68.まりえとトゴ
「それでな。お手紙読んでくれたか? ゲーリッチのとこが持っとったマリエのお父んの借用書は今は俺の手にある。せやから借金は今度から俺に返してなって書いてあったやろ。まあその通りや。この事務所にマリエが自分の足で返しにくるんやで。自分から、マリエは俺に会いに来るの。嬉しいわなぁ」
わたしの気持ちとは関係なく、オンドレアは自分の話を続ける。確かに先日とんでもない状態のワルブレヒトと一緒に寄越した手紙にはその通りのことが書いてあった。
「椅子くんが貸してた金の利息はトイチだったようやけど。俺の利息はトゴやで。十日で五割や。びた一文まからへん」
十日で五割。えーと元の借金が百万だったとして十日で五割だと十日後には利息は五十万で……? 返さなきゃならないお金が総額百五十万になってて……?
「え? ちょ、やばくない? 取りすぎじゃない?」
「これが俺のやり方やねん。愛の鞭っちゅうやつやね」
やばすぎ! とりあえずわたしはこの場でイスマイルに借りていた分と利息だけ返すことにした。
「じゃあとりあえずイスマイルに借りてたぶんはこの場で返すからそれに関してはトゴ発生させないで! ほら! ほら!」
「ほー、思ったより稼いだんやね。おい、これ間違いないか? 椅子」
「……はい、間違いありません……」
「あとで俺の代わりに帳面つけとけ、な」
わたしが突き出したお金を受け取って、オンドレアはそれをがさっと無造作に上着のポケットに突っ込んだ。
「まあこの調子で一人で返せる言うなら頑張ればええけど……。俺の女になるってこの場で誓うならチャラにしてやってもええよ。どないやねん」
オンドレアの言葉を聞いたイスマイルが声を出さずに口パクだけで「駄目です」と言ったのがわかった。わたしだってそんなの嫌だ。だけどこれ、返せるか……? ええい、でもここで屈したら終わりだ!
「一人でやる。もうイスマイルの手も借りない。だからわたしが借金を返せたらイスマイルを解放してあげてよ……!」
「はぁ~? 俺以外の男の名前言いながらそないな目で睨んでからに。こないな回りくどいことせんで力づくでものにしたったってもよかったんや、せやのにわざわざ猶予をあげとんのよ俺は。なあ、椅子くんもそう思うやろ? 思うなら今すぐ灰皿付きになってくれ」
「はい……うっぐ……っ」
オンドレアはにやにやと笑顔だが、明らかに苛立っていた。イスマイルの左手がオンドレアの方に掲げられると、オンドレアはそこに火のついた煙草を押し付けて消した。
「酷いことしないでって言ってるのに!!」
「はぁーっ、ゲーリッチの坊ンにしろこいつにしろ、長いことマリエと仲良しタイム過ごしてずるいやないの。俺ももっとマリエと普通の時間過ごしたいんよ。俺のこともっと知ってマリエちゃん。そんで俺のこと好きになってな」
こいつ……、ほんとに自分のやりたいようにしかしないし、言いたいことしか言わない! どうやってこんなやつのこと好きになればいいんだよ! むかつくんだよ~!! 馬鹿!!
「ワルブレヒトにしたようなことイスマイルにやったらわたし、あんたのこと殺すからね……! オンドレア!!」
「ほぉ……」
イスマイルの無事のために我慢しようと思ったけど、気がついたらわたしはまたオンドレアに啖呵を切っていた。頭の端っこでやばいやばいと警報が鳴っていたけど、予想に反してオンドレアは夢見るような笑顔を見せてきた。わたしじゃなくてオンドレア推しの転生マリエだったらきっと涎を垂らして喜びそうな、特別な顔って感じがした。
「嬉しいなあ、ほぼプロポーズやんそれ。今の啖呵に免じてそこは約束しといたる、虐めすぎて死なれてもつまらんしな。なあ椅子くん、なあ?」
「はい……」
イスマイルはずっとオンドレアの言いなりになっている。きっとイスマイルにも抵抗できない理由が何かあるんだと思う。だって、イスマイルは魔法も使えるし強いんだもの。
(イスマイル……ごめんね。悔しいよね。でもわたし絶対負けないからね。絶対解放してあげるから、耐えてね……!)
わたしは目だけでイスマイルにそう訴えかける。イスマイルは笑顔を返してくれた。
「わたし帰る。お金稼がなきゃ」
「もうちょいゆっくりしていってもええのに。お茶しようや」
「いらないっ! それより絶対イスマイルのこと解放してよね!」
もうこれ以上オンドレアと話していたくなくて、わたしは事務所から出ることにした。後ろからオンドレアの「ほなまたな~」というふざけたような声がかかる。
殺すから、とはいったものの、わたしはオンドレアを殺せないと思う。ワルブレヒトも見捨てられなかったわたしだ。あの場でマチェーテを抜いて殺す気でやりあえばもしかしたらすぐにイスマイルのことを助け出せたかもしれない。
(でも、手加減しながら戦って勝てる相手って感じが全然しない……)
ノーマニー×アルケミーにオンドレアと戦闘するイベントなんてない。なのに盗賊のカシラとかヤンデリカとかと全然違うオーラがオンドレアにはある。なにせワルブレヒトをあんな風にしちゃう奴だ。しかも普通ああいうことした時、馬鹿正直に自分がやったなんて手紙を寄越してくるやつなんかいない。人間として倫理観のブレーキがぶっ壊れてる。
(なんてやつに目をつけられちゃったんだろう。っていうか今更だけどなんであんなのが攻略対象なんだよ~っ! もっと王子様とか堅物聖職者とかそういう攻略対象であってほしかったよ~!)
でも今はイスマイル以外の男なんか全然興味ないけどね。
(イスマイルの力を借りずに効率よく金策する方法を考えなきゃ)
利息がトゴになったから装備を買って揃えるのはもうやめた方がいい。そう思うと、イスマイルの分の装備のことをもう考えなくていいのは悪くはない。
(悪くはないけど、イスマイルかわいそうだよ~っ! 高貴なエルフなのに……。椅子とか灰皿とかみたいな扱い受けて……。多分オヤツも出してもらえないよね……)
甘い物大好きなイスマイルがスイーツショップにもいけずにしょんぼりあの事務所で雑用とかやらされてるところ想像したら本当に気の毒で仕方がなかった。
(こんなことになるんだったら泊まってもらった時にクッキーいっぱい焼いて持たせてあげればよかった……)
オンドレアはわたしが借金を返したらイスマイルを解放してほしいという願いにはいもいいえも言わなかった。周到な奴だ。だけど、わたしは絶対返して見せるから。イスマイルのことも解放させてやる!
わたしはスラムを駆け抜ける。もうグダグダ言ってはいられない。これからの方針を立てなおさなくちゃ。
「待っててね! イスマイル!!」
うおーっ! と叫んで気合を入れ直し、わたしはまっすぐに家に帰った。
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