65.まりえとルート分岐
「……ホムンクルスの肉体は成長しない。年も取らず、このまま寿命が尽きたらぱったりと死ぬんだ」
小さな手で滲んだ涙をぐいとぬぐって、ワルブレヒトはぽつりぽつりと話す。
「僕はね。君と結婚して子供を作りたかった。愛する君と子供たちに囲まれて生きていきたかった……。だけどこの身体ではもうその夢は生涯叶うことはない。きっと君に意地悪をした罰だね。僕はこれを受け入れるよ」
「兄さん……」
三歳の身体では生殖能力は期待できないだろう。ホムンクルスを作りたくてもわたしと同じように何かの内臓を用意しないといけない。できなくなったことはきっとほかにもたくさんあると思う。でも、ワルブレヒトの夢はホムンクルスにならなくてもかなわなかったと思う……。
「……ごめんねワルブレヒト兄さん。わたし、ちっちゃいころは兄さんのお嫁さんになるなんて言ったこともあったかもしれない。でもやっぱり……。兄さんのことはあくまで『お兄ちゃん』としか思えないの……。だからもし兄さんがこうならなくてもわたしは兄さんの子供を産みたいとは思わなかった」
ワルブレヒトの好きな女の子はわたしじゃなくてあくまでマリエちゃんだ。それと同じでわたしが持っているワルブレヒトとの記憶も本当はマリエちゃんのもの。もしかしたらマリエちゃんの好きな相手はワルブレヒトで、マリエちゃんにとってワルブレヒトの子供をたくさん産むのはそれこそゲーム制作者が想定した通りグッドエンドだったのかもしれない。
でもわたしはマリエ・ス・カラカンじゃなくて安彦まりえだから……。彼の希望にははっきり決着をつけないといけなかった。
「そうか」
ワルブレヒトは傷ついた顔をしていた。それはそうだ。家をなくし、両親の安否も知れず、拷問されて殺されかけたうえホムンクルスとして一生子供のまま生きることが決まり、そのうえ失恋だ。泣きっ面に蜂、踏んだり蹴ったり。かわいそう。
「だけどね。一緒に暮らしてた時は本当の家族のように思ってたよ」
ワルブレヒトと実の兄妹のように修行していたマリエちゃんならきっとそう思ったに違いないし、意地悪をやめてくれたあとのワルブレヒトは優しかった。一緒に食べたごはんの味だってきっと忘れない。温かい家庭の幸せな味だった。
「失恋とはこんなに辛いものなんだね……」
小さな手を胸にあててワルブレヒトは俯く。頭に生えている大根のはっぱがしお……とうなだれた。
「さて、いいでしょうか」
なんともいたたまれない空気をイスマイルの声がぶった切る。もうちょっと落ち着く時間与えてほしいけどなあ……。でも結構口数の多いイスマイルにしては待っていてくれた方だとは思った。
「それで、ワルブレヒトさんはこれからどうするつもりなのですか? 今の所あなたが生きながらえたことを知っているのはここにいる私たちしかいません。しかしこのままこの家にいたら遅かれ早かれ露呈するでしょうね」
そうだ。ワルブレヒトが生きていることがオンドレアにバレたらやばいんだ。あいつにとってワルブレヒトは一番最初に排除しておきたかった恋敵。絶対にまた殺しに来るだろう。その時に賢者の石が手に入っている保証はないし、死体を残してくれなかったらもうおしまいだ。
「でも、もうワルブレヒト兄さんここ以外に身寄りはないよね? おうちはなくなったし、婚約者の家ももう頼れないし……」
「君たちは失恋の感傷に浸る時間もくれないのかい……。まあそうだな。名前を変えて別人として生きるのがいいだろうとは思う」
「だとしてもどこに行きますか? 行先のあてがなくては」
「うーん。あ、わたしが性転換して従者のふりしたとき孤児院出ってことにしたじゃん。孤児院あるならそこに行くのはどう?」
「マリエ、君は僕が逃亡生活してる間そんなことしてたの? まあ悪くない発想だとは思うけど僕の肉体は成長しないんだよ。数年で子供の姿の大人だとバレる。問題があるんじゃないか」
「うーん、そっかあ……」
わたしは何かほかにいい考えがないか考える。成長しない子供を欲しがる人……。なんか犯罪臭しかしないなあ……。ワルブレヒトとはいえ子供が虐待とかされるようなところは駄目だぞ……。できれば治安のいい貴族街とかで……何か……。
「あっ! 思い出した!」
「何かいい思い付きでも? まりえさん」
「あのね、この間のことなんだけど……」
貴族街には困りごとを大きな声でしゃべっているNPCが複数いる。その中に人形を乳母車に入れて押している老婦人と、悲しそうにそれに寄り添う老紳士がいたのだ。
「なんかね。息子さん夫婦と孫が馬車の事故で死んじゃって、それいらい奥さんがおかしくなっちゃったんだって。せめてこの人形が動いて喋れば……って言ってた」
それは要するにホムンクルスを一匹納品しろというクエストだったのだけど、賢者の石は売るつもりだったしワルブレヒトのホムンクルスを勝手に一匹寄越すのも気が引けたからスルーするつもりだった。でもワルブレヒトがそこに行けば一応ホムンクルスを納品したということになる。おそらく引き取ってはもらえるはずだ。
「なるほどね。そういうことなら衣食住に困ることはなさそうだな。そうと決まれば、マリエ」
「何?」
「頭の上の大根の葉っぱをハサミで切ってくれないか?」
「え、大丈夫なのそれ切って」
「平気だ。これに栄養を取られて成長できないだけって可能性もあるしね!」
「冗談を言うほど割り切れたのなら良かったですね」
不安はあったが、物陰で怯えるホムちゃんたちに見守られながらわたしはワルブレヒトの頭の茎をなるべく根元でちょきんと切った。
***
次の日、わたしとイスマイルは大きなボストンバッグを持って貴族街にいた。一旦物陰に潜み、バッグの中で丸まってもらっていたワルブレヒトに声をかける。
「もう出てきて大丈夫だと思う」
「やれやれ、もう何かに入れて運ばれるのはこりごりだな」
バッグから出てきたワルブレヒトはちいさなベストと帽子をきちんと着込んで、いい家の子供ですといった佇まいでそこに立った。
「イスマイルはここで待ってて、行ってくるね」
「ええ、うまく行くことを祈っていますよ」
「じゃあな、エルフ」
わたしはワルブレヒトと手をつなぎ、街角の老夫婦に近づいて行った。
「あの、お願いがあるんですけどいいですか」
「おや、可愛らしいお嬢さんに坊ちゃんだ。どうしたのかな? 迷子かな?」
「ええと、わたしはこう見えても錬金術師なんです。立ち聞きするつもりはなかったんですけど、その……言ってましたよね。『動いて喋れば』って」
何が、とはわたしは言わない。すぐそばにそれが孫だと思い込んでいる奥さんがいるからだ。
「この子、わたしが作ったホムンクルスなんです。依頼されて作ったもののやっぱりいらないってことになっちゃって。もしよかったら、引き取っていただけませんか?」
「なんと……それは本当のことなのかい?」
老紳士は信じられないというふうにワルブレヒトを見る。ワルブレヒトはその視線を受けて、行儀よく貴族の挨拶をした。
「よろしくお願いします。僕、奥様のことはなんとお呼びしたらいいですか」
「……おばあちゃまと。そう呼んでやってくれるかい?」
老紳士の言葉を聞いたワルブレヒトは、虚空をぼんやり見つめながら乳母車を歩行器代わりに立っている老婦人のほうに駆け寄る。
「おばあちゃま!! 僕と遊んで!!」
「……えっ?」
ワルブレヒトの声を聞いた。曇天の海のようにくすんでいた老婦人の瞳に光が宿るのが見えた。
「アル……あなた、わたくしの孫のアルなの? アルが帰ってきたの?」
「うん、僕アルだよ! おばあちゃま! おうちに帰ろう!」
「あ、あなた……!」
老婦人はワルブレヒトを抱きしめてその場で泣き始めた。人形を乗せた乳母車がからからと道へ転がり出て行ったが、老婦人はもうそれには目もくれなかった……。
「ありがとう。謝礼を受け取っておくれ」
老紳士はとても感謝して謝礼をよこしてくれる。わたしは遠慮なくそれを受け取ることにした。
「助かります。くれぐれもアルくんを大事にしてください。この世界に一人しかいない最高傑作のホムンクルスですので」
「んわんわ!」
「えっ? ホムちゃん? どうやって貴族街に……」
気が付くと周りにワルブレヒトのホムンクルスたちが集まっていた。貴族街に潜り込んだ方法はわからないが、ワルブレヒトを追って来たのだろう。
「これは……? 大根?」
「あー、アルくんと仲良しのホムンクルスたちです。離れるのが嫌でついてきちゃったみたい」
「そうか、そういうことならその子たちもわしが引き取るよ」
「んわわー!」
あっという間に賑やかになり、囲まれた老婦人はとても楽しそうに帰り始める。ワルブレヒトは彼らを待たせて、わたしのほうに歩いてきた。
「もうあまり会うこともないかもしれない。これ、返すよ」
「あっ……そうだ、これ必要だったんだ」
ワルブレヒトがわたしの手に握らせたのはこのゲームに入ったばかりの時に取り上げたオンドレアのブローチだった。
「君に僕は必要なくなったかもしれないけど……。マリエ、僕は君の幸せをいつまでも願っているからね」
「うん、兄さんも元気で」
賑やかな家族は今度こそわたしの前から去って行った。小さくなっていく人影は、わたしのゲームにおいてワルブレヒトのルートが完全に断たれたという証明のようにも見えた。
「今までありがとう」
わたしはそう呟くとくるりと背を向けて、待っていてくれているイスマイルの元に駆けて行った。
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