7.まりえとスイーツショップ
次の朝、わたしは工房備え付けの焼却炉の前でワルブレヒトの部屋から出されたゴミ箱を持ち上げていた。足元では手足の生えた大根みたいなのがわたしに踏んづけられて手足をばたばた動かし無言の抗議をしている。これはワルブレヒトの使役するホムンクルス。このゲームのマスコットキャラでもある。けっこう可愛い。
「なんで超絶美少女ヒロインのわたしがゴミ漁りなんかしないとならんのか!」
ワルブレヒトは昨日部屋に入ってから出て来ていない。修行に来ていたときからそうだったけど、あいつは雑用を自分で作ったホムンクルスにさせる。わたしはそれを知っていたので早起きして焼却炉の前で張っていたら、そいつがえっちらおっちらゴミ箱を運んできたので奪い取ってやったのだった。
ゴミ漁りの目的はもちろん昨日奪い取られたブローチだった。もしワルブレヒトがあれを捨てていたなら燃やされる前に取り返せないかと思ったから。
「昨日の今日でいったい何をこんなに捨ててるっていうの……、いいや、ぶちまけちゃえ」
つい昨日来たばかりだと言うのにワルブレヒトのゴミ箱は溢れんばかりにいっぱいになっていた。ゴミ箱を逆さにして振ると、中から丸めたティッシュみたいな紙がどっちゃり溢れてわたしの足元を真っ白に埋め尽くす。男の人の香水、ムスクみたいないい匂いがふんわりと漂ってきた。
「なんだ? 香水こぼして掃除でもしたのかな?」
なんとなく変な予感がして、わたしはそれを拾い上げることはせずに足で蹴ったり踏んだりして中にブローチが包まれていないか確認する。なんだろう? なんで触りたくないのかな? まあ、12人孕ませ多産DV野郎のゴミなんか触りたくないのは当たり前なんだけど……。
「まったく、あんなアイドル顔して絶倫だなんて……ん?」
絶倫……ティッシュ……。
「きゃああぁッ!!!」
わたしはたくさんの丸めたティッシュがなんなのか思い当って悲鳴を上げた。これ、ゲーム上の乙女向けフィルターでいい匂いに変えられてるだけで、その、その、アレだ!!
「『お兄ちゃんゴミ箱妊娠させる気ですかぁ!?』ってやつだッ!! げえっ!! きちゃなっ!! ひーっ!! 靴がッ!!」
わかんない人はそれでけっこう!! ピュアな自分を大事にして! わたしはピュアじゃないのであまりの嫌悪感にその場でばたばたと足を上げ下げして両腕に立った鳥肌をさすさすさす! と擦った。足の下から解放されたホムンクルスがとても不満げに散らばったティッシュをトングで拾い集めている。
「ひーん! ホムちゃん仕事じゃましてごめんなさいでした……。そのオゾい男の遺伝子を跡形もなく焼いてください……」
ホムちゃんはぷんすかぷんぷん! といった雰囲気で黙々とティッシュを焼却炉にぽいぽいしてくれた……。
「昨日のあの流れで……あの男、人んちで何を……。絶対オカズわたしだよね……コワ~……」
駄目だ。今日はもうこの家にいる気にならない。錬金するときと部屋で寝る時以外は極力外で活動することにしよう。わたしはチリ紙ショックで萎えてしまったやる気を前向きにするために一旦家から離れた。
(うーん、これからどうしよ……)
ノーマニー×アルケミーではマリエちゃんが作ったアイテムを売ってお金稼ぎをするわけだけど、売れる商品は多岐にわたる。扱う商品によっては誰のルートに行くのかというフラグ分岐に関わったりもしたはずだ。
地道にポーションやエリクサーなど人々の役に立つお薬を売って健全に活動し、ワルブレヒトと結ばれるのがワルブレヒトルート。ちょっと法的になんかその、ダーティな……『コムギコカナニカ』とかを売るとオンドレアルートに近づく。当然だけどコムギコカナニカのほうがポーションより全然高い。一日目でスラムに行ったわたしは、ワルブレヒトルートを早めに脱出してオンドレアルートをたどり、その上で借金を返してノーマルエンドを迎えたかったのだ。
(なのに、スラムに無事に行くためのアイテムをワルブレヒトに取られるだなんて! イスマイルの所にも行けないじゃん! どうしたらいいの?)
街をうろうろと歩きながらわたしは考える。要するにごろつきに絡まれても一人で何とか出来るくらい強くなればスラムに行っても大丈夫なわけで……。防御や攻撃を底上げする装飾品アイテムとかを錬金できるようになってからだったらスラムに行くことはできるようになるはず。
(ブローチなくしちゃったことオンドレアにバレたら絶対やばいよね。気をつけなくちゃ)
とりあえず今すぐできることは、イスマイルに借りたお金でなるべく高値で売れるアイテムのレシピを早い所買っちゃう。それでどんどん作って売って活動を軌道に乗せなくちゃね。
(あと他にもなんかお金作る方法あった気がするんだよね……えーっと。もー、ずっとやってないゲームの記憶なんてあやふやだっていうのに……)
そこまで考えたところでお腹がぐうと鳴った。そう言えば朝ごはんまだだった。お腹がすくと錬金ができないので無視するわけにはいかない。
(借金を抱えている身で優雅に外食なんかしてられないんだけど……。切り詰めすぎてメンタル崩壊してもいけないもんね。なんか買っちゃお)
王都の開けたところまで来ていたわたしは目の前に可愛らしいスイーツショップがあるのに気が付いた。あー、そういえばあった気がする、スイーツショップ。確かこのゲーム、普通の食事よりもスイーツの方が満腹度回復できたり、なんかバフがかかったりしていいんだよね。
一つ思い出すとどんどん思い出してくる。そうだ。たしかこの店でバイトができるんじゃなかったっけ。序盤の金策はこういうちまちましたバイトとかも馬鹿にできないんだった!
「あ……でも今は空腹が勝つ~。なんか甘いもの、フルーツサンドとか食べたいっ!! バイトの打診は食べた後にしよっと。こんにちわ!」
ピンクでゆめかわな店内に入って、わたしはフルーツサンドと紅茶のセットを注文した。ちなみに120マニーだった。雑貨屋のサンドイッチが50だと思うと贅沢だ。それでもこの店は王都の女の子に大人気らしく、朝っぱらからけっこうお客が入っている。
「お客様、恐れ入ります。今の時間は大変込み合っておりますので相席になってしまうのですがよろしいでしょうか?」
「あ、相席オッケーです」
答えちゃってから相席相手がワルブレヒトとかオンドレアだったら嫌だなと思ったけど、行ってみたらそのどちらでもなかった。
「おや、まりえさん。奇遇ですね」
「イスマイル!? 何やってんのこんなとこで!」
店員に案内されて行った席ですでに食事をしていたのは、エルフの金貸し、イスマイルだったのだ。
「何やってるもなにも。スイーツをいただいています」
「それは見ればわかるけどさあ。てかなにその量、すごっ!!」
窓から射しこむ朝日を受けて長い金髪をきらきら輝かせながら、イスマイルは小さなテーブル一杯に様々なスイーツを拡げて食べていた。今彼が食べているのは金魚鉢みたいなでっかい器に入ったドデカフルーツパフェ。それ以外にもプリンアラモードとかフォンダンショコラとか……。それなりに甘いものが好き好きウーマンのわたしが見てもちょっと胸やけがしそうな皿数と量。だけどイスマイルは優美な手でデザートスプーンを操って、まったく唇を汚さずにひらりひらりとそれを空にしているのだ。
「繰り返される毎日を退屈に過ごしている私だが、この世界の甘味だけは好ましい。時々王都まで出てこうやって舌を可愛がるのが数少ない楽しみでしてね」
「いいけどさ……太りそ~。やだよわたし、クソデブエルフなんて」
「ふくよかな人に対してそんな失礼なことを言うものではないですよ。それにどうせ太る前にリセットされるのです。好きにさせてもらおう」
「まあ、とりあえず相席いいよね」
「ご自由にどうぞ」
空になったお皿が回収され、開いたところにフルーツサンドと紅茶が置かれたので、わたしはイスマイルの向かいに座ってそれを食べ始めた。
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