本当に毎日減るんだな」
カティアが腕を組む。
「こっちの寿命まで数えられてる気分だな」
「寿命の記録は取っていません」
マイラが真顔で返す。
「取るなよ」
少しだけ、場に笑いが出る。
でも、すぐに空気は引き締まった。
今日は、王都調査団が来る。
小箱の確認。
第6層踏破記録。
領主府の拠点整備。
冒険者ギルドの依頼制限。
商人ギルドの取引保留。
全部が、王都の目で確認される。
俺は黒い水膜の前で、その様子を見ていた。
「九六か。もう朝の挨拶みたいになってきたな」
『挨拶にしては重い数字ね』
「減るたびに胃も減りそうだ」
『胃は昨日も減っていたでしょう』
「だいぶ前からだな」
ヴェルティアの声は涼しい。
でも、水膜を見る気配はいつもより少しだけ鋭かった。
王都から人が来る。
しかも、ただの文官だけではない。
護衛責任者は、王都所属Aランク冒険者ライラ。
そして、その付き添いとして、Bランク冒険者テラリア。
名前だけで、昨日の第1層は一度ざわついた。
今日は、その本人たちが来る。
俺は水膜の中の小箱を見た。
九六。
白い小箱は黙っている。
でも、その沈黙が、また新しい騒ぎを連れてくる。
ーーーーside 清水の迷宮前
昨日は、杭と縄だった。
今日は、その縄の内側に机が置かれていた。
迷宮前の広場は、まだ街ではない。
土の匂いは残っている。
歩けば靴に砂がつく。
風が吹けば仮札が揺れる。
それでも、人の流れは昨日よりはっきり分けられていた。
領主府仮詰所。
冒険者受付。
商人受付。
貴族使者待機区画。
荷馬車待機場。
村人通行路。
縄と杭と机だけで、ただの広場が少しずつ別のものになっている。
メリダは、その流れを見ていた。
「ここ、昨日より詰まりにくいです」
領主府の文官が頷く。
「貴女の昨日の指摘を反映しました。荷馬車待機場から村人通行路が見えすぎると、使者の護衛がそちらへ流れる可能性があると」
「そこまで大きな話じゃ」
「大きな話です」
文官はすぐに言った。
「人の流れは、一度混ざると戻すのに時間がかかります」
メリダは少し困った顔をした。
カティアが横で笑う。
「ほらな。昇格って、紙と杭が増えるんだよ」
「カティアさんの指摘も反映されています」
文官が言う。
カティアの眉が動いた。
「俺?」
「貴族使者の護衛が、受付を飛ばして踏破者を探す可能性がある、という指摘です。貴族使者区画の前に領主府兵を増やしました」
「……言ったな、そんなこと」
カティアは少しだけ目を逸らした。
その横で、ロザックが王都から来る道を見ている。
グラントは商人受付の帳簿を確認し、オルド村長は村人通行路に立つ兵へ軽く頭を下げていた。
迷宮前拠点は、まだ骨だけだ。
けれど、その骨は少しずつ太くなっている。
そこへ、王都の馬車列が見えた。
最初に来たのは、王都の紋章をつけた馬車。
次に、記録官の乗る馬車。
鑑定用の道具箱を積んだ荷車。
護衛兵。
荷役。
そして、冒険者らしい者たち。
広場の空気が、一段硬くなる。
領主府文官が姿勢を正す。
ロザックも、ほんの少し顎を引いた。
馬車が止まる。
最初に降りてきたのは、王都文官イリオだった。
若いが、紙の重さを知る顔をしている。
彼は領主府文官、ロザック、グラント、オルド村長へ順に礼をした。
「王都調査団です。霧蔵の小箱、ならびに清水の迷宮第6層踏破記録の確認に参りました」
硬い挨拶だった。
広場の空気も、それに合わせて硬くなる。
だが、その硬さは長く続かなかった。
「で、それが噂の小箱?」
イリオの後ろから、小柄な少女がひょいと顔を出した。
少女。
そう見えるほど小柄だった。
赤みを帯びた髪。
額に巻いた布。
肩当て。
動きやすい旅装。
腰や腕に揺れる魔道具の飾り。
見た目だけなら、可愛らしい冒険者と言えなくもない。
だが、目が違った。
丸く見開かれた憧れの目ではない。
獲物を見る目。
危険を見る目。
値段を見る目。
危険と儲けと面倒事を、同じ皿に乗せて重さを量っている目だった。
小柄なのに、態度は馬車より大きい。
イリオが咳払いをする。
「ライラ殿、順序を」
「順序なら分かってるわよ。危険物は、挨拶より先に見る。爆発してから自己紹介しても遅いでしょ」
「王都式の調査手順では、まず挨拶です」
「じゃあ、実戦式ではあたしが正しいわね」
ライラは悪びれない。
そのまま、領主府仮詰所の机に置かれた確認用の写しと、小箱の保管位置を見比べた。
「見た目は地味ね。地味な物ほど値段が跳ねるのよ」
グラントの顔から、商人の笑みが少し消えた。
ライラはそれにも気づいている顔で、さらに言う。
「これ、売ったらいくらになるの?」
イリオがこめかみを押さえた。
「売買確認に来たのではありません」
「確認よ、確認。値段が跳ねる物ほど、人が死ぬの。安い石ころを奪い合って国は動かないけど、高い小箱なら貴族も商人も軍も動くでしょ」
グラントが、口を閉じた。
ロザックも黙った。
言い方は俗っぽい。
だが、見ている場所は外していない。
ライラは白い小箱を指で示す。
「危険度と値段はだいたい一緒に跳ねる。だったら、先に値段の匂いを嗅ぐのは当然じゃない」
カティアが横目で見る。
「あれがライラか」
ロザックが短く答える。
「あれがライラだ」
「うわ」
短い反応だった。
だが、十分だった。
ライラはその「うわ」を聞き逃さなかった。
「あんた今、小さいって思ったでしょ」
「言ってねえ」
カティアは即答した。
「顔に出てるのよ」
「面倒くせえな」
「見る目があるって言いなさい。あと、見た目で判断した相手が痛い目を見るところ、あたしは嫌いじゃないわ」
「性格悪いな」
「天才魔道士っていうのは、性格まで丸いと舐められるのよ」
ライラの眉が自信ありげに上がる。
自称。
だが、虚勢だけではない。
周囲の空気が、それを認めていた。
イリオがすかさず間に入る。
「到着早々、冒険者同士の口論はお控えください」
「口論じゃないわ。観察よ」
「その観察が火花を散らしています」
「火花で済んでるなら上品な方でしょ」
「王都調査団としては、火花も不要です」
ライラは肩をすくめた。
その時、別の馬車の扉が勢いよく開いた。
降りる、というより、飛び降りる。
小柄な少女が、軽く地面へ着地した。
その動きは、貴族令嬢のものではなかった。
足が跳ねる。
背筋が伸びる。
視線がまっすぐ迷宮入口へ向かう。
動きやすい服。
華やかさはある。
けれど、裾を気にする服ではない。
両手には、磨かれたガントレット。
飾りではない。
戦うための拳だった。
「ここが清水の迷宮? すごい、空気が違う!」
彼女の声は明るかった。
広場の硬い空気に、勢いよく風穴を開ける声だった。
すぐに、クレスたち踏破者の方を見る。
「あの人たちが第6層を越えた冒険者? 強そうね!」
イリオが即座に言う。
「テラリア様、今回は調査団の付き添いです」
カティアが小声で呟いた。
「……様?」
ロザックが低く返す。
「聞かなかったことにしろ」
「無理だろ」
グラントの胃が、また仕事を始めた顔になった。
オルド村長は、少しだけ礼の角度を深くする。
テラリアはそれに気づき、慌てたように手を振った。
「あ、そんなに堅くしないでください。わたし、今日は冒険者として来てますから」
イリオが小さく息を吐く。
「その発言で堅くならない者は、王都にはあまりいません」
「そうなの?」
「そうです」
テラリアは少し考えた。
そして、すぐに笑った。
「じゃあ、慣れてもらうしかないわね!」
イリオの顔が、少し青くなった。
ライラが小箱の方を見たまま言う。
「テラリア、最初に殴る相手を探すんじゃないわよ」
「探してないわ。強そうな人を見てただけ」
「それを世間では探してるって言うのよ」
「まだ申し込んでないもの」
イリオがすぐに言う。
「まだ、を付けないでください」
テラリアは素直に頷いた。
「ごめんなさい。心配かけたのは分かってるわ」
イリオが少しだけ安心した顔になる。
テラリアは続けた。
「でも、強い人がいるなら会いに行かなくちゃ」
安心は一瞬で消えた。
ライラが肩をすくめる。
「ほら、文官が青くなってるじゃない」
「でも、会うだけよ?」
「その後、拳が出るのが問題なの」
「まだ出してないわ」
「だから、まだを付けるなって言われてるのよ」
テラリアは首を傾げた。
そして、にこりと笑った。
「難しいわね!」
「難しくないわよ」
ライラの返しは早かった。
王都調査団の堅い空気は、すでに半分崩れていた。
清水側の人間たちは、理解し始めている。
この2人は、かなり騒がしい。
そして、ただ騒がしいだけでは済まない。
小箱の現物確認は、第1層の管理机で行われた。
清水側。
領主府。
冒険者ギルド。
商人ギルド。
王都調査団。
それぞれが立ち会う。
机の上には、霧蔵の小箱。
側面には九六。
ライラは小箱の周囲を一周した。
触らない。
蓋も開けない。
まず見る。
見る角度を変える。
側面の数字を見る。
小箱の置かれた場所を見る。
周囲の人の立ち位置を見る。
逃げ道を見る。
見張りを見る。
そして、記録帳を要求した。
「記録」
マイラが一瞬だけ目を瞬かせる。
イリオが補足する。
「霧蔵の小箱に関する検証記録をお願いします」
「最初からそう言いなさいよ」
「貴女の一語要求を正式文に直したのです」
「便利ね、文官」
「そのためにおります」
マイラが記録帳を差し出す。
ライラは受け取ると、すぐに読み始めた。
指で行を追う速度が速い。
小柄な身体に似合わない圧が、紙の上に落ちる。
「収納。重さ軽減。持つ者の前への取り出し。内部時間遅延の可能性。生体収納不可の可能性。所有者固定は薄い。期限付き。ふうん」
マイラが少しだけ目を見開いた。
ライラは記録帳から目を離さずに言う。
「外から中身が見えない。重さもごまかせる。傷みやすい物も運べる。中身を持ち主以外でも出せる可能性がある。はい、検問と税と軍需と密輸で揉めるやつ」
グラントが静かに答えた。
「その通りです」
「貴族が囲い込む。商人が抜け道を探す。盗人が盗み方を変える。兵站担当が目の色を変える。で、踏破者に直接交渉する馬鹿が湧く」
ロザックが頷く。
「もう湧いた」
「早いわね」
ライラは笑った。
楽しそうではない。
呆れているのに、どこか慣れている顔だった。
「悪党と金の匂いは、呼んでないのに来るのよ」
カティアが眉を上げる。
「詳しそうだな」
「詳しいわよ。悪党の財布は、世の中のために軽くされるべきなの。主に、あたしの懐を経由して」
イリオが目を閉じた。
「ライラ殿」
「冗談よ、半分」
「半分」
「全部冗談って言ったら嘘になるでしょ」
グラントが咳払いした。
「商人としては、聞かなかったことにします」
「商人なら、聞いた上で計算しなさい」
ライラは記録帳を戻さず、側面の九六を見る。
「期限付きなのは賢いわね。無期限だったら、商人と貴族と盗人が一斉に目の色を変える。期限があるなら、売るにも使うにも焦る。焦ると失敗する。失敗するから規則が必要になる」
俺は黒い水膜の前で、思わずヴェルティアへ言った。
「ヴェル、かなり正確に見抜かれてるぞ」
『当然よ。見れば分かるように作ってあるもの』
「その言い方、ちょっと嬉しそうだな」
『正しく見られるのは悪くないわ』
水膜の向こうで、ライラは記録帳を閉じた。
「で、危険手当は出るのよね?」
イリオが少しだけ顔を伏せた。
「規定通りです」
「規定って言葉、だいたい安く済ませたい時に出るのよ」
「王都の正式規定です」
「正式に安く済ませる言葉でしょ」
テラリアが明るく言った。
「ライラはお金の話になると元気ね!」
「あんたは強そうな相手を見ると元気になるでしょ。同じよ」
「同じかしら?」
「欲しいものに正直って意味では同じ」
テラリアは少し考えた。
「そっか。じゃあ同じね!」
「納得が早すぎるのよ」
ライラは呆れたように言いながら、小箱から目を離さない。
俗っぽい。
口も悪い。
報酬にも金にも遠慮がない。
だが、頭は回る。
しかも、危ない匂いに鼻が利く。
その場にいた全員が、それをかなり早い段階で理解した。
一方で、テラリアは小箱を見ていなかった。
彼女の目は、踏破者たちに向いている。
まず、クレス。
それからラハル。
カイル。
ティア。
カティア。
メリダ。
順番に見て、目が輝く。
ガントレットをはめた手が、嬉しそうに握られた。
イリオがそれを見て、すぐに言う。
「テラリア様」
「まだ何もしてないわ」
「何かする前の手です」
「そんなに分かりやすい?」
カティアがぼそりと言う。
「分かりやすい」
ライラも言った。
「ものすごく」
テラリアは自分の手を見た。
「気をつけるわ」
そう言いながら、彼女はクレスの前まで来る。
「あなたが第6層を越えた剣士ね! わたし、テラリア。あなた、強いんでしょ?」
クレスは落ち着いて礼を返した。
「クレスです。第6層は、1人で越えたわけではありません」
「それでも越えたんでしょ? すごいわ!」
テラリアは本当に嬉しそうに言った。
褒めるために褒めているのではない。
強い相手を見つけた時の、純粋な喜びだった。
クレスは少しだけ困った顔をする。
「全員で戻れたから、越えられました」
「戻れたから?」
テラリアが首を傾げる。
その目が、今度はラハルへ向いた。
「大きな盾! 受ける人ね!」
ラハルは堂々と胸を張る。
「受け、流し、守る者である」
「受けるだけじゃないのね。見てみたいわ!」
イリオがまた一歩前へ出た。
「見せ合いの場ではありません」
「分かってるわ。今はね」
「今は、も不要です」
テラリアは素直に頷いた。
だが、目はまだ輝いている。
次に、カイルを見る。
「あなたも若いのに強そうね!」
カイルは少し背筋を伸ばした。
「オレは、まだクレスさんに教わることが多いんだ」
「強くなれる途中って、一番楽しい時じゃない!」
カイルは一瞬、返事に迷った。
それから、少し笑う。
「そうかもな」
「できなかったことができるようになるんでしょ? 最高じゃない」
「うん。そう言われると、確かに楽しい」
テラリアの言葉に、カイルの目が少しだけ変わった。
褒められたからではない。
自分が今いる場所を、別の角度から言われたからだ。
次に、テラリアはメリダを見る。
「あなたも第6層を越えたの?」
メリダは少し肩を小さくした。
「私は、戻る道を見てただけです」
「戻る道を見るのって、大事なの?」
悪気はない。
純粋な疑問だった。
けれど、その場の何人かは少しだけ緊張した。
メリダは、少し考えてから答えた。
「戻れないと、次に挑めません」
テラリアは目を瞬かせた。
それから、ぱっと笑った。
「そっか。戻れたら、もう一回行けるものね!」
メリダは少し困った顔をした。
ライラが横から言う。
「そういう意味だけじゃないでしょ」
テラリアはライラを見る。
「でも、間違ってないわよね?」
「間違ってないのが面倒なのよ」
メリダが、ほんの少し笑った。
「間違ってはいないです」
テラリアは嬉しそうに頷く。
「じゃあ、戻る道を見るのも強さなのね」
その言葉に、メリダの表情が少しだけ止まった。
カティアがテラリアを見る。
「あんた、止められると余計に行きたくなるタイプだろ」
テラリアが驚いた顔をした。
「どうして分かるの?」
「顔に書いてある」
「そんなに分かりやすいかしら」
「分かりやすいって言われたばかりだろ」
テラリアは少し照れたように笑った。
「でも、止められると考えちゃうの。どうして止めるのかなって。危ないからだけなら、気をつければいいんじゃないかって」
カティアは少しだけ目を細めた。
「気をつけるって言うやつほど、足が先に出るんだよ」
「そうかも」
「認めるな」
「だって、出ちゃう時は出ちゃうもの」
ライラが記録帳を閉じながら言った。
「ほらね。悪気がないから面倒なのよ」
テラリアは素直に頷く。
「ごめんなさい。心配かけたのは分かってるわ」
イリオが言う。
「その後に、でも、が続きますね」
「でも、何もしないで待ってるだけなんて、やっぱり嫌だったの」
イリオは深く息を吐いた。
ライラは肩をすくめる。
「いつものやつね」
清水側の人間たちは、また1つ理解した。
テラリアは明るい。
素直だ。
悪い子ではない。
だが、止める側の胃を確実に削る。
本人に悪気がない分、よけいに厄介だった。
王都調査団の正式な説明は、そのあとに行われた。
イリオが紙を開く。
「王都調査団の目的は、霧蔵の小箱の現物確認、検証記録の照合、第6層踏破者への聞き取り、管理規則の確認、領主府による迷宮前拠点整備方針の確認、ならびに貴族の過剰介入防止です」
きちんとした説明だった。
王都の文官らしい、整った言葉だった。
ライラが横から言う。
「つまり、箱を見て、紙を見て、馬鹿が突っ込む前に柵を作るってことね」
イリオは一瞬だけ黙った。
「表現はともかく、概ね」
「表現より中身でしょ」
「表現も大事です」
「文官は大変ね」
「貴女がいるので、なおさらです」
ライラは笑った。
悪びれない。
テラリアはその横で、迷宮入口の方を見ている。
イリオはそれに気づいて、言葉を足した。
「なお、今回は攻略任務ではありません。王都調査団の護衛は、調査団の安全確保が目的です」
ライラが第6層の記録帳を手に取る。
「霧冷えの番隊。前衛、射撃、霧、足元、戻り道潰し」
目が変わった。
小箱を見る時とは違う目だ。
値段を測る目ではない。
敵の形を測る目。
「いいじゃない。敵がちゃんと考えてる」
ロザックがすぐに言う。
「今回は攻略任務ではない」
「分かってるわよ。見るだけよ、見るだけ。今はね」
テラリアの目がさらに輝く。
「見に行けるの?」
ロザックとイリオの声が重なった。
「行きません」
テラリアは少し唇を尖らせる。
「まだ何もしてないわ」
ライラが言う。
「まだ、を付けるから止められるのよ」
「難しいわね」
「難しくないって言ってるでしょ」
オルド村長が、そっと胃を押さえた。
「王都の方は、皆さまこのようにお元気なのですかな」
ロザックが即答する。
「あの2人を標準にしないでください」
グラントが深く頷いた。
「小箱の管理に加えて、胃薬の管理も必要になりそうです」
カティアは腕を組む。
「面倒なのが2人に増えたな」
ティアが静かに言う。
「でも、無能ではないわ。そこが余計に面倒」
クレスは2人を見ていた。
「見る場所を間違えなければ、頼れる」
メリダが小さく続ける。
「間違えた時の戻り道も、考えておきたいです」
ライラがその言葉を聞いて、にやりと笑う。
「いいわね。戻り道を考える子がいる現場は、長持ちするわ」
テラリアがメリダを見る。
「戻り道、大事ね!」
メリダは少しだけ困った顔で頷いた。
「はい。たぶん、とても」
俺は黒い水膜の前で、その光景を見ていた。
「来たなあ」
『来たわね』
「すごいのが2人」
『片方は小箱を見ているわ』
「ライラだな」
『もう片方は入口を見ているわ』
「テラリアだな」
水膜の向こうで、ライラは白い小箱を見ていた。
九六という数字。
中に入る荷。
外へ出る価値。
期限があることの意味。
それらを値踏みするように、目を細めている。
テラリアは迷宮の入口を見ていた。
その奥にいる敵。
そこへ続く道。
自分の拳が届くかどうか。
それを想像するように、目を輝かせている。
同じ王都から来た2人なのに、見ているものがまるで違う。
片方は、報酬の価値を数えている。
もう片方は、挑む先を探している。
清水の第1層は、その日理解した。
王都から来たのは、調査団だけではなかった。
値段を数える火力と、前へ進みたがる拳が来たのだ。
後書き
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、王都調査団の到着と、王都所属Aランク冒険者ライラ、そしてBランク冒険者テラリアの初登場回でした。
ライラは霧蔵の小箱の価値と危険性を即座に見抜く、口は悪いが頭の回る天才魔道士。
テラリアは強い相手と迷宮の奥に目を輝かせる、ガントレット使いの格闘冒険者です。
清水の迷宮に、王都側の視点と火力、そして前に進みたがる拳が加わりました。
次回以降、小箱の確認と第6層記録の聞き取りがさらに進んでいきます。
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