第14話 3/3
※一か月ぶりの再開回です。物語はさらに新たな局面へ入ります。
生駒山麓。
夏の日差しを浴び、深緑が神々しく輝く。その中心に、荘厳な姿を見せる――【カンダルパ産業技術総合研究所】。
警備員に本人確認書を提示した後、車内で青色の研究服に着替えた義玄【きげん】は、水瓶の形をしたペットボトルの水を一口飲んだ。
強張っていた輪郭が揺らぐように容姿が変化する。
「なんだったんだ・・・あの二人・・・覚醒者が我々以外にもいるのか・・・」
小さくつぶやいた義玄は、髪の毛を整えながら関係者専用入口へ足早に向かった。
セキュリティーを解除し、開かれたドアに深く溜息をつく。
「量を間違えた? まさか、そんなわけ・・・あんな量で死ぬわけないでしょ。ただの警告・・・・。そんなつもりじゃ・・・」
フラッシュバックする苦しむ木之本の姿に、強気だった横顔に焦りが滲む。
本来ならーーー
多様性を認めなければ悪であるという強迫を、純真無垢に撒き散らしていた久米香月が受ける罰のはずだった。
「結局、人は見た目で判断する。私がどれだけ否定しようが、誰も【内側】なんて見ちゃいない。」
ようやく均されかけた価値観を、無邪気に掻き乱している。
世界の理の一片も知らない少年の分際で。
足早にヒールの音を廊下に響かせながら、一番奥の扉の前に立つ。
「国を維持することは、そこに住む人々を幸せにするためで、混乱させるためではない。」
次から次へと浮かぶ脈絡の無い言葉が、頭の中をのたうち回る。
気が付けば、親指の爪同士を擦り合わせていた。
不安定な魂に小さく溜息をついた義玄は、両手で髪の毛をかき上げ、扉に描かれた龍の紋章に額を近づけた。
解除された扉の先へ、足早に進む。
ヒール音が音ごと断ち切られるように消えた。慣れないその静寂の異様さに、義玄は目を伏せた。
乳白色の半透明パネルで覆われた壁の内部を液体のような光がゆっくり流れていた。
石英混合素材でできた床には、歩くたびに足元に古代文字が一瞬だけ浮かびあがる。
ヒール音の代わりに、通路の照明が「青」から「白」、そして「金」へと移り変わっていく。そして呼吸音がエコーするたびに、壁面の光が鼓動のように脈打った。
それはまるで、逃れられない太古からの運命に、秤にかけられるようだった。
通路の壁の一部が開き、無機質な案内光が義玄を誘導する。
真っ白な部屋の内部に、薄赤い研究服を着た人物の存在が、やけに鮮やかに浮かび上がる。
義玄は中央のテーブルパネルで操作をしている義覚【ぎかく】に言葉なく近づき、対面に立った。
「トウゴマの種が落ちていましたよ。余計な試みをするつもりではありませんよね。」
義覚は、パネルに手を伸ばす義玄を一瞥しながらつぶやいた。
パネルに次々と現れる古代文字を組み替え、合わせていく義覚の操作を補助しながら
「何の意図もありませんよ、次期所長さま。ん・・・大天狗さまってお呼びした方がいいですか?」
無感情で言葉を吐いた。
小さく溜息をついた義覚は
「どうされたのですか?唐突に。過去をぶり返すことはやめませんか。」
普段の雰囲気と違う話し方に、驚き顔で手を止め、操作を続ける義玄を見た。
「今回は小角教授が研究の追い込みに没頭するにあたり、私が代理でこの研究所を任されただけじゃないですか。」
パネルを凝視し反応を示さない姿に、再び溜息をつく。
「以前のように、妻という役割は全く関係ないですよ。」
「女という概念は時代と共に変化していますしね。」
❘❘❘何もわかっていない。義玄の胸で、くぐもった熱が膨れ上がる。
「わたしは女じゃない!」
テーブルに両手を叩きつけ、義覚を力いっぱい睨みつける。
「そんなことは、重々わかっていますよ。ですがいつの時代も、見た目でレッテルを張られてしまいます。そのレッテルは容易く剥がすことが出来ません。にも関わらず、あなたはその姿をする。」
「この姿を押し付けたのは、妻を演じさせたあなたたちだろうに!」
「・・・義玄さん、その言い方は違うでしょう。」
義覚の眉が振るえる。
「違う!何百年経っても、この姿をしているだけで、私がただの器になってしまうのがわからないのか。」
「嫌なら、やめたらどうでしょうか。」
少し苛立つように、義覚の声が大きくなってしまった。
「その選択肢も奪っておいて、何を言うか。」
義玄の脳裏では、【妻】という役を与えられ、民衆に理解されやすいという理由だけで【女の姿】を強制された過去が蘇る。その選択の代償として絶たれた未来が、何度も反芻されていた。
一呼吸おき、顔を歪ませながら義玄はテーブルから手を離し、「頭ひやしてきます。」と踵を返した。
「私たちが安心して任務を遂行できるのは、八咫烏の監視をあなたに任せているからです。私たちはあなたに心から感謝しています。それだけは忘れないでください。」
立ち去る背中に義覚は優しく声をかけた。
そんな言葉を払い落すように、義玄は開いたドアから足を踏み出した。
「・・・・・認められたいからと言って、魂を強化し過ぎなんですよ。あの人。」
閉じた扉が壁と同化する様子を眺めながら、義覚は更に溜息をついた。
―――――――――
開いた自動ドアの向こうから、ダークグレーのペリーコ〈メトロ〉がすっとのぞく。
チャコールグレーの直線的なスーツに身を包んだ斎部優耳が、静かな気配とともに姿を現した。
歩き出した瞬間、フロアにわずかな緊張が走った。
背面式デスクの列を抜けるたび、照明が斎部のチャコールのスーツに柔らかな陰を刻む。
ラウンジの奥、ガラス壁に囲まれた専用室。
斎部は一瞬だけ歩みを止め、静かに指先でセンサーに触れると、扉が滑らかに開いた。
扉が現世と境界を作るように閉じると、外のざわめきがすっと消えた。
斎部はガラス越しに、見慣れた大阪の街並みに一度だけ視線を投げた後、そのまま迷いのない足取りでデスクへ向かった。
椅子を音もなく引き、滑らかに腰を下ろす。
厚めの封筒をデスクに置き、パソコンの天板を静かに持ち上げた。
青白い画面が立ち上がると、その光が斎部の横顔を淡く照らし、室内に再び緊張が満ちていった。
重い悩みを抱えたように、斎部は短く息を吐いた。
――――――――――
先程まで、古びた雑居ビルの地下にある、純喫茶店でイスラエル外交官と会っていた。
たばこの臭いがこびりついた場所に、こんな服装では逆に目立ってしまうのではと、心配になっていたが、どうやらイスラエル側の息がかかった店だということだった。
懐かしいドアベルの音とともに扉を開けると、まず耳に届いたのは、蓄音機の針がレコードを削る、かすれた音だった。
淡谷のり子のブルースが、黄ばんだ壁に染み込むように流れていた。
古びた喫茶店の奥で、イスラエル外交官は静かに身を正した。斎部が席に着いた瞬間、男は軽く頭を下げる。
外交官はゆっくりと、厚めの封筒を指先で押し出した。
「お伝えしたい情報です。ただし・・・我々の中でも、全員が一致しているわけではないことだけはご理解ください。」
斎部はわずかに目を細めた。
「つまり、イスラエル側に“分裂”があると?」
外交官は肯定も否定もしない曖昧な笑みで応じた。
「世界は常に単一ではありません。宗派も、政府も、研究機関も・・それぞれに“解釈”があります。今回お持ちしたのは、古派内部で共有された“異常値”の報告です。」
運ばれてきた白磁に細い金縁が走るアンティークのカップから、モカの柔らかい酸味と香りが漂う。
斎部は封筒の封を切り、中の資料をめくった。
「カンダルパ産業技術総合研究所──
突然台頭してきた組織で、八咫烏の内部でも監視対象として名前が挙がっていますよね。」
外交官は小さく息を吸う。
「そこへ古派から資金が流れています。そして、資金の対価として“古カナン文字で書かれた未知のプロンプト”が解析対象として渡された可能性が高いです。」
斎部は資料に写った赤褐色の線刻文字に目を落とす。文字が左右反転しているようにも見える
蓄音機の針が跳ねる小さな音が耳に届く。
「・・・命令文の形をしている・・・」
「そうです。だが、現行AIのどの体系にも該当しない。これを“書いた者”が、現代人かどうかさえ不明です。」
外交官は、資料の一つを指で叩く。
「こちらのAI解析で、ある文字列が“反応”しました・・・あなた方の神話で言うところの・・・」
彼は少し咳払いをした後、囁いた。
「“封じられた名” です。」
斎部は眉をひそめ、腕を組んだ。
外交官は続けた。
「古派の内部では、その存在に呼応する何かが、日本で動いている、という意見が出ています。」
「我々が一致して言えることはひとつだけ。」
彼は冷たい目で告げた。
「カンダルパは、何かを目覚めさせる構文を解読しようとしています。」
「それが、現代科学か、神話か、AIか・・・境界が曖昧になりつつあるのです。」
斎部は腕を組んだまま、背もたれに体を倒した。
「私が赴任するより先に、こちらで動き始めているのか・・・」
「イスラエルに行かずに済みそうですね。」
外交官は苦笑した。
斎部は資料を閉じ、丁寧にまとめた。
「わかりました。ご協力に感謝いたします。」
「我々の方こそ、お力を貸していただき感謝いたしております。」
「本当に日本の均衡保持者である、あなた方に頼るしか方法はありません。我々もできる限りのことはいたします。これは、国家対国家ではなく、神話領域の揺らぎに関する最重要項目です。」
「国家は動きが遅い。宗派は利害で揺れる。でも我々【八咫烏】は違います。この国が揺らぐときに必ず動く組織です。」
モカを一口飲んだ斎部は、厚さより重く感じる封筒を手に立ち上がった。
軽い会釈で立ち去ろうとした斎部に、外交官はひどく意味深な言葉を置いた。
「もうお気づきだと思うのですが、出雲の【古き一派】が再び囁き始めています。それを最初に止められるのは、あなた方しかいないです。」
その言葉に頷く。
資料に目を通していた時から、斎部の胸の奥で、長く封じられていた名前がじわりと熱を帯びて浮かび上がっていた。
――――――――――
斎部は映し出された【カンダルパ産業技術総合研究所】所長、役小角【えんのおずぬ】のメッセージを眺めていた。
~~~~~
私たちは今、大きな転換点に立っています。
それは科学技術の進歩によるものでもあり、
社会構造の変化によるものでもあります。
少子化、家族の形の変容、価値観の多様化──
それらは、誰かの幸せを否定するための変化ではなく、
私たちが「何を幸せと感じてきたのか」を問い直すための揺らぎなのだと、私は考えています。
私たちカンダルパ産業技術総合研究所は、
生命とは何か、人間とは何か、
そして人が幸せであり続けるために、何を次の世代へ手渡すべきかを問い続けています。
命は偶然ではありません。
人は本来、守られ、導かれ、受け継がれる
存在です。
それは、特定の形の幸せを強いることではなく、
自分自身の幸せを見失わないための「軸」を取り戻すことだと、私たちは信じています。
私たちは、誰かを否定するためではなく、
誰かを救うために研究を続けています。
変化を恐れる必要はありません。
本来あるべき姿を、思い出すだけなのです。
未来は、混沌の先にあります。
その中で、自分にとっての幸せを見失わないことこそが、
次の時代を生きる力になる。
私は、そう信じています。
カンダルパ産業技術総合研究所
所長 役小角
~~~~~
何度も見返しているメッセージではあるが、どこにも違和感がない。
だが、読み終えた後、斎部の胸の奥には微かな圧が残った。
「なんや、この掴みどころのない、うっとおしさは・・・」
斎部は何かを祓うように、目を閉じて頸椎辺りを指で揉んだ。
トゥルルルルルル
突然、デスクの隅に開いてある電話が静寂を破った。
ハッと現実に引き戻されたかのように、一息呼吸をした斎部は、受話器を手に取った。
「はい。斎部です・・・。」
「はい・・・・男子高校生?」
「あーー知ってます。」
「わかりました。下に降ります。」
斎部は何故か、リングに上がる前の王者の笑みを浮かべ、受話器を置いた。
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