第16話ー①
※本作は『トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル』シリーズの一編です。
物語はラストへむかっていきます。
全く沈む気配のない太陽の下、二人一組でペッパー練習をしている大和まほろば高校野球部。
一回戦を突破でき、団結力が増し、活気づいてきたはずなのに、今この場所にいない部員がいることに葛本定茂は苛立っていた。
顧問の縄手章畝はどうでもいいが、絶対いないといけない主将の久米香月の姿がない。
更に投手陣の北越智峯丸と曲川勾太の両名がいない。
マネージャーの木之本沢奈もいない。
そのため山本水癒が一人で、数種類の飲料や保冷剤などの冷却グッズを準備している。
今にも「あいつら!おっとろしいんじゃ!」と叫び出したい言葉を「リズムや‼リズム!」「テンポよくいけや!」と声に出し、紛らわせていた。
周辺の緑から発せられる蝉の大絶叫と、汗で張り付く練習着、南風に舞い上がる砂埃、肌を突き刺す直射日光のうっとおしさに、体が避難を求め始める。
暑さ指数が、厳重警戒を越えそうな校庭に設置された時計の針へ視線を投げた葛本は
「十五分休憩やー!アイススラリー!用意してくれてるから、しっかり取れよ!」
返されたボールをキャッチした後、全員を見渡し叫んだ。
「はい!どうぞ!」
日除けテントに戻ってきた部員たちに、山本がタオルを巻いたフリーザーバッグを次々に渡していく。
最後に帽子を脱ぎ、その腕で顔を流れ落ちる汗をかき落とした葛本へ「とりあえず、お疲れさま。」と手渡した。
「おう!」
アイススラリーを受け取った葛本は、手のひらを冷やしながら、真夏の太陽光で真っ白に光るグラウンドに目を移した。
眉間に皺を寄せたくなくても、眩しさと苛立ちで深く刻んでしまう。
「みんなどうしたんやろ?またなんかあったんかな?」
葛本の怪訝な横顔から、校庭の先へ山本は視線を流した。
「チッ!ホンマ、あいつらおっとろしいわ。一遍コロさなあかんわ。」
舌打ちした葛本はアイススラリーのタオルを首にかけ、フリーザーバッグのジッパーを開け、中のシャーベットを一気に口に含んだ。
氷を大雑把にかみ砕き、グラウンドを睨む葛本に
「木之本先輩にLINEしてるんやけど、全然既読にならんねん・・・。」
「絶対、なんかあったわ・・・。」
山本は不安な声でつぶやいた。
「ッツ!アイツ!」
突然何かに気付いたように、一気に口の中のシャーベットを飲み込んだ葛本は、大声を出し走り出した。
「え?」
その叫びに驚いた山本は、全力で駆ける葛本の先へ目を細めた。
そこには、校門前に停まったタクシーから、学校へ走り込んできた北越智の姿があった。
まだ終わらない一日の長さを恨むように、太陽の高さに眉を歪ませた北越智は、鬼の形相で走り寄ってくる葛本の影に頭を掻いた。
「もーーーーーーーーぉ!!面倒くさい」
何かの呪縛にかかった久米に始まり、曲川と手研耳の完全融合、カンダルパ研関係者による木之本さん襲撃、そして正体不明の上級神魂との遭遇。
さすがの北越智でも、もう頭と体がぶっ飛びそうだった。唯一救いだったのが、それまで既読のつかなかった宇治から返信があったことだった。
なのに、今まさに更なる災難が襲い掛かろうとしている状況に、いっそ全部、祓い散らしてしまいたかった。
突進する葛本にバレないように大きく溜息をついた北越智は、
「せんぱいーー!!遅れてすいませーーーん!」
「木之本さんが倒れたので病院に付き添ってました!」
怒鳴られるタイミングを先読みして、大声を出した。
その言葉に葛本は「はあ?」と開けた口を歪ませ、スピードを落とした。
「ああ?倒れたってどねんしてん?」
理由があることに、怒りの矛先を降ろさざるを得なかったが、それでも眉間に皺はよったままだった。
「部室棟近くに倒れてて、たまたま見付けたんでよかったですけど、脱水症状やったみたいです。」
「あーぁガチか・・・俺らが無理させてんやなぁー」
近寄った葛本は汗だくになった顔を首に巻いたタオルで拭きながら、唇をかみしめた。
「木之本はもう大丈夫なんか?」
タオルをかけ直しながら、つま先で地面をこする。
「はい。大丈夫です。」
そう答える北越智に
「そうか、よかった。」
「ほんで、久米と曲川は、今、木之本についとるんか?」
葛本は息を整えながら、直射日光のまぶしさに目を細め、視線を送った。
「えーっと。久米先輩は・・・」
と言いかけた北越智は、突然の激しい心の揺れに言葉を止めた。
いま、北越智の手には、インソールのない久米のトレーニングシューズの片方がある。
木之本さんと曲川先輩が、カンダルパ研関係者と対峙していた駐車場に、何故か転がっていた。
――やっぱりなんかあったな・・・
具合が悪くなった久米先輩を、保健室まで間違いなく送った。
だから、まだ寝ているのではと言いかけたが、嫌な予感にその言葉はかき消されてしまった。
「あ、はい。そうです。久米先輩と曲川先輩がいてくれてます。」
そう言いながら、手に持つトレーニングシューズを葛本に見えないようにずらした。
「ほんまか?まあそれやったらええか・・・。」
葛本の目が、北越智の手元を一瞬なぞった。
――――――――――――
蒸し暑いリビングの中、クーラーのスイッチを入れることもなく、久米香織は手紙を手に湧き上がる苛立ちに震えていた。
嫌味なほどへりくだった丁寧な文面に、忘れもしない屈辱的な過去が蘇る。
テーブルの上には乱暴に開封されたゆうパック。その隣に畳まれた衣類と、久米香織様、久米香月様と書かれた二通の白い封筒。
差出人は言葉に表せないほどの嫌悪感に満ちた、ディアナ・カヴァースの名前があった。
香月が東京で彼女に会い、父親である忠の死を告げられていたことは聞いていた。
その後、教師の縄手によって発見され、保護されたことも聞いていた。
父親について香月に嘘を付いていた罪悪感と、将来を決める高校三年生という大切な時期もあり、認めたくない状況の数々を最大限受け流すように努力し、聞き流した。
しかし、香月は縄手と泊まったはずのビジネスホテルではなく、よりによってディアナ・カヴァース宅に衣類を置き忘れていた。
着替える状況、香月が裸になる状況・・・
元夫の忠だけではなく、息子の香月にまで誘惑の爪を立てたのではないかと、想像したくない映像が恐怖を呼び、髪を逆立てさせた。
そして、足元に散らばる【小角】(おづぬ)教授からいただいた、虹色の光を放っていたはずの【天磐船】(あまのいわふね)の破片。が、力を失ったように転がっていた。
香月が幸せになるために、家族を守ってもらえる守り神としていただいた神聖なるものが崩れてしまっている現状。
「あぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッ!」
香織はこれまでの人生で出したことのない声で絶叫し、手の中の手紙を微塵に破り撒いた。
ひらひらと手紙の破片は床に落ち、石の破片に降った。
それでも消えないディアナ・カヴァースの存在感で溢れかえったリビングルームの中で、今以上に発狂したい衝動を抑え、悪夢の中に自分が迷い込んだのだと言い聞かせ、冷静に落ち着こうとしていた。
愛する息子の畳まれた衣類に手を伸ばす。
嗅ぎなれない柔軟剤の匂いが、わき上がってくる。
香織は途端に吐き気を催した。
今にも引きちぎりたい思いに駆られながら、急いで洗濯機に放り込み、荒々しく大量の洗剤と柔軟剤を投入し、スタートボタンを押した。
洗濯機が唸りを上げて回り始める。
のぞき窓の向こうで、白い泡が渦を巻き、衣類を飲み込んでいく。
その様子を見た香織は、やっと息ができるように、大きく溜息をつき、洗濯機に背を向けた。
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