64.まりえとホムンクルス
釜の中は肉まんとかが蒸しあがった時みたいに白い湯気が立っていた。その中で『それ』はもぞりと手足を動かす。わたしは釜の中に手を入れて、細心の注意を払って中身を取り出した。
「……できた」
抱き上げたそれは、三歳くらいの男の子の姿をしていた。生まれたてのほやほやで、わたしの腕の中で気持ちよさそうにすやすや眠っている。
「イスマイル、そこにあるタオルひろげて」
「これでいいですか?」
わたしはその子を大きめのタオルの上に寝かせて包んであげる。ふっくりとしたほっぺと小さな唇が思わず頬ずりしたくなるくらい可愛くて、髪からはかすかに汗とミルクの匂いがする。見た目は本当に普通の人間の子供だった。頭からにょっきり大根の葉っぱが生えている以外は。
「本当にできてしまった……。錬金術というのは凄いのですね」
「姿は大丈夫だけど……。中身はまだわかんない」
イスマイルと二人で覗き込んで離していると、その子はうっすらと目を開けた。髪の毛の色も目の色も、幼いけど顔の作りもワルブレヒトとおんなじ。ちびワルブレヒトだ……。
「……マリエ?」
いたいけな唇からわたしの名前が呼ばれた。声変わりのしていない透き通ったボーイソプラノ。ちびワルブレヒトはうーんと伸びをして眠そうな目を擦り、自分の小さな手をじっくりと見る。その目がゆっくりと見開かれて行き、顔全体がびっくりした表情に変わっていった。
「これは……僕の手か? マリエ! 鏡を、鏡を見せてくれないか」
取り乱すちびワルブレヒトにわたしはコンパクトを見せてあげる。小さな手で受け取った彼は空いた手で前髪をかきあげ、自分の顔をまじまじと見た。
「なんということだ……これが僕か……」
「ワルブレヒト兄さん、自分が誰だかわかるの?」
「ああ、わかるさ。僕はワルブレヒト・ス・ゲーリッチ。君の兄弟子だ。だけど……。今はもうただのホムンクルスだ」
「ごめんなさい。こうするしか助けてあげられる方法がなかったの。手も足も、皮膚もなくて……」
「いや、いいんだ。的確な判断だった。ありがとう、マリエ……」
彼がワルブレヒトだとわかった瞬間、引っ込んでいた涙がまたぽたぽたと溢れるのを感じた。ワルブレヒトは小さな手でわたしの頭をそっと撫でた。
「んわーっ!!」
「んわ! んわ!」
邪魔しないようにしてくれていたのか時々ちょっとだけ開いたドアから覗き込んでいたホムちゃんたちが工房に入ってくる。ワルブレヒトの部屋から持ってきてくれたのか、一匹は綺麗に畳まれた白いワイシャツを掲げていた。
「いつまでもタオル一枚じゃ仕方ないからな。助かるぞ。……おまえたち、こうしてみるとでかいな……。不思議な感じだ」
「それは何より。それで、一体なにがどうなってこんなことになったんですか?」
袖を何重に折ってシャツを着こんだワルブレヒトに、今まで後ろに下がって黙っていてくれたイスマイルが話しかける。ワルブレヒトは見慣れないエルフにいぶかし気な目を向けた。
「さっきから気になっていたが誰だお前は。その耳はエルフか? どうしてここにいる? マリエの何なんだ?」
「ワルブレヒト兄さん。イスマイルはわたしの冒険の相棒なの。命の恩人だよ。愛想よくしてね」
「むう……」
「どうも。金貸しのイスマイルです。以後お見知りおきを」
ワルブレヒトは小さな腕を組んだままイスマイルをじろじろと見上げて睨むと「なるほど、こいつが『推し』ね」と呟いた。
「推し……? なに……?」
「わーっ! ねえ、いつまでも床に座っててもしかたないよ! ちょっと一旦休憩しない? ね?」
ちょっとバチバチしはじめたのを感じてわたしは二人の間に割って入った。こんなところじゃなくちゃんと座って話すべきだ。いろいろ明らかにしておかなきゃならないこともあるし。改めて紅茶とか飲みたいし。
空気を読んだホムちゃんたちがんわんわんわと出ていく後に続いて、わたしたしはリビングへ向かった。
「兄さん、椅子高いね。ソファのほう行こうか」
「むむ……」
食卓に着こうと思ったらワルブレヒトは小さくて椅子に登れなかった。そのことに露骨にショックを受けている様子のワルブレヒトは屈辱を堪えてソファにぼふんと沈む。わたしがホムちゃんたちとお茶の用意をしている間、イスマイルは向かいのソファに座ってワルブレヒトを黙って見降ろしていた。男同士なんかよくわかんない非言語コミュニケーションが行われているような……。まあいいけど。
「お茶入ったよ。じゃあ話そ。ねえワルブレヒト兄さん。ここ数日一体何があったの? どうしてこんなことになっちゃったの?」
子供の舌には熱いのか、両手でティーカップを持ってふーふーと紅茶を冷ますワルブレヒトに質問しながらわたしはイスマイルの隣に座る。ワルブレヒトは紅茶を一口飲んで「あつ」と小さな舌をぺろりと出してから喋り出した。
「僕が実家に呼び出されたのは、実家の方に僕に対する殺害予告が届いたからだったんだ」
「殺害予告! そんな大変なこと言ってくれてもよかったのに」
「君を危険に晒したくなかったからね。心配もかけたくなかったし……。まあ実家の方針としては君と警備の手薄なこの家で暮らしている僕を放っておけないということだった。すぐに実家に戻って目の届くところで護衛されていてくれということでね」
「でも結局こうなってしまったじゃないですか。まりえさんのことをあんなに泣かせて……」
「うるさいな、まぜっかえすな、エルフ……」
イスマイルはどうやらわたしがさっきびいびい泣いてた原因をワルブレヒトが作ったことをちょっと怒っているようだ。何だこの空間。血の繋がってない過保護パパみたいなのが二人いる……。
「戻ってすぐは何もなかったんだ。だけどそのあと、僕の婚約者の家から婚約解消の申し出があった。僕は君が好きだから、それは嬉しかったけど。だけどそれはその後に起こることの前触れだったんだ……」
ワルブレヒトは辛そうに紅茶のカップに目を落とす。
「それから、実家と関係のあった家や商会が次々と手を引き始めた。調べた結果うちの良くない噂が街に流れていた。それはあることないこと。まさにあることないことだ。ないことだけなら潔白を証明できるが、困ったことに『あること』も多くてね。家から人が離れて行った」
まあ、そうだろうなあと思う。最初のワルブレヒト、悪役みたいだったもんなあ……。脛に傷持つ御曹司……、いやはや。
「そのタイミングで、とうとう屋敷が襲撃された。火をつけられて……両親も生きてはいないと思う。僕は命からがら逃げだした。そしてしばらくは居場所を転々として追手から逃げていたんだ」
「わたしたちが貴族街で仕事してる間にそんなことが……」
「で、結局殺害予告の犯人って誰だったんですか?」
そうだ。手紙の内容をイスマイルに教えるのを忘れてたよな……。
「イスマイル、さっきの手紙、送り主はオンドレアだったよ。ゲーリッチ家を潰したことも書いてあった。ワルブレヒト兄さんの話とも食い違ってない。犯人は闇ギルドだよ」
「……私、何も聞いていません。構成員なのですが……」
「エルフ、お前闇ギルドの関係者なのか。本当にどうしてマリエの相棒なんてポジションに滑り込んでるんだ」
「今そんなこといいじゃん。それで……捕まっちゃったの?」
ワルブレヒトはわたしの問いに小さな肩をぶるりと震わせる。
「とても……とても恐ろしい目に遭った。拷問されて、君からもう手を引くと言わされた。僕は最後に意識を失うとき、死を覚悟した……。まさか君が僕をホムンクルスとして蘇らせるだなんてね。人間を材料にしたホムンクルスなんて僕だって作ったことがない。君がこんなに立派になるだなんて。僕は嬉しいよ……」
うつむいていた顔をあげてにっこりと笑ったワルブレヒトの目じりには涙の雫が光っていた。
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