エピローグ・御桜城御前試合
青空の下で桜が咲き誇り舞い散る美しい島国、御桜皇国。それがわたし、御桜鞠絵が産まれた国だ。
御桜の姓が指す通り、わたしはこの国の第三皇女だったりする。小さいころから野山を駆けまわって男衆と一緒に獣を狩る野猿みたいな姫ではあるけど、そんなわたしも今年で花の18歳。絶賛お婿探しの真っ最中だったりする。
「ん~、いい天気。試合の前にちょっと散歩でも行ってこようかな~」
教育係のばあやが「外出時はちゃんと紅を刺しなさい」と怒るので、化粧鏡を覗き込んで身だしなみを整える。黒髪ばかりの御桜の民には大変珍しい桜色の髪を頭の高い所で一つに結って、かんざしで留めた。
「しかし、なんでこんな色の髪に生まれて来ちゃったかな~」
この珍しい髪のせいで殿方の間ではわたしの価値が跳ね上がっているらしく、ひっきりなしに婿入りの打診が舞い込んでいるんだけどうるさいうるさい。
「わたしより弱い男と契る気は一切ありません。わたしを妻にしたいならわたしを倒して見せなさい!」
お父上より年上の殿方とかどうでもいいようなのとかがどんどん求婚してくるので、嫌気がさしたわたしがやけくそ気味に言い放った言葉を周りが真に受けてしまい、それからわたしは月に一度という約束で御前試合に出場しなくてはいけないのだ。ちょうど今日が今月の試合の日。ちなみにもう半年は続けてるけど負け知らず。
「鞠絵姫! おはよう!」
「姫、今日試合だろ? 見に行くからな!」
「うん、ありがとー!」
愛用の山刀を腰に差して城下町を歩くわたしに、民たちは気さくに話しかけてくる。わたしがかしこまったのが嫌いで、お姫様扱いにぶーたれ続けてたらこれが当たり前になった。わたしに対してはこの国では敬語を使わなくても無礼にあたらないということにしたお父上はわたしに甘い。
「やあ鞠絵。ずっと改良していた桜色の大根が今朝採れたんだ。あとで城の厨に届けるからね」
「おう、そんなんより俺んとこの桃持ってきぃ! 甘々で口ん中で蕩けるでぇ!」
「吾人兄さん! 主水!」
見晴らしのいい丘に座っておにぎりを食べていたら、わたしに気が付いた幼馴染たちが駆け寄ってきた。大根農家の吾人兄さんと桃農家の主水は物心ついたころからずーっと張り合っているわたしの悪友だ。山刀の鞠絵と三人揃うと御桜の山猿三人衆……なんて言われてたっけ。ちなみに二人ともかなり昔にわたしと戦って負けている。
「吾人兄さん、お嫁さんが今三人目の臨月でしょ? そばにいてあげなくていいの?」
「ああ、僕がいても役立たずだからそれより御前試合でしっかり応援してこいって言われちゃったよ。ちょっと情けないな」
「お前んとこの嫁さん、鞠絵ガチ勢やからなぁ……。そうや鞠絵。今日の相手、異人やそうやないか。ええんか? そこんとこどうなん」
「え? そうなの? 全然聞いてない」
「なんでやねん!! おまえの亭主になるかも知れん相手やぞ!」
試合のことは全部お目付け役のじいやに丸投げしてたからいちいち確認してないんだよなあ……。
「てか異人って? どこから来たなんなわけ」
「はあ。僕の耳にすら入ってるのに君ときたら……。なんだか、黄金色の髪をした背の高い男らしいよ。名前はちょっと難しかったな。異人の名前は変わっている」
「磯丸だか伊豆丸だかそないな名前だったような気ィするな。なんやけったいな妖術を使うらしいで。いけるんか。山刀で」
「どんな男が来ようが負ける気はしない!」
「はあ、あのさあ。結婚相手を決める試合なんだからね? 最強を決めるためにやってるんじゃないんだから目的を見失わないようにね?」
「ん~、努力する~」
話している間におにぎりを食べ終わってしまったので、わたしは二人に別れを告げて城に帰ることにした。おいしかった~、やっぱお米だよね。
***
「姫様、いいかげんになされないからとうとう異人などが来てしまいましたぞ。最初の頃に良い家の息子に決めていれば今頃は……」
「姫様、くれぐれもはしたない振る舞いは控えて……」
「じいやもばあやもうるさいよ! 気が散るから黙ってて!」
口うるさいじいやばあやを軽くあしらうと戦装束をまとったわたしは御前試合の舞台にあがる。右手にはなじみの山刀。どんな相手が来てもこいつがいれば負け知らず。さあ来なさい! 磯丸だか伊豆丸だか!!
帝であるお父上が見守る中、ドン、ドン、と太鼓の音がして対戦相手も上がってきた。吾人兄さんの言った通り金色の長い髪をわたしと同じように高い位置で括って、若草のような色の髪紐で結っている。右目がないのか眼帯をつけた顔は人間離れしたかたち。そして一番変わっているのは、耳が葉っぱのように長く尖っていた。まるで天狗だ。変な奴。でもなんだか、ひどく懐かしいような気がした。
「……イスマイル」
一度も口にしたことのない名前のはずなのに、口から勝手に飛び出たその響きは蕩けるように甘かった。
「ま、まだ始めと言っていないですぞ! 姫様!!」
じいやのお小言が遠くに聞こえる。わたしはそのひとに向かって真っすぐ駆けて行って、山刀に手……はかけなかった。
「イスマイル!!」
「……お待たせしました、まりえさん」
生まれる前から会いたかったそのひとを、わたしはぎゅっと抱きしめた。そう。わたしはまりえ。今なら全部思い出せる。御桜鞠絵であり、マリエ・ス・カラカンであり、そして安彦まりえだった。まりえの魂を持って生まれてきた、唯一無二のわたし。
「やっと見つけましたよ。100年かかってしまいました」
「いいよ、わたしがおばあちゃんになっちゃう前に来てくれてありがと」
わたしを見つめるイスマイルは最後に見た時よりほんのちょっとだけ渋くなったかもしれない。年のせいなのか苦労が多かったからなのか、多分後者だ。全然変わってない。相変わらずかっこいい……♡
「改めて、愛しています。まりえさん。私の妻になってください」
「わたしも愛してる。イスマイルの奥さんに……なるね」
イスマイルはわたしをきつく抱きしめ、キスしてくれた。わたしはもう乙女ゲーのヒロインじゃないのに、そのキスで頭が痺れてつま先までとろとろにされてしまう。
「はあ……イスマイル……しゅき……♡」
「私もです、ああ、まりえ、好きだ……」
「こ、こらーっ!! 試合はどうした!!」
舞台の真ん中でしゅきしゅきラブラブしちゃってたら、お父上から物言いが入った。そうだ、これ試合だった。忘れてた……。
「そうか。一応勝っておかないと結婚できませんか」
「うん。そういうことだからはいどうぞ」
「ではお覚悟」
わたしは前髪をかきわけてイスマイルの目の前におでこを晒してみせる。イスマイルは約束されてたかのようにスムーズな動きで、かつて何度もしたようにわたしのおでこの真ん中に柔らかいチョップを落とした。
「ああ~ん、負けたぁ~」
「姫様ーっ!!」
わたしはわざとらしくその場にくにゃくにゃと崩れて倒れた。御桜の御前試合では地面にお尻がついたら負けなので、文句のつけようもない大敗北ということになる。これで名実ともにイスマイルはわたしのお婿さんになるのだ! じいやが叫んでるけど聞こえない聞こえない!!
「ぷっ、ははっ。あなたって人は生まれ変わっても全然変わってないんですね。仕方のない人だ……」
「へへ……。うれしーでしょイスマイル。ほら、だこちてだこちて」
「はいはい……。なんて可愛いんだ。大好きですよ……」
「きゃ~♡ わたしも! しゅきしゅきしゅき!!」
仰向けに転がったまま両手を突き出すと、イスマイルは柔らかく笑ってわたしをお姫様抱っこしてくれる。わたしはそれが嬉しくて、彼の胸元に顔をこすり付けた。
「ねえ、あのさ。実はね……。お婿さんが決まったらすぐ契れるようにお城にお布団のお部屋が用意してあるんだけど……どうする? イスマイル」
誰かが止めに来るかと思ったんだけどみんなぽかんとしてて何もしに来ないんで、わたしはイスマイルの胸板を人差し指でいじいじ弄りながらあからさまに誘う。いやだってずっと我慢してたんだって! ノーマニー×アルケミーにいた時何度も一線越えちゃいたいっていう瞬間があったんだもん! もうまっすぐおねだりしたっていいでしょ!?
イスマイルはエルフだからあんまりそのへんがつがつしてないかなってちょっとだけ思ったけど、わたしのその言葉を聞いてこっちを見たイスマイルの表情は今まで一度も見たことないような雄丸出しの猛々しい笑顔だった。
「もちろん、すぐにでも使いましょう!」
「い、意外~!! 馬鹿ですかって怒られるかと思ったのに!」
「あれから100年我慢したんだ。100年分の想いのたけ、全てあなたに捧げます」
は、はあぁ~っ!! やめてその顔、おちる~っ!!
「わ、わたし。この身体は生娘だからその……や、優しくね」
「それはちょっとやってみないと約束できませんね」
「なにそれ、昔の仕返しのつもり!? イスマイルってこんなえっちだったっけ!?」
「私の想いのたけがどれだけか、これからたっぷりわからせてあげますよ。さあ、行きましょう」
「うん……その……よろしくね」
イスマイルはわたしをお姫様抱っこしたまま舞台を降り、お城に向かって歩いて行く。舞い散る桜の花びらがわたしたちを祝福するようにやさしく降り注いでいた。
お疲れさまでした。これにて完結です。
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お城に行った後に起きたことをムーンライトノベルの方でちょっと書けたらなあなんて思ってますので、大人の方はしばらくお待ちください。




