76.まりえとマリエパパ
「さて、それじゃ今日は賢者の石を作るんだけど……」
マグマダイバーを倒した後、わたしはへとへとになって家に帰った。さすがにそのまま錬成をする気にはならなかったのでご飯とお風呂を済ませて朝までぐっすりと寝た。
日をまたいで改めて石を作ろうと思ったところで、わたしは王宮で姫の話を聞いていた時にちょっとひっかかっていたある事柄が気になりだした。
「やっぱ気になる。なんでマリエパパは王様に賢者の石を売らなかったの? 売ったら100万の借金なんか一発で返せたのに……」
まだなにかあるような気がして、わたしはマリエパパの部屋に行ってみた。
「この間貴族とパイプがないかどうか探した時はそれらしいものはなかったけどな~」
とはいえこの世界はゲームだ。シナリオの進行度によって出てくる情報が違うのはあるあるなこと。わたしはもう一度慎重に、埃まみれになるのも承知の上でベッドや机の下にまで潜り込んで家探しした。
「んお……。なんだこれ。不自然だな」
マリエパパが生前愛用していたらしい物書き机の下に潜っていたわたしは、引き出しの裏に異変を見つけた。鉛筆が一本通りそうなくらいの穴が一つ空いていたのだ。
わたしはピンときた。なんか昔読んだ漫画でこんなことしてる主人公がいた気がする。これは二重底の仕掛けなんじゃないか?
「よっと……ビンゴ」
机の上にあった万年筆を借りて開けた引き出しの下の穴のあたりを突き上げてみる。カタンと軽い音がして引き出しと同じ大きさの底板が持ち上がった。探ってみると何か四角い感じのものが手に当たる。
「手帳だ……」
手の油がいい感じに染み込んだ、使用感満々の手帳。わたしの手にはまあまあでっかくて、男の人の持ち物って感じだった。わたしは心の中で失礼しますと断って閉じてあるベルトを外し、手帳を開いた。
几帳面な男の人の字、といった筆跡でたくさんの計算式などが書き込まれているページ。その中に時折生活のことや家族についての覚書きも書かれていた。
「賢者の石と王様について書いてないかな……。あ、これか? えーっと……」
わたしはマリエパパのベッドに寝転んで手帳の文字を指でなぞりながら読み始めた。
『国王に賢者の石を買い取ると度々催促されている。国王は賢者の石の力によって不老不死になろうとしているのだ。しかし、賢者の石にそんな力はない』
えっ、と声が出る。賢者の石で不老不死にはなれないんだ。そっか。
『そのことは何度か国王に言っているが、聞く耳を持ってくれない。国王にとって石による不老不死は事実に関わらずすでに強い願望そのものなのだろう。本末が転倒してしまっているのだ。顧問錬金術師である私が何度言い含めても、冗談だろう、もったいぶっているのだろうと言って受け止めようとしないのだ。生きて死んでこそ人間だと言うことを国王に納得させられればよかったのだが』
うへ……。話聞かないおじいちゃん困るよな……。元の世界にもまあまあいたわ……。
『賢者の石を売れば報酬が手に入る。だからといって効果のないものを国王に売って、その後結局不老不死にはなれないと遅れて理解した国王が私や家族に何をするか。おおかた想像はつく。こういった問題を回避するために、我々錬金術師が賢者の石を作れることは極秘にされているのだ』
国王を偽の石で騙して金をむしり取った容疑で家族まるごと処刑、とかそういうことか。まあでもそれは今後もこの王都で生きていかなくちゃいけないマリエパパの事情だよね。わたしは借金を返したらノーマルエンドクリアで元の世界に帰るんだもんね。王様が騙されたって気が付く前に脱出すればいいわけだ。
「それまでにせめてイスマイルだけは解放してあげたいし。とりあえず賢者の石は作っておこう……」
マリエパパが石を王様に売らなかった理由がわかったのでわたしは身を起こして工房に行こうと思った。そう思うと同時に何の気なしにめくったページに書いてある文字がなんだかいやに目についた。
「なんだ……?」
『ゲーリッチ君に都合してもらった金を返すために隣町に仕事をしに行くことになった。妻にもついてきてもらう予定だ』
ああ……。そっか。マリエちゃんの両親って事故死したんだもんね。隣町を行き来してる間に事故っちゃったのかな。
『それにしてもマリエが17歳になった時は本当に大変だった。自分は転生者だなどと言い出して、今までとは人が変わったようになってしまったのだ。未だにマリエの発症した症状がなんなのかはわからない。しかし催眠術師による繰り返しの施術によって、なんとか元どおりのマリエに戻ってくれた』
ん? あれ? ええ……。
『それまでにかかった施術料は馬鹿にならなかったが、私たちのマリエが元通り幸せに生きてくれればこれくらいの借金などどうということはない。この仕事が終わったらすぐに返して、きれいさっぱりと気持ちを新たに家族みんなで生きていこう』
おお……。
「これ……。ノーマルエンドでマリエちゃんが実は転生者だって話になるやつか」
まだエンディングは迎えられていない。だけどこれではっきりした。わたしは今ノーマルエンドへのルートを確実に歩いている。
「わたしのゲーム、もうすぐ終わるんだ……」
その時、コンコンとドアノッカーが鳴る音がした。
来客の対応はピンちゃんに任せている。とはいえピンちゃんてばんわんわしか言えないから、結局わたしが確認しに行くことになるんだけど……。
「んわんわんわ」
「どしたピンちゃん。誰が来たの?」
「んわわわわ」
「え? 誰もいなかった? マジで? この世界にもピンポンダッシュみたいなことがあるか……」
ピンちゃんの言葉はわたしにもわからないんだけど、なんとなく身振り手振りで言わんとすることはわかる。わたしは確認のために玄関に向かい、ドアを開けてキョロキョロと周りを見回した。
「ほんとだ、誰もいな……」
何もなかったことを確認して顔を引っ込めようと思った時、突然横合いから黒いでかい塊が飛び出してきてわたしに掴みかかる。
「ぐッッッ!!」
そいつはすごい勢いでわたしをリビングの奥に押し込むと、喉元を掴んだまま思い切り壁に押し付ける。背中を強くぶつけたわたしの息が一瞬止まった。
「……おはようさん、マリエぇぇええぇぇえええええ。おまえの黒い王子様が、迎えに来たったでぇええぇえ……」
「ぐ……う……はっ……。オン……ドレ、アァッ……」
暴漢の正体はオンドレアだった。あの肉食獣みたいな裂けた口を笑みの形に歪めて、目はバシバシに血走ってしまっていた。
「何……、まだ十日、経ってない……でしょ、取り立てには、早くない?」
「そないなことどうでもええねやぁあぁ……。俺はお前がいれば他に何もいらへんのや……!」
怖い。元の世界の接客業でたびたび目にしたことのある、話の通じない人特有の前に尖っていくような獣じみた顔つき。それでもわたしは自分のペースに持ち込もうと平気なふりをした。
「んわ! んわ! んわんわ!」
突然の闖入者からわたしを助けようとピンちゃんがオンドレアの足元にすがってしがみつく。駄目、ピンちゃんあっちに行ってて……!
「やかましいわ、なんやこのけったいな桜大根は!!」
「んわーっ!!」
オンドレアが片足をぶんと蹴って払うとピンちゃんは足からすっぽ抜けて飛んでいき、部屋の隅のゴミ箱に頭からすぽんと落ちた。
「んわわわ……」
頭が抜けなくなったピンちゃんはゴミ箱を被ったままよろよろ走って隣の部屋に行ってしまった。
「邪魔モンおらんようになったな。ほないこか。マリエはもうなんも心配しなくてええからな……。誓いのキスしよや」
「……やっ……」
近づいてくる猛々しい笑みをかわそうとわたしはとっさに手を口元に持っていく。その手には他ならぬオンドレアが前にくれたチョットダケの指輪が嵌っていた。
「それまだつけとったんか。でもな、言うてへんかったけどその指輪、回数制限あんねん」
「……ひ」
オンドレアがそう言うと同時にチョットダケの指輪はぱきんと割れて粉々になった。まじ、やばい。やばすぎ!
「……なあ、あんま嫌がんなや。俺だってほんまはお手手つないで仲良く出ていきたいねんから……」
馬鹿に優しい口調になったオンドレアがコートのポケットから何か取り出した。窓から射す朝の光を反射してキラリと光ったそれは……。
「何……その注射器……!!」
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