第28話 サキュバスで主のユリと眷属の私 <スズラン視点>
『おねえちゃん、ふふ』
照明さえ遮るような闇に満ちた部屋に浮かび上がるシルエット、それは人の形をしているようで悪魔のようでもあって、赤く光る鋭い眼光が私を見つめる。
それでもそこに居たのは私の愛した・愛している妹の下十条ユリに違いはなかった。
……むしろピンクのウィッグと悪魔ツノと尻尾の装飾をしたサキュバスコスプレなユリじゃないかしら?
ものすごく可愛いし色っぽい、ルームウェアの上下の境目から尻尾が覗いていて少し尾てい骨付近の肌も見えていた。
各部の意匠こそサキュバスなのにベースは見慣れたユリで、そこに少し幼くなった喋り方もあって私は混乱する────でもこれもアリね!
私が冷静になったのには理由があって。
さっき覚えた違和感の正体、それは私が何かを吸われていることで、実際にさっきまでの熱気すら奪われているようで……強制的に頭を冷やした形ね。
体温が急激に下がっていく途中で私にとっての平熱のようなタイミングを経ると、今度は寒気もしてくる。
今度は気怠さと眩暈、頭痛がしてくる、空腹感すら感じるように、これはなんなのだろう……もしかして私は風邪を引いていて悪化し続けているの?
『おねえちゃんは私にとってずっと大切なおねえちゃんだよ』
さっきまでの私をしてもユリが今も私を姉として見てくれているのは嬉しいのに、まるで一人の女性としては振られたかのようで胸がズキリと痛む。
これが一種の失恋の痛みなのか、それとも風邪で体の節々が痛くなっているだけなのか、それさえもわからなくなってくる。
『おねえちゃんは私のそばにいてくれる?』
それは……もちろんよ、私はユリのそばにずっといるわ。
その言葉だけで私は救われた気持ちになる、そこだけはちゃんと両想いだったのね。
『だからおねえちゃん、私のものになって?』
それは、どういう……ことなのかしら。
────私をユリのものにしてくれるのかしら?
『私のものになってくれたら、一生はなさないから』
いくらか冷静になっても、この体調の悪さが極まっていても、やっぱり今は夢なのかもしれない。
その提案は私にとって願ったり叶ったりで、望んでいたもので、あまりにも都合が良すぎるのだから。
ユリのものにしてくれて、それで一生離さないでくれるなら、私にはそれ以上のことはなくて。
「それは……私にとってもメリットしかないわね」
呼吸が苦しい、身体は怠くて仕方ない、それでもぼやける視界に写るユリから目を離すことはできない。
『────汝下十条スズラン、我・下十条ユリを主と認めて一生涯の眷属となる?』
一生涯の眷属? 主……?
ちょっと中二病ファッションで暗躍していた頃のユリを思い出して懐かしくなる、これはもしかして走馬灯……?
『この契約は死が二人を分かつまで、破棄は出来ず・死なばもろともに』
ああ……これはサキュバスのユリと私との契約なのね。
死が二人を分かつまで、運命共同体・一蓮托生……まるで結婚する夫婦の誓いのようね。
それは────とても素晴らしいことだわ。
「愛します。一生を添い遂げま……す────あなたの眷属にして、わたしをずっと離さないで、ユリ」
ユリと一生一緒にいられるなら、なんだっていいわ。
誰もが死なないこの世界ではその契約は真の永久を意味する。
もう普通のお姉ちゃんと妹ではいられなくなったけれど、この主従で私は安心と確信と永遠を手に入れたわ、姉妹の代わりとしては破格も破格よ。
それ以上望むものなんてなにもないわ、だから私があなたを離さないように──あなたも私を離さないでね。
『ここに契約とする』
そうしてユリが覆いかぶさるように私に唇を合わせる。
むさぼるような、私のすべてを吸い尽くさんとする劇的なもの、ユリの舌が私の舌を絡めとるようにして踊り狂う。
そして私が味わうのは今までで最上級の甘味・そして全身に走る感じたことのない心地よさ────それが私の身体を癒してくれる。
この癒しもおそらくは死にかけていた私の感じている錯覚だったのかもしれない、それでも、これは……死んでもいいぐらいの幸福感だったわ。
そこで私は意識を失う。
次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
目が覚めるとさっきのことが夢とは思えない、臨場感のある光景の数々を鮮明に覚えていて、そして今の私の身体は嘘のように快調だったわ。
『ええと、花咲総合病院異能科の尾久です。下十条ユリさんのお宅で異常数値を検出した結果──』
そうして尾久先生から話されたのは、私が死にかけた状態で人間状態のユリと一緒に眠っているのを発見・ユリに対異能シールドを重ね掛けした上で異能科のあるこの病院に搬送したという。
私の意識が落ちたあと、ユリもサキュバス覚醒状態からは覚めて人間に近い状態に戻って眠りに就いていたようね。
この世界で人は死なないように出来ていても、死にかけることはあって。
それでも致命的な欠損や姿形を留めなかったとしても、この世界ではまだ死んでいないし・死ぬことはできない。
そして私は極度の衰弱状態で瀕死だったという、そんな私を病院に搬送し異能と医療などを駆使して完全回復させたという……恐るべき技術。
『それでですね。下十条スズランさん、あなたは──』
検査の結果私は [下十条百合の眷属] となっていた、サキュバスハーフな主のユリの眷属に私はなったという。
つまりその…………昨日のは夢じゃなくて、全部本当にあったこと?
…………声を出さない程度には悶絶、病院で騒ぐわけにはいかないと必死の脳内ブレーキ。
私かなり好き勝手……というか、恥ずかしいことも気持ち悪いことも散々言ってしまってる気がするのだけど!?
でも眷属にはなってるのよね? そして実質結婚みたいなやり取りもしたのよね…………ならよしとしましょう、するわ。
それからユリが起きて私の病室にやってくる。
『でもお姉ちゃんが、私の眷属になっちゃって……!』
息が切れているあたり急いで来てくれたようで、その前に私の状態を知らされたらしく責任を感じているのか悲痛の面持ちをしている。
そんなに悲観的なことでもないのに、私としては夢のようというか……受け入れがたい私の行動の数々を置いておくとしても嬉しさしかないのだけど。
私の方が姉でユリは妹だけど、これからは私はユリの眷属になったのよね……。
「なんだか特別な関係みたいでドキっとするわね」
『いや、お姉ちゃん。そんな……』
ユリがサキュバスハーフで、異能が目覚めたこと。
それでユリが苦労するなら・嫌なら・拒むなら私が代わってあげられたらとも思った。
でもそんな方法はきっと無くて、だからせめて同じものを一緒に持てるというのは私としては喜ばしい・嬉しいことなのよ。
そして尾久先生から事前に知らされた、トェイさんにして下十条=トェイウーゲこと私たちのひいおばあちゃんがサキュバスの専門家としてやってくる。
トェイさんを中心に聞かされたのはどうして私たちの主従・サキュバスにおける主と眷属の関係性に至ったか。
『──お主らユリとスズランが想い合っているほかになくてのう』
ということらしく、つまりは…………両想いだったの!?
なにそれ、それは、ものすごくうれしいのだけど!?
ええええ、ユリって私のことそう思ってくれたのね!
サキュバスの主従で関係性が揺るがなくなった上に、両想いだったと…………盆と正月がいっぺんに来るってこういうことを言うのかしら、最高ね。
それからはサキュバスとして生活する上での諸注意、そしてユリが私にしなければならないこと。
『じゃから、サキュバス覚醒中のスズランにはユリから何かしらの接触で精気を与える必要が出てくるのじゃ』
接触・精気を与える必要性、それはつまり……!
「つまり……私がサキュバス状態だったらユリにキスとかしてもらえればいいわけね」
冷静を装って言ってみる、ほぼお墨付きをもらったようなものだわ!
『お、お姉ちゃんは嫌じゃないの!?』
「嫌じゃないわ。それが私の生命維持に必要でもあるわけだし──」
『もちろんいいよ! お姉ちゃんがいいなら!』
「……そう」
やったわああああああああああああ!
ユリから合法的にキスしてもらえる、それも定期的に! これは完全に私にメリットしかない気がするわね!
もはや幸福の絶頂と言ってもいいわ!
『いや、精気の受け渡しは粘膜接触が一番効率が良いのは確かじゃが、ボディタッチや手を繋ぐだけでも時間はかかるが問題ないぞ』
…………ここ一連の私の発言、なかったことに出来ないかしら。
クールぶって言った私のムッツリ具合がバレて恥ずかしい、いやぁ……。
でも、そう……キスする必要とかはないのね。
暴飲暴食でも場合によっては補えるとのこと、ショックは引きずっているけれどちゃんと重要なことは聞いているのよ!
そして私はともかくユリが精気不足に陥って”飢餓状態”になると催淫などで国が滅びかねないとのこと。
…………私の妹がすごいわ!
そして精気の調達手段に他人の夢に入り込むのが最高効率にして理想的なのね、なるほど。
『夢以外だとそうじゃな……”そういう”相手を多く作るとかかの』
「え」
思わず声が出てしまう。
ユリが私じゃない”誰か”と精気を吸える間柄、交際・結婚…………?
それは、どうなのかしら?
この関係性は崩れないけれど、今の二人だけの関係性ということも魅力的ではあって。
『いや、ムリですよ!?』
ユリはそう言うけれど、ユリの魅力を知っている人いくらでもいて、だからこそこんな事態が今後も起きない保証はなくて、だからこそ相手は作るべきなのは確かかもしれなくて。
この尊い関係性がほんのひと時でしかないのは分かっているけれど。
ユリが私以外と…………私も受け入れはするでしょうけど惜しくは思うでしょう、それでも正直複雑ね。
そしてユリが女性好きらしい理由についてもトェイさんから説明があったわ。
そこから付随して明かされるこの下十条一家の秘密、ユリの方が驚いてくれるので私は比較的フラットだけれど…………ええ、なにこの家族。
そういえば美少年状態のひいおじいちゃんとユリが並んでいると私も”どうしてか不安になっていた”から、実質ひいおばあちゃんだったというのは私には朗報で。
…………というかひいおじいちゃんだと思っていたレンさんがひいおばあちゃんだったというのは、あの子たちにとってはかなり重要なポイントな気がするのだけど。
そして改めて両親を呼んでの尾久先生からの説明を受けてから病院から私たちは家に帰ってくる。
特に姿形が変わったわけでも、名前が変わったわけでもないのに、姉妹”だけ”ではなくなった私たち。
それでも私はユリとの確かな繋がりを得られたことで幸せだった・安心出来た。
だからいつかユリもあまり気負わず・罪悪感だけでなく私との関係性を楽しんで・喜んでほしいわね。
ただ私はまだユリの魅力を甘く見ていて。
ユリが私一人だけの女性として収まることがない・収まるわけがないのをのちのち思い知ることとなっていく。
<カクヨムでも連載中>
明かされる主従契約の一連。
自由で不自由かもしれないこの世界です。




