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第16話ー④

 気配の欠片にも、全く気付かなかった。


 ビクつく視線の先には、右手に鉄斧を持った青年が立っていた。


 その鉄斧に、更に顔を引きつらせてしまった曲川を見たその青年は、

「あ!これは失礼いたしました。」

 背負っているバックパックを降ろし、鉄斧を中へ押し込んだ。


 こんな誰も来ない場所に、刃物を持った人と対峙している恐怖に言葉がつまり、最上級の警戒を解けない曲川の肌から汗が滝のように流れ出る。


「はじめまして。手研耳【タギシミミ】さん。わたし、義覚【ギカク】と申すものです。」

 青年は微笑み頭を少し下げた。


「お、俺に何の用や!」

 喧嘩となっても勝てそうな体型だが、得体の知れない雰囲気に、構えたまま後ずさりをする。


「大丈夫です。私の邪魔さえしなければ、危害を加えることはいたしません。」


「はぁ?邪魔?」


「先ほど、あなたは静観者であることを、饒速日【ニギハヤヒ】命にお願いしていました。」

「では、あなたは何故ここにいるのでしょうか?何故その男の子の魂と同化してまで、今この時代に存在しているのでしょう?」


「・・・・・・・・。」


「それはーーあなたが否定した、今を生きる人々の織りなす歴史に『干渉』しようとしていることになりませんか?」


 曲川は口に溜まる唾を、眉をしかめ飲み込んだ。


 気付けば、それまで騒ぎ続けていた虫たちの声がピタリと止み、風もそよぐのを止めていた。


 世界が、止まったようだった。


「我々がここにいる理由。」

「それはーーー歴史を正すことなのです。」


 曲川は軽快するように眼球だけを動かし、辺りを見渡す。


「干渉は、この世にあって当然のことなのです。」


 視線を反らした曲川に、義覚は一歩、前に出た。


「過去の誰かの思想や思念は、言葉となり、文字となり、映像となり、今を生きる人々の魂に引き継がれていく。」


「それに触れることで、人々の基準――あなたの言う“正義”が、揺らぐ。」


「それこそが、干渉ではありませんか?」


「では――」


 にじり寄る義覚の声が、わずかに低くなる。


「その干渉しているものが、創られた偽物だったとしたら?」


「あなたが信じているものすべてが、誘導された結果だったとしたら?」


 曲川は更に一歩、後ずさりをする。


「それでも、今のままでいいと、言えますか?」


「間違った今の世界を、正しくあるべき真の姿に、人々は戻るべきだと思いませんか?」



「そのためには、その時代の正しい時間と正しい人々の姿を知っている、歴史の闇に葬り去られた先人たちが必要ではないでしょうか?」


 義覚は右手を曲川へと差し出した。


「手研耳【タギシミミ】さん、あなたも創られた姿のまま、伝わっていますよね。それでいいのでしょうか?神武天皇が崩御された後、あなたは【反乱】など考えていなかったですよね。そして、何よりーー。」

「生涯ひとりだったはずのあなたの、妻と語られている人物は、あなたの父上である神武天皇の皇后、媛蹈鞴五十鈴媛【ヒメタタライスズヒメ】さま。」

「それはあなたにとってもーー」

「母君である吾平津媛【あひらつひめ】さまにとっても。」

「最大の侮辱にほかなりません。」

「それを『正史』として受け入れている今の世界こそ、歪んでいるとは思いませんか?」


 この時代で、誰も知らないはずの事情を突き付けられた曲川の眉がピクリ動き、眉間を汗が流れ落ちる。


「だからーー。」

「歴史を正し、本来の日本の姿に戻すため。」


「饒速日【ニギハヤヒ】命の魂を開放します。」


 義覚はそう言いながら、ズボンのポケットから、スマホを取り出した。


「そして手研耳【タギシミミ】さん、あなたも同士になってもらいたいです。」


 義覚は石塚全体をフレームに治まるように、レンズを上げた。

「もうすぐ、魂の適合者が到着します。」


「時間があまりありませんので、詳しい話はこの後で。」


 視線を無防備に曲川から外し、スマホの画面を確認しながら義覚は操作して始めた。



 自分の名前を【タギシミミ】と呼ばれても、なんの違和感もない心境に少し首をかしげた曲川は、緊張感が薄れた空気感に構えていた拳をおさめ、大きく咳払いをした。


「・・・・・・・・・・」

 真剣に操作していたスマホの画面から、明らかに苛立ったように眉をしかめ、義覚は自分と石塚の間に割って入る曲川を睨んだ。


「手研耳【タギシミミ】さん、邪魔しないで下さい!魂の転送にも時間がかかるんです!」

「また最初からや・・・。」


 大きく溜息つきながら、スマホを降ろす。



「あの・・・俺、曲川勾太って名前やねんけど・・・さっきから誰にしゃべってんねん。」


「はあ?」

 そのとぼける言葉に、義覚はあきれ顔をあげる。


「てかさぁー。俺、頭そんなによーないから、お兄さんの言ってること、よーわからんわ。」


 饒速日【ニギハヤヒ】命の石塚を背中に隠すように立ちはだかる。


「ちょっと、どいてもらえませんか。」

 義覚の言葉を無視しながら、曲川は続けた。


「お兄さん、聞いてもおらんこと、ペラペラよーしゃべっとったけど、正直、俺にはどーでもええっすわ。」

 肩のこりをほぐすように首を何度かひねった後、少し視線を強くした。


「でもや。これだけは言えますわぁ。今、俺らはなんーーも困ってない。むしろ、幸せやと思ってる。」

「この国では戦争もないし、飢餓で苦しむこともない。歴史がどうやとか、正直どうでもええわ。」

「今生きとる俺らが幸せやったら、過去が本物やとか、偽物やとか、どーでもええっすわ。」

「つーか、俺らは今を生きとるんで。今がリアルですわ。」

 困惑する義覚の目を、曲川は一歩も引かず力強く直視した。


 その姿に、フッと笑い

「あなたの意見はごもっともです。その通りです。」

「ですが、それは個の話です。私は国家という全体の話をしているのです。」

「時間がないので、これ以上私の邪魔をするなら――。」

「あなたの中にあるその存在を、消去せざるを得なくなります。」


 そう言いながら義覚は曲川を見据えた。


 膨れ上がった威圧に心拍が跳ね上がり、曲川の呼吸が一気に荒くなる。

「・・・・・・・・。」


「そこをどいてください。手研耳【タギシミミ】さん――今すぐに。」

 義覚が左手にスマホを持ち、石塚のあるこちらに向ける。


 ――魂の解放って、画像か動画か撮るってことなんか????――

 アニメや映画で見るように、魔法陣があって、大層な呪文があって、もっと派手な演出があってと思っていた曲川には、拍子抜ける状況ではあったが、殺気を放つ義覚から、本気具合を感じていた。


 立ちはだかり、なかなかどかない曲川に舌打ちをした義覚は、


 ――右手を大きく広げた口の中に入れた。


「うわぁ!!ええええええええ!キショッ!!・・・・なんやそれ⁉」

 想像もしていなかった状況に、絶句しながら、曲川は後ずさりした。


 完全に拳が口の中に入った義覚の背後の空気が、じわりと赤く滲んだように見えた。

 今すぐに立ち去りたい思いに駆られつつも、胸のど真ん中で、魂の開放は絶対にさせてはいけない感情が叫び声を上げていた。


 義覚がゆっくりと右手を口から引き抜く。



「・・・・・・・・・・」


 大量の唾液のような体液と共に、何かが出てきた・・・と思っていたが、


 ――何も、ない。


「はぁ?」


 嘔吐した直後のように、苦しそうな様子で呼吸をくりかえす義覚に、

「だ、大丈夫ですか?」

 思わず曲川は声をかけた。


 心配そうに見つめるそんな姿に、手の甲で口元を拭った義覚は

「あなた・・・まだ、何も見えていないんですね。」

 一瞬で、間合いを詰めた。



 ――――――――――



 クマゼミとミンミンゼミの合戦が最高潮に包まれた、真夏の緑が茂る生駒山麓。

 休日というだけあり、研究所に併設された科学館を訪れる家族連れの姿もあり、カンダルパ研究所の駐車場は異様なほどの賑わいを見せていた。


 エントランスで存在感を放つ、金色の龍のモニュメントを背景に、写真を撮る笑顔の家族。

 口を広げた龍の顔の前で、お道化る子どもの姿。

 それほど広くない売店も人であふれ、斧を持った赤鬼と、水瓶を持った青鬼の阿吽マスコット人形を手に取り、盛り上がっていた。


 そんな賑わうメインエントランスを避けるように、簡素化され、落ち着いた静寂のあるエントランスに案内された久米香月は、母の香織と共に、研究所の奥へ歩みを進めていた。


 先を案内する青色の白衣を着た人物は、義玄【ぎげん】と名乗った。


 挨拶を交わした感情の読み取れない視線が、歓迎なのか、軽蔑なのか、それとも同情なのか――判別がつかないまま、久米香月の空洞の胸を、さらに孤独に冷やしていった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本作は『トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル』シリーズとして連載しています。


★感想・評価・ブックマークをいただけると、とても励みになります。


また、本作の世界観をもとにしたAIドラマやイメージソングも制作しています。

ご興味のある方は、タイトル名や作者名で検索してみてください。


それでは、次回もお楽しみいただければ幸いです。

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