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死にかけのダンジョンコアに拾われたので、清い水から生活インフラ迷宮を始めます  作者: 乾燥しいたけ


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第70話 霧冷えの番隊



 冷霧区域の記録には、まだ空白が多い。


 寒い。


 霧が濃い。


 音がずれる。


 足元に魔物が紛れる。


 敵が、こちらの隊列を崩すように動いている可能性あり。


 可能性。


 その言葉が、記録帳の上で妙に重く見えた。


 清水の第1層。


 仮受付の机の前で、クレスたちは前回の記録を見直していた。


 マイラが筆を構え、オルド村長が少し離れた場所で見守っている。


 メリダは記録帳の端に指を置き、霧の奥で見えたものをもう一度確かめていた。


「今日は、見るだけでは足りないかもしれない」


 クレスが言った。


 カイルがすぐに顔を上げる。


「クレスさん、戦うんですか?」


「触れる」


 クレスは短く答えた。


「倒し切るとは言わない。だが、こちらが少し圧をかけた時、相手がどう動くかを見る」


 その言葉で、空気が変わった。


 これまでの冷霧区域調査は、入る、見る、戻る、だった。


 今日は違う。


 見るだけではなく、こちらから一歩触れる。


 ただし、踏み抜くためではない。


 形を確かめるためだ。


 ティアが記録帳を見ながら口を開いた。


「前回の不明影は、人型と断定できないわ。私は光点に見えた。カティアは足、ラハルは壁、カイルは細い線」


「だから、形より反応を見る」


 カティアが言う。


「斬ったら下がるのか。受けたら止めに来るのか。霧を開いたら閉じるのか」


 メリダが頷く。


「ただし、触れた後の方が危ない」


「理由は?」


 マイラが聞いた。


「向こうがこちらをただの通行人じゃなく、敵として扱うから」


 マイラの筆が止まった。


 メリダは続ける。


「見て戻る時と、手を出して戻る時は違う。戻り道を切られるのが早くなるかもしれない」


 ラハルが盾の縁を軽く叩いた。


「ならば、わしが後ろを守ろう」


「守ってください。ただ、止まらないでください」


 メリダがすぐに言う。


「ラハルさんが止まると、みんながそこを壁だと思ってしまいます」


「ぬう。壁ではなく、扉になれということか」


「はい。閉じる壁ではなく、開ける盾です」


 ラハルは少しだけ目を丸くした。


 それから、楽しそうに笑う。


「よいな、それは」


 カティアが鼻を鳴らす。


「調子に乗って大扉になるなよ」


「ならぬ。今日は開閉式だ」


「なんだそれ」


 軽口はある。


 でも、浮ついてはいない。


 カイルがクレスを見る。


「クレスさん、オレはどこを見ますか?」


「射線だ」


「射線?」


「ああ。前に出る敵を見て走るな。横から飛ぶもの、足元を動かすもの、戻り道に入るものを見る。お前が走りたくなる場所は、たぶん狙われている」


 カイルは息を吸った。


 それから頷いた。


「分かりました」


 ティアが指先に小さな魔力を灯す。


「私は霧を払わない。今日は、霧が戻る方向を見るわ」


「頼む」


 クレスが答える。


 マイラが今日の確認を読み上げる。


「冷霧区域再調査。目的は、役割持ち敵集団との接触。撃破は主目的ではない。前衛と思われる対象に圧をかけ、周辺の反応を見る。撤退申告語は、戻る。戻り道の維持を優先」


 メリダが補足する。


「今日は、戻る理由を早く言えないかもしれない。だから、私が迷ったら戻る側に倒します」


 クレスは即座に頷いた。


「それでいい」


 メリダはほんの少しだけ笑った。


「臆病者には、いい許可だね」


 俺は黒い水膜の前で、そのやり取りを見ていた。


「今日は触るのか」


『ようやく、霧の向こうも応えるわね』


「応えるって言い方、怖いな」


『迷宮は、踏み込まれれば返すものよ』


「水道局の安心感からどんどん離れていく」


『まだ水は出るでしょう』


「水だけはな」


 水膜の向こうで、クレスが全員を見る。


「行くぞ」


 誰も異論を言わなかった。




 第5層へ向かう道は、すでに彼らの足に馴染んでいた。


 だが、油断はない。


 第1層にある第4層入口から、琥珀の貯蔵庫へ入る。


 そこを越えれば、熱を帯びる通路。


 湯気の匂い。


 第5層の門番が待つ場所へ続く。


 ホットスプリングガーディアンとの戦いは、短く済んだわけではない。


 だが、乱れはなかった。


 ラハルが受ける。


 クレスが位置を切る。


 ティアが蒸気の隙間を作る。


 カイルが踏み込み、カティアが関節を抜く。


 メリダは後ろで味方の足を見る。


 門番が崩れた後、誰も湯溜まりへ入らなかった。


 湯気は白い。


 冷霧も白い。


 同じ白でも、役目が違う。


 クレスが冷霧区域の入口へ立つ。


「確認する。今日は触れる。崩し切ろうとするな。戻る道を残す」


 カイルが答える。


「分かりました」


 メリダが続ける。


「戻るって言ったら」


「戻る」


 全員の声が揃った。


 6人は、冷たい霧へ入った。


 床の温度が変わる。


 音が丸くなる。


 湯気の匂いが薄くなる。


 前回決めた目印を、1つずつ越えていく。


 アイススライムは進路を塞ぐだけで処理した。


 フロストバットは視線の高さを横切ったが、誰も追わなかった。


 濡石クラブは足元で白い石のふりをしていたが、カティアが柄で弾き、ティアの光が短く床を照らした。


 そこまでは前回と似ている。


 違ったのは、その先だった。


 霧の奥で、ミストウルフが現れた。


 正面より少し右。


 行けば、隊列が伸びる場所。


 カイルは見た。


 剣も上がった。


 だが、足は動かない。


「狼、右。行きません」


 クレスが頷く。


「前を見る」


 ミストウルフが半歩下がる。


 道が空いたように見える。


 その奥で、霧が厚くなった。


 ただ濃くなるのではない。


 白い幕が前へ押し出されるように膨らむ。


 ラハルが盾を構え直した。


「来るな」


「受ける場所を選べ」


 クレスが言う。


「承知」


 ラハルは前へ出ない。


 半歩だけ左へずれ、戻り道の線を背中に残す。


 霧の厚みが、音もなく近づいた。


 その瞬間、クレスが動く。


 前へ踏み込むのではない。


 剣先だけを先に置く。


 霧の厚みの輪郭に、細い線を引くような動きだった。


 白い何かが、一瞬だけ形を崩した。


 壁ではない。


 霧でもない。


 硬いものがある。


 剣先に、かすかな手応えが返った。


 クレスが短く言う。


「前衛型」


 その一言に、全員が反応した。


 名前ではない。


 役割だ。


 前を塞ぐもの。


 こちらの進路を止めるもの。


 ラハルがすぐに盾を合わせる。


 重い衝撃が来た。


 第5層の門番ほどではない。


 だが、止めるための重さだった。


 受け止めれば、足が止まる。


 足が止まれば、横が開く。


「流す!」


 ラハルは叫んだ。


 盾を斜めにする。


 衝撃を横へ逃がす。


 だが、逃がした方向へ氷粒が飛んだ。


 左奥。


 細い音。


 ティアの肩口へ向かう。


 カイルが動きかける。


 けれど、クレスが先に声を出す。


「カイル、射線」


「はい!」


 カイルは前衛型へ行かない。


 ティアへ飛ぶ氷粒の線に剣を入れる。


 小さな氷が砕ける。


 攻撃としては軽い。


 だが、当たれば肩が跳ねる。


 肩が跳ねれば、魔法が乱れる。


 魔法が乱れれば、霧を見る目が消える。


 カイルは奥を見た。


「左奥、細い射線。姿は見えない」


 ティアは礼を言わなかった。


 代わりに、指先の魔力を霧へ薄く流す。


 霧が一瞬だけ巻いた。


 払っていない。


 広げてもいない。


 ただ、流れを見る。


 すると、前衛型の後ろで、霧が戻る場所があった。


 切れてもすぐ閉じる。


 閉じるたび、前衛型の輪郭がぼやける。


「後ろに、霧を戻すものがいる」


 ティアの声が低くなる。


「見えない。でも、流れがそこへ寄っている」


 カティアが足元を見る。


「右下、増えてる」


 濡石クラブ。


 さっきより位置が悪い。


 戻る道の端に張りつき、足を置きたい場所を潰している。


 ただの通常魔物なら、そこまできれいに嫌な場所へ来るだろうか。


 分からない。


 分からないが、嫌な重なり方だった。


 メリダの声が飛ぶ。


「戻る道、狭くなってる」


 まだ戻るではない。


 だが、声に余裕が少し減った。


 クレスは前衛型へもう一度剣を入れた。


 今度は強い。


 白い厚みが、はっきり揺らいだ。


 ラハルが合わせる。


「押すぞ!」


「半歩だけ」


 クレスが言う。


「半歩だな!」


 ラハルの盾が前衛型を押す。


 白い霧の奥で、硬いものが軋む。


 カイルが横の射線を切る。


 カティアが足元の濡石クラブを蹴る。


 ティアが霧の戻りを遅らせる。


 一瞬、前が開いた。


 霧の奥に、白い影の向こう側が見える。


 通れる。


 そう思える隙間だった。


 カイルの足が、ほんの少し前へ出る。


 クレスの声が落ちた。


「行かない」


 カイルの足が止まる。


「はい」


 その返事と同時に、霧の奥から細い音が3つ鳴った。


 左。


 右。


 後ろ。


 どれが本物か分からない。


 ティアが眉を寄せる。


「霧が戻る」


 前衛型の輪郭が、閉じる霧に飲まれていく。


 さっき押したはずの位置が、分からなくなる。


 カティアが舌打ちした。


「崩したのに、戻された」


「回復か、位置の隠し直しか」


 ティアが言う。


「断定できない。でも、立て直された」


 メリダが短く息を吸った。


 迷っている。


 まだ全員は立っている。


 足も動く。


 前衛型は少し崩れた。


 射線も見えた。


 霧を戻す何かも見えた。


 戻り道は狭いが、まだある。


 ここで、もう少し戦える。


 たぶん戦える。


 だから危ない。


「戻る」


 メリダの声が落ちた。


 全員が動く。


 理由は聞かない。


 クレスが即座に返す。


「戻る」


 カイルは前を見たまま剣を引く。


 ラハルは盾を下げない。


 カティアは足元を切る。


 ティアは霧を払わず、戻り道だけを照らす。


 メリダは後ろを見る。


 その瞬間、ミストウルフが走った。


 戻り道の中央へ。


 前回と同じ。


 いや、少し早い。


 こちらが戻ると決めた瞬間を待っていたように見えた。


 カイルが剣を構える。


「道を開けます!」


「倒すな」


 クレスが言う。


「はい!」


 カイルはミストウルフの正面へ行かない。


 戻る道の横から圧をかける。


 狼の輪郭が揺れる。


 そこへ、カティアが足元の濡石クラブを蹴り飛ばした。


 狼が踏むはずだった位置が崩れる。


 ミストウルフは半歩ずれた。


 道が開く。


「今」


 メリダの声。


 ラハルが盾を斜めにして全員を通す。


 前衛型からの重い衝撃が、背中側から来た。


 ラハルの足が止まりかける。


 けれど、止まらない。


 盾を流す。


 肩で受けない。


 足を置き直す。


「ぐ、ぬう!」


 声は出た。


 だが、足は前へ戻っている。


 ティアが戻り道へ薄い光を落とす。


 その光に、白い線が1つ浮いた。


 細い氷粒。


 今度はメリダを狙っていた。


 カイルは届かない。


 クレスも前にいる。


 カティアが動いた。


 短剣を投げるのではない。


 手元から抜いた小さな金具を、霧の中へ弾く。


 氷粒とぶつかり、甲高い音が鳴った。


 音が霧の中で跳ねる。


 メリダが顔をしかめる。


「音が増えた。早く」


 全員が足を短くする。


 走らない。


 長く踏まない。


 冷えた床に足を取られないよう、短く、確実に戻る。


 湯気の匂いが戻ってきた。


 温かい床が近い。


 そこで、左からフロストバットが低く飛んだ。


 今度は視線を引くためではない。


 顔の前を横切って、足を止める高さだった。


 ティアが指先の光を上げる。


 光がフロストバットの目の前で弾けた。


 魔物は軌道を乱し、霧へ消える。


 ティアの魔力が少し揺れた。


 広く使えば霧が反応する。


 小さく使えば、届く範囲が狭い。


 その狭さが、逆に役に立った。


 湯気の境目が見えた。


 クレスが先に出る。


 カイル。


 カティア。


 ティア。


 メリダ。


 ラハル。


 最後にラハルの盾が霧を抜けた瞬間、冷たい白が背後で閉じた。


 追ってこない。


 だが、閉じる直前、霧の中に低い影が立っていた。


 はっきりとは見えない。


 ただ、そこにいた。


 こちらを追わず、見送るように。


 クレスが剣を下げた。


「ここまで」


 カイルは荒く息を吐く。


「……崩せた、と思いました」


「ああ」


 クレスは頷く。


「崩せた。だが、戻された」


 ティアが手の魔力を消す。


「霧が閉じるのが早かった。前衛型を隠しただけか、立て直したのかは分からないわ」


 カティアが肩を回す。


「でも、左奥の射線ははっきりした。あれは偶然じゃねえ」


 ラハルが盾を床に置いた。


「前の重さもな。あれは止めるための敵だ」


 メリダが短く言った。


「あと、戻り道を切るのが早くなった」


 全員が黙った。


 触れたからだ。


 こちらが手を出したから、向こうの戻り道への反応も早くなった。


 冷霧区域は、ただ待っているだけではない。


 こちらの動きに合わせて、返してくる。


 クレスが霧を見る。


「戻るぞ。記録する」


 カイルがもう一度霧を見た。


 奥へ行きたい顔だった。


 だが、何も言わなかった。


 剣を収め、クレスの後に続いた。




 第1層へ戻ると、マイラが待っていた。


 救護席で足と魔力を確認しながら、全員が見たものを順番に話す。


 カイルは右足の冷えと、戻る時に踏み込みが浅くなったことを申告した。


 ティアは魔力消耗を中程度と記録した。


 広く霧を払わず、流れを見るだけでも、前回より消耗していた。


 カティアは左奥の射線について話した。


 ラハルは前衛型の重さを説明した。


 メリダは、戻り道を切るミストウルフの動きが前回より早かったことを記録させた。


 クレスは最後に、全体をまとめる。


「敵は、役割を持っている」


 その言葉に、ティアは反論しなかった。


 可能性ではなくなった。


 少なくとも、今日見た範囲では、偶然というには動きが揃いすぎている。


 マイラが筆を構える。


「役割を整理します」


 クレスが言う。


「前を塞ぐもの。仮に前衛型」


 ラハルが続ける。


「軽い攻撃で音を鳴らし、射線を作るもの」


 カイルが言う。


「左奥の射撃型、ですか」


 ティアが静かに加える。


「霧を戻す、または濃くするもの。霧操作型」


 カティアが言う。


「足元を触るやつ。通常魔物かもしれねえが、配置が嫌だ。足元攪乱」


 メリダが最後に言った。


「戻り道を切るもの。ミストウルフがその役をしている」


 マイラが書く。


 冷霧区域奥部に、役割を持つ敵集団を確認。


 前衛型。


 射撃または音誘導型。


 霧操作型。


 足元攪乱型。


 戻り道遮断型。


 詳細未確定。


 再調査必要。


 その文字列を見て、マイラの筆が一度止まった。


「これは、ただの魔物群ではありませんね」


 オルド村長が静かに頷いた。


「隊のようですな」


 ラハルが顔を上げる。


「隊か」


「はい。門番1体ではなく、霧の中で番をする隊です」


 カティアが短く言う。


「霧の番隊か」


 ティアが少し考える。


「冷えも入れた方がいいわ。あの区域の危険は霧だけではない」


 クレスが記録帳を見る。


「霧冷えの番隊」


 マイラが、その言葉を書いた。


 仮称、霧冷えの番隊。


 部屋の空気が、少し変わった。


 名前がついた。


 それだけで倒せるわけではない。


 それでも、ただの不明影ではなくなった。


 話し合うための形ができた。


 カイルが記録を見て、息を吐いた。


「霧冷えの番隊」


 カティアが言う。


「名前がついたからって、勝てるわけじゃねえぞ」


「分かってる」


 カイルは頷いた。


「でも、どこを崩せばいいかは見えてきた」


 ティアが横から言う。


「前衛型を押しただけでは駄目ね。霧操作型か支援役を止めないと、隠されるか戻される」


 ラハルが腕を組む。


「前を受けるだけでは足りぬか」


「足りない」


 クレスは言った。


「だが、前を受ける者がいなければ、後ろは見えない」


 ラハルは満足そうに頷いた。


「ならば、わしの仕事はある」


「ある」


 メリダが記録帳の端に、小さく線を引いた。


「次は、戻る距離をもっと短くした方がいいです」


「なぜ」


 マイラが聞く。


「触れた後、向こうの反応が早くなったからです。次は、もっと早く戻り道を切られると思います」


 クレスが頷いた。


「次は、番隊を崩す形を作る」


 カイルが顔を上げる。


「攻略ですか?」


「まだ踏破とは言わない」


 クレスは静かに答えた。


「だが、次は崩しに行く」


 その言葉で、全員の表情が変わった。


 見る段階は、終わった。


 触れた。


 返された。


 名前をつけた。


 次は、その形を崩す番だ。


 俺は黒い水膜の前で、それを見ていた。


 表示が浮かぶ。


【冷霧区域奥部の役割持ち敵集団との接触戦を確認】


【前衛型への初回圧迫を確認】


【射撃または音誘導型の介入を確認】


【霧操作型による立て直しの可能性を確認】


【戻り道遮断の反応速度上昇を確認】


【霧冷えの番隊の仮称記録を確認】


【撤退条件成立による帰還を確認】


【獲得DP:1120】


【現在DP:5396】


「5396」


『接触した分、反応も大きいわね』


「初めて向こうとちゃんとぶつかった感じがする」


『向こう、という言い方をするのね』


「してるな」


 俺は水膜を見る。


 冷たい霧の中に、形がある。


 前を塞ぐもの。


 横から鳴らすもの。


 霧を戻すもの。


 足元を乱すもの。


 帰り道を切るもの。


 全部が見えたわけじゃない。


 全部を倒したわけでもない。


 むしろ、少し崩しただけで戻された。


 それでも、もうただの霧ではなかった。


 名前がついた。


 役割が見えた。


 反応が返ってきた。


「次は、崩しに行くのか」


『ええ』


「勝てるかな」


『分からないわ』


 ヴェルティアは、あっさり言った。


『でも、勝つための形は見え始めている』


 水膜の向こうで、クレスが記録帳から顔を上げる。


 カイルは剣の柄を握り直している。


 ティアは霧の戻り方を思い出している。


 カティアは左奥の射線を指でなぞっている。


 ラハルは盾を斜めに構える練習をしている。


 メリダは戻り道の線を引いている。


 第5層は、門番を倒せば道が開いた。


 第6層は違う。


 敵を倒す前に、敵の形を見なければならない。


 そして今日、その形に名前がついた。


 霧冷えの番隊。


 冷たい霧の奥で、向こうもこちらを見ていた。


後書き

ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回は、冷霧区域の奥で役割を持つ敵集団と接触し、仮称「霧冷えの番隊」として記録する回でした。

第5層の門番とは違い、第6層では敵側も複数の役割でこちらの隊列を崩しに来ます。

次は、いよいよその番隊を崩すための戦いに進みます。


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