72.まりえと顔パス
「ただいま~、疲れた~!」
「んわんわんわ」
大量の毛皮や宝石を持って、わたしとピンちゃんは家に帰ってきた。一息つきたいところだけど、まだまだやらなきゃいけないことはいっぱいある。
「とりあえず、宝石として売れそうなでかいやつと単体では売り物にならなそうなやつを仕分けしなくっちゃ。ピンちゃん、その宝石は工房の方に運んでね」
「んわわ!」
鑑定なんて気の利いたことはできない。わたしは錬金術師であって鑑定士とかではないので。また貴族街の宝石屋に鑑定に出したりしたほうがいいんだろうけどあんまり行ったり来たりして時間を浪費したくなかった。利息は刻一刻と加算されていくのだ。
「石のグレードによってちっちゃくても高いとかでっかいのに安いとかあるんだろうとは思うんだけど……」
鑑定できないとはいえアイテム図鑑があるのでどれがなんの石なのかくらいは判断できる。わたしに限らず女オタクは意味なく石に詳しいのだ。
現実世界でも高値で取引されそうなダイヤモンド、ルビー、サファイア、アレキサンドライトなんかは避けておく。
そうすると手元に商品にならないクズ宝石がたくさん余るので、こっちは加工することにした。
「天然石パーツに変えちゃう。これを使って貴族の奥様向けにアイテムを作る!」
デザインは申し訳ないが転生前の職場だったブランドのとかパクらせてもらう。世に溢れていた異世界転生物の主人公も料理だとか音楽だとかけっこうこういうことやってたし、わたしだけ誰かに怒られるってことはなかろう。
「そんな人いたらこの立場、変わってもらうわ……」
宝石をパーツに錬成する作業を繰り返している間、わたしは考え事をする。結局わたしはここまでしてもといた世界に帰りたいのか? ということだ。なにせろくに身寄りもいない。お祖母ちゃんはいるけど最近ちょっといろいろ曖昧になってきててわたしのこと孫なんだか娘なんだかわかんなくなってきてはいた。彼氏はわたしのこと線路に突き落としたカス。もう彼氏だなんて思えない。友達はわたしが馬鹿だったから疎遠。わたしってばなんもねえの。将来のことを考えて婚活とかしたほうがいいのか? とすら思っていた。
「それでも、ここはわたしの世界じゃない」
ここから帰らないでイスマイルと一緒にいることにしたらどうかなんてことはわたしだって寝る前にベッドの中とかで何度も考えてるんだよ。借金を返してノーマルエンドの条件を満たしたうえで帰らないという選択をしたらどうかってことは考えたんだ。だけどさ。イスマイルはマリエちゃんのエンディングの後、数日しかその世界には留まっていられないんだ。本人がそう言ってたもん。
イスマイルのことは愛してる。だけど彼にだって彼の事情がある。わたしは彼が自分のエンディングを迎える権利を奪いたくない。
「こうやって汗水流して頑張ってきてさ……いきなり自分の選択肢を奪われたらわたしだったらすっごく怒ると思うもん……」
「ん~わ~……」
思考の沼に沈みそうになっていたわたしを咎めるような声がした。振り向くとピンちゃんがアイスティーとサンドイッチを載せたお盆を持ってこちらを見上げていた。
「ピンちゃん。お茶淹れてくれたの? ありがとうね」
「んわわ!」
そうだ。下手の考え休むに似たりだよな。こんなの、借金返してから考えればいい。わたしの馬鹿脳みそでいい考えが思いつかなくたってイスマイルと二人で考えればきっといい考えが浮かぶはずなんだ。
「あ~、そうね。あといい加減お米も恋しいね」
「んわ?」
きゅうりだけ挟まったサンドイッチを前歯で噛みつぶす感触は軽快で、気持ちを切り替えるのに役立ってくれた。わたしはぐるぐる思考をやめ、アイテムを作る作業に再び没頭するのだった。
「よ~し、できた。これだけ作ればなんとかなるでしょう」
わたしが作ったのは天然石パーツでデコりまくった手鏡やポーチ、小物入れ、香水瓶などなど……。貴族のご婦人や令嬢が喜びそうなんじゃない? といったアイテムの数々。
「た、たいへんだった……、目がくしゃくしゃする……」
窓の外を見るともうとっぷりと日が暮れてしまっていた。今から貴族街まで売りに行くのはさすがにナシだ。もう結構疲れちゃったしね。
というわけで、わたしはお風呂に入って朝までぐっすり眠るのでした。
***
「ん~、いい天気! 商売日和だよねっ!」
次の日、わたしは作ったものを持って貴族街までやってきていた。
一晩寝たらちょっと頭が冴えてアイデアが浮かんだので、昨日作ったアイテム以外にもいくつか増やした。
「へへ、火ネズミの毛皮が残っていたからね。ミトンを作ったよ。どこんちもオーブンを使うだろうし売れると思うよね! ピンちゃん!」
「んわわ」
結果から言うと、ミトンは売れた! 貴族街となると雑貨屋さんとかじゃなくて、高級生活用具店……そんなお店があったので売り込んでみたのだ。
「ほら、これを付けてると掌の上でマッチを擦ってもですね~、なんと全然熱くないんですね~」
「んわ」
ピンちゃんに火がついたマッチを掌にぽいと置いてもらって、それが燃え尽きるまでわたしが熱がらず火傷なんかもしていないというところを見てもらったら店主さんがそれをとても気に入り全部買い上げてくれたのだ。結構いいお金になった。これでマグマの上を歩ける靴を買う資金になりそうだ。
「あとは、『奥さんにプレゼントしたいのだ』紳士ね。今日いるかな……」
わたしは要望をでかい声で言っているNPCがいっぱいいる広場に移動する。ワルブレヒトは……いないか。つい探しちゃうよな。
(そういえば……)
ワルブレヒトがあの木箱に詰められて送られて来た時、わたしあの中身が彼だって開けるまで知らなかったのになんだかすごく怖かったんだよな……。
(なんでだろ? 血が付いた封筒を見たから? たしかにジャムみたいになっちゃったワルブレヒトはかなりショッキングだったけど、開ける前からそんなだなんて知るわけないし……)
……ジャムみたいになっちゃった人体。
(やだやだ! なんで急にこんなこと思い出したんだろ! ワルブレヒトは助かったしもういいんだよこんなことは! えっと、奥さんにプレゼントしたい紳士を探さなきゃ……)
自分で思い浮かべたイメージが気持ち悪すぎて冷や汗が流れる。想像で意味なく勝手にダメージを負ってるのが馬鹿馬鹿しすぎて、わたしは一度自分の頬を片手で軽く張って気持ちを切り替えた。
「妻にプレゼントがしたいのだがなあ! 吾輩には婦人が喜ぶものがどういうものなのか皆目見当もつかないのだなあ! 誰か気の利いた婦人用の小物など吾輩に都合してはくれないものかなあ!」
「あ、いたいた。あの~」
わたしはさっそく愛妻家紳士に作ったアイテムを売り込む。
「奥様の好きな色とかってご存知ないですか?」
「好きな色か……」
「好きな花とかでもいいですよ」
「おお、それなら妻はネモフィラの花が好きだな」
「ネモフィラですか、だったら青っぽいのがいいかもしれないですね」
「うむ、確かに! ではこの青い手鏡を……」
愛妻家紳士は青系のパーツでデコデコにデコった手鏡をお買い上げしてくれた。
「いやあ、助かったよ。しかし君、君のところの商品は素晴らしいね。これは王妃様や姫様への献上品に耐えうる出来なのではないだろうか」
「え、そうですか!?」
急に王妃様、姫様なんて言葉が出てきたので驚いて聞き返す。あっ、これってもしかして!?
「実は吾輩は王宮に出入りする職の者でね。君が良ければ吾輩が王族の方に口を利いてあげよう」
紳士がそう言った瞬間、何かが変わった感覚があった。わたしは紳士にお礼を言うと自分の称号を確認するためにコンパクトを開く。
『マリエ・ス・カラカン、貴族の顔パス』
称号の欄を見た私の目に飛び込んできたのは、王様へのお目通りができるようになる『貴族の顔パス』の称号だった!
「やった~!! これで王様に会える!! やったねピンちゃん! 手数がふえるよ!」
「んわ~!!」
わたしは街中でガッツポーズをすると、さっそくアイテムを売り込みに王宮への道を歩き出した。
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