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死にかけのダンジョンコアに拾われたので、清い水から生活インフラ迷宮を始めます  作者: 乾燥しいたけ


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第73話 白い小箱は、荷物を黙って飲み込む

後書き

ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回は、第6層報酬「霧蔵の小箱」の確認と、第6層踏破報告の回でした。

小箱は荷物を収納し、持っている者の目の前に取り出すことができるようです。

ただし、側面に浮かぶ「九九」の意味はまだ分かっていません。


そして、カティアとメリダには昇格推薦が出ました。

第6層は、倒す力だけでは越えられない階層だったので、2人の役割も大きく評価されています。


続きを追っていただける方は、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。



 白い部屋だった。


 冷たい霧の奥にあったのに、その部屋の中には霧がない。


 白い石。


 白い床。


 白い天井。


 ただし、第6層の冷えとは違う。


 刺すような冷たさではなく、静かに温度を失くしたような白だった。


 クレスたちは、入口で止まった。


 誰もすぐには中へ踏み込まない。


 霧冷えの番隊を越えた。


 だから安全だ。


 そんな雑な判断をする者は、ここにはいなかった。


 カティアが低く言う。


「足元、罠っぽい動きはねえな」


 ティアが指先に薄い魔力を灯す。


「魔力の流れは中央に集まっているわ。壁や床ではなさそう」


 ラハルは盾を構えたまま、ゆっくり部屋の左右を見た。


「敵の気配はない」


 メリダは振り返り、戻ってきた道を見る。


「後ろも閉じてない。戻り道はあります」


 カイルは剣を下げない。


 視線は中央にある台座へ向いていた。


 その上に、小さな箱が置かれている。


 宝箱、ではなかった。


 金飾りもない。


 宝石もない。


 重そうな鍵もない。


 ただ、白い小箱が置かれている。


 片手で持てそうな大きさ。


 角は丸く、表面は陶器にも骨にも似ていた。


 白いくせに、妙に影が深い。


 台座の正面には、短い文字だけが刻まれていた。


【霧蔵の小箱】


 報酬名。


 それだけだった。


 説明はない。


 効果もない。


 注意もない。


 ただ、名前だけ。


 俺は黒い水膜の前で、思わず身を乗り出した。


「霧蔵の小箱」


『出たわね』


 ヴェルティアの声が、ほんの少しだけ弾んだ。


「出たわね、って言い方」


『報酬ですもの』


「説明少なくない?」


『名前は出ているわ』


「名前だけで分かるほど、世の中は親切じゃないんですよ」


『迷宮が世の中に合わせる必要はないわ』


「急に迷宮側の理屈で殴ってくる」


 水膜の向こうで、クレスが台座へ近づく。


 手を伸ばす前に、カティアが小さな石を拾った。


「触る前に、周り見るぞ」


「ああ」


 クレスは頷く。


 カティアが台座の周囲へ石を転がす。


 何も起きない。


 床も沈まない。


 壁も動かない。


 箱も反応しない。


 ティアが魔力を見る。


「台座と箱はつながっているけれど、攻撃的な反応はないわ」


 カイルが小さく息を吐く。


「じゃあ、取っていいんですか?」


 クレスはすぐには答えなかった。


 台座。


 箱。


 部屋。


 戻り道。


 全てを見てから、手を伸ばす。


 白い小箱を持ち上げた。


 軽い。


 台座は沈まない。


 壁も変わらない。


 部屋の白さもそのままだ。


 クレスが箱を持ったまま、全員を見る。


「戻る前に、最低限だけ確認する」


 カティアが目を細めた。


「ここで開けんのか」


「少しだけだ。危険なら閉じる」


 ティアが頷く。


「私が魔力を見るわ」


 メリダは入口側へ立つ。


「私は戻り道を見ます」


 ラハルが盾を少し上げる。


「わしは前だな」


 カイルはクレスの少し右後ろに立った。


 昨日なら、箱だけを見ていたかもしれない。


 今は、クレスの手元と周囲を交互に見ている。


 クレスが白い小箱の蓋に指をかけた。


 蓋は、音もなく開いた。


 中は黒ではなかった。


 空でもなかった。


 白い。


 ただし、箱の底ではない。


 奥がある。


 小箱の内側に、部屋のような白い広がりが見えた。


 カティアが低く言った。


「……中、広くねえか?」


 箱の中は、箱の内側ではなかった。


 クレスが台座の上に残っていた小石を拾う。


「入れるぞ」


 誰も止めない。


 クレスは小石を箱の口へ近づける。


 小石は、箱の内側へ落ちた。


 落ちた、はずだった。


 だが、音がしない。


 底に当たる音がない。


 箱の中の白い広がりに、小石が小さく納まったように見えた。


 消えたのではない。


 飲み込まれたのでもない。


 そこに入った。


 それなのに、小箱の外から見れば、箱は相変わらず片手で持てる大きさだった。


 カイルが目を丸くする。


「今、入ったよな?」


「入った」


 カティアの声が少し低い。


「重さは?」


 クレスが箱を軽く持ち直す。


「変わった気がしない」


 ティアが眉を寄せた。


「収納系、かしら。ただ、普通の鞄とは違うわね」


 クレスは小箱を持ったまま、中の小石を見た。


「出せるか」


 そう言った瞬間。


 箱の前、クレスの足元の少し先に、小石がころりと現れた。


 落ちた、というより、置かれた。


 カイルが一歩引く。


「出た!」


 ラハルが思わず盾を構えた。


「むう!」


 カティアがすぐに床を見る。


「飛んできた感じじゃねえ。出てきた、だな」


 ティアがクレスと箱を見る。


「出したいと思った?」


「ああ」


「箱を持っている人の前に出るのね」


 その後、手近な鞘や革紐も試した。


 箱の口より長いものでも納まる。


 出したいと思えば、持つ者の前に出る。


 その確認だけで十分だった。


 十分すぎた。


 カイルが一度、自分の指を近づけかけた。


 クレスが言う前に、カティアが手首を掴んだ。


「やめとけ」


「あ、うん」


 カイルは素直に引いた。


 その瞬間、箱の口の白が少し固くなったように見えた。


 ティアが目を細める。


「人の手には反応が違うわね」


「つまり?」


「少なくとも、今ここで試すものではないわ」


 クレスは蓋を閉じた。


「持ち帰る」


 メリダがすぐに戻り道を見る。


「帰りは、箱を持つ人を中央に」


「俺が持つ」


 クレスが言う。


 カイルが小さく頷いた。


「オレ、右を見ます」


「頼む」


 その返事に、カイルの表情が少し引き締まる。


 任された。


 庇われるだけではない。


 見る場所をもらった。


 そういう顔だった。


 白い小箱は、クレスの手の中で黙っていた。


 その側面に、薄い文字が浮かんでいる。


 九九。


 俺は水膜の前で目を細めた。


「……数字?」


 ヴェルティアは答えなかった。


 ただ、ものすごく得意げな気配だけがした。


 顔があったら、絶対に顎を上げている。


「ヴェル」


『何かしら』


「それ、分かってる顔だろ」


『後で分かるわ』


「今じゃないのか」


『今ではないわ』


 説明はない。


 今はまだ、ない。


 小箱は黙っている。


 九九という数字だけを、白い側面に薄く浮かべていた。




 第1層へ戻ると、空気が一気に変わった。


 霧冷えの番隊を越えた。


 報酬部屋に入った。


 白い小箱を持ち帰った。


 その3つだけで、仮受付の前にいた者たちの目が集まる。


 マイラが駆け寄ってきた。


「全員、怪我の確認を」


「先に報酬を置く」


 クレスは第1層の机の上に、白い小箱を置いた。


 置いただけで、周囲が静かになった。


 見た目は小さい。


 ただの箱だ。


 でも、霧冷えの番隊を越えた先の報酬だ。


 その重さは、見た目では測れない。


 オルド村長がそっと近づく。


「これが、第6層の報酬ですか」


「台座には、霧蔵の小箱、とありました」


 クレスが答える。


 マイラがすぐに記録する。


 霧蔵の小箱。


 第6層報酬。


 白い小箱。


 収納機能あり。


 取り出し機能あり。


 詳細未確定。


 グラントは、最初は柔らかい笑みを浮かべていた。


 商人として、珍しい品を見た時の顔だ。


 だが、クレスが小石を入れ、出した瞬間、その笑みが消えた。


 小石が箱を持つクレスの目の前に現れる。


 続けて、手近な道具が納まり、また目の前に出る。


 箱の大きさより明らかに大きいものでも、納まる。


 出したいと思えば、持つ者の前に出る。


 グラントの顔から、商人らしい柔らかさが消えていく。


「これは、売値の話では済みません」


 低い声だった。


 オルド村長が眉を寄せる。


「そこまでですか」


「はい」


 グラントは小箱を見たまま言った。


「検問と税。薬草や食材の輸送。盗難と所有権。軍務への転用」


 そこで言葉を切る。


 それだけで、まだ後ろに何十もの問題が並んでいることが分かった。


「そして、側面の数字」


 マイラが小箱の側面を見る。


「九九、ですね」


「日数か、回数か、残量か。分かりません。分からないものを、分からないまま市場に出すわけにはいきません」


 グラントはそこで一度、息を吸った。


「これは、商人ギルドだけで抱える品ではありません」


 オルド村長が頷く。


「冒険者ギルド、領主府、商人ギルド、すべてに報告が必要ですな」


「はい」


 グラントの声は硬い。


「早急に」


 マイラが記録を続ける。


 その手が少し震えていた。


 無理もない。


 紅肌の雫は、美容品だった。


 琥珀の雫は、酒だった。


 第5層の湯溜まりは、人を動かす場所だった。


 だが、霧蔵の小箱は違う。


 荷物を動かす。


 物を運ぶ。


 距離の意味を変える。


 管理の意味を変える。


 箱は黙っている。


 けれど、黙ったまま第1層の机の上で、とんでもない顔をしている。


 いや、顔はない。


 ないのに、ある。


 俺は水膜の前で頭を抱えた。


「これ、思ったよりやばいな」


『報酬よ』


「報酬って言葉で包み切れないんだよ」


『便利でしょう』


「便利が一番怖い時ってあるよな」


 ヴェルティアはまた答えない。


 得意げな気配だけが、まだ消えていない。


 その時、仮受付の外が少し騒がしくなった。


 ロザックだった。


 プロンテラ冒険者ギルドの担当官。


 冷霧区域の調査報告を受けるため、第1層に詰めていた男だ。


 彼は息を切らしているわけではない。


 だが、歩く速度が普段より明らかに早い。


「第6層を越えたと聞いた」


 ロザックの視線が、まずクレスたちへ向かう。


 次に、小箱へ落ちる。


 そして、マイラの記録帳へ。


「報酬か」


「霧蔵の小箱です」


 マイラが答える。


「詳細確認中。収納と取り出しの機能を確認しました」


 ロザックの顔が硬くなる。


 グラントが言った。


「売値の話では済みません」


「見れば分かる」


 ロザックは短く返した。


 そして、クレスへ視線を戻す。


「踏破者は」


 クレスが答える。


「俺、カイル、ティア、ラハル、カティア、メリダ」


 ロザックは全員を見た。


 その目は、小箱より先に人を見ていた。


 そこが、冒険者ギルドの人間らしかった。


「報告を聞く。特に、番隊を崩した手順と、各自の役割だ」


 クレスは頷いた。


 報告は短くない。


 前衛型をラハルが流したこと。


 クレスが支えを切ったこと。


 カイルが二重射線を見切ったこと。


 ティアが霧の戻りを遅らせたこと。


 カティアが足元攪乱と戻り道を処理したこと。


 メリダが戻り道の幅を見続け、撤退と続行の線を管理したこと。


 ロザックは途中で何度も質問した。


 そして、カティアのところで筆を止めた。


「カティア。戻り道の端を潰していた魔物は、通常魔物か」


「たぶんな。だが、配置が嫌だった。放っとくと足を置きたい場所に来る」


「それを処理しながら、射線補助もしたのか」


「補助っていうか、見えたから弾いた」


 ロザックは記録に目を落とす。


「見えたから弾いた、で済む位置ではないな」


 カティアは少し顔をしかめる。


「褒められてんのか、それ」


「評価している」


「やめろ。むず痒い」


 ロザックは記録帳を閉じた。


「冒険者ギルドとして、昇格推薦を出す」


 カティアが顔を上げた。


「は?」


「カティア。CランクからBランクへの昇格推薦」


「待て」


 カティアの声が低くなった。


「俺は前衛型を倒してねえ。番隊を崩したのは、クレスたちだ」


「倒していない。だが、足元攪乱、射線補助、戻り道の維持、支援位置の伝達。どれか1つ欠ければ、番隊は崩れていない」


「それは、みんなもやっただろ」


「当然だ」


 ロザックは頷いた。


「だが、君の役割はCランクの範囲を越えている」


 カティアが言い返そうとして、口を閉じた。


 照れではない。


 納得でもない。


 まだ押し返したいのに、押し返す言葉が見つからない顔だった。


 ロザックは次に、メリダを見た。


「メリダ」


 メリダは返事をしなかった。


 さっきまで小箱を見ていた視線が、記録帳の端へ落ちる。


「DランクからCランクへの昇格推薦」


 メリダの指が、ほんの少し動いた。


 それだけだった。


 カティアのように押し返さない。


 驚きの声も出さない。


 ただ、下を向いたまま固まっている。


 ロザックは続けた。


「撤退判断、戻り道維持、勝機に見える場面での危険判断。第6層踏破に必要な役割だった」


 メリダは小さく言った。


「私は、倒してない」


 ロザックの声は静かだった。


「倒す力だけをランクと呼ぶなら、迷宮では人が死ぬ」


 その言葉に、仮受付の空気が止まった。


 ロザックは続ける。


「第6層を越えた理由の1つは、君が戻り道を数え続けたことだ」


 メリダは黙ったままだ。


 クレスが短く言った。


「必要だった」


 それだけだった。


 でも、メリダの肩が少しだけ震えた。


 カイルも言う。


「メリダさんが道を見てくれてなかったら、オレ、前だけ見てました」


 ティアが続ける。


「カティアが下を処理しなかったら、私は霧を見る余裕がなかったわ」


 ラハルは盾を床に置き、深く頷いた。


「わしも、前に残らずに済んだ」


 大きな声ではなかった。


 その分、言葉はまっすぐ落ちた。


 カティアは何も言わない。


 メリダも何も言わない。


 2人とも、戦闘中よりよほど困った顔をしている。


 ロザックはその沈黙を待ってから、はっきりと言った。


「推薦という形は取る。だが、実質は決まりだ」


 マイラが記録帳に書く。


 カティア、Bランク昇格推薦。


 メリダ、Cランク昇格推薦。


 第6層踏破貢献による。


 ロザック確認。


 グラントは小箱を見たまま言った。


「小箱も大事ですが、こちらも大きいですね」


 オルド村長が頷く。


「迷宮が、人の価値の見え方まで変えておりますな」


 俺はその言葉を、水膜の前で聞いていた。


 その時、表示が浮かぶ。


【第6層報酬区画への到達を確認】


【霧蔵の小箱の取得を確認】


【霧蔵の小箱の収納機能を確認】


【霧蔵の小箱の取り出し機能を確認】


【第6層踏破報告を確認】


【メリダのCランク昇格推薦を確認】


【カティアのBランク昇格推薦を確認】


【霧蔵の小箱に対する商業的・管理的影響認識を確認】


【獲得DP:2100】


【現在DP:10696】


「10696」


 大台に乗った。


 でも、俺は数字より先に、机の上の小箱を見ていた。


 カティアはまだ納得していない顔で腕を組んでいる。


 メリダは記録帳に書かれた自分の名前を見て、どうしていいか分からない顔をしている。


 ロザックはもう次の報告書の段取りを考えている。


 グラントは小箱のせいで胃に穴が開きそうな顔をしている。


 オルド村長は、たぶん村長としての胃を押さえている。


 マイラは、震えながらも記録を止めない。


 白い小箱は、黙って机の上に置かれている。


 小箱の側面で、薄い文字だけが変わらず浮いていた。


 九九。



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