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第16話ー③

「ひふみよ いむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおゑに さりへて のます あせえほれけ!」

「ひふみよ いむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおゑに さりへて のます あせえほれけ!」


 真夏の喧騒から隔離された山麓の一角、【ひふみ祓詞】の波動が休日の生駒山を包み込む。

 その音の響きは言霊となり、周辺に存在する魂や空間の調和と浄化を促していた。


 心身と空間の整え、生命力の活性化、自然との調和。

 それは、

 父親がおり、母親がおり、子どもたちがいる。

 そこに祖父や祖母がいて、

 笑顔の絶えない、あたたかな家族。

 共に支え合い、感情を共有する家族。

 冗談を言い合え、本音で話せる家族。

 そしていつでも帰れる場所としての家族。


 そこには暴力は存在しない、価値を押し付け合うこともなく、役割に捕らえられることもない、外からの評価に縛られず、沈黙も我慢も強いられない、愛に満ちた家族。


 互いに思いやりと尊敬をもち、揺るがない信頼で結ばれた家族。


 その幸せな家族の集合体が国を形成し、国が幸せであるからこそ繁栄し、更なる幸福を個々に戻してゆく。


 それは理想では終わらない。

 現実にしなければならないという、祈りだった。



 暖かく、優しく、すべてを包み込むその波動は――



 左右にくねり、上下にうねる、人ひとりがやっと通れる山道。

 その先を歩く曲川に、嫌味なくらい届いていた。


 過去に少年野球の試合で何度か訪れたことのある生駒市立総合体育館。

 その時は全く気付きもしなかったグラウンド奥から続く小道に、迷うことなく足を踏み入れた。


 ―――この先に封印されとるあいつに会わんとあかんーーーー


 霊感など皆無だと思っていた自分の心の中心が今、使命感で溢れかえっていた。


 鉄塔を何本か横目に流しながら、開けた場所で背の丈と同じ雑草群を抜ける。

 再び木々の生い茂る小道を踏みしめる。


 蝉や名も知らない虫たちの声まで、詠唱と錯覚してしまう木々のトンネルを十五分ほど歩き続けた先に、

 それは突然現れた。


 ――墳墓――


 こぶし大の石が積み上げられた塚。


 そして石碑

 そこに刻まれていた文字はーー


 饒速日【ニギハヤヒ】命墳墓


 曲川は、無意識にこみ上げる懐かしさと虚しさに小さく息を吐き、ただ頭を垂れた。


 手に持っていたミネラルウォーターのペットボトルを石碑に供え、言い表せない感情に、暫く無言で墳墓を見つめ立ちつくす。


 曲川の汗で張り付いた前髪に南風がそよいだ。



 ――饒速日【ニギハヤヒ】命

 かつて、父である伊波礼毘古【イワレビコ】(のちの神武天皇)との戦いに敗れ、歴史から消されたはずの、0代天皇と呼ばれたもう一つの正統。


 現在の日本は、勝者である父―神武天皇の系統を、国家の象徴としている。



 本当に不思議な感覚だった。

 全く記憶にもないし、そもそも日本の歴史になど興味がなく、受験対策レベルの知識しかない。

 それなのに、知る人ぞ知るようなニギハヤヒの墳墓の前に立ち、遠き大和の姿とそこに吹く風を、胸のど真ん中に描くことが出来ていた。


「あれから・・・自分も、ひどい目にあったんですよ。」

 わき出す苦笑いと、時を越えた言葉が口元を動かす。


「正直・・・・国をどうのこうのとか、神がどうのこうのとか、全く考えたことなかったんですよね。」

「ただ・・・家族やみんなと一緒にいれたらよかっただけなんですよ。」


 曲川は器として、胸の奥からわき上がる感情と言葉に身を預けた。


「本当に申し訳ありませんでした。みなさんの幸せに暮らせていた家族を、国家の成立という、父の体のいい使命なのか欲望なのかよくわからないものに巻き込んでしまい。まるでヤクザのⅤシネマですよね。」

「本当に申し訳ありませんでした。」


 曲川は再び頭を下げた。


 木々の隙間を縫ってそよぐ南風が、頬を撫でた。


「ただ・・・・・・。」

 曲川はそこで止まってしまった言葉に、戸惑い自分の胸の辺りに手を置き摩った。


 風に揺れる青葉が切り取る、午後の夏の日差しが足元の影を濃くする。


「ただ、あなたたちはもう、歴史というこの世の舞台で、饒速日【ニギハヤヒ】命を演じるべきではないと感じています。」

「大和―日本は、右の壁にぶつかっては、左の壁にぶつかりの歴史だったのかもしれません。」


「でも、ふと振り返った時。ジグザグだったはずの道が、まっすぐになっている気がします。」


「それはこの先も、人類が歴史を刻み終わるまで続くと思います。」


「だから、あなたたちはこの場所から、今を生きる人々が織りなす歴史を見ていてください。」


「文句を言いたくなったり、手を差し伸べたくなる時もあると思いますが、そこはグッと我慢してください。」


 南風が、夏に茂る葉をそよがせた。


「それは、さすがに矛盾していませんでしょうか?手研耳【タギシミミ】さん。」


 突然、背後から届いた声に驚いた曲川は、体を反転させ、振り向きざまに身構えた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本作は『トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル』シリーズとして連載しています。


★感想・評価・ブックマークをいただけると、とても励みになります。


また、本作の世界観をもとにしたAIドラマやイメージソングも制作しています。

ご興味のある方は、タイトル名や作者名で検索してみてください。


それでは、次回もお楽しみいただければ幸いです。

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